詩篇交読文
教会での唱和とともに
一人ひとりの黙想の生活のために

詩篇を教会でともに唱和し、楽器と共に歌う伝統は三千年前のダビデから始まっています。
 主 (ヤハウェ) の契約の箱がエルサレムに運び入れられたときのことが、歴代誌第一16章7節では「その日、その時、初めてダビデはアサフとその兄弟たちを任命して、このように主 (ヤハウェ) に感謝をささげさせた」と記されています。

残念ながらそのときにどのようなメロデイーで詩篇が歌われたかは分からなくなっています。しかし、ダビデはその歌い方に明確な指示を与えていたと思われます。

それは多くの場合、交読文として表現されます。
 ただ、多くの聖書翻訳は、日本語としての美しさを大切にするあまり、原文のリズムやことばの繰り返しを軽視する傾向がときに見られるように感じられます。
 翻訳ではヘブル語の韻を表現することができなくなるのは避けられませんが、どのことばが強調され、どのような語順で、どのような意味が多様なことばで表現されているかを明らかにすることは、詩篇を味わううえで、何よりも大切なことと思われます。
 その点で、この詩篇翻訳が何らかの参考になれば幸いです。

なお詩篇は専門的な訓練を受けたレビ人が唱和する形になっているものが多く、二行詩や三行詩に枠には収まりません。ただ、当教会では会衆が唱和しやすいように構成に関しては単純化している部分があります。
 二行詩は司会者と会衆の交読、三行詩は司会者、男性、女性の交読として唱和しております。

また、ジャン・カルヴァンは、詩篇を「たましいのあらゆる部分の解剖図」と呼び、「なぜなら、あたかも鏡に写すようにその中に描写されていない人間の情念は、一つも存在しないからである」と説明しています。彼はこの詩篇の解説の中では、自分の葛藤や格闘を正直に証しすることができています。

多くの詩篇では、神への感謝の賛美を歌うという以前に、ダビデを初めとする作者自身の苦悩、悲哀、恐れ、疑い、望み、慰め、惑いばかりか、人間のたましいを揺り動かす気持ちの乱れなどが生き生きと描き出されています。
 この詩篇を用いることによって、私たちは自分の気持ちを言語化し、その正直な気持ちを、大胆に神に訴えることができます。

サタンは私たちのマイナスの感情を刺激し、神に祈ることの虚しさをささやきますが、私たちはこの霊感された祈りを用いることによって、自分の混乱した感情がサタン誘導されないように守ることができます。
 たとえば、人に対する怒りや憤りの感情は、私たちの心を動かす大きな動力になりますが、それを霊感された詩篇で表現されるとき、その感情の暴走を抑え、同時に、神の公正なさばきに信頼する祈りへと変えられます。

様々なマイナスの感情を心の中に閉じ込めると、それが知らないうちに心をむしばんで、あるときに爆発するということがありますが、この詩篇を用いることで、私たちは自分の混乱した気持ちを優しく受け入れるとともに、それを神への祈りの歌へと変えることができます。
 そのためには、詩篇を口に出して唱和することが大きな助けになると思われます。その際、詩篇のリズムを大切にした本翻訳がお役に立てることと期待しております。

この交読文は、教会の礼拝やお一人おひとりのディボーションで、自由にお用いください。また、お気づきのことがあればご遠慮なくお問合せいたいただければ幸いです。

 2019年12月 高橋秀典

表記に関してですが、「主 (ヤハウェ) 」と記されているところは、原文でユダヤ人が神への恐れのために発音しなくなった主の御名です。これは出エジプト記3章14節で主がご自身の御名を「わたしは『わたしはある』という者である」と紹介されたことに基づきますが、読む時には「しゅ」と発音してください。
また、多様な翻訳の可能性がある場合や日本語としてあまりにぎこちない訳になる場合は、括弧の中に別訳や原文の直訳、英語訳を表記している場合もありますが、それも括弧内は発音せずにお読みいただければ幸いです。

各詩篇のとなりの アイコンをクリックすると礼拝での交読用パワーポイントファイルがダウンロードできます。
子供たちや外国人も一緒に交読する等でルビが必要でしたら入力してください(訳者によりすでにルビが振ってある箇所もあります)。


幸いな人よ! (1:1) 悪しき者の勧めを 歩まず 罪人の道に 立たず おごる者の座に 着かず むしろ 主 (ヤハウェ) の 教え (トーラー) を 喜びとし (2) 昼も夜も その教え (トーラー) を 思い巡らす その人は 流れのほとりに植えられた木 (3) 時が来ると実を結び その葉は枯れない 行なうすべてが 繁栄をもたらす

悪しき者は そうではない (4) 彼らは 風が飛ばす もみがら 悪しき者は さばきの前に 立ちおおせない (5) 罪人も 正しい者の 集いには (ヤハウェ) は 正しい者の道を 知っておられる (6) しかし、悪しき者の道は 滅び去る

なぜ 国々は 騒ぎ立ち (2:1) 人々は むなしく 思い巡らし 地の王たちは 立ち構え (2) 支配者たちは 結束して (ヤハウェ) と 油注がれた者 (メシア) に逆らうのか? 「さあ かせを砕き 縄を 切り捨てよう!」と (3)

天に座す方は それを笑う (4) (アドナイ) は 彼らをあざけり 燃える怒りで おののかせ (5) 怒りをもって 彼らに語る 「わたしは わたしの王を 聖なる山シオンに 立てた」 (6) (ヤハウェ) の制定(布告)を 宣べよう (7) 主は私に言われた 「あなたは わたしの子 わたしは きょう あなたを生んだ わたしに求めよ (8) 国々を あなたに受け継がせ 地の果てまで あなたのものとする あなたは鉄の杖で彼らを打ち (9) 焼き物のように粉々にする」

それゆえ今 王たちよ 悟れ (10) 地の支配者は 教えを受けよ 恐れつつ 主 (ヤハウェ) に仕え (11) おののきつつ 喜べ 御子に口づけせよ (12) 怒りを招き その道で 滅びないために 怒りは 今にも燃えようとしている 幸いなことよ すべて彼に身を避ける者は

 
  • 詩篇1篇は「幸いなことよ」で始まり、2篇も同じ言葉で終わることから、本来ひとつの詩だったと思われる。意味の上でも、このふたつをセットにすると聖書全体の要約が見えてくる。
  • 1節の始まりは、原文で、「幸いなことよ。その人は……」となっており、それは3節の終わりまでかかってくることば。一方、3節の始まりは、「彼は……」ということばで始まっている。
  • 2節「その教えを思い巡らす」とは、メデイテーション(黙想)の生活を指す
  • 3cは原文で「彼は、行なうことすべてにおいて、繁栄する」となっているが前文からのリズムを生かしてこのように訳した。
  • 2篇1節b「むなしく思い巡らす」と訳したのは、原文で1篇2節b「その教えを思い巡らす」と同じ原語が用いられているため。
  • 2篇4節の「主」は主人を意味するアドナイ。7節aの「主」は主の御名ヤハウェ、7節bの「主」は代名詞の「彼」という使い分けがされている。

指揮者のために。ダビデの賛歌

(ヤハウェ) よ。 (1) 私たちの主 (アドナイ) よ。 御名は全地で、なんと げん に満ちていることでしょう。 そのご こう は、天を越えたところに輝いています。

あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられ、 (2) かう者を沈黙させ、敵とあだとを動けなくさせました。

あなたの指のわざである天を仰ぎ見、 (3) あなたが配置された月や星を見ますのに、 人とは、何者なのでしょう。 これをみこころに留めてくださるとは。 (4) (アダム) の子とは、何者なのでしょう。 これをかえりみてくださるとは。

あなたは彼を、神よりわずかに低いものとされて、 (5) 栄光とほまれのかんむりをかぶらせてくださいます。 あなたは御手のわざの数々を彼に治めさせようと、 (6) すべてのものを彼の足の下に置かれました。 すべて、羊も牛も、また、野のけものも、 (7) 空の鳥、海の うお うみ を通うものも。 (8)

(ヤハウェ) よ。私たちの主 (アドナイ)  (9) 御名は全地で、なんと威厳に満ちていることでしょう。

 
  • ギテトの意味は諸説があり定かではないが、立琴の一種ではないかと思われる。
  • 1節最後の行は原文で、「それ(御名)は、あなたの威光を諸天の上に置かれた」となっている。
  • 1節2行目の「主」は原文で、主人を意味する「アドナイ」と記されている。ユダヤ人は、いつのころからか、「十のことば」の3番目、「あなたの神、主(ヤハウェ)の御名を、みだりに唱えてはならない」という戒めの適用として、「ヤハウェ」を、「アドナイ」と読み替えるようになったが、ここはもともと「アドナイ」と記されていた。9節も同様。
  • 2節「(刃向かう者を)沈黙させ」は、「幼子と乳飲み子の口」との対比での意訳。
  • 4節「みこころに留める」は、「覚える」と訳されることばで、神が私たちひとりひとりをみこころの中に覚えていてくださることを意味する。また「顧みてくださる」とは、高い地位にある人が無名の人に特別に目をかけるという文脈で使われることば。
  • 4節2行目の「(人の子とは)何者なのでしょう」は、原文では省かれていることば。
  • 5、6節の「彼」は、本来四節の「人」または「アダムの子」を指し人類全般を意味するが、ヘブル2:7、Ⅰコリント15:27、エペソ1:22では「キリスト」を指す代名詞として理解されている。
  • 5節、6節は、動詞の時制として、「低いものとされて」は完了(厳密にはワウ倒置未完了)、「冠をかぶらせ」は未完了(未来的な意味)、「治めさせようと」は同じく未完了(未来)、「置かれました」は完了という区別があえてつけられていると解釈できる。

ダビデのミクタム

守ってください。神よ。 (1) あなたに私は身を避けます。 (ヤハウェ) に申し上げました。「あなたこそ私の主 (アドナイ)  (2) あなたに反して、私の幸いはありません。」

地に住む聖徒は、栄光ある者たちで、 (3) すべての私の喜びは 彼らの中にあります。 しかし、 ほか の神々を追い求める者たちの痛みは増し加わります。 (4) 私は、彼らが注ぐ血の供え物を注がず、その名を口にもしません。

(ヤハウェ) こそ、私の割り当ての地、また私の さかずき  (5) あなたは、私の 命運 めいうん を  にぎ っておられます。 はかり なわ は 私の喜びの地に落ちた。 (6) 受け いだ地は まことに美しい。 導いてくださった主 (ヤハウェ) を ほめたたえよう。 (7) 夜になっても、内なる思いが私をさとしてくれる。

私はいつも、目の前に主 (ヤハウェ) を置いた。 (8) 主が右におられ、私は るがされないから。 それゆえ、この心は楽しみ、いのちが喜び、 (9) この 身体 からだ も安らかに落ち着いている。 それはあなたがこのたましいをよみに捨て置かず、 (10) あなたに忠実な者には墓の穴さえも見させないから。 あなたは、いのちの 道筋 みちすじ を知らせてくださいます。 (11) まえ には楽しみが満ち、その右には かん が絶えません。

 
  • 標題の「ミクタム」は意味不明で、刻まれた歌、黄金の歌、贖いの詩などの解釈がある。
  • 2節には「ヤハウェ」に向かい、私の「アドナイ(主人)」と呼びかけるという御名の使い分けがある。「あなたに反して」とは、原文で「あなたの上に」とあり「あなたのほかに」とも訳される。
  • 5節で「命運」と訳したことばは、原文では土地を割り当てるときの「くじ」を指すことば。
  • 8節「目の前に」の「目」は原文にない付加。「ヤハウェ」を「私の前」に置くことと、その方「主」(原文では「彼」という代名詞)が、「私の右」におられるという位置関係が同時に起きている。
  • 7節「内なる思い」とは原文では「腎臓」と記され、そこに感情の座があると思われていた。
  • 9節「いのち」とは、原文では「私の栄光」となっており人の最も高貴な部分を指す。

指揮者のために。主 (ヤハウェ) のしもべダビデが、主 (ヤハウェ) に向かってこの歌のことばを語った。
(ヤハウェ) が彼のすべての敵の手とサウルの手から彼を救い出された日に、彼はこう言った。

あなたを慕います。主 (ヤハウェ) 、私の力よ。 (1) (ヤハウェ) は、私の 大岩 おおいわ とりで 、救い主、 (2) 私の神、身を避ける岩、盾、救いの角、砦の とう このように誉むべき方、主 (ヤハウェ) を呼び求めると、私は敵から救われる。 (3)

死の つな が私にからみつき、滅びの川は恐怖をもたらし、 (4) よみの綱は取り囲み、死のわなが迫って来た。 (5) その苦しみの中で、主 (ヤハウェ) を、私の神を呼び、助けを求めた。 (6) 主はその宮でこの声を聞かれ、叫びは まえ に、 おん みみ に届いた。 すると地は揺れ動き、山々の もとい ふる え揺れた。主がお怒りになったのだ。 (7) 煙は鼻から立ち上り、 くち からの火が焼き尽くし、 すみ が燃え上がった。 (8)

主は、天を曲げ、降りて来られた。 (9) 暗やみを足台として。 ケルブに乗って飛び、 (10) 風の つばさ に乗って飛びかけられ、 やみを隠れ家としてめぐらし、 (11) 暗い 雨雲 あまぐも 、濃い雲を かり まいとされる。 御前の栄光の輝きから、 (12) 密雲 みつうん ひょう と火の炭を伴って突き進む。 (ヤハウェ) は天に 雷鳴 らいめい を響かせ、 (13) いと高き方は、 ひよう と火の炭を伴い御声を発せられた。 主は、矢を放ち、彼らを激しい 稲妻 いなずま でかき乱された。 (14) (ヤハウェ) の叱責、鼻の激しい息吹で、水の底が現れ、地の もとい があらわにされた。 (15)

主は、はるかに高い所から御手を伸べて私をつかみ、 (16) 深い大水の中から引き上げ、 強い敵と私を憎む者から、救い出してくださった。 (17) 彼らは、私には強過ぎたから。 彼らは、わざわいの日に私に立ち向かって来た。 (18) しかし、主 (ヤハウェ) は、私の支えであった。 主は私を広い所に連れ出し、助けてくださった。 (19) それは、主が私を喜びとされたから。

(ヤハウェ) は、私の に応じて報い、 (20) 手のきよさに応じて返してくださった。 それは、私が主 (ヤハウェ) の道を守り、 (21) 私の神に対し、悪を行わなかったから。 主のすべてのさばきは私の前にあり、 (22) 主のおきてを私は遠ざけなかった。 私は主の前に完全であり、 (23) 罪から身を守った。 (ヤハウェ) は、私の義に応じて、  (24) おん の前の私の手のきよさに応じて、返してくださった。

あなたは、真実な者には真実であられ、完全な者には完全であられ、 (25) きよい者にはきよく、ひねた者にはご自身を隠される。 (26) あなたは、貧しい民を救ってくださるが、 (27) 高ぶる目は、低くされる。

