詩篇40篇「巻物の書に私のことが書いてあります」

2021年7月18日

イエスの救いの物語が旧約聖書の中に記されていますが、それは同時に、私たちのこの地での働きの可能性が記されていることでもあります。キリスト者に与えられた「罪の赦し」は驚くべき恵みではありますが、神に仕える生き方の出発点に過ぎません。 “詩篇40篇「巻物の書に私のことが書いてあります」” の続きを読む

詩篇46篇、エレミヤ29章10〜14節「わたしはあなたがたの繁栄を回復する」

2021年7月11日 @ 東京センターチャーチ 

「困難(試練)の中で教えられること—3.11から10年、コロナ禍の中で」というテーマで考えさせられていることがあります。

多くの信仰者は、このようなわざわいの中に神からのメッセージを汲み取ろうとします。それは人間の傲慢さに対する創造主からの最後の審判の前触れとしての罰であるとか、人間が神のあわれみなしには一瞬たりとも生きていられないことを教えるための神の招きであるとか、今、人々が不安を味わっているときこそ福音宣教のチャンスであるとか、これらすべては間違っていないと思います。 “詩篇46篇、エレミヤ29章10〜14節「わたしはあなたがたの繁栄を回復する」” の続きを読む

マタイ17章22節~18章9節「人をつまずかせる者とは?」

2021年7月4日

しばしば信仰者は、「この社会で尊敬されることが、証しになる」と誤解します。そして、反対に、人々から軽蔑されると、「人をつまずかせてしまった」と、さらに自分を責めてしまい、「私のような者がクリスチャンであるとわかると、みんなのつまずきとなる」とまで思う人がいます。 “マタイ17章22節~18章9節「人をつまずかせる者とは?」” の続きを読む

ヨブ記全体の振り返り「再創造への産みの苦しみ」

2021年6月27日

ある牧師会で、ヨブと三人の友人たちのやり取りの核心部分を紹介し、「先生方は、苦しんでいる人に向かって、ヨブの友人たちと同じことを言ったことがありませんか?」とお聞きしました。すると、ほぼすべての牧師が、「思い当たることがあり、反省しています」と言ってくださいました。 “ヨブ記全体の振り返り「再創造への産みの苦しみ」” の続きを読む

マタイ17章14〜21節「山をも動かす信仰とは?」

2021年6月20日

人は誰しも毎日を楽しく、気力にあふれて目の前の課題に取り組みながら、「生きていて良かった!」という感動を味わいたいと思っています。書店ではそのための様々な方法 (How to) を書いた本が平積みにされていますが、すべてがそれで解決できるなら、神を求める必要などなくなってしまうことでしょう。 “マタイ17章14〜21節「山をも動かす信仰とは?」” の続きを読む

ヨブ記40章15節〜42章「あなたにはすべてが可能なことを私は知りました」

2021年6月13日

私たちはヨブが不当な苦しみに会った理由を最初に知らされています。それは、主 (ヤハウェ) がサタンに、「(ヨブ)のように誠実(完全)で、まっすぐで、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない」(1:8) と言われたことに、サタンが「ヨブは理由もなく神を恐れているでしょうか」(1:9) と答えたことに始まります。サタンは、神がヨブに特別な恵みを施しているからこそ、「神を恐れている」に過ぎないと言ったのです。 “ヨブ記40章15節〜42章「あなたにはすべてが可能なことを私は知りました」” の続きを読む

マタイ17章1〜13節「イエスを変容させた光の中を歩む」

2021年6月6日

人はこの地の歩みの中で必然的に自分の醜さを示されます。しかし、「あなたの光のうちに 私たちは光を見る」(詩篇36:9) と記されるように、私たちの罪を照らし出す光のうちに、私たちを変容させるキリストの光を見ることができます。 “マタイ17章1〜13節「イエスを変容させた光の中を歩む」” の続きを読む

ヨブ記38章〜40章14節「腰に帯を締めよ、勇士のように」

2021年5月30日

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの救出を巡って、本人情報の公表に関して当初ご両親の間に葛藤があったとのことです。そのときお父様は、「きちんと出して覚悟して進まなければだめだ」と言われ、お母様は、それに従ったおかげで「北朝鮮のことが世界中に分かってもらった」と言っておられます。 “ヨブ記38章〜40章14節「腰に帯を締めよ、勇士のように」” の続きを読む

マタイ16章21〜28節「自分の十字架を負って、イエスに従う自由」

2021年5月23日

この時代は、何においても最短の時間で問題を解決することが求められます。何かをするにしても、「それが何の役に立つのか」と自問自答することがあります。しかし、それでは、「神がこの世界の問題を解決するためにご自身の御子を十字架にかける必要があった」などという奥義は分かり得ません。 “マタイ16章21〜28節「自分の十字架を負って、イエスに従う自由」” の続きを読む