大企業や官僚組織では、人脈を作り、保つことが大切にされます。影響力のある上司につながっていることには得点があります。私の会社時代にも、私に目をかけてくださった上司の二人が後に副社長にまでなっています。私がドイツ留学に派遣してもらえたのも、そのうちの一人のおかげだと思っています。 “イザヤ17章~20章「あなたの主人は誰なのか」” の続きを読む
イザヤ13章~16章「自分を高くする者は低くされる」
音声メッセージで紹介されている図は こちら をクリック
イエスは、「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされます」ということばを何度も繰り返されました (マタイ23:12、ルカ14:11、18:14)。それは歴史上の大帝国や権力者の現実を示すと同時にキリストとその姿に倣った者に対する賞賛として表されています。 “イザヤ13章~16章「自分を高くする者は低くされる」” の続きを読む
マタイ26章1〜13節「この人のしたことが世界中で覚えられる」
多くの人々は、自分の問題の解決を求めて、イエスのもとに来ます。それに対しイエスは、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従って来なさい」と言われました (16:24)。 “マタイ26章1〜13節「この人のしたことが世界中で覚えられる」 ” の続きを読む
使徒の働き2章「そうすれば、賜物として聖霊を受けます」
私たちがイエスを主と告白できるようになったのは、自分の意志以前に聖霊のみわざです。ところが今日の箇所では、「悔い改めて⋯⋯バプテスマを受けなさい。そうすれば賜物として聖霊を受けます」(38節) と記されています。 “使徒の働き2章「そうすれば、賜物として聖霊を受けます」” の続きを読む
イザヤ9章8節~12章6節「暗闇迫る中で、『I have a dream!』と叫ぶ力」
ナチスドイツによるアウシュビッツなど四つの強制収容所を生き延びたユダヤ人精神科医のフランクルは、「ひとつの未来を信じることができなかった人間は収容所で滅亡していった。未来を失うと共に彼はそのよりどころを失い、内的に崩壊し身体的にも心理的にも転落したのであった」と語っています。 “イザヤ9章8節~12章6節「暗闇迫る中で、『I have a dream!』と叫ぶ力」” の続きを読む
マタイ25章31〜46節「人の子はご自分の羊を守ってくださる」
欧米のキリスト教の中で「最後の審判」ばかりに焦点が当てられる福音が語られてきたことがあります。しかし、それは聖書全体のストーリーではありません。「神の民の創造」こそがアブラハム以降の救いの物語の核心にあります。それは、旧約の預言書の全体像から見るなら疑いのない事実です。そのような視点から、今回の箇所を読む時に、私たちが抱く素朴な疑問に明るい希望の光が見えてきます。 “マタイ25章31〜46節「人の子はご自分の羊を守ってくださる」” の続きを読む
イザヤ7章1節~9章7節「御顔を隠しておられる方への信頼」
2、700年前のアッシリア帝国には現代の強権政治の原型が見られます。周辺諸国を脅しで従え、その支配地から兵士を募り、軍事力を急拡大します。しかし、その軍隊に一体感はなく、流れが変わると驚くほど簡単に崩れます(ナホム書で描かれています)。 “イザヤ7章1節~9章7節「御顔を隠しておられる方への信頼」” の続きを読む
マタイ25章14〜30節「よくやった。良い忠実なしもべだ」
Talent(タレント)ということばは、研究社英和大辞典(1960年版)で「発達させて世のために役立てるように神から人に委ねられたと考えられる素質、才能、〔聖書〕マタイ25章14–30節のたとえ話しから」と記されていました。 “マタイ25章14〜30節「よくやった。良い忠実なしもべだ」” の続きを読む
イザヤ5、6章「聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな」
多くの人は、「主はぶどうの樹、わたしは枝です」(ヨハネ15:5) という賛美に慰めを見出だしますが、その原点にあるイザヤ5章の「ふどう畑の歌」は、恐ろしいほどのさばきの警告に満ちています。その直後に、預言者イザヤが主の栄光を仰ぎ見て、「私を遣わしてください!」と応答するようすが描かれます。しかし、その前後関係を理解すればするほど、そのような招きには応じられないと思うのが人情です。 “イザヤ5、6章「聞き続けよ。だが悟るな。見続けよ。だが知るな」” の続きを読む
マタイ25章1〜13節「さあ、花婿だ。迎えに出なさい」
「キリストの再臨」は聖書の根幹にある大切な教えで、それこそ歴史のゴールですが、イエスはそれを当時のエルサレム神殿が跡形もなく崩れ去るときと重ねて話されました。 “マタイ25章1〜13節「さあ、花婿だ。迎えに出なさい」” の続きを読む