ルカ13章1〜17節「真の安息への招き」

2007年5月13日

先日、人は運動によって五十歳の肉体年齢を八十歳までは保つことができるという記事を読んで感動しました。この世ではこのような原因結果の関係が分ることは大きな励みになりますが、それは両刃の剣でもあります。既に大きな痛みを抱えている人を、「あのことのせいで、自分の人生は駄目になった・・・」という絶望に追いやるからです。

「まばたきの詩人」と言われる水野源三さんは、小学校四年生のときの集団赤痢の高熱で脳性麻痺になり首から下が完全に麻痺したばかりかことばさえ話せなくなりました。彼は後に、「三十三年前に脳性麻痺になった私は 神様を恨みました それがキリストの愛に触れるためだと知り 感謝と喜びに変わりました」と心から歌っています。キリストの愛は、この世の因果律を逆転させ、絶望的なわざわいをさえ祝福の源に変えることができます。

1.「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」

「ちょうどそのとき」(13:1)とは、イエスが、独善的な人間が訴えられてさばきを受けるということを話していたときを指します。イエスは、隣人との和解の大切さを説いていたのですが、聴衆には、「隠されていた罪が暴かれ、さばかれる」ことと理解されたのだと思われます。そこに、ある人たちが、ローマ総督ピラトによるガリラヤ人への残酷な仕打ちを伝えました。当時のガリラヤにはローマ帝国からの独立運動が盛んで、彼らは宗教的な情熱のゆえに死をも厭わず、圧倒的なローマ軍に戦いを挑んでいました。そんな彼らにとって、エルサレム神殿でいけにえをささげて礼拝をするときは神との交わりを喜ぶ聖なるときでした。しかし、その礼拝の最中に、ピラトは、本来異邦人が入ることを許されない場にローマ兵を突入させ、そのガリラヤ人を虐殺したのだと思われます。神の守りがあるべき神殿内でその命を簡単に奪われるというのはショックなことでした。それはイスラエルの神が無力であることのしるしとも受け取られかねません。それで宗教的に熱心な人々は、「このガリラヤ人が熱心そうでも、内側では特別に罪深いものを隠し持っていたために、その聖なる礼拝の場で虐殺された・・・」と解釈したのだと思われます。

しかし、イエスは、まったく別の解釈を提示し、「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」(13:3)と言われました。「悔い改め」というと、「今までの悪い習慣を反省し、良い生き方を始める決心をする」ことと理解されがちです。しかし、原文の本来の意味は、「心の方向を変える」ことであり、聖書全体では、「心の目を、自分から神に向け、神の愛に立ち返ること」を意味します。このとき、神はイエスを、神の国をもたらす救い主として遣わしておられたのですから、その救いのご計画に身を任せることこそ、悔い改めの中心的な意味だったのです。それは当時としては、具体的に、「武力闘争をやめて、イエスの招きに従うこと」でした。しかし、この招きを拒絶して武力闘争を続けた者は、その四十年後にローマ帝国の軍隊によって「滅びる」ことになりました。つまり、ピラトによって虐殺されたガリラヤ人は、イエスを拒絶するイスラエルに将来降りかかる災いを暗示していたのです。

そして、イエスは続けて、「シロアムの塔が倒れて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。・・・あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」(13:4,5)と言われました。これもこの四十年後に、エルサレムがローマ軍に包囲されて壊滅することを示唆しています。エルサレムは山の上の町ですから、敵に包囲されたときに水の確保が生命線になります。そのためかつてヒゼキヤ王は町の外のギホンの泉から地下トンネルを作ってシロアムの池に水を貯めるようにしました。この貯水池の安全を守るために建てられたのが、シロアムの塔です。この十八人は塔の補修工事に携わっている中で事故に巻き込まれたのかもしれません。どちらにしても、町の守りのシンボルが滅びのシンボルとなるという意味だと思われます。