あなたは私の 灯火 ともしび を灯され、 (28) (ヤハウェ) 、私の神は、私のやみを光とされる。 あなたによって私は軍勢に立ち向かって走り、 (29) 私の神によって城壁を飛び越える。 神の道は完全、主 (ヤハウェ) のみことばは純粋。 (30) 主は、主に身を避けるすべての者の盾。 まことに、主 (ヤハウェ) のほかに、だれが神であろうか。 (31) 私たちの神を除いて、だれが岩であろうか。 神こそ、私に力を帯びさせ、私の道を完全にし、 (32) 私の足を 鹿 じか のようにして高い所に立たせ (33) 戦いのために私の手を きた え、 (34) 私の腕を青銅の弓をも引けるようにしてくださる。

あなたは救いの盾を私に授け、右の御手で私を支え、 (35) 私を大きくするために低くなってくださいました。 あなたは私の歩幅を広くしてくださいました。 (36) 私のくるぶしはよろけず、 私は敵を追って捕らえ、絶ち滅ぼすまでは引き返さず、 (37) 彼らが立てないほどに打ち砕き、足もとに倒れさせました。 (38) あなたは私に戦いのための力を帯びさせ、立ち向かう者をひれ伏させ、 (39) 敵が私に背を向けるようにされたので、私は私を憎む者を滅ぼしました。 (40) 彼らが叫んでも救う者はなく、 (41) (ヤハウェ) に叫んでも、答えはなかった。 私は、彼らを風の前のちりのように打ち、 (42) 道のどろのように除き去った。

あなたは、民の攻撃から私を助け出し、国々のかしらに任じてくださいました。 (43) 私の知らなかった民が私に仕えます。 彼らは耳で聞くとすぐ私に聞き従い、外国人らは私にへつらいます。 (44) 外国人らは気力を失い、 とりで から震えて出て来ます。 (45)

(ヤハウェ) は、生きておられる。  (46) 私の岩が誉められ、私の救いの神があがめられますように。 神は、私のために復讐し、諸国の民を私のもとに従わせ、 (47) 敵から助け出し、攻め来る者より高く上げ、暴虐から私を救い出してくださいます。 (48) それゆえ、国々の中で私はあなたをほめたたえ、 (49) (ヤハウェ) よ、御名を、ほめ歌います。 主は、王の勝利を大きくし、 (50) 油そそがれた者、ダビデとそのすえに、とこしえに真実を示してくださいます。

 
  • 1節の始まりは「あなたを私は慕います」を意味するたった一つの動詞が記されている。
  • 12節「御前の栄光の輝き」で、「栄光」は原文にはないが意味を明らかにするために付け加えた。
  • 23、25節の「完全」は、この世的な完全さとは異なるが、原文のもっとも直接的な訳語として採用した。それは、「完璧さ」ではなく、神の前に整った受け入れられる状態を意味する。
  • 25節の「真実」は、ヘブル語の「ヘセッド」に対応し、神がご自身の契約を守り通してくださる真実を示す。この書では「慈愛」と訳してきたが、ここでは人間の性質を示しているのでこのように訳した。
  • 26節の原文は、「ひねた(曲がった)者は、曲がりくねらせる」だが、その前の三つの対応と異なり、似た意味の異なったことばを対応させている。それで、ここでは「ご自身を隠される」と意訳した。

指揮者のために ダビデの賛歌

天は 神の栄光を 語り、 (1) 大空は御手みてのわざを告げる。 昼は昼へと 話を取り次ぎ、 (2) 夜は夜へと 知識を伝える。 話もなく、ことばもなく、 (3) その声も聞かれないのに、 その響きは 全地をおおい、 (4) そのことばは 世界の果てにおよぶ。

太陽のため 彼(神)はそこに幕屋を張られた。 それは花婿はなむこが住まいを出るように (5) ゆう のようにその道を喜び走る。 その昇るところは天の果てから、 (6) その どう は天の果てまでおよぶ。 その熱をこうむらないものはない。

(ヤハウェ) のみおしえ (トーラー) は完全で たましいを生き返らせ、 (7) (ヤハウェ) のあかしは確かで 無知な者を賢くする。 (ヤハウェ) のさとしは正しくて 心を喜ばせ、 (8) (ヤハウェ) の仰せはきよらかで 目を明るくする。 (ヤハウェ) を恐れる道は純粋で いつまでも続き、 (9) (ヤハウェ) のさばきはまことで ことごとく正しい。

金にまさり 多くの純金にまさって 慕わしく、 (10) みつよりも はち のしたたりよりも 甘い。 あなたのしもべはこれによって 教えられ (11) これを守る中に大きな報いがある。

だれが数々のあやまちに気づくことができるでしょう。 (12) その隠されているものから 私をきよめてください。 このしもべの高慢を抑え、支配させないでください。 (13) それで私は完全にされ、大きなそむきからきよめられます。 この口のことばと 心の思いとが、 まえ に喜ばれますように。 (14) (ヤハウェ) よ。私の岩、私のあがない主よ。

 
  • この詩篇の基本は2行詩であるが、4節の3行目から6節までは3行詩となっている。2行詩は司会者と会衆、3行詩は会衆を男性と女性などに分けていただいてもよい。ただし、すべてを2行詩とみなして、各行を交互に読んでいただいてもよい。
  • 1節の「天」は原文で複数表現になっている。それは目に見える空から、目に見えない神の住まいのすべてを含む概念。「大空」は神が地の上に広げられた場所で、そこに太陽や月や星を配置されたと考えられた。なお、「神は大空を天と名づけられた」 (創世1:8) とあるように、「大空」は「天」の一部と考えられていたと思われる。また当時の人々は天が何層にも重なっていると理解していたと思われる。事実、パウロも、「私は……第三の天にまで引き上げられました……パラダイスに引き上げられて……」と証ししている (Ⅱコリント12:2、4)。
  • 4節cの原文には「神」という主語はなく、動詞の形で主語を「彼」と訳すことができるに過ぎない。
  • 7節bの「あかし」は、「あかしの板」などと用いられるように、「十のことば」を指すとも解釈できる。
  • 8節の「さとし」は、「戒め」とも訳されることがあるが、「指示」とも訳される優しい響きを持つことば。また「仰せ」は、「命令」とも訳されるまっすぐな響きを持つことば。
  • 9節は、原文で、「ヤハウェを恐れることは純粋で、永遠に立つ」となっているのを意訳した。
  • 13節は原文の直訳は、「また、あなたのしもべの高慢を引きとめ、私を支配することがないように」となっている。また、2行目の「そむき」とは、「罪」や「とが」の類語で、権威への反抗を意味することば。12節の「あやまち」が無意識なのとは対照的。

指揮者のため。
「暁の雌鹿」による。
ダビデの賛歌

私の神、私の神よ。なぜ、私をお見捨てになったのでしょう? (1) 私の救いとうめきのことばから、なぜ、遠く離れておられるのでしょう? 私の神よ。 昼、叫んでいるのに、答えてくださらず、 (2) 夜も、私には、 せい じゃく がありません。

あなたは、しかし、 せい であられ、 (3) イスラエルの賛美を住まいとされる方です。 私たちの先祖は、あなたに信頼し、 (4) 信頼した彼らを、助け出してくださいました。 彼らはあなたに叫び、助け出されました。 (5) あなたに信頼して、恥を見ませんでした。

この私は、ただ、虫けら。人間と見られていません。 (6) 人のそしり、民の軽蔑の まと です。 見る者はみな、私をあざけり、 (7) 口をとがらせ、頭をふります。 「主 (ヤハウェ) にまかせ、助けてもらえ。 (8) 救ってもらえ。お気に入りなのだから。」

まことに、あなたは、私を母の たい から取り出され、 (9) 母の ぶさ に、 たの ませた方。 たい 宿 やど ったときから、私はあなたのふところにゆだねられました。 (10) 母の 胎内 たいない にいたときから、あなたは、私の神です。

遠く離れないでください。 (11) 苦しみが近づき、助けがないからです。

多くの うし が、私を包囲し、 (12) バシャンの強いものが、取り囲みました。 彼らは私に向かって、その口を開きました。 (13) 引き き、ほえたける 獅子 しし のように。 私は水のように捨て流され、 骨々 ほねぼね はみなはずれ、 (14) 心は、 身体 からだ の中で、ろうのように溶け、 力は き物のかけらのように かわ ききり、舌は上あごにくっつきました。 (15) あなたは私を、死のちりの上に置いておられます。 犬どもが包囲し、 悪者 わるもの どもの群れが取り巻き (16) 私の両手と両足を 突き刺しました。 私は自分の骨をみな、数えることができるほどです。 (17) 彼らは私をながめ、ただ見ています。 私の うわ を互いに分け合い、 (18) この ころも のために、くじを引きます。

あなたは、主 (ヤハウェ) よ。遠く離れないでください。 (19) 私の力よ、助けに急いでください。 救い出してください。このたましいを剣から、 ただひとつのいのちを犬の手から。 (20) 救ってください。獅子の口から、 (21) ぎゅう の角から。

あなたは答えてくださいました。  私は、御名を兄弟たちに語り、 (22) 会衆の中で、あなたを賛美しましょう。

(ヤハウェ) を恐れる人々よ。主を賛美せよ。 (23) ヤコブのすべての子孫たちよ。主をあがめよ。 イスラエルのすべての子孫たちよ。主の前におののけ。 まことに、主は、悩む者の悩みを、さげすむことなく、 いと うことなく、 (24) かお を隠されもしなかった。 むしろ、助けを叫び求めたとき、聞いてくださった。

大きな会衆の中での私の賛美は あなたから生まれました。 (25) 私は、 ちか いを 果たします。 主を恐れる人々の前で。 悩む者たちは、食べて、満ち足り、 (26) 尋ね求める人々は、主 (ヤハウェ) を賛美しましょう。 「あなたがたの心が、いつまでも生きるように!」

地の果てまでのすべての人が、覚えて、主 (ヤハウェ) に帰って来るでしょう。 (27) 国々の民もすべて、あなたの御顔を伏し拝みましょう。 まことに、 王権 おうけん は主 (ヤハウェ) のもの。主は国々を統べ治めておられる。 (28) 地の 裕福 ゆうふく な者さえもすべて、食べて、伏し拝む。 (29) ちりに下る者もすべて、御顔に、ひれ伏す。 すなわち、自分のいのちを保つことができない人さえも。 子孫たちも主に仕え、主 (アドナイ) のことが、次の世代に語られましょう。 (30) 彼らは来て、生まれて来る民に、主の を告げましょう。 (31) 主がなしてくださったことを。

 
  • タイトルの「暁の雌鹿」は調子を表すと解釈されるが、その意味は全く分からない。
  • 1節の「私の神」はヘブル語で「エリ」で、その発音がマタイ27:46に記されている。
  • 1節b「なぜ、遠く離れておられるのでしょう」で、「なぜ」の繰り返しは原文にはない。
  • 3、6、9節の始まりの接続詞は、沈黙の中に視点を変える意味が込められている。
  • 3、9、19節の「あなた」という代名詞、また六節の「わたし」という代名詞は特に強調されている。
  • 6節の「人間と見られていません」は、原文で「人間ではない」と記されている。
  • 10節「胎に宿ったときから」とは、原文で「胎内にいるときから」だが、9、10節での「母の胎」とは異なったことばが用いられている。また、「あなたのふところ」の「ふところ」は、原文にないことば。
  • 20節「ただひとつのいのち」は、原文で、「たったひとつのもの」と記されている。
  • 21節c「あなたは答えてくださいました」は、ヘブル語で一語のことばで、ここから絶望から希望へと調子が百八十度転換している。そして、これ以降は基本的に三行詩のリズムに変わっている。
  • 25節「……あなたから生まれました」は、原文で「あなたから」とのみ記されている。
  • 26節の3行目は、互いのいのちを喜び合っている祝いのことば。
  • 30節の主(アドナイ)は、主人を意味することば、ユダヤ人は「ヤハウェ」という御名を発音するのを恐れて「アドナイ」と読み替えるようになったが、ここはもともと「アドナイ」と記されている。

ダビデの歌

(ヤハウェ) は、私の飼い主、 (1) 私は乏しいことがありません。(彼)は私を、緑の牧場に伏させ、 (2) 憩いの ぎわ に伴われます。

(彼)は私のたましいを 立ち返らせ、 (3) 御名のために  ただ しい道筋に戻されます。 たとい 死の陰の谷を歩むことがあっても (4) わざわいを 恐れはしません。 あなたが いつもともにいてくださいますから。 あなたの むち つえ 、それらが私を安心させます。

敵の前で、あなたは私のために食事を整え、 (5) 頭に香油を注いでくださいます。私の杯は溢れています。 生きている限り、恵み (goodness) と慈愛 (ヘセッド) が 私を追い続けます。 (6) とこしえに私は、主 (ヤハウェ) の家に住み続けましょう!

