マタイ17章22節~18章9節「人をつまずかせる者とは?」

2021年7月4日

しばしば信仰者は、「この社会で尊敬されることが、証しになる」と誤解します。そして、反対に、人々から軽蔑されると、「人をつまずかせてしまった」と、さらに自分を責めてしまい、「私のような者がクリスチャンであるとわかると、みんなのつまずきとなる」とまで思う人がいます。 “マタイ17章22節~18章9節「人をつまずかせる者とは?」” の続きを読む

マタイ17章14〜21節「山をも動かす信仰とは?」

2021年6月20日

人は誰しも毎日を楽しく、気力にあふれて目の前の課題に取り組みながら、「生きていて良かった!」という感動を味わいたいと思っています。書店ではそのための様々な方法 (How to) を書いた本が平積みにされていますが、すべてがそれで解決できるなら、神を求める必要などなくなってしまうことでしょう。 “マタイ17章14〜21節「山をも動かす信仰とは?」” の続きを読む

マタイ17章1〜13節「イエスを変容させた光の中を歩む」

2021年6月6日

人はこの地の歩みの中で必然的に自分の醜さを示されます。しかし、「あなたの光のうちに 私たちは光を見る」(詩篇36:9) と記されるように、私たちの罪を照らし出す光のうちに、私たちを変容させるキリストの光を見ることができます。 “マタイ17章1〜13節「イエスを変容させた光の中を歩む」” の続きを読む

マタイ16章21〜28節「自分の十字架を負って、イエスに従う自由」

2021年5月23日

この時代は、何においても最短の時間で問題を解決することが求められます。何かをするにしても、「それが何の役に立つのか」と自問自答することがあります。しかし、それでは、「神がこの世界の問題を解決するためにご自身の御子を十字架にかける必要があった」などという奥義は分かり得ません。 “マタイ16章21〜28節「自分の十字架を負って、イエスに従う自由」” の続きを読む

マタイ16章13〜20節「わたしのエクレシアをわたしが建てます」

2021年5月2日

ここでの礼拝を始めた時、イエスご自身が「わたしの教会をわたしが建てる」と言われた約束を大切にしてきましたが、今は、組織に目が向かいすぎることの危険を感じるようになってきました。教会とは神の民の共同体(エクレシア)に他なりませんから、問われているのは組織的な成長よりもそこに愛の交わりが生まれているかということです。 “マタイ16章13〜20節「わたしのエクレシアをわたしが建てます」” の続きを読む

マタイ16章1〜12節「時のしるしを見分ける」

2021年4月18日

多くの人々は信仰を二つの観点から考えるように思います。第一は、人々から尊敬されるような人格者になるための道です。それはイエスの時代のパリサイ人が示していたものでした。彼らは政治や社会の事情がどのような状態であっても、神の前に敬虔な生き方を貫くという生き方を教えていました。 “マタイ16章1〜12節「時のしるしを見分ける」” の続きを読む

マタイ15章29-39節「イエスのあわれみが生み出す大変革」

2021年3月21日

昨年は日本での未成年女性自殺者数が前年比で44%も増加し95人になったということが話題になりました。日本の自殺者数は昨年21,081で、新型コロナの累積死者数8,700人を大きく超えています。特に20代の自殺者数が前年比19.1%、10代の自殺者数前年比17.1%も増えています。 “マタイ15章29-39節「イエスのあわれみが生み出す大変革」” の続きを読む

マタイ15章21〜28節「ダビデの子に救いを求めたカナン人の女」

2021年3月7日

閉塞感ということばが流行って久しくたっていますが、東日本大震災も新型コロナ蔓延も、逆説的な意味で、日本がその閉塞感の呪縛から解放される契機にもなるのではないでしょうか。

キルケゴールが言っているように、「絶望できるとは、無限の長所」であるけれども、同時に「絶望は、罪」です。なぜなら、「罪」とは「不信仰」に他ならないからです。 “マタイ15章21〜28節「ダビデの子に救いを求めたカナン人の女」” の続きを読む

マタイ15章1〜20節「口に入る物より、心から出るものが人を汚す」

2021年2月21日

イエスは、「口に入る物は人を汚しません。口から出るもの、それが人を汚す」と、不思議なことを言われました。それを聞いたある人が冗談に、「クリスチャンは、酒は良いけど、タバコはだめなのですね。だって、酒は口から入るけど、タバコの煙は口から出るから……」と言いました。 “マタイ15章1〜20節「口に入る物より、心から出るものが人を汚す」” の続きを読む

マタイ14章22〜36節「それでも、湖の上を歩いてイエスに近づいてみたい」 

2021年2月7日

国連難民高等弁務官として活躍し、日本のマザーテレサとも呼ばれた緒方貞子さんは外務大臣に推薦されたことに関して、「外務省の仕事っていうのは、細かくきちっとあげないと成り立たない。冒険ダン吉の世界じゃない。私には向いてないということは知っていましたよ」と言ったとのことです。 “マタイ14章22〜36節「それでも、湖の上を歩いてイエスに近づいてみたい」 ” の続きを読む