殺されたガリラヤ人もシロアムの塔も、人間の力の限界を指し示しています。一方、イエスに従った人々はこのエルサレムの悲劇を免れ、全世界に広がって行きました。現在も、自分の力によって道を開こうとする者は、非常に危ういところに立っています。たとえば依存症は否認の病と言われます。あるカウンセラーが言っておられましたが、ギャンブル依存で家計を破綻させ追い詰められている人は、自分の生き方が破綻していることを認める代わりに、「もう一度チャンスを欲しい。今度こそ大儲けするから・・・」と一様に願うとのことです。また一方、繰り返し自分の過ちを認めながらも、「今度こそ生き方を改めるから・・・」と言いながら、自分の意思の力に頼ろうとする人も基本は同じです。イエスが言っておられる「悔い改め」とは、自分で自分を変えたり、コントロールしようとする代わりに、自分の心の王座をイエスに明け渡して、イエスに生きていただくことです。私も自分を振り返ると、自分の思いが強すぎて、神の恵みが見えなくなっていたことを反省させられるばかりです。しかし、主がパウロに「わたしの力は弱さのうちに完全に現れる」(Ⅱコリント12:9)と言われたように、私たちが願うべきことは、「心がけを改めます!」という決意ではなく、「自分を砕いてください」と祈ることです。水野源三さんは次のように歌っています。

「み神のうちに生かされているのに/ 自分ひとりで生きていると/ 思い続ける心を/ 砕いて砕いて砕きたまえ」

2.「それでもだめなら、切り倒してください」

イエスはその上でひとつのたとえを話します。それは、「ある人が、ぶどう園にいちじくの木を植えておいた・・・」(13:6)というのです。ぶどう園の中にいちじくの木を植えるというのは、当地ではよくあったことのようです。要は、いちじくは良い土に植えられているので、実をならせて当然のところを、「三年もの間・・・待っているのに、なっていたためしがない」(13:7)という異常事態が起こっているということです。これに対して、ぶどう園の主人が番人に向って、「これを切り倒してしまいなさい。何のために土地をふさいでいるのですか」と言うのは当然のことです。三年待っても実がならないものは、永遠に無理であると判断されるからです。ところが番人は、「ご主人。どうか、ことし一年そのままにしてやってください。木の回りを掘って、肥やしをやってみますから・・・それでもだめなら、切り倒してください」と猶予を願います。ここで番人は、自分が切り倒すと言っていないことが興味深い点です。

このたとえが約束の地とイスラエルを指していることは明らかです。神は、「乳と蜜の流れる」と言われる良い地にイスラエルの民を植えたのに、彼らが良い実をならせることができないというのは、神の責任ではなく彼らの問題です。唯一合理的な判断は、彼らをすみやかにさばくことです。しかし、ここでイエスはご自分をぶどう園の番人にたとえたのだと思われます。イエスは、十字架で、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分で分らないのです」(ルカ23:34)と祈られますが、それは、猶予を願った番人の思いと同じです。イエスは、ご自分で彼らの罪を担うことで、彼らにその罪深さを自覚させると同時に、罪の赦しを示し、真の悔い改めに導こうとされたのです。しかし、イスラエルはこのイエスの祈りさえ軽蔑して、この四十年後に国とエルサレム神殿を失いました。神から特別に目をかけられていながら、豊かな実をならせることに失敗したのは、自分が自分の力で立っているように誤解し、神のあわれみと忍耐を軽蔑したからでした。そして彼らは最後の救いの可能性すら自分で拒絶しました。これは、私たちへの警告でもあります。イエスはひとりひとりに、「きょう、もし御声を聞くならば・・・心をかたくなにしてはならない」(ヘブル3:7,8)と言っておられます。十字架は、罪人がやり直す最後の機会です。イエスは、「それでもだめなら・・・」ということばの中に、ご自分にすがる者の心の内側に豊かに愛を注ぎ、変わりようのないと思える人を造り替え、豊かな実をならせて神の御前に立たすことができるという覚悟も含まれているように思われます。

3.「安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか」

「イエスは安息日に、ある会堂で教えておられ」ましたが、そこで、「十八年も病の霊につかれ、腰が曲がって、全然伸ばすことができない女」に、ご自身のまなざしを向けられ、呼び寄せ、「あなたの病気はいやされました」と言って手を置くと、「女はたちどころに腰が伸びて、神をあがめた」という不思議が起きます(13:10-13)。ここに、イエスは神から遣わされた救い主であることのしるしがみられます。それはイエスがかつて、「わたしが、神の指によって悪霊どもを追い出しているなら、神の国はあなたがたに来ているのです」(ルカ11:20)と言われたとおりです。