 
  • 1節bは、原文で、「私は不足することはない」という興味深い表現になっている。
  • 2、3節の「主」は、動詞の形から判断される主語で、「彼」が直訳だが、「神」を「彼」と呼ぶのは畏れ多いので「主」と訳している。ただ、1、6節で「ヤハウェ」と明記されているのとは区別される。
  • 2節「伏させ(安心して横たわるようにする)」「伴われ(導く)」、3節「立ち返らせ(回心させる)」「戻されます(優しく導く)」、4節d「それらが安心させる(慰める)」は、すべて羊に安心をもたらす神の優しさの表現だが、原文で、それぞれ異なったことばが使い分けられている。
  • 4節の3行目の「あなた」は特に強調されて記されている代名詞。
  • 同4行目の「鞭」は「棍棒」のようなもので、野生動物の攻撃から守るための羊飼いの武器。
  • 6節「恵み」は多くの英語訳でgoodness「良い」の名詞形。4節bの「わざわい」の反対語。
  • また「慈愛」はへセッドの訳で、神がご自身の約束に真実であられることを表す。
  • 「私を追い続けます」の「追う」とは、「獲物を追う」と使われる表現。羊飼いの犬が羊を後ろから追って前に進ませるイメージ。「わざわいや恐れ」に駆り立てられて生きることの対比。
  • 「追い続け」「住み続け」での「続け」は原文にはないことばで「生きている限り」「とこしえに」ということばと動詞の形から説明的に付加。

ダビデによる賛歌

地とそこに満ちるものは 主 (ヤハウェ) のものである (1) 世界とその中に住んでいるものも。 この方が おお うみ の上にその もとい を据え (2) もろもろの川の上に それを堅く立てられたからだ。 だれが 主 (ヤハウェ) の山に登るのか (3) だれが その聖所に立つのか 手がきよく (4) 心が澄んだ人 そのたましいをむなしいことに向けず 偽りの誓いをしない人。 その人は 主 (ヤハウェ) から 祝福を受け (5) その救いの神から 義を受ける。 これこそ この方を捜し求める者たち (6) かお を慕い求めるヤコブの一族である。 セラ

もん よ おまえたちの かしら を上げよ (7) 永遠の戸よ 上がれ 栄光の王が入って来られる。 その栄光の王とは だれか (8) 強く 力ある主 (ヤハウェ) 戦いに力ある主 (ヤハウェ)。 門よ おまえたちの かしら を上げよ (9) 永遠の戸を 上げよ 栄光の王が入って来られる。 その栄光の王とは だれか (10) その方こそ 万軍の主 (ヤハウェ) 栄光の王であられる。  セラ

 

ダビデによる

(ヤハウェ) は、私の光、また救い。 だれを恐れることがあろう。 (1) (ヤハウェ) は、私のいのちのとりで。 だれをおびえることがあろう。

悪人どもが私の肉を食らおうと、 おそ いかかるとき、 (2) 私の仇、私の敵、彼らこそがつまずき、倒れる。 たとい、私に向かって 陣営 じんえい が張られても、この心は恐れない。 (3) たとい、戦いが迫ってきても、それでも、私は信頼している。

一つのことを 私は主 (ヤハウェ) に願った。 (4) それを 私は慕い求めている。 私のいのちの日の限り、主 (ヤハウェ) の家に住み、 (ヤハウェ) うるわ しさを見つめ、その宮で、深く静まることを。

それは、悩みの日に、主が私を かく れ場に隠してくださるから、 (5) まく 奥深 おくぶか くにかくまい、また、岩の上に上げてくださるからだ。

今、私のかしらは、 むら がる敵の上に 高く上げられる。 (6) 喜びのいけにえをその幕屋でささげ、歌い、主 (ヤハウェ) に賛美をささげよう。

聞いてください! 主 (ヤハウェ) よ。 んでいるこの声を。 (7) 私をあわれみ、答えてください。

「わたしの顔を、慕い求めよ」とのあなたのことばを、この心はささやく。 (8) あなたの かお を、主 (ヤハウェ) よ。 私は慕い求めます。

御顔を 私から隠さないでください。 (9) あなたのしもべを、 いか って、退けないでください。 あなたはいつも私の助けでした。 見放さないでください。 見捨てないでください。 私の救いの神よ。 たとい、私の父、私の母が、私を見捨てようとも、 (10) (ヤハウェ) は、私を引き寄せてくださる。

教えてください! 主 (ヤハウェ) よ。あなたの道を。 (11) 導いてください!  平穏 へいおん な小道に。待ち伏せる者どもがいるのです。 私の あだ の意のままにさせないでください。 (12) いつわ りの証人どもが迫り、 暴言 ぼうげん を吐いているのです。

(ヤハウェ) のいつくしみを、この生ける者の地で 私は見る。 (13) ああ、もし私が、これを信じられなかったとしたら…… 望め! 主 (ヤハウェ) を。 勇ましくあれ。 (14) 心を大きくせよ。 待ち望め! 主 (ヤハウェ) を。

 
  • 4節「主の麗しさを見つめる」とは詩的な表現で、「心の目」で、主のすばらしさを一心に思うことを意味する。「深く静まる」とは、本来の意味は「見分ける」とか「探る」だが、ここでは後の教会の伝統で重んじられる contemplation(観想)の原点と理解した。それはただ神の臨在に心の目を集中すること。
  • 8節は原文で、「あなたのために(あなたに代わって)私の心は言う。『わたしの顔を慕い求めよ』と……」と記され、神の御思いを「私の心」が御霊の導きによって自分にささやいていると理解できる。
  • 9節「退けないでください」は原文で、「(さばきのために手を)伸ばさないでください」と記されている。
  • 10節「引き寄せてくださる」は、原文で「集める」「収穫する」とも訳されることば。
  • 13節原文は、2行目の「ああ、もし……」から始まる。この仮定法を用いることで著者は「私は主(ヤハウェ)のいつくしみを見る」という確信に満たされていることを表現している。
  • 14節は、しばしば「雄々しくあれ、心を強くせよ」とも訳される。しかし、「雄々し」とは「女々しくない」「男らしい」という意味があるので、女性を意識して「勇ましくあれ」と訳すとともに、「心を強くする」ことは、心の柔軟性を失う意味で用いられることもあるので、「心を大きくせよ」と訳した。

賛歌。家をささげる歌。ダビデによる

あなたをあがめます 主 (ヤハウェ)  (1) それは 私を引き上げ 敵が喜ばないようにしてくださったから。 (ヤハウェ)  私の神よ 私が叫び求めると (2) あなたは私を癒してくださいました。 (ヤハウェ) は私のたましいをよみから引き上げ (3) 私を生かし 穴に下って行かないようにしてくださいました。

(ヤハウェ) をほめ歌え 主に誠実な者たちよ (4) 主の聖さを覚え 感謝せよ。 それは 御怒りは 束の間 つかのま で   (5) 恩寵 おんちょう のうちに一生があるから。 夕暮れには涙のうちに過ごしても 朝明けには喜びの叫びがある この私は平安のうちに言った (6) 「私は決して揺るがされない」と。

(ヤハウェ) は ご恩寵のうちに立たせてくださいました (7) 私の山を 強固なものとして。 あなたが 御顔を隠されると 私はおじ惑うしかありませんでした。 あなたを 主 (ヤハウェ) よ 私は呼び求めます。 (8) 私の主 (アドナイ) に あわれみを乞います。 何の益があるでしょう 私の血に (9) 私が滅びの穴に下るならば。 ちりが あなたをほめたたえ あなたの真実を告げるでしょう

お聞きください主 (ヤハウェ) よ あわれんでください。 (10) (ヤハウェ)よ 私の助けとなってください。 あなたは私のために 嘆きを踊りに変え。 (11) 粗布 あらぬの を解き 喜びをまとわせてくださいました。 それは私のすべてがあなたをほめたたえよ  (12) 押し黙ることがないためです。 (ヤハウェ) 私の神よ とこしえに あなたに感謝します

ダビデのマスキール

幸いなことよ。そのそむきを赦され、 (1) 罪をおおわれた人は。 幸いなことよ。主 (ヤハウェ) が、咎をお認めにならない人、 (2) その霊に欺きのない人は。

黙っていたとき、私の骨々は疲れ果てました。 (3) 一日中、私がうめいていたためです。 それは、御手が昼も夜も私の上に重くのしかかり、 (4) 私の潤いは、夏のひでりで枯れ果てたからです。  セラ 私は、罪を、あなたに知らせ、 (5) 咎を隠しませんでした。 私は申しました。「私のそむきを主 (ヤハウェ) に告白しよう。」と すると、あなたは 私の罪のとがめを赦されました。  セラ それゆえ、聖徒は、みな、お会いできる間に、あなたに祈りましょう。 (6) 大水があふれるときも 聖徒に及ぶことはありません。 あなたこそが私の隠れ場。 (7) 苦難から私を守り、救いの歓声で、私を取り囲まれます。  セラ 「わたしは、あなたを賢くし、行くべき道を教えよう。 (8) わたしの目をあなたの上に置き、助言を与えよう。 馬や 騾馬 ラバ のように悟りのない者であってはならない。 (9) それらは、くつわや手綱で押さえなければ、あなたに近づかない。」

悪者には、苦痛が多い。 (10) しかし、慈愛 (ヘセッド) は、主 (ヤハウェ) に信頼する者を、取り囲む。 (ヤハウェ) にあって楽しめ。喜び踊れ。正しい者たちよ。 (11) 喜びの声をあげよ。すべて心の直ぐな人たちよ。

ダビデによる。彼がアビメレク(ペリシテの王)の前で狂気を装い、(それが功を奏して)追い出され、(捕らえられずに)去ったとき

あらゆるときに私は、主 (ヤハウェ) める。 (1) いつでも この口には主への賛美がある。 (ヤハウェ) を、このたましいは ほこ る。 (2) 苦しむ者は、それを聞いて喜ぶ。 (ヤハウェ) をたたえよ、私とともに。 (3) 御名 みな をあがめよう、ひとつになって。

(ヤハウェ) び求めると、主は答えてくださり、 (4) すべての きょう から救い出してくださった。 主を あお ぎ見る者たちは 輝き、 (5) その顔は 恥を見ることがない。 この悩む者の 叫びを、主 (ヤハウェ) は 聞かれ、 (6) すべての苦しみから 救ってくださった。

(ヤハウェ) 御使 みつかい いが じん  (7) 主を恐れる者を かこ んで助け出してくださる。 味わい、見つめよ。主 (ヤハウェ) の すばらしさを。 (8) 幸いなことよ、主に身を避ける人は。

(ヤハウェ) を恐れよ。 せい たちよ。 (9) 主を恐れる者には 乏しいことはない。 若い 獅子 しし も 貧しくなって飢える。 (10) しかし、主 (ヤハウェ) を求める者は、良いものすべてに乏しいことはない。

来なさい。子たちよ。私に聞きなさい。 (11) (ヤハウェ) を 恐れることを教えよう。 だれでも、いのちを喜び、 (12) 幸いな日々が続くのを望むなら、 舌に悪口を言わせず、 (13) くちびる あざむ きを語らせず、 悪を離れ、 ぜん を行い、 (14) 平和を求め、追い続けよ。

(ヤハウェ) の 目は正しい人を かえり み、 (15) その 耳は 彼らの叫びに傾けられる。 (ヤハウェ) の  かお は悪をなす者に立ち向かい、 (16) 彼らの記憶を 地から消し去る。

叫ぶ者たちに、主 (ヤハウェ) は聞かれ、 (17) すべての苦しみから 救い出してくださる。 (ヤハウェ) は 心の くだ かれた者に 近くおられ、 (18) 打ちひしがれた霊を 救ってくださる。 正しい者の わざわいは 多い。 (19) しかし、主 (ヤハウェ) は そのすべてから救い出してくださり、 彼の骨のことごとくを守られ、 (20) その一つさえ砕かれることはない。 わざわいは 悪者を殺し、 (21) 正しい者を憎む者は 罪に定められる。 (ヤハウェ) は そのしもべのたましいを贖う方、 (22) 主に身を避ける者は、だれも罪に定められない。

 
  • この詩のそれぞれの節の冒頭はヘブル語のアルファベットの順番になっている。
  • 「主(ヤハウェ)」という御名がこの詩では頻繁に繰り返されている。なお「主」とだけ記しているのは原文で動詞の形から判断される代名詞で、「彼」とも訳されることば。
  • 5節は「彼らの顔をはずかしめないでください」と訳されることもあるが、「その顔は恥を見ることがない」という訳の方が一般的だと思われる。
  • 9、10節の2行目とも原文で同じ語根が用いられ、「乏しいことはない」と繰り返されている。
  • 15、16節には、「主(ヤハウェ)」の「目」「耳」「顔」ということばの並びが見られる。
  • 18節の1行目の「砕かれる」と、20節2行目の「砕かれる」は原文で同じことばが用いられている。詩篇51篇17節の「砕かれた霊」と同じ動詞、また「打ちひしがれた霊」も同箇所と同じ動詞。
  • 19、21節の「わざわい」と訳されたことばは、「悩み」とか「悪」とか訳されることもあるが原文は同じ言葉を用いている。

ダビデによる

悪を行う者に対して熱くなるな (1) 不正を行なう者をねたむな。 彼らは草のようにたちまちしおれ、 (2) 青草のように枯れるのだ。

(ヤハウェ) に信頼し、善を行なえ。 (3) 地に住み、誠実を養え。 (ヤハウェ) をおのれの喜びとせよ。 (4) 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。

あなたの道を主 (ヤハウェ) にゆだねよ。 (5) 主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。 主はあなたの義を光のように輝かしてくださる。 (6) あなたのさばきを真昼のように……。

(ヤハウェ) の前に静まり、 (7) 忍んで主を待て。 その道で栄え、 悪意を遂げる人に対して熱くなるな。

怒りを手放し、憤りを捨てよ。 (8) 熱くなるな。それはただ悪への道だ。 なぜなら、悪を行なう者は断ち切られるからだ。 (9) (ヤハウェ) を待ち望む者、彼らは地を受け継ぐ。

ただ少しの間に、悪者はいなくなる。 (10) 彼の居所を調べても、もういない。 しかし、貧しい者は地を受け継ぐ。 (11) また、豊かな平和 (シャローム) をおのれの喜びとする。

悪者は正しい者に陰謀を巡らし、 (12)   歯ぎしりして彼に向かう。 (アドナイ) は悪者を笑われる。 (13)   彼の日が迫っているのをご覧になるから。

悪者どもは剣を抜き、弓を張った。 (14)    貧しい者、乏しい者を倒し、 まっすぐな道の者を殺そうとする。  彼らの剣は自分の心臓を貫き、弓は折られる。 (15)

正しい者の持つわずかなものは、 (16)  多くの悪者の豊かさにまさる。 なぜなら、悪者の腕は折られるが、 (17)  (ヤハウェ) は正しい者を支えられるからだ。

(ヤハウェ) は完全(正直)な者の日々を知っておられ、 (18) 彼らの受け継ぐものは永遠に残る。 彼らはわざわいの時にも恥を見ず、 (19)  飢饉のときにも満ち足りる。

まことに、悪者は滅びる。 (20)   (ヤハウェ) の敵は、牧場の輝きのようだ。 彼らは消えうせる。 煙となって消えうせる。

悪者は、借りるが返さない。 (21)   正しい者は情け深く、人に施す。 まことに主に祝福された者は地を受け継ぐ。 (22)   しかし、主にのろわれた者は断ち切られる。

人の歩みは主 (ヤハウェ) によって確かにされる。 (23)   主はその人の道を喜ばれる。 たとい倒れても、逆さになることはない。 (24)   (ヤハウェ) がその手を支えておられるからだ。

若かった時も、年老いた今も、私は見たことがない。 (25)   正しい者が見捨てられ、その子孫がパンを乞うのを。 その人はいつでも情け深く、人に貸す。 (26)   その子孫も祝福される。

悪を離れ、善を行なえ。 (27)   するとあなたは永遠の住まいを得る。 なぜなら、主 (ヤハウェ) はさばき(正義)を愛し、 (28)   ご自分の聖徒(契約の者)を見捨てられないからだ。

彼らは永遠に守られる。 しかし、悪者どもの子孫は断ち切られる。 正しい者は地を受け継ぎ、 (29)   いつまでもそこに住みつく。

正しい者の口は知恵を語り、 (30)   その舌は、さばき(正義)を告げる。 その心には神のみ教えがあり、 (31)   その歩みはよろけない。

悪者は正しい者をつけねらい、 (32)   彼を殺そうとする。 (ヤハウェ) は、彼をその者の手の中に捨て置かず、 (33)   さばきのとき、彼は罪に定められない。

(ヤハウェ) を待ち望め。その道を守れ。 (34)   そうすれば、主はあなたを高く上げて、 地を受け継がせてくださる。  あなたは悪者が断ち切られるのを見る。

私は悪者の横暴を見た。 (35)   彼は野生の木のように生い茂った。 しかし、彼は過ぎ去った。見よ、彼はもういない。 (36)   彼を探したが、見つからなかった。

完全(正直)な人に目を留め、まっすぐな人を見よ。 (37)   平和 (シャローム) の人には将来がある。 しかし、そむく者は、相ともに滅ぼされる。 (38)   悪者どもの将来は断ち切られる。

