十字架と復活の讃美歌〜詩篇2篇  

今日はいよいよイエス様が十字架にかかられたことを覚える聖金曜日です。午後7時から恒例の音楽礼拝を開きます。今年は若干、縮小したバージョンですが、毎年歌っているドイツの古い讃美歌はすべて含まれています。 “十字架と復活の讃美歌〜詩篇2篇  ” の続きを読む

聖木曜日 暗闇の中からの叫び〜詩篇130篇 

いかがお過ごしでしょうか。今日はイエス様が弟子たちと最後の晩餐を祝い、その後、ゲッセマネの園で「苦しみもだえて……汗が血のしずくのように落ちた」(ルカ22:44) という祈りをささげ、その後、捕らえられて不当な裁判にかけられたことを覚える木曜日です。 “聖木曜日 暗闇の中からの叫び〜詩篇130篇 ” の続きを読む

受難の讃美歌「世界よ、ここで見よ」〜詩篇6篇 

明日から新年度ですが、なお多くの方々は不安の日々を送っていることと思います。

今週は受難週ですが、私たちは人間としてのイエスの苦しみをどれだけ理解しようとしているでしょうか? “受難の讃美歌「世界よ、ここで見よ」〜詩篇6篇 ” の続きを読む

「御救いの喜びを、回復させ、自由の霊が私を支えますように」〜詩篇51:12(私訳)

私たちはしばしば救いの喜びを失い、倦怠感の中に落ちることがあります。そのとき「自由の霊」によって支えられるようにと祈ることができます。 “「御救いの喜びを、回復させ、自由の霊が私を支えますように」〜詩篇51:12(私訳)” の続きを読む

アイザック・ウォッツ作「栄えの主イエスの」(讃美歌142番)〜詩篇73:25–28

私たちの教会ではイエスの十字架の苦しみを覚える聖金曜日には、バッハのマタイ受難曲に登場するドイツの讃美歌の会衆賛美とマタイ福音書の朗読を聞くことを交互に入れながら黙想の時を持っています(今年も4月2日午後7時~8時に開きます)。

しかし、その最後に、例外的に英国起源の以下の讃美歌を歌うと、そのメロディーの馴染みやすさとともに、キリストの受難が心に迫ってきます。グレゴリオ聖歌由来のメロディーが、なんと歌いやすいのだろうと感動します。 “アイザック・ウォッツ作「栄えの主イエスの」(讃美歌142番)〜詩篇73:25–28” の続きを読む

神父の言葉で決意 河井克行元法相〜詩篇142篇

昨年来、元法務大臣の河井克行議員の醜聞がマスコミを賑わしていました。法務省の英語表記は「Ministry Of Justice(正義の省)」ですが、多くの人はこんな品位のない不誠実な人が法務大臣であったと報じられることに政治不信を抱いたことかと思われます。ただ同時に、このような人を何度も当選させた広島選挙区の方々は、それほど人を見る目がなかったのかといぶかしく思っていました。 “神父の言葉で決意 河井克行元法相〜詩篇142篇” の続きを読む

家庭の大切さと結婚の定義〜詩篇128篇

先日、札幌の地方裁判所で同性婚を認めていない日本の制度は法の下の平等を定めた憲法に反するという判決が出され、また昨日は、最高裁において同性事実婚にも法的保護が与えられるとの判決が下されました。日本でも、同性婚に向けての大きな動きが始まっています。 “家庭の大切さと結婚の定義〜詩篇128篇” の続きを読む

東日本大震災から10年〜詩篇44篇

今日は東日本大震災から10年目の記念日です。皆様はいかがお過ごしでしょうか?

遠い昔のようでありながら、ついこの前の記憶として様々なことがよみがえります。いろんなことがありました。そして、今もいろんな不安な事態が日々起きています。

でも、振り返ってみると、いつもそこに信頼できる新たな友との出会いがありました。「何で、こんなことが起きるのか?」と嘆いた分だけ、そこに、互いに祈り合える、また支え合える友が生まれました。 “東日本大震災から10年〜詩篇44篇” の続きを読む

失踪者情報〜詩篇53篇

3月2日火曜日に中年の男性が突然、当教会を訪ねて来られました。2月14日から行方が分からなくなった八王子市安町在住の23歳の大学生のお部屋に聖書と関連文書があったので、近隣の教会を一件、一件訪問しているとのことでした。その時は、お手持ちの文書を見て、息子さんは、正統的な教会には行っていないと思いますと申し上げて、お祈りしてお帰りいただいたのですが、ちょっと自分の対応が冷たかったように反省して、翌朝、再びお越しいただきました。 “失踪者情報〜詩篇53篇” の続きを読む