マタイ17章1〜13節「イエスを変容させた光の中を歩む」

2021年6月6日

人はこの地の歩みの中で必然的に自分の醜さを示されます。しかし、「あなたの光のうちに 私たちは光を見る」(詩篇36:9) と記されるように、私たちの罪を照らし出す光のうちに、私たちを変容させるキリストの光を見ることができます。

イエスに「あなたはわたしの愛する子、わたしはあなたを喜ぶ」(ルカ3:22) と語りかけた神が、キリストの内にあるあなたにも同じように語りかけてくださいます。しかもそれを理解させる聖霊は、あなたを「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えて」くださる創造主であられます。

1.「御姿が変えられ、御顔は太陽のように輝いた。また御衣は光のように白くなった」

それから六日目に」(1節) と記されますが、福音書である出来事からある出来事の間に日数が書いてあるのは非常に珍しいことです。「六日目」とは一週間の枠に入りますから、これから起こることは16章の受難告知と切り離せない関係にあるということが明らかです。

なおルカの並行箇所では「八日ほどして」と記されます (9:28)。それは足掛け一週間という意味で「六日目」とは矛盾しないと思われます。

そして、「イエスは、ペテロとヤコブとその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に導き登られた」と描かれます。その「高い山」がガリラヤ湖の西にあるタボル山 (標高583m) であるというのが伝統的な解釈と言えます。

ただ、ピリポ・カイサリアから向かった場所であればヘルモン山である可能性が高いと思われます。ヘルモン山は標高2、814mもあり、そう簡単に登ることができませんが、頂上に登ったとは書いてありませんので、これからのことは、どこか中腹の台地で起こったことなのかもしれません。

そこでのことが、「すると、彼らの前で、イエスの御姿が変えられたと受動態で描かれます (2節)。それは父なる神が起こしてくださった神秘です。

さらにそのことが、「御顔が太陽のように輝いた。また、御衣は光のように白くなった」と、それぞれ二つの能動態の動詞を用いて描かれます。

これはかつてモーセがシナイ山に登って、二回目の「さとしの板」を受け取って帰った時、「モーセは、主と話したために自分の顔の肌が光を放っていたことを知らなかった」と描かれていたことを思い起させます (出エジプト34:29)。そこではさらに二度、「彼の顔の肌は光を放っていた」(同34:30、35) と繰り返され、同じ描写が三度も重なっていました。それでイスラエルの民はモーセに近づくのを恐れ、彼は人々の前では、主のみことばを語るとき以外は、「自分の顔に覆いを掛ける」必要があったほどでした (Ⅱコリント3:13参照)。

ただ、この顔の肌の輝きは、主と顔と顔とを合わせて語った結果、つまり、主の栄光を反映してのことでした。しかし、イエスの御顔はここでは「太陽のように輝いた」と、モーセにまさる輝きがあったことが示唆されています。

それに対し、マルコの並行記事では「その衣は非常に白く輝き、この世の職人には、とてもなし得ないほどの白さであった」(9:3) と衣の白さばかりが描かれる一方、ルカでは「祈っておられると、その御顔の様子が変わり、その衣は白く光り輝いた」(9:29) と記され、イエスの「」の輝きの方が強調されています。

ただ三つの福音書にすべて共通するのは、イエスが放った輝きは、天からの光を反射するものではなく、ご自身から湧き出たものということです。

当時のイスラエルの民は、主の栄光がエルサレム神殿に戻ってくるのを憧れていました。モーセが神の幕屋を作ったときにも、ソロモンが神殿を建てたときにも、(ヤハウェ) の栄光」が宮に満ちて人々が近づくことができないほどになりました。ところが、バビロン捕囚の後で再建された神殿には、ゼルバベルのときにも、ネヘミヤのときにも、もちろんヘロデ王のときにも、そのような不思議は一度も起きませんでした。

しかしその「 (ヤハウェ) の栄光」が、今、イエスによって現されたのです。このときのイエスの輝きは、彼が光の創造主であることを明らかにすることに他なりません。

イエスはこの少し前に、弟子たちに向かって「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」と尋ね、ペテロが、「あなたはキリスト、生ける神の御子です」と答えました (16:15、16)。

しかし、ペテロはその意味をほとんど理解できず、受難予告をしたイエスを「わきにお連れして、いさめ」、その結果、「下がれ、サタン」と厳しく叱責されたほどでした。

それに対し、ここでは神ご自身が、イエスが「キリスト、生ける神の御子」であるとはどのような意味かを明らかにしてくださったのです。イエスは光の創造主としての神の栄光を保ちながら、十字架にかけられようとしていることを、私たちは忘れてしまいがちではないでしょうか。