正しい者の救いは、主 (ヤハウェ) から来る。 (39)   主こそ苦難の時の彼らのとりで。 (ヤハウェ) は彼らを助け、解き放たれる。 (40)
悪者どもから解き放ち、救われる。
それは、彼らが主に身を避けるからだ。

ダビデの歌、記念のため

(ヤハウェ) よ。 いきどお りによって、責めないでください。 (1) げき のあまり、私を らしめないでください。 あなたの矢が私を刺し抜き、 (2) 御手 みて が私の上に重くのしかかりました。 いか りのため、私の肉には健全なところがありません。 (3) 私の罪のため、骨にもやすらぎ (シャローム) がありません。 私の とが が、この頭を圧倒し、 (4) 重過ぎる重荷のようになっています。

私の傷はうみただれ、悪臭を放ちました。 (5) それは私の愚かさのせいです。 私はうなだれ、ひどく打ちのめされ、 (6) 一日中、嘆きながら歩いています。 腰は焼けるような痛みに満ち、 (7) 私の肉には健全なところがありません。 私は衰え果て、ひどく砕かれ、 (8) 心の乱れによって、うめいています。 (アドナイ) よ。私の願いは すべて御前にあり、 (9) 私のためいきは あなたに隠されてはいません。 私の心は動転し、力は失せ去り、 (10) 目の光さえもなくなりました。

愛する者や友も 私の災難から目を背けて立ち、 (11) 私の近親者も 遠く離れて立っています。 私のいのちを狙う者は 罠をしかけ、 (12) わざわいを求める者は私の破滅を告げ、 裏切りを一日中思い巡らしています。 しかし、この私は、耳の聞こえない者のように聞かず、 (13) 話せない者かのように、口を開きません。 まるで私は、聞くことができない者、 (14) 口で抗議できない者のようになりました。

それは、主 (ヤハウェ) よ。あなたを私は待ち望んでいるからです。 (15) 私の神、主 (アドナイ) よ。あなたは、答えてくださいます。 私は申しました。「この足がよろけるとき、彼らに喜ばせず、 (16) 私に向かって高ぶらせないようにしてください。」 この私は、今にも崩れそうで、 (17) 痛みが、いつも、ともにあるからです。 私は自分の とが を言い表し、 (18) 罪のゆえに不安になっています。 私の敵は、活気に満ちて強く、 (19) ゆえもなく私を憎む者は多くいます。 善に代えて悪を報いる者たちは、 (20) 私が善を求めることで、かえって敵となっています。

見捨てないでください。主 (ヤハウェ) よ。 (21) 私の神よ。遠く離れないでください。 急いで、助けてください。 (22) (アドナイ) よ。私の救いよ。

 
  • 1節「憤り」とは、「怒り」の類語の中で最も激しいものを表すことば。「激怒」とは、怒りの感情の中でも特に「熱さ」を表現するもの。
  • 2節「重くのしかかり」の「重く」は原文にはないことばだが、意味を明らかにするため付加。
  • 3節「御怒り」とは、罪へのさばきの面を強調した「怒り」の類語。
  • 3節と7節で「健全なところ」と訳されていることばは、原文では「完全」と記されている。身体中すべてが病気になっていることを強調しつつ、重ねて表現したもの。
  • 3節「やすらぎ」は原文でシャロームで、「平和」と一般的には訳されることば。
  • 4節「重過ぎる」とは、原文で「重い」ということばが繰り返されている。
  • 9、15、22節で三回繰り返される「主」は原文で、主人を意味する「アドナイ」だが、「ヤハウェ」という主の御名もこの詩では1、15、21節で3回繰り返されている。
  • 12節だけは3行詩になっているが、他の節はそれぞれが2行に分けられる。
  • 15節は「答えてください」という嘆願にも訳せるが、「あなたは」ということばが特に強調されていることからしても、「答えてくださる」という断定形として訳すべきかと思われる。
  • 17節は「私」という主語が強調され、「今にも崩れそう」とは、原文では「倒れることが定まっている」と記されているが、文脈から、神の支えを期待した表現とした。

指揮者のために ダビデによる賛歌

(ヤハウェ) を 切に私は待ち望んだ。 (1) すると主は身を乗り出して この叫びを聞いてくださった。 滅びの穴から 泥沼から 私を引き上げてくださった。 (2) 主はこの足を いわお に立たせ 歩みを確かにしてくださった。 新しい歌をこの口に授けてくださった 私たちの神への賛美を。 (3) 多くの者たちはこれを見て恐れ 主 (ヤハウェ) に信頼しましょう。

幸いなことよ 主 (ヤハウェ) に信頼を置く人 (4) 高ぶる者や偽りに傾く者たちの方を向かない人は。 何と多いことでしょう あなたがなさった奇しいみわざ (5) 私たちへの計らいは  わが神 主 (ヤハウェ) よ。 あなたに並ぶ者はありません 私が語り告げようとしても あまりにも多く数え切れません。

いけにえも供え物も あなたはお喜びになりません。 (6) 私の両耳を あなたは開いてくださいました。 全焼のささげ物も罪のきよめのささげ物も あなたはお求めになりませんでした。 そのとき 申し上げました。『今 私はここに来ております。 (7) 巻き物の書に 私のことが書いてあります。 あなたのみこころを行うことを私は喜びとします わが神よ。 (8) あなたのみ教えは 私の腹の中にあります。』

義を私は喜び知らせます 大いなる会衆の中で。  (9) 今 私は唇を抑えません。主 (ヤハウェ) よ あなたはご存じです。 あなたの義を 私は心の中に隠しません。 (10) あなたの真実とあなたの救いを 私は言い表します。 あなたの慈愛 (ヘセド) とあなたのまことを 大いなる会衆に私は隠しません。

あなたは 主 (ヤハウェ) よ あわれみを私の前で抑えないでください。 (11) 慈愛 (ヘセド) とまことが 絶えず私を見守るようにしてください。 それは数え切れないわざわいが 私を取り囲んでいるからです。 (12) 私の数々の咎が襲いかかり 私は何も見ることができません。 それらは私の頭の髪の毛よりも多く 私の心さえも私を見捨てました。

みこころとしてください主 (ヤハウェ) よ 私を救い出すことを。 (13) (ヤハウェ) よ 急いで私を助けてください。 みなそろって恥を受け  はずかし められますように (14) 私のいのちを求め滅ぼそうとする者たちが。 後ろに退いて卑しめられますように  私のわざわいを喜ぶ者たちが。 自らの恥に唖然としますように (15) 私を「あはは、あはは」とあざ笑う者どもが。 あなたにあって楽しみ 喜びますように (16) あなたを慕い求めるすべての人たちが 「主 (ヤハウェ) は大いなる方」といつも言いますように あなたの救いを愛する人たちが この私は苦しむ者 貧しい者です。 (17) (アドナイ) が私を顧みてくださいますように。 あなたこそ私の助け 救い出す方。 私の神よ 遅れないでください。

 

指揮者のために。
コラの子たちのマスキール

鹿が深い谷底の水を慕いあえぐように、 (42:1) 神よ。私のたましいは、あなたを慕いあえぎます。 私のたましいは、神に、生ける神に、渇いています。 (2)

いつになったら私は行って、神の御顔を仰ぐことができるでしょう? 昼も夜も、私の食べ物は、涙ばかりです。 (3) 「おまえの神はどこにいるのか?」と、一日中言われながら。 私は昔を思い起こしては、たましいを私の前で注ぎ出しています。 (4) 神の家へと、私は人々の先頭に立って歩んだものでした。 祭りを祝う群集の、喜びと感謝の、その声の中を……。

私のたましいよ。なぜ、うちしおれて(絶望して)いるのか? (5) 私の前で、うめいて(思い乱れて)いるのか?       神を、待ち望め。私はなおもたたえよう。御顔の救い、私の神を。

私のたましいは、私の前で、うちしおれて(絶望して)います。 (6) それゆえ、あなたを私は思い起こします。 遠いヨルダンの地から、ヘルモンとミツァルの山から。 あなたの大滝のとどろきに (7) 深淵は、深淵を 呼び起こし 砕け散るあなたの波は みな、私を呑み込みました。

しかし、昼には、主 (ヤハウェ) が、慈愛 (ヘセド) を 施してくださいます。 (8) 夜には、主の歌が、私とともにあります。 私のいのち、神への、祈りが。

それゆえ、私の岩であられる神に申し上げます。 (9) 「なぜ、私をお忘れになったのですか? なぜ、私は敵の虐げに、嘆いて歩かなければならないのですか?」


私に敵対する者どもは、骨を砕くほどに、私をそしり、 (10) 一日中、私に向かって言っています。 「おまえの神はどこにいるのか?」と。

私のたましいよ。なぜ、うちしおれて(絶望して)いるのか? (11) なぜ、私の前でうめいて(思い乱れて)いるのか? 神を、待ち望め。私はなおもたたえよう。私の顔の救い、私の神を。

神よ。私のためにさばいてください。 (43:1) 私の訴えを取り上げ、不真実な民の言い分を退けて下さい。 欺きと不正の人から、私を助け出して下さい。 あなたこそ、私の神、私の隠れ場なのですから。 (2) なぜ、私を拒まれたのですか? なぜ、私は敵の虐げに、嘆いて歩き回らなければならないのですか?

どうか、あなたの光と、あなたのまことを、遣わしてください。 (3) それらに、私を導かせて下さい。 あなたの聖なる山、御住まいに向かって。 そして私は、神の祭壇、私の最も喜びとする 神のみもとに行き、 (4) 立琴に合わせて、あなたをほめたたえましょう。 神よ。私の神よ。

私のたましいよ。なぜ、うちしおれて(絶望して)いるのか? (5) なぜ、私の前でうめいて(思い乱れて)いるのか?  神を、待ち望め。私はなおもたたえよう。私の顔の救い、私の神を。

 
  • 詩篇42、43篇はひとつの詩であったと思われる。「マスキール」の意味は不明。
  • 1節「深い谷底」は、原文ではこのような意味を表す一つのことば。
  • 2節「……なったら……できる」は、原文にはないが、意味を明確にするために付加した。
  • 4節「昔」とは、原文では「これら」と記され、4節後半の昔の思い出を指している。
  • 5節「うちしおれる」は、6、11節、43篇5節でも繰り返される鍵のことば。深い悲しみや絶望感に圧倒されている状態。また、「私の前で、うめいている」は、その絶望感が、うなるようなうめきの声として出ている様子で、11節と43篇5節で繰り返されている鍵のことば。
  • 5節終わりの「私の神」は、6節の初めに記される場合が多いが、節は霊感されていない。
  • 6節「遠い」は、これらの地がエルサレム神殿から遠く離れていることを説明するために付加。
  • 8節「慈愛」は、原語で「へセッド」と記され、神の契約の愛を意味することば。
  • 43篇1節「不真実」とは、42篇8節の「慈愛(真実の愛)」と訳したことばに否定形をつけた形容詞表現。

聖歌隊の指揮者によって、おとめらの声で歌われるコラの子たちの歌

神はわれらの避け所、また力。 (1) 苦しむ時、すぐそこにある助け。 それゆえ、われらは恐れない。 (2) たとい、地が変わり、山々が海に沈むほど揺らぐとも。 たとい、その水がどよめき、あわだち、 (3) その勢いに、山々が ふるえ動くとも。

川が、いと高き方の聖所から湧き で、 (4) その流れは、神の都を喜ばせる。 神が、ま中に居まし、都は揺るがない。 (5) 神は、夜明け前に、これを助けられる。 諸国の民はどよめき、国々は揺らぐ、 (6) 神の発する御声は、その地を溶かす。

万軍の主 (ヤハウェ) は、われらと共におられる。 (7) ヤコブの神こそ、われらの高き とりで

来て、主 (ヤハウェ) のみわざを 見よ。 (8) 主は地上に驚異を 置かれた。 主は地の果てまで、戦いをやめさせ (9) 弓を折り、 やり を砕き、戦車を焼かれた。 「静まれ。そして、知れ。『わたしこそ神。 (10) 国々の上に おり、地のはるか上に 在る。』」

万軍の主 (ヤハウェ) は、われらと共におられる。 (11) ヤコブの神こそ、われらの高き とりで

 
  • 標題、「おとめらの声」の原語は「アラモテ」。この詩のテーマは全体として「高さ」にあると考えられ、これは詩篇としては異例にソプラノのような声で歌われたとも推測される。
  • 1節「すぐそこにある助け」は、原文で「あふれるほどに見いだされる助け」と記されている。
  • 2節「山々が……揺らぐ」は、5節の「都は揺るがない」、6節の「揺らぐ」と同じ語根のことば。
  • 3、7、11節「セラ」の意味は不明。旋律の変化または音楽的休止と解釈される。ここでは休止の意味が強いと思われるが、詩篇55篇などを見ると旋律の変化の意味が強いと思われる。
  • 4節は原文で、「川、その流れは神の都を喜ばせる。いと高き方の聖なる住まい」だが、この後の時代に記されたエゼキエル47章を参考に、このように意訳した。
  • 7節「高き砦」は、「砦の塔」また「やぐら」とも訳されることばだが、ここでは「安全をもたらすための高い塔」という意味が込められているので、「高き」を付加して訳した。
  • 8節b「驚異」とは「荒廃」とも訳されることばだが、主が荒廃をもたらすというより、9節bの「弓を折り、槍を砕き、戦車を焼かれる」ことを指しているのでこのように訳した。
  • 10節「静まれ」は、原文で「力を抜く」という意味のことば。「やめよ!」とも訳される。
  • 10節「国々の上におり、地のはるか上に在る」は、原文で「国々の間に高くあり、地にあって高くある」とある。7、11節の「高き砦」と合わせ、「高さ」が強調されている。

聖歌隊の指揮者のためのダビデの詩。
ダビデがバテ・シェバに通じた後で、預言者ナタンが彼のもとに来たとき。

あわれんでください。神よ。あなたの慈愛 (ヘセッド) によって。 (1) 豊かな情けによって、私のそむきの記録を ぬぐ い去ってください。 私の とが を、ことごとく洗い去り、 (2) 私の罪から、きよめてください。

まことに、この私は、自分のそむきを知っています。 (3) 私の罪は、いつもこの目の前にあります。 あなたに、ただあなたに対して、私は罪を犯し、 (4) おん に悪であることを、行いました。 それで、あなたが宣告されるときは であられ、
さばかれるとき、純粋であられます。

たしかに、私は生まれたときから  とが の中にあり、 (5) 母が私をみごもったときから罪の中にありました。 たしかに、あなたは心の内側の真実を望まれ (6) 隠された部分に、知恵を授けてくださいます。

ヒソプをもって罪を除いてください。そうすれば、きよくなれます。 (7) 私を洗ってください。そうすれば、雪よりも白くなれます。 楽しみと喜びとを、私に聞かせ、 (8) あなたが砕かれた骨を、喜び踊らせてください。 かお を、私の罪に、お向けにならないで、 (9) すべての 罪咎 とが の記録を拭い去ってください。

