当教会に与えられている恵み——リトリートの報告——エペソ書テーマ

当教会では久しぶりの一泊リトリートが開かれました。
 以前は、毎年のように開いていたものが、教会の記録を調べたら前回のリトリートは2012年7月15,16日に「高尾の森わくわくビレッジ」で開かれて以来のことでした。
 当時は、現在の会堂の土地の購入を決めた直後で、会堂の内装に関しての話し合いが持たれました。 “当教会に与えられている恵み——リトリートの報告——エペソ書テーマ” の続きを読む

エペソ3章14〜21節「御父の愛が内なる人を再生させる」

2024年9月22日

小生の母は、聖書はほとんど読みませんでしたが、「お前のうちに働く神の力は分かる」と言ってくれました。母が私を出産する頃、母は生きる気力を失っており、出産自体が命がけの奇跡でした。誕生した後も、一歳を過ぎた頃、高熱で扁桃腺が腫れ、医者は僕を逆さにして気道を開くため切開手術を行わざるを得ませんでした。すると何度か心臓の鼓動が止まったようですが、母の胸に抱かれるたびに心臓が動き出しました。 “エペソ3章14〜21節「御父の愛が内なる人を再生させる」” の続きを読む

エペソ3章8節〜6章24節「奥義の実現のための霊の戦い」

2018年8月12日

私たちはみな、自分にとっての「常識」の枠で他人を「さばく」ものです。そして、「これはできて当然で、できないのはやる気がないから……」などということがあります。 “エペソ3章8節〜6章24節「奥義の実現のための霊の戦い」” の続きを読む

エペソ1章〜3章「奥義―キリストにあって一つに集められる」

2018年8月5日

信仰者の歩みは「キリストのうちにある生活」と定義できます。あなたは今、聖霊によってイエスの弟、妹とされ、イエスの父に向かって「アバ、父」と呼びかけます(ローマ8:15、ガラテヤ4:6)。信仰は徹頭徹尾、神から始まっているのです。

N.T.ライトは、「もしルターが、宗教改革の基本教理をガラテヤ書やローマ書からではなくエペソ書から語っていたらその後の世界が変わっていたかもしれない……」とまで述べます。当時の改革者は、カトリックの煉獄の教えを否定することに忙しすぎて、私たちの救いのゴールに関しての当時の人々の誤解を正すことまではできませんでした。 “エペソ1章〜3章「奥義―キリストにあって一つに集められる」” の続きを読む

エペソ6章10〜24節「悪魔の策略に対して堅く立つ」

2018年7月8日

戦争は悪ですが、人生に戦いはつきものです。日本のサッカーチームがイエローカードの少なさで決勝トーナメントに進むことができ、ベルギーとの戦いで放ったあの二本の美しいシュートには、日本人の誰もが歓喜したことでしょう。

「キリストのうちにある生活」をサタンとの戦いとして描く本日の箇所は、多くの人に違和感を覚えさせられるかもしれません。しかし、これこそ私たちが直面する信仰生活の現実です。 “エペソ6章10〜24節「悪魔の策略に対して堅く立つ」” の続きを読む

エペソ6章1〜9節「キリストを恐れ、創造的に仕え合う」

2018年6月17日

創造主に向かって私たちは、「変えられないことを受け入れる平静な心を、変えられることは変えて行く勇気をお与えください」とお祈りします。不条理と映ることも、全能の主の御手の中で起きています。それを忘れると、忍耐心のない刹那的な刺激を求める自己中心的な生き方が正当化されてしまいます。 “エペソ6章1〜9節「キリストを恐れ、創造的に仕え合う」” の続きを読む

エペソ5章21〜33節「新しい創造としての夫婦関係」

2018年6月3日

以前、結婚前カウンセリングで、「うまくゆかなかったら離婚もあり得るなどと決して考えてはいけない」と申し上げたところ、反対に、「そのような言い方が、かえって結婚関係を壊すことにもなり得る」と言われてしまいました。その方は米国人の精神科医で、「離婚は罪だ!」という呪縛の中で多くの夫婦が苦しんでいるのを目の当たりに見てきたからです。

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エペソ5章3〜20節「新しい創造の喜びを生きる」

2018年5月20日 ペンテコステ

先日、イスラエル建国七十周年記念ツアーの一環で、ユダヤ人クリスチャンとともにアウシュビッツ強制収容所を訪れた方が、戦争末期にユダヤ人たちをドイツ中心部の収容所へと強制移住させた悪名高い「死の行進」の道をたどった体験を語ってくださいました。日本人の感覚からしたら、死者の犠牲を思いながら沈痛な雰囲気で行進すると思いますが、ユダヤ人は高らかに歌い踊っていたとのことです。 “エペソ5章3〜20節「新しい創造の喜びを生きる」” の続きを読む