そしてそこにさらに起きた不思議が原文の語順では、「見よ、彼ら(弟子たち)の前に現された、モーセとエリヤが、イエスとともに語り合う者たちとして」と描かれます。ここでも最初の動詞は受動態です。つまり、神ご自身が弟子たちの前にモーセとエリヤを現し、彼らはこの二人がイエスと語り合う姿を見たのです。

モーセは律法を神から直接に受け取り、顔と顔とを合わせて語り合うことができた最も神に近い人間であり、エリヤは火の戦車とともに天に引き上げられた最高の預言者です。この二人が現され、イエスと語り合っていたということは、イエスが人間以上の存在であるという最高の証しになりました。

なお、ルカはこのときの会話を、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について、話していたのであった」(9:31) と記録しています。この「最期」とはギリシャ語で「エクソドス」つまり、「出エジプト」を指すのと同じことばで、神による贖いの御計画を示唆します。

モーセは神から律法を授かり「神の国」を説いた最初の預言者であり、エリヤは「神の国」の完成の直前に再び来る預言者です。ですからこれは、イエスが神の救いのご計画のすべてを知らされて、全世界の贖いという神の使命を帯びて十字架にかかるということの証明になります。

ただそこでは同時に、「ペテロと仲間たちは眠くてたまらなかった。しかし、はっきり目が覚めると、イエスの栄光を見た。一緒に立っている二人をも」と記されます (9:32)。それはペテロや他の弟子たちにとっては、モーセとエリヤがイエスの「最期」について語っていることに関しては、彼らの関心の外のことであったからかもしれませんし、また神ご自身が彼らの心に覆いをかけておられたからかもしれません。とにかくペテロが感動したのは、イエスの栄光の姿を見たことだけでした。

2.「雲の中から声がした。『これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ』」

そこで「ペテロが答えてイエスに言った」と記されます。それはペテロがイエスの栄光に圧倒され、何か言わざるを得ない気持ちになったことを示唆します。

彼は、「主よ、私たちがここにいることはすばらしいことです。もしお望みでしたら(よろしければ)、私はここに幕屋を三つ造ります。あなたのために一つ、モーセのために一つ、エリヤのために一つ」と言いました (4節)。

ここでペテロはイエスに「もしお望みでしたら」という条件文をつけます。イエスがそれを望まないことは明らかに思えますが、ペテロにはそれが自明のことではありませんでした。

なお、マルコでは「ペテロは、何を言ったら良いかわからなかったのである。彼らは恐怖に打たれた」(9:6) と記され、ルカでは、「ペテロは自分の言っていることが分かっていなかった」と描かれます (9:33)。とにかく、ここにペテロの愚かさが強調されているように思えます。

ただそこで、「ペテロがまだ話している間に、見よ、光り輝く雲が彼らをおおった」(5節) と描かれます。これはかつて神の幕屋やエルサレム神殿を覆った神の栄光の雲(シェキナー)が、イエスとモーセとエリヤを包んだということを意味します。

これは、ペテロが、私がここに幕屋を三つ造ります」と言ったことに対し、神ご自身が、イエスとモーセとエリヤのために、幕屋を造ってくださったと解釈することもできます。そして、これは同時に、イエスのみからだこそが生ける神の神殿であることを証しするものとも言えます。

そればかりか、「すると見よ、雲の中から声がした」と描かれ、雲の中からの父なる神の声として、「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。彼の言うことを聞け」と弟子たちに語られたというのです (5節)。弟子たちはこれを通して、後に迎えるイエスの十字架が神のご計画の成就であることを理解できるはずでした。

ペテロは、イエスが捕らえられたとき、それをすっかり忘れていましたが、後にその意味を理解します。

彼はその最後の手紙で、「私たちはキリストの威光の目撃者として伝えたのです。この方が父なる神から誉れと栄光を受けられたとき、厳かな栄光の中から、このような御声がありました。『これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。』 私たちは聖なる山で主とともにいたので、天からかかったこの声を聞いたのです」と証しています (Ⅱペテロ1:16–18)。それほどこの体験は衝撃的でした。

しかもそれは神秘体験をことさら強調するためではありません。私たちの人生に様々な苦しみがあり、神の救いが分らないと思えるような中でも、「私たちは、さらに確かな預言のみことばを持っています。夜が明けて、明けの明星があなたがたの心に昇るまでは、暗い所を照らすともしびとして、それに目を留めているとよいのです」ということを教えるためでした (同1:19)。

なお、これはペテロ自身が、天からの御声を聞くことができたということを通して、預言のことばが、人間から生まれたものではなく、天から届いたものであるということが確かなものとされたという意味でした。私たちもペテロと同じように、この聖書のみことばを通して、天の父なる神からの語りかけを聞くことができているのです。