神よ。きよい心を、私に創造し (10) るがない れい を、私のうちに新しくしてください。 御顔の前から、私を投げ捨てず、 (11) あなたの きよ い霊を、私から取り去らないでください。 御救いの喜びを、回復させ、 (12) 自由の霊が、私を支えますように。 私は、そむく者たちに、あなたの道を教えましょう。 (13) すると罪人たちは、あなたのもとに回復されましょう。

血の罪から助け出してください。神よ、私の救いの神よ。 (14) この舌は、あなたの義を、高らかに歌います。 (アドナイ) よ。この くちびる を開いてください。 (15) この口は、あなたへの賛美を知らせます。 今、私がささげても、いけにえを喜んでくださいません。 (16) ぜん しょう のいけにえにさえも、満足してくださいません。

神へのいけにえは、 くだ かれた れい 、砕かれ、打ちひしがれた心。 (17) 神よ。あなたは、それをさげすまれません。

どうかシオンを受け入れ、そこにいつくしみをほどこし (18) エルサレムの じょう へき を築いてください。 そのときあなたは、義のいけにえ、全焼の完全なささげ物を喜びとされ、 (19) 祭壇 さいだん には、 うし のいけにえがささげられることでしょう。

 
  • 1節「慈愛」はヘブル語の「へセッド」、神がご自身の契約を真実に守り通す愛 (69:13参照)。
  • 4節c、「あなたが宣告されるときは義であられ」の「義」ということばは、14節bの「あなたの義を ……歌う」、19節の「義のいけにえ」と同じ語根のことばが用いられている。
  • 5節は原文で、「私は とが のうちに生まれ、罪のうちに母は私をみごもった」と記されている。
  • 1、9節「記録を拭い去る」の「記録」は原文にはないことばだが、意味を明確にするために付加。本来、羊皮紙のインクを拭い去って記録をなくすることに由来することばだから。
  • 6節「心の内側」で「心」は原文にはない、「隠された部分」も心の最奥部を指すと思われる。
  • 11節「聖い霊」は、イザヤ63:10、11で「聖なる御霊」(新改訳)とも訳されている。また、新約でもローマ1:4では「聖い御霊」という表現もある。
  • 12節「自由の霊」の「自由」とは「高貴な」「強制されることのない」という意味。
  • 16節「今」は、原文にはない付加。全焼のいけにえも、当時のダビデの力では、ほとんど犠牲も払わず可能だったという意味を込めた。ここは、「あなたはいけにえを喜んでくださいません。私はささげたいのですが、あなたは全焼のいけにえにも満足してくださいません」と訳すこともできる。
  • 17節「砕かれた」とは、「粉々にされた」とも訳され、自力で立てないほどの弱い状態。また「打ちひしがれた」とは「悔いた」とも訳されるが、本来、圧倒的な力で「押しつぶされ」、辱められた状態を指す。両方のことばとも、尊敬される「徳」ではなく、軽蔑の対象とされる状態を指す。

指揮者のため。
弦楽器によって。
ダビデのマスキール

聴いてください!神よ、この祈りを。 (1) 私の訴えから、身を隠さないでください。 御心を私に留め、答えてください。 (2) 私はうろたえ、うめき、わめくばかりです。 敵が叫び、悪者が迫っているのですから…… (3) 彼らは災いで脅し、憤って攻めてきます。

私の心は奥底から もだ え、 (4) 死の恐怖に襲われています。 恐れとおののきにとらわれ、 (5) 戦慄 せんりつ に包まれました。

私は申しました。「ああ、鳩のような翼が私にあったなら、 (6) そうしたら、飛び去って、休みを得ることができるのに…… 本当に、はるか遠くに逃れ去り、 (7) 荒野の中に、しばし宿ってみたい。  セラ 私の隠れ場に急いで行って (8) あらしと突風を避けてみたい。」

絶やしてください!主 (アドナイ) よ、彼らを。その舌を混乱させてください。 (9) 私はこの町に暴力と争いを見ていますから。 昼も夜もそれらは城壁の上を巡り、その内側には不法と苦しみがあります。 (10) 破滅はその内側にあり、虐げと欺きとはその広場から離れません。 (11) 私をののしる者が敵ではありません。それなら忍べたでしょう。 (12) 私に高ぶる者が あだ ではありません。それなら彼から身を隠したでしょう。 しかし、おまえが。私と同等の者、私の友、私の親友が……。 (13) 私たちは親しい交わりを楽しみ、神の家へと群れの中を歩いたのに……。 (14) 死が襲いかかればよい。生きたまま、よみに落ちればよい。 (15) 悪が、彼らの住まいに、その内側にあるのだから。

私が、神に呼ばわると、 (16) (ヤハウェ) は、私を救ってくださる。 夕、朝、真昼、私はうめき、嘆く。 (17) すると、主(彼)は私の声を聞いてくださる。 迫り来る戦いから、このたましいを平和のうちに贖い出してくださる。 (18) たとい、私に立ち向かう者たちが、いかに多くいようとも。 神は聞いてくださる。昔から王座に着いておられ方は彼らを悩ませる。  セラ (19) 彼らは、改めず、神を恐れないから。 彼は自分と平和のうちにある者にまで手を伸ばし、 (20) その契約を破った。 彼の口はバターより滑らかだが、その心には戦いがある。 (21) 彼のことばは香油よりも優しいが、それは抜き身の剣である。 ゆだねよ!主 (ヤハウェ) に、あなたの重荷を。 (22) (彼)は、あなたのことを心配してくださる。(彼)は、正しい者がいつまでも揺るがされるままにはされない。 しかし、神よ。あなたは、彼らを滅びの穴に落とされます。 (23) 血を流す者と欺く者どもは、自分の かず の半ばも生きられません。 それゆえ、私は、あなたにより頼みます。

  • 1節の「聴いてください」は、原文で、「耳」という単語から生まれた派生語で、「耳を傾けてください」と訳した方が適格かもしれないが、それだと叫びの雰囲気が弱くなるので、このように訳した。 また、「聴いてください!神よ」という語順は、9節では「絶やしてください!主よ」、また22節では「ゆだねよ!主に。」でも繰り返されており、その三つの「訴え」がこの詩の核心部分となっている。
  • 2節の「うめき」は厳密には「うめきながら」だが、17節の「うめき」と同じことばであることを強調した。
  • 4節「心は奥底から悶え」とは、「心が奥底において悶えている」と記されている。
  • 9節の「絶やしてください!主よ、彼らを。」の「彼ら」は原文にはなく、何を絶やして欲しいと願っているかが曖昧にされている。「彼らの計画を絶やしてください」という解釈も文脈から可能と思われる。
  • 10節の「昼も夜もそれらは……」は「……彼らは」とも訳され得るが、前の「暴力と争い」を指すと解釈した。
  • 10、11、15節で、「内側」が三回繰り返され、城壁の内側での逃げ場のない状況が強調されている。
  • 15、23節の「私」という主語はヘブル語ではなくても通じるのに、特に明記され、強調されている。 また23節の「神よ。あなたは」の「あなた」も同様に、特に明記され、強調されている。
  • 18、20節の「平和のうちに」とは二つとも、ヘブル語の意味深い言葉「シャローム」が繰り返されている。
  • 19節の「神は聞いてくださる」は、17節の「主は私の声を聞いてくださる」と同じ言葉が用いられているが、「私の訴え」に聞くとも、「私に立ち向かう者たち」の不当な攻撃を聞いておられるとも解釈され得る。
  • 22節の「ゆだねよ」の中心的な意味は、「(石などを)放り投げる」ということで、自分の問題を神の御手にお任せすること。  また、「心配してくださる」とは、「(空の器を)満たしてくださる」というような意味が込められ、食べ物のない者に食べ物を与え、力のない者に力を与えてくださるような意味合いがある。それゆえ「支えてくださる」とも訳されることがある。

指揮者のために。
エドトンによって。
ダビデの賛歌

ただ神に向かって、私のたましいは 沈黙している。 (1) この方から 私の救いが来る。 この方だけが 私の岩、救い、また砦の塔。 (2) 私は決して 揺るがされない。

いつまで おまえたちは人を襲うのか。 (3) 傾いた城壁か、ぐらつく石垣かのように、こぞって押し倒そうとしている。 彼らは 人の尊厳を おとしめることばかりを 計り、 (4) 偽りを喜び、口では祝福しながら内側ではのろっている。  セラ

ただ神に向かって、私のたましいよ、沈黙せよ。 (5) この方から 私の望み が来るからだ。 この方だけが 私の岩、救い、また砦の塔。 (6) 私は揺るがされない。

私の救いと私の栄光は 神のもとにある。 (7) 私の力の岩と避け所は 神のうちにある。

民よ。いかなるときにも、この方に 信頼せよ。 (8) あなたがたの心を 御前に注ぎ出せ。 神は私たちの避け所。

まことに、人間の子らは 息のようなもの、 (9) 人の子らは 欺くもの。 はかりに載せると上に上がる。 彼らを合わせても息よりも軽い。 暴力に信頼するな。略奪をむなしく誇るな。 (10) 強さが 結果を生んでも、それに心を留めるな。

神は、一度告げられた。 (11) 二度、私はそれを聞いた。 力は 神のもの。 (「アドナイ」 主人)よ。慈愛 (ヘセッド) も あなたのもの。 (12) まことに、あなたは、報いてくださる。 それぞれの人の行ないに応じて。

 
  • 標題の「エドトン」とはダビデから任命された聖歌隊の指揮者の名だと思われるが(Ⅰ歴代16:41)、調べまたは歌い方を指しているという解釈もある。
  • 4節は厳密には「彼の高くされた状態から突き落とすことばかりを計る」と訳すこともできる。
  • 9節は原文で「アダムの子ら……」「人(男)の子ら……」となっており、これを「身分の低い人々」「高い人々」と区別して訳する場合がある。ただ、それもひとつの解釈に過ぎず、ここでは原文のまま人間一般の言い換えと理解した。
  • 10節「強さ」は「富」と訳されることもある。ただ中心的な意味は、人間的な強さや能力であり、この方が文脈に合っている。また「結果を生む」とは、原文では、「実を結ぶ」ということば。
  • 12節の主(アドナイ)とは、いつものように「主人」を意味することば。この詩で興味深いのは、主(ヤハウェ)の名は一度も出ず、すべて「神」と呼びかけ、ここだけ「アドナイ」と呼ばれること。「慈愛」(へセッド)も、神ご自身の「契約への真実さ」を意味する鍵のことば。

指揮者のため、ユリの調べに合わせ、ダビデによる

救ってください! 神よ。 (1) 水が 喉元 のどもと にまで迫っています。 私は深い 泥沼 どろぬま に沈み、足がかりもありません。 (2) 大水 おおみず の底に沈み、 ほん りゅう に押し流されています。 叫ぶことに疲れ果て、喉は れ、 (3) この目は、私の神を待ちわび、衰え果てました。

ゆえなく私を憎む者は髪の毛よりも多く、 (4) あざむいて滅ぼそうとする敵は強いのです。 それで私は、盗まなかった物さえも、 返さなければならないのでしょうか。

神よ。あなたは、私の愚かさをご存じで、 (5) 過ちの数々も隠されようもありません。 あなたを待ち望む人々が、私のことで恥を見ませんように。 (6) 万軍の主 (ヤハウェ) 、主 (アドナイ) よ。

あなたを慕い求める人々が、私のことで卑しめられませんように。 イスラエルの神よ。 あなたのために 私がそしりを負い、 (7) この顔は侮辱に覆われていますから。 私の兄弟からは、のけ者にされ、 (8) 同じ母の子らにさえ、私はよそ者です。 あなたの家に対する情熱が、私を食い尽くし、 (9) あなたをそしる者たちのそしりが、私に降りかかりました。 断食をして、このたましいが泣き悲しむと、そのことでそしりを受け、 (10) 荒布 あらぬの ころも とすると、それがまた、物笑いの種となりました。 (11) 町の有力な人々は、私のうわさをし、 (12) 私は酔いどれの歌にされました。

私、私の祈りはあなたに! 主 (ヤハウェ) よ。みこころのときに、 (13) 神よ。豊かな慈愛 (ヘセッド) と御救いのまことによって、答えてください。

私を泥沼から救い出し、沈まないようにしてください。 (14) 私を憎む者から、大水の底から、助け出してください。 奔流に押し流されず、深みに呑み込まれないようにして、 (15) 私の上で、穴の口が閉じられないようにしてください。

答えてください! 主 (ヤハウェ) よ。あなたの慈愛 (ヘセッド) はすばらしいのですから。 (16) 豊かなあわれみによって、御顔を私に向けてください。 あなたのしもべから御顔を隠さないでください。 (17) 私は苦しんでいます。早く答えてください。 私のたましいに近づいて、贖い、 (18) 敵の手から、私を買い戻してください。

あなたは、私が受けている そしり、恥、 じょく をご存じです。 (19) 私に敵対する者はみな、御前にいるのですから。 そしりが 心を打ち砕き、 (20) 私はひどく傷ついています。 理解してくれる人を待ち望んでも、誰もなく、 慰めてくれる人も、見いだせませんでした。 彼らは食物の代わりに にが をよこし、 (21) 渇いたときには を飲ませたのです。

彼らの前の食卓はわなとなり、平和が落し穴となりますように。 (22) 彼らの目が暗くされ見えなくなり、腰がいつもよろけますように。 (23) あなたの憤りを彼らに注ぎ、燃える怒りで圧倒してください。 (24) その陣営は荒れ果て、宿営には住む者もなくなりますように。 (25) それは、あなたご自身が打たれた人を、彼らはなおも迫害し、 (26) あなたが刺し通された人の痛みを語りぐさにするからです。 彼らの とが に答を加え、あなたの の中に入れることなく、 (27) いのちの書から消し去り、正しい者と並べ記さないでください。 (28)

私は、卑しめられ、痛んでいます。 (29) 神よ。御救いが私を高く上げてくださいますように。

神の御名を、歌をもって私はたたえ、 (30) 感謝をもってあがめます。 それこそ、雄牛にまさって、主 (ヤハウェ) に喜ばれましょう。 (31) 角と割れたひづめを持つ若い雄牛にまさって。

悩んでいる人々は、これを見て、喜びます。 (32) 神を尋ね求める人々よ。あなたがたの心は生き返ります。 (ヤハウェ) は、貧しい人々に耳を傾け、 (33) その捕らわれ人らをさげすまれないのだから。

天と地は、主をほめたたえよ。 (34) 海とその中に動くすべてのものも。 確かに神は、シオンを救い、ユダの町々を建てられる。 (35) 彼らはそこに住み、その地を治める。 主のしもべの子孫はその地を受け継ぎ、 (36) 御名を愛する人々はそこに住み着こう。

