マタイ21章23〜32節「取税人や遊女が先に神の国に入る」

2022年2月20日

多くの宗教は「地獄と極楽」という死後のさばきから信心の大切さを説いて来ました。それがキリスト教世界では、「多くの人々は自分の罪によって、地獄行きが決まっている。しかし、イエス様を信じる者は天国に行かせてもらえる」という形で語られました。

しかも、昔の口語訳聖書で、バプテスマのヨハネとイエスの最初のメッセージが、「悔い改めよ。天国は近づいた」と訳されていました (3:2、4:17)。しかしこの「天国」とは、マルコやルカでは「神の国」と呼ばれ、「天の神がご支配する国」を意味します。ですから、「天国が近づいた」とは、今、この世界に神のご支配が現されようとしているという意味に他なりません。

マタイによる福音書は、ユダヤ人を意識して「神」という呼び名を避け、「天の」と呼び変えました。ですから新改訳は、死後の「天国」との誤解を避けるため、これを「天の御国」と訳し直しました。共同訳は「天の国」と訳しています。

とにかく福音の中心とは、死後のさばき以前に、今ここで、私たちが神の国の民として受け入れられ、今この時から、イエスの父なる神に「お父様!」と親しく呼びかけ、天国の祝福を今ここで味わうことです。そして私たちの使命は、その神の平和(シャローム)をこの地に広げることです。

「死んで天国に行く」というのは間違ってはいませんが、神の救いのゴールは、この地を天国に変えることとも言えましょう。神はそのために罪人に過ぎない私たちを選び、御子の十字架による「罪の赦し」を与え、私たちをイエスの代理大使としてこの世に派遣してくださいます。

地獄の恐怖を語る前に、神ご自身が私たちを「神の子」として受け入れ、この地で用いたいと望んでおられるという神のご計画が語られる必要があります。それが当教会のビジョン、「新しい創造をここで喜び、シャロームを待ち望む」と記され、さらにそれが「イエスに倣い、神のかたちで、ともにこの地に」というミッションとして描かれます。

1.「わたしも、何の権威によって……するのか……言いません」

21章23節の「それから」とは以下のような時系列の中でのことです。イエスが十字架に架けられる金曜日の五日前の日曜日、人々はしゅろの枝を切って道に敷きながら「ホサナ、ダビデの子に」と叫びながら、主をエルサレムに迎え入れました。そして主はその夜はベタニアに戻り、翌朝、月曜日にエルサレム神殿に来て、商人たちを追い出しました。

18–22節の「いちじくの木」を枯らした出来事は、その次の火曜日の朝のことだと思われます。その同じ火曜日に、「イエスが宮に入って教えておられると、祭司長たちや民の長老たちがイエスのもとに来て」、以下のことを「言った」という流れになっています。

そこで彼らは、何の権威によって、これらのことをしているのですか。だれがあなたにその権威授けたのですか」と尋ねます (23節)。「祭司長」は神殿の管理を神から委ねられている立場ですから、イエスが勝手に、神殿から商売人を追い出したり、民衆を教えたりしていることは、神が立てた権威を侵害していると判断しました。それも当然と言えましょう。

たとえば、この教会の礼拝の最中に、見知らぬ人が入ってきて、突然、講壇から「新しい福音」とかを教えようとするようなことがあるなら、私にはその人を排除する権威が与えられています。そのような目に見える権威を否定しては、礼拝も成り立たなくなります。

ただこの質問には罠があります。それは彼らが、民衆のイエスに対する信頼の様子を見て、真正面から主に向き合う代わりに、公の裁判に訴える理由を得るためでした。

もしイエスが「父なる神がわたしに権威を授けてくれた」と言うなら、目に見える神殿の指導者の権威を否定する神殿冒涜罪または偽預言者として告発できると思いました。

一方、「神の民である民衆の期待や必要に応えようとしている」などと言うなら、イエスをローマ帝国の支配を覆そうとする革命指導者として訴えることができました。

しかし、イエスはご自分に授けられた権威について既に語っておられます。マタイ9章でイエスは、四人の友人によって、屋根の上から吊り下げられた中風の人に向かって、「子よ……あなたの罪は赦された」と言われました (2節)。それを聞いた律法学者たちは、「この人は神を冒涜している」と心の中で言いました (3節)。それは神以外に罪を赦すことができる方はいないはずだからです (マルコ2:7)。