なお、イエスはバプテスマを受けたときにも、すでに天から、「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」(3:17) との御声を聞いていますが、この変貌山の体験は、弟子たちばかりか、これからエルサレムでの苦しみに向うイエスご自身にとっても使命を再確認させる支えになったのではないでしょうか。

なぜならこのことばは、イザヤに記された第一の「主のしもべの歌」の最初の「見よ。わたしが支えるわたしのしもべ、わたしの心が喜ぶ、わたしの選んだ者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は国々にさばきを行う」という預言の成就であることが明らかだからです (イザヤ42:1)。

そこではさらに「彼は叫ばず、言い争わず、通りでその声も聞かせない。傷んだ葦を折ることもなく、くすぶる灯心を消すこともなく、真実をもってさばきを執り行う。衰えず、くじけることなく、ついには地にさばきを確立する。島々もその教えを待ち望む」と記されます (同42:2–4)。

これこそ傷んだ人々に優しいイエスの姿であり、同時に、イエスの教えが「島々」と呼ばれる異邦人の地に広がり、イエスの支配が全地に広がることを意味しました。

3.「人々はエリヤを認めず、彼に対して好き勝手なことをしました」

その後のことが、「弟子たちはこれを聞いて、ひれ伏した。そして非常に恐れた。するとイエスが近づいて彼らに触れ、『起きなさい。恐れることはない』と言われた。彼らが目を上げると、イエス一人のほかには、だれも見えなかった」と描かれます (6–8節)。

目に見える現実は、少し前とまったく同じですが、三人の弟子たちはこのとき天を垣間見ることができたのです。私たちの人生も、毎日が何も変わりはしないと思えることが多いかもしれませんが、そのような中で、自分の姿を、やがて実現が保障されている「神の国」の観点から見ることができる時に、すべてが違った情景に見えるのではないでしょうか。

そして、「彼らが山を下るとき、イエスは彼らに命じられた。『だれにも話してはいけません、この見たことを。人の子が死者の中からよみがえるまでは』」(9節) と記されます。これはペテロの信仰告白の後で、イエスが弟子たちに「ご自分がキリストであることをだれにも言ってはならない、と命じられた」(16:20) ということと基本的に同じ意味です。

イエスが預言された救い主であるというイメージが独り歩きしてしまえば、当時の人々が期待した独立運動に火をつけることになってしまうからです。弟子たちも、イエスが神の御子であるということの本当の意味は、イエスの十字架と復活の後で初めてわかったことでした。

その後のことがマルコの並行記事では、「彼らはこのことばを胸に納め、死人の中からよみがえると言われたのはどういう意味か、互いに論じ合った」(9:10) と記されます。この三人の弟子たちには、主の栄光の姿を垣間見た後でも、イエスの復活ということの意味は分かりませんでした。

イエスは既に弟子たちすべてに向けて、「ご自分がエルサレムに行って……多くの苦しみを受け……殺され、三日目によみがえらなければならない」(16:21) と言っておられたのですが、それほどに主の復活ということは、弟子たちにも理解しがたいことでした。

それにしても三人の弟子たちは、イエスにそのことを正面から尋ねることができませんでした。それはイエスからご自分がまず「殺される」という忌まわしい現実を言われ、それに直面することができなかったからです。私たちにも同じように、忌まわしいことから目を背ける傾向があります。

ところで、弟子たちはイエスとともにいる「エリヤ」の姿を見ました。それで彼らは、「そうすると、なぜ律法学者たちは言っているのでしょう、まずエリヤが来る必要がある(来るはず)」と尋ねました (10節)。

それに対しすぐに「イエスは答えて言われた、『確かにエリヤが来ます。そしてすべてのことを立て直します』」とイエスの答えが記されます (11節)。

これは旧約の最後のマラキ4章5、6節で、主 (ヤハウェ) ご自身が、「見よ。わたしは、主 (ヤハウェ) 大いなる恐るべき日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、この地を聖絶の物として打ち滅ぼすことのないようにするためである」と預言されたことが成就するという意味でした。

そしてイエスはさらにここで、「しかし、わたしはあなたがたに言います。エリヤはすでに来たのです。ところが人々は彼を認めませんでした。そればかりか、彼に対して好き勝手なことをしました。同じように人の子も、人々から苦しみを受けることになります」と言われました (12節)。

ここでは、バプテスマのヨハネが、不当にも、領主ヘロデの誕生祝いの宴会の余興の一環として首をはねられ、盆に載せて運ばれてヘロディアに差し出されたことが「彼に対して好き勝手なことをした」ということで示唆されています (14:6–11)。