 
  • タイトルの「ユリ」と訳されることばは調べの名称だと思われるが、意味は不明、詩篇45、60、80篇にも同じ名が出て来る。
  • 6節bは神の御名「ヤハウェ」と、主人を呼ぶときの尊称「アドナイ」が並列している。
  • 12節の「町の有力な人々」は、原文で「町の門に座る人々」。それはさばきつかさたちが座る場所。
  • 13節は原文の不思議さを残した。最初、転換を表す接続詞(ワウ)の後、代名詞の「私」があえて強調され、その後、「私の祈り」、「あなたに」と続き、「ヤハウェ」という主の御名が出て来る。
  • 13節bの「慈愛」はヘブル語のへセッドの訳で、「恵み」「いつくしみ」「変わらぬ愛」とも訳される。これは、神がご自身の契約に真実であられ、約束を守り通されることを表す翻訳困難なことば。また、「まこと」は、ヘブル語のエメットの訳で、「アーメン」(それはほんとうです)の由来語。
  • 16節の「慈愛」も右と同じヘセッドの訳。また、「すばらしい」と訳されたことばは、原文で「善悪を知る」というときの「善」と同じことば。
  • 20節の「ひどく傷ついています」ということばは、聖書中、ここにしかないことばで、「ひどく病む」、「絶望する」「無力になる」「気力を失う」などとも訳されることがある。
  • 31節の「角と割れたひづめを持つ若い雄牛」とは、最上のいけにえを表現するためのことば。
  • 32節は、祈りとして訳すこともできるが、「……喜びます。……あなたがたの心は生き返ります」という断定形に訳す方が、前節、また33節の「主(ヤハウェ)は貧しい人々に耳を傾けられるのだから」という説明と整合性があると思われる。

指揮者のため。
エドトンによって。
アサフの賛歌

私は神に向かって声をあげ、そして、叫ぶ。 (1) 私は神に向かって声をあげる。すると、神は聴いてくださる。

苦難の日に、主 (アドナイ) を尋ね求め、夜には、疲れも知らず手を差し伸ばしながら、 (2) 私のたましいは慰めを拒んだ。 私は神を思い起こし、そして、嘆く。 (3) 思いを巡らし、私の霊は衰え果てる。  セラ

あなたはこの目のまぶたを開いたままにさせる。 (4) 私は混乱し、話すこともできない。 私は、昔の日々、遠い昔の年々を思い返し、 (5) 夜には、私の歌を思い起こす。 (6) 自分の心のうちで思いを巡らし、 私の霊は、答えを探り求める。

「主 (アドナイ) は、いつまでも退けられるのだろうか。 (7) もう決して、目をかけてくださらないのだろうか。 主の慈愛 (ヘセッド) は、永久に絶たれたのだろうか。 (8) 約束は、 代々 よよ に至るまで、 すた れたのだろうか。 神は、恵みを施すことを忘れたのだろうか。 (9) もしや、 いか って、あわれみの心を閉じてしまわれたのだろうか。」  セラ

そして、私は言った。「私が苦しんでいるのはこれだ。 (10) いと高き方の右の手のわざが変わるからだ。」

私は、主 (ヤハ) のみわざを思い起こそう。 (11) 昔からの、あなたの不思議なみわざを思い起こそう。 私は、あなたのなさったすべてのことを思い浮かべ、 (12) あなたの恐ろしいさばきのみわざに、思いを巡らそう。

神よ。あなたの道は聖です。 (13) どの神が、神のように偉大でしょう。 あなたこそは、不思議なみわざを行われる神、 (14) 国々の民にご自身の御力を知らされる方です。 あなたは御腕をもって、ご自分の民を贖われました。 (15) ヤコブとヨセフの子らを  セラ

水は見ました。神よ。水はあなたを見て、わななきました。 (16) 大いなる水さえもまた、震え上がりました。 雲は水を注ぎ出し、 雷雲 らいうん は声を上げ、 (17) あなたの矢もまた、飛び いました。 あなたのかみなりの声は、戦いの車のようで、 (18) いなずまは世界を照らし、地は震え、揺れ動きました。 あなたの道は海の中に、その小道は大水の中にありました。 (19) それで、あなたの足跡を見た者はありません。 あなたは、ご自分の民を、羊の群れのように導かれました。 (20) モーセとアロンの手によって。

 
  • 2節、7節の「主」は原文で「主人」を意味する「アドナイ」と記されている。この詩では「ヤハウェ」の名は11節で簡略化された発音「ヤハ」だけが出てくるだけ。これは異例とも言える表現。なお、他の箇所で「主」とのみ記しているのは、動詞の形で主語を「彼」と訳すべきところ。
  • 3節a「思い起こし」は英語でrememberと訳されることばで、6節a、11節a、bでも繰り返されている。
  • 3節b「思いを巡らし」は英語でmeditateとも訳され、6節bも、12節cでも繰り返されている。
  • 5節「思い返し」は英語でconsiderとも訳され、6節に続く先のふたつと似た意味の異なった表現。
  • 6節「答えを探り求める」での「答えを」は原文にはないことばで意味を明らかにするために付加した。
  • 8節「慈愛」はヘブル語のへセッド、神がご自身の契約を守り通す愛を意味する。これが「絶たれた」ということは本来あり得ないこと。それさえも疑わざるを得ないという混乱が表されている。
  • 9節「恵みを施す」の「施す」は原文にはない、「あわれみの心」の「心」も原文にない付加。
  • 10節は厳密には、「私を苦しめていること、それは、いと高き方の右の手の変化だ」と記されている。
  • 12節a「思い浮かべ」は英語でreflectとも訳され、11節「思い起こし」、12節bも「思いを巡らす」と似た意味の異なった表現。
  • 12節bも「恐ろしいさばきのみわざ」というのは一つの単語で本来、「残酷さ」などとも訳されることば。
  • 16節bの「大いなる水」は創世記1章2節原文「テホーム」の訳、原初に世界を満たしていた恐ろしく広くて深い水。
  • 17、18節ではあえて、「声」ということばを用いて、1節の私の「声」との対比を見させようとしている。

ダビデによる

なんと した わしいことでしょう (1) あなたの住まいは  万軍 ばんぐん の主よ 私のたましいは 絶え入るばかりです (2) (ヤハウェ) の大庭を恋い慕って この心も身体も喜び歌います 生ける神に向かって 雀さえも 住みかを見つけます (3) つばめ さえも ひなを入れる巣を それは あなたの祭壇の かたわ らにです 万軍の主 (ヤハウェ) 私の王、私の神よ なんと幸いでしょう あなたの家に住む人たちは (4) 彼らはいつも あなたをほめたたえています。

なんと幸いでしょう その力があなたにある人は (5) その心の中に シオンへの 大路 おおじ のある人は 涙の谷を過ぎるときさえ (6) 彼らはそこを泉の湧く所とします さらにそこは祝福でおおわれます 初めの雨によって 彼らは力から力へと進み (7) シオンで神の まえ に現れます

万軍の神 主 (ヤハウェ) よ 祈りを聞いてください (8) ヤコブの神よ 耳を傾けてください  神よ われらの盾をご覧ください (9) あなたに油注がれた者の顔に目を留めてください

あなたの大庭で過ごす一日は (10) ほかでの千日にもまさるからです 私は悪の天幕に住むよりは 神の家の門番になることを選びます まことに 主 (ヤハウェ) 神は 太陽 また盾 (11) (ヤハウェ) は恵みと栄光を与え 良いものを拒むことはありません 全き道を歩む者に対して 万軍の主 (ヤハウェ) よ なんと幸でしょう (12) あなたに信頼するその人は

いと高き方の保護 (shelter) のもとに座る者は、 (1) 全能者 (シャダイ) かげ に宿っている。 (ヤハウェ) に申し上げよう。 (2) 「私の避け所、また、とりで、信頼している私の神」。

まことにこの方が、あなたを救い出してくださる。 (3) 仕掛けられた罠から、また、恐ろしい えき びょう から……。 主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。 (4) その つばさ した にあなたは身を避けている。 主の真実は、 大盾 おおだて であり、 丸盾 まるだて である。 夜の恐怖も、昼に飛び来る矢も、あなたは恐れない。 (5) また、暗やみを歩く疫病も、 (6) 真昼に襲う滅びをも。 千人があなたのかたわらに、 万人 ばんにん が右手に倒れても、 (7) あなたに、それ(疫病や滅び)は近づかない。 ただ、あなたの目でそれを眺めるだけだ。 (8) 悪者への報いをあなたは見る。 それはあなたが、私の避け所である主 (ヤハウェ) を、 (9) いと高き方を、住まいとしたからである。

わざわいは、あなたにふりかからず、 (10) 伝染病も、あなたの天幕に迫りはしない。 なぜなら、あなたのために主は御使いたちに命じ、 (11) すべての道で、あなたを守るようにしてくださるから。 その手のひらで、彼らはあなたを支え、 (12) あなたの足が石に打ち当たらないようにする。 獅子 しし とコブラをあなたは踏みつけ、 (13) わか 獅子 じし と蛇とを踏みにじろう。

彼がわたしを恋い慕っているから、彼を助け出そう。 (14) 彼を高く上げよう。わたしの名を知っているから……。 わたしを呼び求めれば、彼に答えよう。 (15) わたしは、苦しみのときに彼とともにいる。 わたしは彼を救助し、誉れを与えよう。 長いいのちで彼を満ち足らせ、 (16) わたしの救いを彼に見させよう。

賛歌、安息日のための歌

麗しいことよ 主 (ヤハウェ) に感謝すること。 (1) いと高き方の御名をほめ歌うことは。 あなたの慈愛 (ヘセド) を 朝に (2) あなたの真実を 夜ごとに 宣べ伝えること。 十弦の琴に合わせ、 (3) 竪琴 たてごと の調べにのせながら。

それは主 (ヤハウェ) のみわざが 私を喜ばせてくださったから。 (4) あなたの御手のわざを 私は喜び歌います。 (ヤハウェ) よ あなたのみわざは 何と偉大なことでしょう。 (5) あなたの御思いは あまりにも深いのです。 粗野な者は知らず (6) 愚か者には これが分かりません。

悪い者が 青草のように萌え  (7) 不法を行う者が みな花を咲かせているときも、 それは ただ 永久に滅ぼされるためです。

あなたは 主 (ヤハウェ) よ 永遠に いと高き所におられます。 (8)

それは今 あなたの敵が 主 (ヤハウェ) よ 今 敵が滅びるからです。 (9) 不法を行う者は みな散らされます。

あなたは私の角を 野牛のように高く上げ、 (10) みずみずしい油を 私に注いでくださいました。 私の目は 待ち構えている者どもを勝利のうちに眺め、 (11) 耳は 私に向かい立つ悪人どもが散らされるのを聞きます。

正しい者は なつめ 椰子 やし の木のように萌え出で (12) レバノンの杉のように育ちます。 (ヤハウェ) の家に植えられた者たちは (13) 私たちの神の大庭で 花を咲かせます。 年老いてもなお 実を実らせ (14) 青々と 生い茂ります。 それは、「主 (ヤハウェ) は 真っ直ぐな方、 (15) 私の岩 その方には 偽りがない」と告げるためです。

さあ、喜び歌おう 主に向かって (1) 喜び叫ぼう 私たちの救いの岩に向かって 御前に進もう 感謝をもって (2) 賛美をもって 主に喜び叫ぼう それは 主 (ヤハウェ) が偉大な神であって (3) すべての神々にまさって 偉大な王であられるから 地の深みは 御手のうちにあり (4) 山々の いただき も 主のものである 海はこの方のもの この方が造られた (5) 陸地も 御手が形造った

来たれ ひれ伏し 膝をかがめよう (6) ひざまずこう 私たちを造られた主 (ヤハウェ) の御前に それは この方こそが私たちの神であられ (7) 私たちは その牧場の民 その御手の羊なのだから 今日 もし御声を聞くなら あなたがたの心を かたく なにしてはならない (8) メリバにいたときのように  荒野のマサでの日のように そこで、あなたがたの先祖は わたしを試み (9) わたしを試した わたしのわざを見ていたにも関わらず 四十年の間 わたしはその世代を忌み嫌った (10) そして わたしは言った 彼らは心の迷った民だ 彼らはわたしの道を知らない それゆえ 怒りのうちにわたしは誓った (11) 「彼らはわたしの安息に入ることはない」

(ヤハウェ) に歌え、新しい歌を。 (1) (ヤハウェ) に歌え、全地のものよ。 (ヤハウェ) に歌え、 御名 みな をたたえよ。 (2) すく いを、日から日へと告げ知らせよ。 主の栄光を、国々に語り告げよ。 (3) くすしいみわざを、すべての民に。

(ヤハウェ) は 偉大であり、大いに賛美されるべき方、 (4) すべての神々にまさって、恐れられるべき方 まことに、 諸国 しょこく の民のすべての神々はむなしい。 (5)

しかし、主 (ヤハウェ) は、天を造られた。 尊厳 そんげん こう は 御前にあり、 (6) 力と 光栄 こうえい は 主の 尊厳 せいじょ にある。

(ヤハウェ) せよ、国々の 諸族 しょぞく よ。 (7) (ヤハウェ) に帰せよ、栄光と力を。 (ヤハウェ) に帰せよ、御名の栄光を。 (8) ささげものを たずさ え、主の大庭に はい れ。 (ヤハウェ) にひれ伏せ、聖なる こう の前に。 (9) まえ でおののけ、地のすべてのものよ。

国々の中で語れ、「主 (ヤハウェ) は王である」。 (10) それゆえ世界は堅く建てられ、揺るぐことはない。 やがて主は、公正をもって 人々をさばかれる。

喜べ、天よ。 喜び踊れ、地よ。 (11) とどろけ、海とそこに満ちるものよ。 歓喜せよ、野とすべてのものよ。 (12) そのとき森のすべての木も、主 (ヤハウェ) の御前で喜び歌う。 主は確かに来られる。地をさばくために来られる。 (13) 正しく世界を、真実に人々をさばかれる。

 
  • 3行詩として読む。例:各行を司会者、男性、女性が交互に。節の区分は無視する。
  • 主(ヤハウェ)という御名が記されている以外、原文の「彼」を「主」と記している。
  • 1、2節は「歌え。主(ヤハウェ)に」という三度の繰り返しがあり、7、8節は「帰せよ。主(ヤハウェ)に」という三度の繰り返しがある。
  • 3節の「栄光」は、本来「重い」という意味で、7、8節でも繰り返されるこの詩の鍵のことば。
  • 6節の「威光」は「名誉」とも訳されることばで、9節にも繰り返されている。「尊厳」は「威光」とペアで使われることが多いことばで、「輝き」を意味する。また、「光栄」とは大祭司の衣の「美しさ」などを示すときのことば。これらを通して、「主の栄光」が様々な類語で豊かに表現されている。
  • 9節は厳密には「聖なる威光の中におられる主(ヤハウェ)」と訳されるが、リズムの上では、「ひれ伏せ」が前後の命令形と並行して強調されている。
  • 10節の「それゆえ」、「やがて」は原文にはないが、意味を明確にするため付け加えた。