それを見抜いたイエスは、「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを、あなたがたが知るために」と言いながら、その中風の人を癒されました (6節)。つまり、イエスはそのとき、ご自分をエルサレム神殿にまさる方として示しておられたのです。

実は、イエスがその働きの初めに、ヨハネからバプテスマをお受けになられた時、御霊が鳩のように天から下り、天から神の声が、「これはわたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」と聞こえましたが、それこそイエスがイスラエルの王、エルサレム神殿の支配者であるという任職を受けたときでした (3:16、17)。

そして、イエスがイスラエルの王として即位されたのが、十字架におかかりになったときでした。この神秘をイエスは説明することもできましたが、それは「神の時」ではありませんでした。

それでイエスは彼らの質問に、真っ向から答える代わりに、反対に、「わたしも一言尋ねましょう。それにあなたがたが答えるなら、わたしも、何の権威によってこれらのことをしているのか、言いましょう」と言われます (24節)。

私たちも人から質問を投げかけられたとき、それに馬鹿正直に答える代わりに、質問者の意図を探る必要があります。

イエスの場合は、彼らの悪意を瞬時に見抜いていましたから、彼らが罠にかけようとした同じジレンマを引き起こさせるような質問を返すようにして、「ヨハネのバプテスマは、どこから来たものですか。天からですか、それとも人からですか」と尋ねました (25節)。

ただ、これは決して意地悪な質問ではありません。「ヨハネのバプテスマ」の時から、王としてのイエスの働きが始まっていたのですから、その意味を理解することは何よりも大切なことでした。しかも、彼のバプテスマにも、エルサレム神殿でのいけにえ礼拝を素通りして、「罪の赦し」を与えようとする意味が込められていました。

それに対し彼らは、「もし天からと言えば、それならなぜヨハネを信じなかったのかと言うだろう。だが、もし人から出たと言えば、群衆が怖い。彼らはみなヨハネを預言者と思っているのだから」と「論じ合った」と描かれます (26節)。

彼らの正直な気持ちとしては、ヨハネのバプテスマは神殿の権威を否定し、民衆を惑わすものであると言いたかったはずです。しかし、ヨハネは当時、ヘロデ・アンテパスの不道徳な結婚を非難して首をはねられた殉教者として人々の尊敬を集めていましたから (14:2)、当時の宗教指導者たちが正直な意見を述べると、民衆の怒りを買ってしまいます。

彼らは、人に向かっては命がけで信仰を全うするように勧めていながら、自分の事に関しては、人の目ばかりを意識する臆病者に過ぎませんでした。それで、彼らはイエスの質問に正直に答える代わりに、「分かりません」と答えたと記されます (27節)。これによって人の顔色を見て自分の言動を決めようとする彼らの偽善性が暴き出されました。

それに対する当然の対応として、イエスも彼らに「わたしも、何の権威によってこれらのことをするのか、あなたがたに言いません」と「言われた」と、描かれます (27節)。それは、彼らが真実を知ろうとする代わりに、自己保身しか考えていないことが明確になったからです。

人は自分の惨めさに直面することがなければ「救い主」を求めることはできません。ただし、イエスは彼らの偽善を真っ向から指摘して追い詰める代わりに、彼らがそれを自分で気づくように導いてくださったとも言えましょう。

私たちもイエスのみことばを聴くことによって、自分の罪を自覚させられるかもしれません。しかし、一見、冷たく感じられるイエスのことばの背後には、常に、私たちをご自身のもとへ招こうとされる熱い思いが込められています。

2.「取税人や遊女たちが、あなたがたよりも先に神の国に入ります」

イエスは「祭司長たちや民の長老たち」の不真実を婉曲的に知らせた上で、今度は彼らが答えやすい質問をします。

それが「ところで、あなたがたはどう思い(考え)ますか」という問いです (28節)。一方的に真理を教える代わりに、誰でも答えられる質問を進めて、大切なことを気づかせようとする対話法です。