そして、それと同じように「人の子」も不当な苦しめを受けることになると言われたのです。

その結果が、「そのとき弟子たちは、イエスが自分たちに言われたのは、バプテスマのヨハネのことだと気づいた」と描かれます (13節)。彼らの理解の鈍さは驚くべきものです。それは、イエスがかつて弟子たちに、「女から生まれた者の中で、バプテスマのヨハネより偉大な者は現れませんでした……すべての預言者たちと律法が預言したのは、ヨハネの時まででした。あなたがたに受け入れる思いがあるなら、この人こそ来たるべきエリヤなのです」と述べておられたからです (11:11、13、14)。

旧約が預言したのは「ヨハネの時まで」であるとは、イエスを預言された救い主と受け入れることと、バプテスマのヨハネを来たるべきエリヤと受け止めることは不可分だからです。

それは同時に、エリヤの再来としてのバプテスマのヨハネに起きたことが、同じように預言された「人の子」であるイエスにも起こることを意味します。

それは弟子たちにとって奇想天外のことでした。先に引用したマラキ書では、エリヤの到来の際のことが、「あなたがたは再び、正しい人と悪しき者、神に仕える者と仕えない者の違いを見るようになる……あなたがた、わたしの名を恐れる者には、義の太陽が昇る……あなたがたはまた、悪者どもを踏みつける」(3:18、4:2、3) と預言され、エリヤの到来が神の公平なさばきの現れと期待されていたからです。

実は、イエスの栄光の姿が三人の弟子たちに現されたのは、イエスにおいて「(ヤハウェ) の栄光」が期待された通り現されたことを示すためでした。このときのこととイエスの十字架には、類似点と共に驚くべき対比が見られます。

イエスは山の上で御姿が変わり栄光を受けましたが、十字架では丘の上で辱めを受けました。

イエスはここでモーセとエリヤに囲まれましたが、十字架では二人の強盗に囲まれました。

イエスのは光のように白くなりましたが、十字架の上でイエスは裸にされ、その衣はくじ引きにされました。

このときイエスを栄光の雲が包みましたが、十字架では「闇が全地をおおい」ました。

このときペテロはこの情景に感動し三つの幕屋を造りたい」と願いましたが、十字架の前にペテロは三度イエスを知らないとのろいをかけて誓いました。

またここでは天からの声が、「これはわたしの愛する子」と聞こえましたが、十字架では異邦人の百人隊長が、「この方は本当に神の子であった」と告白しました (27:54)。

これらの類似点を弟子たちは、イエスの復活の姿を見た後に理解できます。十字架は全世界の罪を贖う神の究極の栄光に満ちた計画でした。

それは私たちにも起こることかもしれません。私たちが人々から誤解され、罵られながら、その不条理に涙を流し、神にすがっているとき、それこそ「自分の十字架を負ってイエスに従っている」歩みなのかもしれません。世の恥が神の栄光とセットなのかもしれません。

イエスはかつて弟子たちに、「正しい人たちは父の御国で太陽のように輝きます」(13:43) と約束してくださいました。それはイエスの「御顔が太陽のように輝いた」と描かれていたことが、私たちにも起きることを意味します。

かつてローマ帝国の西側に広がったカトリック教会では、十字架にかけられたイエスの犠牲を示しながらこの地で苦しみを厭わず愛を実践することが勧められました。

一方、ローマ帝国の東側に広がったギリシャ正教、ロシア正教の流れでは、この「高い山」でイエスが栄光の姿に変えられたのと同じように、私たちが見えない「神の光」に包まれて、「栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿に変えられる」ことを強調します (Ⅱコリント3:18)。

そこでは、「西方は『ゲッセマネの夜』の孤独と遺棄にあるキリストに忠誠を示すが、東方は神との一致の確実さを『変容の光』に見出すのである」とも言われます。イエスの肉体の中にこの『変容の光』は隠されていました。

私たちに関しても、「あなたがたは以前は闇でしたが、今は、主にあって光となりました。光の子どもとして歩みなさい……眠っている人よ、起きよ。死者の中から起き上がれ。そうすれば、キリストがあなたを照らされ」(エペソ5:8、14) と記されているとおりです。

イエスがバプテスマを受けたとき、聖霊がイエスに降りましたが、その後のことが、「イエスは聖霊に満ちてヨルダンから帰られ……御霊によって荒野に導かれ……御霊の力を帯びてガリラヤに帰られた」と描かれます (ルカ4:1、14)。

私たちのうちにはイエスを導き、イエスに力を帯びさせたと同じ聖霊が宿っています。イエスに起きたことが私たちにも起き、私たちもこの世の十字架を通して、主の栄光に預かるのです。