感謝の賛歌

(ヤハウェ) に喜び叫べ 全地よ。 (1)   (ヤハウェ) に仕えよ 喜びをもって。 (2)    御前に来たれ 喜び歌いながら。 知れ 主 (ヤハウェ) こそ 神であられることを。 (3) この方が私たちを造られた。私たちは主のもの 私たちは主の民、主の牧場の羊である。 来たれ 主の門に 感謝をしながら、 (4) 主の大庭へと 賛美しながら。 主に感謝し 御名をほめたたえよ。 それは 主 (ヤハウェ) が いつくしみ深く (5) 主の恵み(慈愛:ヘセド)は とこしえで 主の真実は 代々に至るから。

ダビデによる

わがたましいよ、主 (ヤハウェ) を ほめたたえよ。 (1)    わがうちなるすべてのものよ。聖なる御名を。 わがたましいよ、主 (ヤハウェ) を  ほめたたえよ。 (2)    すべての恵みのみわざを忘れてはならない。

主は あなたのすべての とが を赦し、 (3)    あなたのすべての病をいやし、 あなたのいのちを墓の穴から贖い、 (4)    あなたに 慈愛 (ヘセッド) と あわれみの 冠を授け、 あなたの渇きを 良いもので満ち足らせる。 (5)    あなたの若さは わし のように新たにされる。

(ヤハウェ) は 義とさばきを行われる。 (6)    すべての虐げられている人々のために。 ご自身の道を モーセに、 (7)    恐ろしいさばきのみわざを イスラエルの子らに 知らされた。

(ヤハウェ) は、あわれみ深く、情けに富み、 (8)    いか るのに遅く、慈愛 (ヘセッド) に富んでおられる。 絶えず責めるようなことはされず、 (9)    いつまでも いか ったままではおられない。

私たちの罪に応じて 扱おうとはされず、 (10)    私たちの とが に応じて 報いることもない。 天が地より はるかに高いように、 (11)    慈愛 (ヘセッド) は 主を恐れる者の上に大きい。 東が西から はるかに遠いように (12)    私たちの そむきを 遠ざけてくださる。 父がその子を あわれむように、 (13)    (ヤハウェ) は 主を恐れる者を あわれまれる。 この方は、私たちが どのように造られたかを知り、 (14)    私たちが ちりにすぎないことを覚えておられる。

人の生涯は 草のようで、 (15)    野に咲く花のように咲き、 風がそこに吹けば、もはやなく、 (16)    その所すら分からなくなる。 しかし、主 (ヤハウェ) の慈愛 (ヘセッド) は、とこしえからとこしえまで、 (17)    主を恐れる者の上にあり、 主の義は、その子らの子に、    主の契約に注目する者、そのさとしを覚えて行う者の上にある。 (18)

(ヤハウェ) は、天に王座を固く据え、 (19)    主の王国は すべてのものを支配する。 (ヤハウェ) を ほめたたえよ。御使いたちよ。 (20)    みことばの声を聴き、みことばを行う力ある勇士たちよ。 (ヤハウェ) を ほめたたえよ。主のすべての軍勢よ。 (21)    主に仕え、みこころを行う者たちよ。 (ヤハウェ) を ほめたたえよ。すべての被造物よ。 (22)    主が支配する すべての所で。 わがたましいよ、主 (ヤハウェ) を ほめたたえよ。

 
  • 「わがたましいよ。主(ヤハウェ)をほめたたえよ」は、1、2節と22節cで合わせて三回繰り返される。また、20~22節では、「主(ヤハウェ)をほめたたえよ。御使いたちよ。主のすべての軍勢よ。すべての被造物よ」と三回繰り返される。
  • 1~3節に「すべて」ということばが四回、19~22節にも四回繰り返される。
  • 4節「慈愛」は、ヘセッド(契約の愛)の訳で、8節b、11節bも、17節aと四回繰り返される。また「あわれみ」はラハムの訳で腹の底からの同情を意味し、8節a、13節a、bと四回繰り返される。
  • 5節「あなたの渇き」はヘブル語が不明確なのでギリシャ語七十人訳を採用した。
  • 7節「恐ろしいさばきのみわざを」とは一単語で、「残酷さ」などとも訳される (詩篇77:12b参照)。
  • 9節「いつまでも怒ったままではおられない」での「怒り」は原文にはないが、ほとんどの翻訳者は文脈からこのように訳している。
  • 11節b「主を恐れる者」は、13節b、17節bと合わせて三回繰り返される。
  • 15節「人の生涯」は原文で、「人、その日は」と記されている。
  • 18節「契約に注目する」は、しばしば「契約を守る」とも訳されるが、本来は、契約の「実行」というよりは、契約から目を離さず注目し続けるという、心の姿勢が問われていることば。
  • 18節「そのさとし」は「戒め」とも訳されるが、本来は配慮に満ちた「指示」を意味する。
  • 19節b「支配する」は22節bでも繰り返され19~22節を包み込む鍵のことば。

わがたましいよ主 (ヤハウェ) をほめたたえよ。 (1)    (ヤハウェ) わが神よ あなたはまことに大いなる方。 あなたは威厳と威光を身にまとっておられ       光を衣のようにまとい 天を幕のように張られます。 (2) 水の中にご自分の高殿の梁を置き (3) 密雲をご自分の車とし 風の翼で進まれます。 あなたは風をご自分の使いとしておられます。 (4) 燃える火を ご自分に仕える者に。

主は地を その基の上に据えられました。 (5) とこしえまでも揺るぐことがないようにと。 大水で あなたは衣のように地をおおわれました。 (6) 山々の上に 水はとどまりました。 あなたの叱責によって 水は逃げ (7) あなたの いかずち の声で 急ぎ去りました。 水は山々を上り 谷を下りました。 (8) あなたがその基とされた場所へと。 あなたは境を定められました 超えることがないように (9 水が再び地をおおうことがないようにと。

主は泉を谷に送り (10) 山々の間を流れさせ 野のすべての獣に飲まさせ (11) 野ろばの渇きを癒されます。 その傍らには空の鳥が住み (12) それらは枝の間で声を上げます。

主は高殿から山々に水を注ぐ方 (13) あなたのみわざの実りで地は満ち足ります。 あなたは家畜のために草を生えさせます。 (14) 人が労して得る作物をも。 主は地からパンを生じさせ ぶどう酒は 人の心を喜ばせ (15) 油は 人の顔を輝かせ パンは 人の心を支えます

(ヤハウェ) の木々は満ち足りています。 (16) 主が植えられたレバノンの杉の木も。 そこに 鳥は巣をかけ (17) こうのとりは もみの木を宿とします。 高い山は 野やぎのため (18) 岩は 岩だぬきの隠れ場。

主は季節のために月を造られました。 (19) 太陽はその沈むところを知っています。 あなたが闇をもたらされると 夜になり (20) そこであらゆる野の獣が這い回ります。 若い獅子は 餌食 えじき を求めて えたけり (21) 神に自分の食物を求めます。 太陽が昇ると  彼らは退いて (22) 自分のねぐらで横になります 人は 自分の仕事に出て行き (23) 夕暮れまでその働きにつきます。

(ヤハウェ) よ あなたのみわざは何と多いことでしょう。 (24) すべてを知恵によって造られ 地はあなたのもので満ちています。 そこには 大いなる 広がりゆく海があります。 (25) 這うものや生き物は数え切れません 小さいものも大きなものも。 そこを船が行き交っています。 (26) あなたが造られたレビヤタンも そこで戯れています。 彼らはすべて あなたを待ち望んでいます。 (27) あなたが時にかなって 食物をお与えになるのを。 あなたがお与えになると 彼らは集め (28) 御手を開かれると 彼らは良いもので満ち足り 御顔を隠されると 彼らはおじ惑い (29) 彼らの息(霊)を取り去られると 息絶え ちりに帰り ご自身の息(霊)を送られると 彼らは創造されます。 (30) そしてあなたは地の おもて を新しくしてくださいます。

(ヤハウェ) の栄光がとこしえにありますように。 (31) (ヤハウェ) がご自分のみわざを喜ばれますように。 この方が地に目を注がれると 地は震え (32) 山々に触れられると それは煙を上げます。

私は主 (ヤハウェ) に歌います 生きている限り (33) 私の神をほめ歌います 長らえるらえる限りは。 この心の思いがみこころにかないますように。 (34) この私は 主 (ヤハウェ) を喜んでいます。 罪人らが地から絶え果て (35) 悪しき者どもが もはやいなくなりますように。 わがたましいよ 主 (ヤハウェ) をほめたたえよ。 ハレルヤ(たたえよ 主 (ヤハウェ) を)

 

指揮者のために。ダビデの賛歌

神よ、私の賛美する方よ。 (1)    黙っていないでください。 (黙示6:10参照) なぜなら、邪悪な口と欺きの口とを、彼らは私に向けて開き、 (2)    偽りの舌をもって、私に語ってきたからです。 また、憎しみのことばで、彼らは私を取り囲み、    ゆえもなく戦いをしかけてきました。 (3) 私の愛に代えて、彼らは告発で応じます。 (4)    しかし、私自身は、祈りです。 彼らは、善にかえて悪を報いてきたのです。 (5)    私の愛にかえて、憎しみを……。

どうか、悪者を彼に遣わしてください。 (6)    なじる者 (サタン) が彼の右に立つようにしてください。 さばかれるとき、彼は悪人とされ、 (7)    その祈りは、罪となってしまいますように。 その かず はわずかとなり、 (8)    その仕事を他人が取ってしまいますように。 (使徒1:20参照) その子らはみなしごとなり、(エレミヤ18:19-21参照) (9)    その妻はやもめとなってしまいますように。 その子らは、さまよい歩いて、物ごいをし、 (10)    困窮しながら、その荒れ果てた家を離れますように。 債権者が、彼のすべての持ち物を没収し、 (11)    見知らぬ者が、その勤労の実をかすめますように。 彼には慈愛 (ヘセド) を施す者もいなくなり、 (12)    そのみなしごをあわれむ者もいなくなりますように。 その子孫は断ち切られ、 (13)    次の世代には彼らの名が消し去られますように。 その父たちの咎が、主 (ヤハウェ) に覚えられ、 (14)    その母の罪が消し去られませんように。 それらがいつも主 (ヤハウェ) の御前にあり続け、 (15)    彼らの記憶を地から消してくださいますように。

それは、彼が慈愛 (ヘセド) を実行することに心を留めず、 (16)    苦しむ者、乏しい人を追い詰めたからです。失意の者を、死に……。 のろうことを愛したので、それ(のろい)が彼にくだりますように。 (17)    祝福を喜ばなかったので、それ(祝福)が遠く離れますように。 のろいを衣のように身に着けたのですから、 (18)    それ(のろい)が水のように内臓へ、油のように骨々にしみ込みますように。 それ(のろい)が彼を包む着物となり、 (19)    いつも、締めている帯となりますように。

これが私をなじる者 (サタン) たちへの、主 (ヤハウェ) からの報復でありますように。 (20)    私のたましいについて悪く言う者たちへの……。 (エレミヤ11:20-23参照) しかし、あなたは、主 (ヤハウェ) 、私の主よ、 (21)    御名に従って私を(優しく)取り扱ってください。 あなたの慈愛 (ヘセド) はすばらしいのですから、    私を救い出してください。 なぜなら、私は苦しみ、また乏しく (22)    この心は、内側で、傷ついているからです。 伸びていく夕日の影のように私は去り行き、 (23)    いなごのように振り払われます。 このひざは、断食のためによろけ、 (24)    肉には脂肪がなく、やせ衰えています。 この私は、彼らのそしりとなっています。 (25)    私を見る者たちは、その頭を振っています。 (マタイ27:39参照)

助けてください。主 (ヤハウェ) 、私の神よ。 (26)    あなたの慈愛 (ヘセド) によって、私を救ってください。 これがあなたの手であることを、彼らが知りますように。 (27)    あなたが、主 (ヤハウェ) よ、それをなしてくださいました。 彼らはのろいましょう。しかし、あなたは、祝福してくださいます。 (28)    彼らは立ち上がると、恥を見ます。しかしあなたのしもべは喜びます。 私を告発する者たちは侮辱をこうむり、 (29)    おのれの恥を上着として着ることになります。 この口をもって、大いに主 (ヤハウェ) に感謝します。 (30)    多くの人々の真ん中で、私は賛美します。 なぜなら、主は乏しい者の右に立ち、 (31)    そのたましいを裁く者たちから、救ってくださるからです。

都のぼりの歌

深い淵からあなたを呼び求めます 主 (ヤハウェ) よ。 (1) (アドナイ) よ 聞いてください 私の声を。 (2) おん 耳を傾けてください  私の願いの声に。

もし 不義に目を留められるなら 主 (ヤハウェ)  (3) (アドナイ) よ だれが御前に立てるでしょう。 しかし、 もとに 赦しがあるゆえに (4)   あなたは 恐れられます

(ヤハウェ) を待ち望みます。 (5)    私のたましいは待ち望みます。 みことばに 望みを置きます。 このたましいは 私の主 (アドナイ) に。 (6) 夜回りが夜明けを待つのにまさって 夜回りが夜明けを慕うように。

イスラエルよ 主 (ヤハウェ) に望みを置け。 (7)   (ヤハウェ) のもとには 真実の愛 (ヘセド) があり 豊かな贖いがあるのだから。 この方は イスラエルを贖い出される (8)   すべての不義から。

都のぼりの歌 ダビデによる

(ヤハウェ) よ。私のこころは  おご りません (1) また この目は 高ぶりません さらに 私は 立ち入りません 自分に及びのつかない 大きなことや 不思議なことに。 その代わりに 私は 自分のたましいを (2) やわ らげ また 静めました。 ばな れした子が 母親のもとにいるかのように このたましいは私のうちで 乳離れした子のようです。 イスラエルよ 待ち望め 主 (ヤハウェ)  (3)  このときから とこしえに至るまで。

都のぼりの歌 ダビデによる

見よ なんという麗しさ なんという楽しさだろう (1) 兄弟たちが一つになって ともに生きる(住む)ことは 頭に注がれた麗しい油のようだ それはひげに したた り落ちる (2) それはアロンのひげに、そこから衣の端にまで滴り落ちる ヘルモンの露のようだ。それはシオンの山々に滴り落ちる (3) (ヤハウェ) がそこにとこしえのいのちの祝福を命じられたのだから 

都のぼりの歌

さあ、主 (ヤハウェ) をほめたたえよ(祝福せよ) (1) (ヤハウェ) のすべてのしもべたち 夜通し 主 (ヤハウェ) の家で仕える(立つ)者たちよ 聖所に向かって手を上げ 主 (ヤハウェ) をほめたたえよ(祝福せよ) (2) (ヤハウェ) がシオンからあなたを祝福してくださるように (3) 天と地を造られた方が

指揮者のために ダビデの賛歌

(ヤハウェ) よ。あなたは私を調べ、知っておられます。 (1) あなたこそ、私の すわ るのも立つのも知っておられ、 (2) 私の思い(意図)を遠くからでも読み取り、 歩むのも休むのにも、生き方すべてに通じておられます。 (3) ことばがこの舌にのぼる先から、主 (ヤハウェ)  (4) あなたはそれをことごとく知っておられます。 あなたは うし ろからも前からも私を囲み、 (5) 御手 みて を私の上に置いてくださいます。 そのような知識は、あまりにも不思議、 (6) あまりにも高くて、及びもつきません。

