ナターシャ・グジーの歌〜詩篇36篇

毎日、私たちを不安にするニュースばかりが流れます。しかし、キリストのうちに生かされる者は、どんな悲しみや苦しみの中にも光を見ることができます。

詩篇36篇7–9節に以下のように記されています。

神よ あなたの恵み (ヘセド) はなんと尊いことでしょう
人の子らは 御翼の陰に身を避けます
……
いのちの泉はあなたとともにあり
あなたの光のうちに 私たちは光を見るからです

神からの光は、私たちの罪やこの世の闇を照らし出しますが、その光は、同時に私たちに癒しと希望を生み出します。それがキリストのうちにある不思議です。 

今、世界の新型コロナ感染で懸念される事態が生じています。一年前まで、感染対策の優等生であった国々において、驚くべき感染拡大と死者数の増加が見られます。 のサイトでご覧いただけますが、今や、感染者数では韓国が世界最高になっています。また、百万人当たりの死亡者数では、ニュージーランドとドイツが世界最高水準になっています。過去に感染者数が少なかった国々には集団免疫ができていないということなのでしょうか。この調子では、日本も感染再拡大に入る可能性があります。

そのような中で昨日から何度も、ウクライナの歌手ナターシャ・グジーさんが歌う「いつも何度でも」を聞いています。ナターシャさんは父親がチェルノブイリ原発に勤務していて、自身も6歳の時に被爆しました。原曲は作詞:覚和歌子、作曲:木村弓で既に多くの人によって歌われていますが、ウクライナのナターシャさんが民族楽器のパンドゥーラとともに歌う曲は、何か、ウクライナのための祈りの歌に聞こえてきます。特に以下の歌詞が心にしみました

呼んでいる 胸のどこか奥で いつも心踊る 夢を見たい
かなしみは 数えきれないけれど
その向こうできっと あなたに会える
繰り返すあやまちの そのたび ひとは
ただ青い空の 青さを知る
果てしなく 道は続いて見えるけれど
この両手は 光を抱(いだ)ける
……
呼んでいる 胸のどこか奥で
いつも何度でも 夢を描こう
かなしみの数を 言い尽くすより
同じくちびるで そっと歌おう
……
海の彼方(かなた)には もう探さない
輝くものは いつもここに
わたしのなかに 見つけられたから

先の詩篇36篇を歌っているように感じられます。 のサイトをぜひご覧ください。

またナターシャさんはこの3月5日にウクライナに捧げる歌「希望の大地」をリリースしました。 でご覧いただけます。その最後の歌詞は、「小さな瞳が夢見る 幸せの種を蒔こう」で終わります。今、ウクライナではこの悲惨な中でも、愛の種まきが各地で広がっています。私たちも今、蒔くことができる「幸せの種」があるのではないでしょうか。

昨日お送りしました、ウクライナのマニウポリの悲劇に関しての記事、ちょっと読みにくかったかもしれませんが、できたら再度お読みいただければ幸いです。今、インターネットの世界では様々な偏った陰謀論的なニュースや見解が見られます。それに流されないために、ぜひ、きちんと過去の歴史の光から現在を見ていただきたいと思って書いております。