ヨブ記全体の振り返り「再創造への産みの苦しみ」

2021年6月27日

ある牧師会で、ヨブと三人の友人たちのやり取りの核心部分を紹介し、「先生方は、苦しんでいる人に向かって、ヨブの友人たちと同じことを言ったことがありませんか?」とお聞きしました。すると、ほぼすべての牧師が、「思い当たることがあり、反省しています」と言ってくださいました。 “ヨブ記全体の振り返り「再創造への産みの苦しみ」” の続きを読む

ヨブ記40章15節〜42章「あなたにはすべてが可能なことを私は知りました」

2021年6月13日

私たちはヨブが不当な苦しみに会った理由を最初に知らされています。それは、主 (ヤハウェ) がサタンに、「(ヨブ)のように誠実(完全)で、まっすぐで、神を恐れて悪から遠ざかっている者は、地上には一人もいない」(1:8) と言われたことに、サタンが「ヨブは理由もなく神を恐れているでしょうか」(1:9) と答えたことに始まります。サタンは、神がヨブに特別な恵みを施しているからこそ、「神を恐れている」に過ぎないと言ったのです。 “ヨブ記40章15節〜42章「あなたにはすべてが可能なことを私は知りました」” の続きを読む

ヨブ記38章〜40章14節「腰に帯を締めよ、勇士のように」

2021年5月30日

北朝鮮に拉致された横田めぐみさんの救出を巡って、本人情報の公表に関して当初ご両親の間に葛藤があったとのことです。そのときお父様は、「きちんと出して覚悟して進まなければだめだ」と言われ、お母様は、それに従ったおかげで「北朝鮮のことが世界中に分かってもらった」と言っておられます。 “ヨブ記38章〜40章14節「腰に帯を締めよ、勇士のように」” の続きを読む

ヨブ記32〜37章「神の奇しいみわざを、立ち止まって考えよ」

2021年5月16日

私たちはみな、親しい人から理解されることを求めます。しかし、「私の正しさを理解して欲しい……」という構えが強すぎる人は、周りが見えなくなります。そのようなとき、自分を敵対的に見ている人から、驚くべき視点を示されることがあります。それは関係が近すぎないゆえに発想の転換が起きやすいからです。自分の正当性を主張することに熱くなっていたヨブに、エリフは新たな視点を提示しています。 “ヨブ記32〜37章「神の奇しいみわざを、立ち止まって考えよ」” の続きを読む

ヨブ記24〜28章「主を恐れること、これが知恵である」

2021年4月11日

目の前の人と争うことが自分にとって損であると思うとき、相手の方に圧倒的に非があると思っても、1%でも自分の側に非があることに関して謝罪することがあります。しかし、そこには相手への不信感が残ります。 “ヨブ記24〜28章「主を恐れること、これが知恵である」” の続きを読む

ヨブ記20〜23章「私は金のようになって出て来る」

2021年3月28日

クリスチャンとは、「十字架にかけられた犯罪人を救い主として信じる」、世にも奇妙な人種です。そこではときに、苦しみ嘲りを受けることの中に「新しい創造」があると不思議なことが教えられます。 “ヨブ記20〜23章「私は金のようになって出て来る」” の続きを読む

ヨブ記18、19章「私自身の目がこの方を見る」

2021年3月14日

市場経済の世界では、人の価値はしばしば、その生産能力で測られがちです。成功しているうちは人々が擦り寄ってきますが、立場を失うと周りの人から見向きもされなくなることがあります。お金持ちの方々も、周りの人々が自分を評価してではなく、自分のお金を求めて近づいてくることに疑心暗鬼になりがちだとも言われます。 “ヨブ記18、19章「私自身の目がこの方を見る」” の続きを読む

ヨブ記15〜17章「ヨブが憧れたとりなし手とは」

2021年2月28日

私たちは小さいころから、「誠実さは報われる」と教わっています。ですから、「道徳と経営は合一すべきである」と説いた渋沢栄一の物語などが励ましになります。それを単なる理想と斜に構えていては人生の喜びを失います。 “ヨブ記15〜17章「ヨブが憧れたとりなし手とは」” の続きを読む

ヨブ記11〜14章「人は死ぬと、また生きるでしょうか?」 

2021年2月14日

今から四、五十年前、欧米に行った人は、町の中に何らかの障害を持つ方が多いことに驚きました。ただ、日本でそのような方が少なく見えたのは、その存在を家族が恥じて、家の外に出さない結果だったと言われます。 “ヨブ記11〜14章「人は死ぬと、また生きるでしょうか?」 ” の続きを読む