エペソ4章17節〜5章2節「聖霊を悲しませてはいけません」

2017年4月29日

アルコールやギャンブルなど、様々な依存症を患っている方に、ありとあらゆる警告や脅しをかけることによって、その人の行動を改めさせようとすることがありますが、それが効果を発揮することは、まずあり得ません。かえって、その人の自己嫌悪感を増幅させ、酩酊状態やギャンブルの勝利で得られる全能感を求めさせるようになることでしょう。

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Ⅰ列王記1章〜3章「主(ヤハウェ)のしもべとして生きる王」

2018年4月22日

昔から、「人生の最後に、もっとたくさん仕事がしたかったと思う人は誰もいない」と言われますが、「人々が愛を与え、また愛を受け取るのを助けるために、職場や製品に、もっと自分の時間、熱意、スキルを使いたかった」という人はいるのではないでしょうか。

ニューヨーク中心部にあるリディーマー教会のティモシー・ケラー牧師は、「無関心は、『それは、自分にとってどんな得があるのか』という費用対効果分析だけを基本に人生を生きることです……無関心とは、最も目立たない種類の偶像礼拝なのです。

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エペソ4章1〜16節「あらゆる点において……成長する、とは?」

2018年4月15日

信仰に導かれたばかりの頃、人々から尊敬されることが最高の伝道になると思っていました。しかし、より高いレベルの信仰に達したいと願えば願うほど、周りの信仰者や牧師たちを非難したくなってしまいました。

残念ながら、人は自分の成長を測りだしたとたん、争いを作り、人の評価が気になりだします。 “エペソ4章1〜16節「あらゆる点において……成長する、とは?」” の続きを読む

Ⅱサムエル21章〜24章「天の王に従う地の王として生きる」

2018年4月8日

1961年のことですが、17歳の女の子が自殺企図のため閉鎖病棟に閉じ込められ、壁や床に自分の頭を打ち付けていました。それから6年後のある夜、ある教会堂の十字架の前でお祈りしているとき、不思議に目の前の十字架が輝き出し、神の愛が自分に迫って来る体験をしました。その直後に、自分の口からふと、「I love myself・・」という言葉が出てきました。自分自身を愛するという思いは、初めての体験でした。

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エペソ3章14〜21節「御父の愛が内なる人を再生させる」

2018年4月1日

母にとってこの私のうちには不思議な力が働いているように見えるようです。聖書はほとんど読みませんが、「お前のうちに働く神の力は分かる」と言ってくれます。ただしそれはこの私を社会的な成功者と見ているという意味では決してありません。 “エペソ3章14〜21節「御父の愛が内なる人を再生させる」” の続きを読む

エペソ3章1〜13節「キリストの奥義に生かされる」

2018年3月25日

生きるって、大変なことですよね。時々、めげそうになります。ときどき、「もう、やっていけない・・」と思うことがあるかもしれません。そして、ふと、「できたら、もっと気楽に生きてゆきたいな・・・」と思うことがあります。そんな中で、こんなことばが響いてきました。

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Ⅱサムエル18章〜20章「最も身近な人が苦しみの原因となる」

2018年3月11日

以前、ある関係者の誘いで、第二次大戦の激戦地、硫黄島で開かれた日米合同記念会に参加する機会を得ました。この戦いでは22,800人の日本兵が11万人の米国兵を迎え撃って、米国兵に死傷者28,686人という太平洋戦争最大の被害をもたらしました。

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Ⅱサムエル15章13節〜17章「人生のどん底から始まる救い」

2018年3月4日

サムエル記第二13-15章初めを読むと、「ダビデは何と愚かな父親なのだろう・・・」と唖然とするかもしれません。危機の中での「アダムの沈黙」はダビデの問題であり、多くの男たちの課題です。

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エペソ2章11〜22節「神の家族としての成長」

2018年2月25日

 初代教会の成長は、食事を共にする交わりの広がりとして描かれています。使徒ペテロは主の導きでローマの百人隊長コルネリウスの家で一緒に食事をしましたが、それが最初は仲間から非難されました(使徒11:2,3)。コリントの教会では貧しい信徒が豊かな人と同じ食事に預かるべきということから聖餐式の教えが記されます(Ⅰコリント11章)。ローマ人の手紙では、「野菜しか食べない人」を受け入れるようにと敢えて命じられていました(14:2,3)。

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Ⅱサムエル13章20節〜15章18節「ダビデの沈黙が生んだ悲劇」

2018年2月18日

あなたの父親、またあなたの夫が、肝心のときに黙り込んでしまって、責任を果たそうとしないということがないでしょうか。そんなとき人は、「男らしくない!」と非難しますが、実は、それは、「ああ、彼は男なんだな。アダムの子孫なんだな・・」と言うことができるかもしれません。

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