あなたの たま から離れて、どこへ行き、 (7) かお を避けて、どこへ逃れられましょう。 たとい天に上っても、あなたは そこにおられ、 (8) よみに とこ を設けたとしても、そこにもおられます。 朝明けの つばさ に乗って、海(西)の果てにたどりついても (9)

そこでも御手が私を導き、右の手で支えてくださいます。 (10) たとい私が、「 やみ が私を おお い、私の回りの光が夜となる」と言っても、 (11) あなたには、闇も暗くなく、夜は昼のように明るく、闇も光のようです。 (12) それは あなたが、私の奥深い部分を造り、 (13) 母の胎のうちで組み立てられたからです。

私は感謝します。恐ろしいほどに、私は不思議に造られました。 (14) みわざがどれほど不思議かを、このたましいはよく知っています。 私がひそかに造られ、地の深い所で りあげられたとき、 (15) この ほね みは、あなたに隠れてはいなかったのですから。 あなたの目は たい の私を見られ、あなたの書にすべてが記されました。 (16) 私のために準備された日々が、一日も始まらないうちから。 あなたの御思い(意図)は、なんと とうと いことでしょう。 (17) その総計は、なんと多いことでしょう。 それを数えようとしても、砂よりも多いのです。 (18) 目覚めのときも、私はなおも、あなたとともにいます。

神よ。あなたが 悪者 わるもの を滅ぼしてくださったらよいのに。 (19) 血を好む者どもよ。私から離れ去れ。 彼らは悪意をもってあなたのことを語り、 (20) あなたの敵は、みせかけの振る舞いをします。 (ヤハウェ) よ。あなたを憎む者を憎まないでいられましょうか。 (21) あなたに立ち向かう者を きら わないでいられましょうか。 私は憎しみの限りを尽くして彼らを憎みます。 (22) 彼らは、私にとっても敵となりました。

神よ。私を調べ、私の心を知ってください。 (23) 私を試し、その思い わずら いを知ってください。 私のうちに悲しみへの道があるか、ないかを見て、 (24) 私をとこしえの道に導いてください。

 
  • 1節の原文に「あなた」という代名詞は記されていないが(動詞の形に主語が含まれている)、2節の「あなた」はあえて記されており、1節の「ヤハウェ」を「あなた」と呼びかけるかたちになっている。
  • 2節「思い」は、「意図」と訳した方が適切かと思われるが、17節にも同じことばが用いられており、日本語の響きを重んじて「思い」と訳しながら、あえて注をつけるように(意図)と記した。
  • 3節の原文は「歩くのも休むのも ふるいにかけ(見分け)……」とあるが、前後の意味からこのように解釈した。
  • 8節「あなたはそこにおられ」の「あなた」も原文であえて記された代名詞。
  • 9節「朝明けの翼……」とは、太陽を東から昇らせる翼があるかのように詩的に表現し、その同じ翼にのって天を舞いかけるかのように描いた表現。「海の果て」とは当地では西の果てを指す。
  • 13節の「あなた」も強調されている代名詞。また「奥深い部分」とは原文で「腎臓」を意味することば。
  • 14節では、「恐るべきこと」、「私は不思議にされた」という二つの単語が並んでいる。またそれに続き、「不思議にされたもの」と記され、6節と同じ「不思議」ということばが二回繰り返されている。
  • 20節「あなたの敵は、みせかけの振る舞いをします」とは、原文で「……空虚に上げる」という意味不明のことば。
  • 24節「悲しみへの道」は、しばしば、「よこしまな道」「傷のついた道」などとも訳されるが、本来の中心的な意味は、肉体的な痛みばかりか精神的な嘆きを表す。つまり、「とこしえの道」に続かない歩みは、最終的に大きな悲しみをもたらすということが意図されていると思われる。

ダビデの賛歌

(ヤハウェ) よ 聞いてください 私の祈りを。 (1) 耳を傾けてください 私の願いに。 あなたの真実によって私に答えてください あなたの義によって。 さばきにかけないでください あなたのしもべを。 (2) あなたの前で 生ける者は誰一人義(正しい)とは言えないからです。

それは 敵が私のたましいを追い詰め (3) 私のいのちを地に打ちつけ 私を闇にとどめるからです 長らく死んでいる者かのように。 それで  おとろ え果てています 私の霊は私のうちで (4) 私の中で  おび えています この心は。

私は思い起こしています 昔の日々を。 (5) 思い巡らしています あなたのすべてのみわざを。 御手のわざを黙想しています。 私は両手を広げます あなたに向かって。 (6) このたましいは 渇いた地のようです あなたを慕って。  セラ

早く答えてください 主 (ヤハウェ) よ 私の霊は滅びます。 (7) 隠さないでください 御顔を私から。 そうでないと 私が穴に下る者と等しくなってしまいます。 あなたの慈愛 (ヘセド) を朝 お聞かせください あなたに信頼していますから。 (8) 行くべき道をお知らせください このたましいはあなたを仰いでいますから。

敵から救い出してください あなたのうちに私は身を隠します。 (9) みこころを行うことを教えてください あなたこそ 私の神ですから。 (10) あなたの慈しみの霊が平らな地に私を導いてくださいますように。

あなたの御名のゆえに 主 (ヤハウェ) よ 私を生かしてください。 (11) あなたの義によって このたましいを苦しみから引き出してください あなたの慈愛 (ヘセド) によって 敵を滅ぼしてください。 (12) 消し去ってください 私のたましいに敵対するすべての者を。 なぜなら 私は あなたのしもべなのですから。

ダビデによる

ほめたたえられ(祝福され)ますように 私の岩なる主 (ヤハウェ)  (1) 私の手に戦いを この指に戦闘を 教える方が……。 この方は私の慈愛 (ヘセド) の神 私の砦 (2) 私の砦の塔 私のための救い 私の盾 この方のもとに私は身を避ける この方は私の民を 私に従うようにさせてくださる。 (ヤハウェ) よ 人 (アダム) とは何者でしょう これを知っておられるとは (3) 人の子とは何者でしょう あなたがこれを顧みられるとは。 (アダム) は 息に似て (4) その日々は過ぎ去る影のよう

(ヤハウェ) よ 天を押し曲げて降りてきてください。 (5) 山々に触れて 噴煙を上げさせてください。 稲妻を放って 彼らを散らし (6) 矢を放って 彼らをかき乱してください。 御手をいと高き所から伸ばして 私を解き放ってください (7) 私を救い出してください 大水から 異国の子らの手から……。 彼らの口は 空しいことを語る (8) その右手は 欺きの右手。

神よ あなたに 新しい歌を 私は歌い (9) 十弦の琴に合わせて ほめ歌を歌います。 この方は王たちに 救いを与え (10) そのしもべダビデを 悪の剣から解き放たれます。 私を解き放ってください。 (11) 救い出してください 異国の子らの手から。 彼らの口は 空しいことを語る その右手は 欺きの右手。

私たちの息子らが 若いうちから良く育てられた植木のようになり (12) 娘らが 宮殿を飾るために刻まれた 柱のようになりますように。 私たちの倉が もろもろの産物で満ちますように (13) 羊の群れは 幾千幾万となりますように 私たちの野に。 私たちの牛が子牛をよくはらみ 早産もなく 流産もありませんように (14) また 哀れな叫び声がありませんように 私たちの広場に。 幸いなことよ このようになる民は (15) 幸いなことよ 主 (ヤハウェ) を自らの神とする民は。

ダビデの賛歌

あなたを あが めます 私の神 王よ。 (1) 御名をほめたたえ(祝福し)ます 世々限りなく。 日ごとにあなたをほめたたえ(祝福し) (2) 御名を賛美します 世々限りなく。

偉大なるは主 (ヤハウェ)  大いに賛美されるべき方 (3) その偉大さは 測り知ることもできません。

代は代へと あなたのみわざを ほめ歌い (4) その大能を告げ知らせます。 あなたの威厳 (majesty) の栄光の輝き (5) 奇しいみわざの数々を 私は思い巡らします(meditate) 人々はあなたの恐ろしいみわざの力を述べ (6)   あなたの偉大さを私は語ります。 あなたの豊かないつくしみ(善)の思い出を彼らは溢れさせ (7) あなたの義を 彼らは高らかに歌います。

(ヤハウェ) は情け深く あわれみ深く (8)  いか るのに遅く 慈愛 (ヘセド) に富んでおられます。 (ヤハウェ) はすべてのものに いつくしみ深い(善であられる) (9) そのあわれみは造られたすべてのものの上にあります。

(ヤハウェ) よ あなたに造られたすべてのものが 感謝し (10) あなたに誠実な (ハシドゥ) 者たちは ほめたたえ(祝福し)ています。

あなたの王国の栄光を 彼らは述べ (11) あなたの大能を 語ります。 それはアダムの子らに知らせるためです あなたの大能を (12) 主の王国の輝かしい栄光を。 あなたの王国は 永遠にわたる王国 (13)      あなたの統治は 代々に及びます。

(ヤハウェ) は 倒れる者を みな支え (14) かがんでいる者を みな起こされます すべての目は あなたを待ち望んでいます。 (15) あなたこそは 時にかなって彼らに食物を与えられます。 御手をあなたは開き (16) 生けるものすべての願いを満たされます。

(ヤハウェ) はご自分のすべての道において ただ しく (17) そのすべてのみわざにおいて 誠実 (ハシドゥ) であられます。 (ヤハウェ) は近くあられます 主を呼び求める者すべてに (18)   真実 (エメット) をもって主を呼び求める者すべてに。 主を恐れる者の 願いをかなえ (19) 彼らの叫びを聞いて 救ってくださいます。 (ヤハウェ) は守られます すべて主を愛する者を。 (20) しかし すべての悪しき者を 主は滅ぼされます。

(ヤハウェ) への賛歌を 私の口が語ります。(20) すべての肉なる者が 聖なる御名をほめたたえ(祝福し)ますように
世々限りなく。

ほめたたえよ、主 (ヤハ) を (ハレルヤ) (1) ほめたたえよ わがたましいは  主 (ヤハウェ) 私は ほめたたえる 主 (ヤハウェ) を 生きている限り (2) 私の神に賛美を歌おう いのちのある限り

力ある者(君主)たちを頼みとするな (3) 救いをもたらさないアダム(人間)の子らを 霊が出て行くと アダムはその土 (アダマー) に帰り (4) その日のうちに 彼の計画は滅び失せる

幸いなことよ ヤコブの神を助けとし (5) 望みをその神 主 (ヤハウェ) に置く人 その方が天と地を造られた (6) 海とその中のすべてのものをも

その方はとこしえまでも真実を守り 虐げられている者たちのためにさばきを行い (7) 飢えている者にパンを与えられる (ヤハウェ) は捕らわれ人を解放される (ヤハウェ) は見えない者たちの目を開き (8) (ヤハウェ) はかがんでいる者を起き上がらせる

(ヤハウェ) は正しい者たちを愛され (ヤハウェ) は寄留者を守られ (9) みなしごとやもめを支えられる(助け起こされる) しかし悪しき者の道は、主が曲げられる      (ヤハウェ) はとこしえに統べ治めておられる (10) シオンよ あなたの神は代々に ほめたたえよ 主 (ヤハ) を (ハレルヤ))

ほめたたえよ 主 (ヤハ)  (1) まことに 我らの神をほめ歌うことは善い  まことにそれは こころよ く 賛美は麗しい。 (ヤハウェ) は エルサレムを建てられ (2) イスラエルの散らされた者たちを集められる。 心の砕かれた者を 癒され (3) その傷を包まれる。 無数の星を数えられ (4) そのすべてに名を付けられる。 偉大なのは我らの主 (5) 力に満ち その英知は測り知れない。 貧しい者を 主 (ヤハウェ) は引き上げられ (6) 悪しき者らを 地面に引き降ろされる。

(ヤハウェ) に歌え 感謝をもって (7) 我らの神をほめ歌え  竪琴 たてごと に合わせて。 この方は 雲で天を覆われ (8) 地のために雨を備え 山々に草を生えさる。 また 獣に食物を与えられる (9) 鳴いているカラスの子らにさえ。 この方は 馬の力を喜ばれず (10) 人の足(の速さ、強さ)をも 好まれない (ヤハウェ) が好まれるのは 主を恐れる者 (11) その慈愛(ヘセド、契約の愛)を待ち望む者。

ほめよ 主 (ヤハウェ) を エルサレムよ (12) ほめたたえよ あなたの神を シオンよ。 あなたの門のかんぬきを 主が強くし (13) あなたのうちにいる子らを祝福しておられるから。 あなたの地境に 平和 (シャローム) を主が置き (14) 最良の小麦であなたを満たされる。 主が仰せを地に送ると (15) みことばは速やかに走る。 雪を羊毛のように主が降らせ (16) 灰のように霜をまかれる。 氷をパン屑のように 主が投げられると (17) 誰がその寒さの前に立ち得ようか。 みことばを主が送ると それらは溶け (18) ご自身の息を吹かせると 水が流れる。

主はみことばをヤコブに告げられる (19) その掟とさばきをイスラエルに。 どのような国々にもこのようにはされなかった。 (20) そして さばきについて 彼らは知らない ほめたたえよ 主 (ヤハ)

ほめたたえよ 主 (ヤハ)  (1) ほめたたえよ 主 (ヤハウェ) を 諸々の天から  ほめたたえよ 主(彼)を いと高きところで。

ほめたたえよ 主を すべてのみ使いよ (2) ほめたたえよ 主を 主の万軍よ ほめたたえよ 主を 日よ 月よ (3) ほめたたえよ 主を すべての輝く星よ ほめたたえよ 主を 諸々の天の天よ (4) 諸々の天の上にある水よ ほめたたえさせよ 主 (ヤハウェ) の御名を (5) この方が命じて それらは創造されたのだから この方がそれらを立てられた 世々限りなく (6) この方が定めを置かれた それは過ぎ去ることがない

ほめたたえよ 主 (ヤハウェ) を 地の上から (7) 海の きょ じゅう よ すべての ふち よ  火よ  ひょう よ 雪よ 煙よ (8) みことばを行う 激しい風(息) 山々よ すべての丘よ (9) 実のなる木よ すべての杉よ 獣よ すべての家畜よ (10) う者よ 翼のある鳥よ

地の王たちよ すべての 国民 くにたみ  (11) 指導者たちよ 地のすべての治める者たちよ 若者たちよ おとめたちよ (12) 年老いた者たちよ 幼い者たちよ 

彼らにほめたたえさせよ 主 (ヤハウェ) の御名を (13) それは 御名だけがあがめられ その威光が地と諸々の天の上にあるのだから 主は御民の角を上げられた (14) 主にある誠実な者すべての賛美を 主に近い民 イスラエルの子らの  ほめたたえよ 主 (ヤハ)