その内容が、「ある人に息子が二人いた。その人は兄のところに来て、『子よ、今日、ぶどう園に行って働いてくれ』と言った。兄は、『嫌だ!』と答えたが、後になって思い直し、出かけて行った」と描かれます (28、29節)。

この父親が息子に向かって、「子よ」と呼びかけたことは、放蕩息子の父親が、弟息子への特別待遇に腹を立てた長男に向かって、「子よ、おまえはいつも私と一緒にいる。私のものは全部おまえのものだ」と宥めたときの呼びかけのことばと同じです (ルカ15:31)。

ここには、単純に命じる代わりに、親としての愛情を示し、その人の主体性に期待するような呼びかけが見られます。ところが息子は、たった一言、「嫌だ!」と乱暴に答えます。これは厳密には、「私は望まない (I will not) と訳せることばで、父親への尊敬のかけらも感じられない、身勝手な答えです。

この乱暴な答え方は、この後に登場する「取税人たちや遊女たち」の気品のない語り方と同じです。しかし、この兄は「後になって思い直し、出かけて行った」と描かれます。これは彼らが最初は、バプテスマのヨハネの悔い改めの招きをバカにしてしまいながらも、後になって態度を変え、ヨハネの招きに応じて、生き方を変えたことを指し示します。

一方30節では、「その人は弟のところに来て、同じように言った。弟は、『もちろん(原文「私は……」)、主よ』と答えた。しかし、行かなかった」と記されます。

この応答は、表面的には兄の応答とは正反対に、父親の権威を尊重したものです。それは当時の「祭司長たちや民の長老たち」が、表面的には主を恐れた敬虔な祈りをささげることに似ています。しかし、そのことばには実態が伴ってはいませんでした。

イエスは続けて、「二人のうちのどちらが父の意志(願い)を行いましたか?」と聞きます (31節)。それに対し彼らは、「先の者です」と答えます。それでイエスは続けて、「まことにあなたがたに言います。取税人たちや遊女たちが、あなたがたより先に神の国に入ります」と言われます。

ここでは「先に入る(先行する)」という一つの動詞が用いられており、彼らが「先の者です」と答えたことばと同じ「先」という語根が用いられています。イエスはここで、「祭司長や民の長老」が後で神の国に入る可能性を示唆しているのではなく、単純に「取税人や遊女」の方が宗教指導者たちよりも先行して神に受け入れられていると言われたのです。

イエスは、「社会の屑」と見られた人が「社会のエリート」よりも勝っていると言われました。

その理由をイエスはさらに、「なぜなら、ヨハネがあなたがたのところに来て義の道を示したのに、あなたがたは信じず、取税人たちや遊女たちは信じたからです」と言われました。

ヨハネが示した「義の道 (the way of righteousness)」とは「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」という招きであり、彼らが「信じた」とは「自分の罪を告白し、ヨルダン川で彼からバプテスマを受けていた」ことを指します (3:2、6)。

「ヨルダン川」での「バプテスマ」とは、イスラエルが約束の地に導かれた原点にまで立ち返って、神の前に徹底的に謙遜になり、罪の赦しを神に求めることを指しています。

しかも、そのヨルダン川では、「神の御子」ご自身が自分を罪人たちの代表者の立場に置き、ヨハネからバプテスマを受けたのです。

当時の「取税人たちや遊女たち」は、ヨハネから「天の御国」のこの地への到来を告げられた時、その前に自分たちの罪に対する「神の怒り」が下ることを恐れ、必死に神の憐れみにすがり、イスラエルの原点に立ち返って人生をやり直すという意志の現れとしてのバプテスマを受けました。

しかし「祭司長たちや民の長老たち」は、自分たちが神殿での礼拝儀式を正しく導いていると自負し、自分たちが「神の怒り」を受ける罪人であるとの自覚がありませんでした。彼らの言葉遣いは模範的でしたが、心は傲慢な思いで満ちていました。

