アイザック・ウォッツ作「栄えの主イエスの」(讃美歌142番)〜詩篇73:25–28

私たちの教会ではイエスの十字架の苦しみを覚える聖金曜日には、バッハのマタイ受難曲に登場するドイツの讃美歌の会衆賛美とマタイ福音書の朗読を聞くことを交互に入れながら黙想の時を持っています(今年も4月2日午後7時~8時に開きます)。

しかし、その最後に、例外的に英国起源の以下の讃美歌を歌うと、そのメロディーの馴染みやすさとともに、キリストの受難が心に迫ってきます。グレゴリオ聖歌由来のメロディーが、なんと歌いやすいのだろうと感動します。 “アイザック・ウォッツ作「栄えの主イエスの」(讃美歌142番)〜詩篇73:25–28” の続きを読む

神父の言葉で決意 河井克行元法相〜詩篇142篇

昨年来、元法務大臣の河井克行議員の醜聞がマスコミを賑わしていました。法務省の英語表記は「Ministry Of Justice(正義の省)」ですが、多くの人はこんな品位のない不誠実な人が法務大臣であったと報じられることに政治不信を抱いたことかと思われます。ただ同時に、このような人を何度も当選させた広島選挙区の方々は、それほど人を見る目がなかったのかといぶかしく思っていました。 “神父の言葉で決意 河井克行元法相〜詩篇142篇” の続きを読む

家庭の大切さと結婚の定義〜詩篇128篇

先日、札幌の地方裁判所で同性婚を認めていない日本の制度は法の下の平等を定めた憲法に反するという判決が出され、また昨日は、最高裁において同性事実婚にも法的保護が与えられるとの判決が下されました。日本でも、同性婚に向けての大きな動きが始まっています。 “家庭の大切さと結婚の定義〜詩篇128篇” の続きを読む

東日本大震災から10年〜詩篇44篇

今日は東日本大震災から10年目の記念日です。皆様はいかがお過ごしでしょうか?

遠い昔のようでありながら、ついこの前の記憶として様々なことがよみがえります。いろんなことがありました。そして、今もいろんな不安な事態が日々起きています。

でも、振り返ってみると、いつもそこに信頼できる新たな友との出会いがありました。「何で、こんなことが起きるのか?」と嘆いた分だけ、そこに、互いに祈り合える、また支え合える友が生まれました。 “東日本大震災から10年〜詩篇44篇” の続きを読む

失踪者情報〜詩篇53篇

3月2日火曜日に中年の男性が突然、当教会を訪ねて来られました。2月14日から行方が分からなくなった八王子市安町在住の23歳の大学生のお部屋に聖書と関連文書があったので、近隣の教会を一件、一件訪問しているとのことでした。その時は、お手持ちの文書を見て、息子さんは、正統的な教会には行っていないと思いますと申し上げて、お祈りしてお帰りいただいたのですが、ちょっと自分の対応が冷たかったように反省して、翌朝、再びお越しいただきました。 “失踪者情報〜詩篇53篇” の続きを読む

真実な教えの見分け方〜詩篇118篇

最近、岩手県の方が八王子の大学で学ぶご長男が失踪したということで、教会を訪ねてきました(失踪届提出済み)。彼のお部屋に読み込まれた聖書と古い文書のファイルが置いてあったので、近隣の教会を訪ねて、手掛かりをつかもうとしているとのことでした。聖書では、黙示録を真剣に読んでいたようすが分かりました。 “真実な教えの見分け方〜詩篇118篇” の続きを読む

マインドフルネス〜詩篇62篇

最近、「マインドフルネス (mindfulness)」と呼ばれる瞑想法が流行っています。ウィキペディアでは以下のような解説がありました:

「これは仏教の経典で使われている古代インドの言語の「サティ (sati)」という言葉の英語訳としてあてられたもので、「心をとどめておくこと」あるいは「気づき」などと訳されます。英語には、「気づかう」「心配りをする」という意味の「マインドフル (mindful)」という形容詞があります。マインドフルネスの概念では、マインドフルとは「『良い・悪い』などの価値判断をすることなく、完全に『今この瞬間』に注意を向けている心の状態」を指します。」 “マインドフルネス〜詩篇62篇” の続きを読む

今日から受難節〜詩篇38篇

キリスト教会の伝統では、今日から受難節で、今日は「」と呼ばれます。今年のイースターは4月4日ですが、それから日曜日を除く40日前(日曜日を入れると46日前)の水曜日を、灰の水曜日と呼び、自分たちの罪を悔い改める節制の生活の期間が始まります。 “今日から受難節〜詩篇38篇” の続きを読む