ところがこのとき、それを見た会堂管理者は、「イエスが安息日にいやされたのを憤って、群集に言った」と不思議な記述があります。彼らの目には、イエスのいやしは、医療を施すという労働に相当します。それを、「なぜ、普通の日ではなく、安息日に行うのか・・」というのです。しかも、彼はイエスに苦情を訴えるのではなく、群衆に向って語りました。それは人々がイエスに従うことをどうにかして阻止したかったからです。彼は、この女のそれまでの苦しみも、またいやされた喜びも眼中にはありません。ただ安息日の秩序を守ることに必死になっていました。

かつて神は、預言者エゼキエルを通して、イスラエルの民を「諸国の民の中に散らし、国々に追い散らす」のは「わたしのおきてをないがしろにし、わたしの安息日を汚し、彼らの心が父たちの偶像を慕ったからだ」と言われました(20:23,24)。ですから、当時の律法学者たちは、人々が安息日のおきてを几帳面に守ることによって初めて、神のあわれみを受けることができると信じ、人々が安息日に労働をしないように厳しく指導していました。しかし、それによって本来の安息日の「心」が失われてしまったのです。彼らは過去の過ちを悔いるあまり、今度は自分たちが正しい行いをすることによって神のあわれみを勝ち取るという発想になっていたのです。皮肉にも、彼らは、神の一方的なあわれみを感謝し、それを祝うべき日を、反対に、神のさばきにおびえる日へと変えたのです。

イエスは彼らに、「偽善者たち。あなたがたは、安息日に、牛やろばを小屋からほどき、水を飲ませに連れて行くではありませんか」(13:15)と言われました。彼らの解釈では、人が家畜のために水を汲みに行くことは労働になるけれど、家畜を、水を飲ませに連れてゆくことは労働にはなりませんでした。彼らは家畜の渇きを満たすためには逃げ道を作っていました。しかし、「アブラハムの娘」であるこの女が、十八年もの間サタンに縛られていたのには、「安息日だから・・・この束縛を解いてやってはいけない」と言い張ったことのなるというのです(13:16)。ここで、「小屋からほどく」ということばと「束縛を解く」ということばには同じ動詞が用いられています。イエスは、彼らが安息日に、「家畜には柔軟に対応するのに、アブラハムの娘にはなぜこれほど冷酷になれるのか・・」と指摘したのです。それを聞いて、「反対していた者たちはみな恥じ入り」という結果になったのも当然と言えましょう(13:17)。

それにしても、十八年もの間、腰が曲がっていた女性を敢えて安息日に癒す緊急性はありません。別の日を選んだなら、当時の宗教指導者もイエスの偉大さを認めざるを得なくなったことでしょう。しかし、イエスは敢えて、真の安息日の喜びを回復するために、この日を選ばれたのだと思います。「群集はみな、イエスのなさったすべての輝かしいみわざを喜んだ」(13:17)とは、まさにイエスがこの地に真の安息を実現されたことを示しています。

しかも、この女がイエスの救いを求めたとは記されていません。彼女は礼拝の場にただいたというに過ぎません。イエスが彼女の人生の痛みに同情を寄せたということがこのいやしが行なわれたことの基本です。私たちもその点ではすべて同じです。私たちは、神の一方的なあわれみによって、安息日の喜びに招き入れられたのです。

イスラエルの民は、主にある安息を、自分の力で掴み取ろうとして、安息の日を恐ろしいさばきの日にしてしまったばかりか、目の前にいる救い主を拒絶して滅びを招いてしまいました。しかし、イエスは今、私たちひとりひとりをご自身の安息へと招いておられます。そこに入れていただくとき、目の前の状況が何も変わっていない中で、今、ここで喜ぶことが可能になります。水野源三さんはそれを次のように歌っています。

心はふしぎな所
信じるべきを うたがい
愛するべきを 憎み
のぞむべきを落胆し
喜ぶべきを 悲しみ
心はふしぎな所
いったん主の御手にふれるならば
見たり きいたり
ふれたり しなくても
信じ 愛し のぞみ 喜ぶことができる