彼らは、「取税人や遊女」たちの存在自体が、イスラエルに神のあわれみが注がれることの邪魔をしていると思っていました。

3章7、8節では、「ヨハネは、大勢のパリサイ人やサドカイ人が、バプテスマを受けに来るのを見ると、彼らに言った。『まむしの子孫たち、だれが迫り来る怒りを逃れるように教えたのか。それなら悔い改めにふさわしい実を結びなさい』」と描かれていました。

しかし、現実には、ほとんどの宗教指導者たちはヨハネのもとに来ようとはしませんでした。そのことをイエスはここで、「あなたがたはそれを見ても、後で思い直して信じることをしませんでした」(32節) と述べています。

3.義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人(取税人)です

ルカによる福音書18章9–14節に、イエスが、「自分は正しいと確信していて、ほかの人々を見下している人たちに」、彼の誤りを指摘するためのたとえを話された」ことが描かれます。

そこで「二人の人が祈るために宮に上って行った。一人はパリサイ人で、もう一人は取税人であった」という場面が紹介されます。当時の「パリサイ人」は人々から尊敬を集めていました。彼らは約束を守り、礼儀正しく、社会の規範を重んじ、誰の目からも社会の模範と見られる人でした。

一方、「取税人」は現在の税務署の役人とは根本的に異なり、徴税請負人として、ローマ帝国の権力を傘に来て人々から強制的に税金を集め、政府に渡す税金と、集めた税金の差額を合法的に自分の収入とすることができました。普通の感覚の人間だと全うできないような働きで、当然、ユダヤ人からは最も忌み嫌われていた人間でした。

そこで、「パリサイ人は立って、心の中でこんな祈りをした。『神よ。私がほかの人たちのように奪い取る者、不正な者、姦淫する者でないこと、あるいは、この取税人のようではないことを感謝します(原文:「神よ、あなたに感謝します。私が他の人のようでないことを、奪い取る者でもなく……」)。

私は週に二度断食し、自分が得ているすべてのものから、十分の一を献げております。』(11、20節)

一方、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。『神様。罪人の私をあわれんでください。』(13節)

「あなたがたに言いますが、義と認められて家に帰ったのは、あのパリサイ人ではなく、この人です。だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです」(14節)

ここでのパリサイ人は、本当に、神に祈っているのでしょうか?彼らは自己アピールをしているだけで、その信仰は道徳に過ぎません。最悪なのは、「あなたに感謝します。私がほかの人たちのようでないことを……この取税人のようではないことを」などと、取税人を初めとする他の人々の痛みを察することもなく、「人を人とも思わない」態度を取っていることです。

一方、取税人は神の御前で誇れるものは何もありません。しかも彼は、神の公正なさばきを恐れながらも、生活のためには、「やめたくてもやめられない……」という葛藤の中で、ただ神にあわれみを請うしかできません。

私も昔は、ギャンブルのような株式投資を勧めながら、自分の仕事を心から恥じていました。しかしそこでは、その仕事を続けるかどうか以前に、神に必死にすがっているという姿勢自体が神の目には「義と認められていた」のかと思われます。その結果、神の時に、その仕事を辞められるようになると同時に、その仕事の意味も再発見できました。

ところが多くの人は、正しい仕事をできること自体が「義とされる」ことだと誤解してはいないでしょうか。しかし、この取税人が仕事を辞めたなどとはどこにも書いていません。

行動を変える以前に、神にすがっている姿勢自体が、神の前に義とされているという事実を覚えるべきでしょう。そして、神の前に義と認められる」結果として、その人が自分の仕事を神の前に喜ばれる形に変えることができるのです。

ところで使徒パウロは、「私たちはキリストの使節なのです」と自分の使命に言及しながらも、「ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい」(Ⅱコリント5:20 新改訳第三版) と、驚くべき表現を用います。

神は、あなたの反省の程度に応じて赦すというより、神の側から「わたしはおまえを赦したい。わたしの赦しを受け入れてくれ」と懇願しておられるかのようだと描かれているのです。

そして、「神は罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです」(同21節) と記されます。それは何と、キリストが罪人となり、罪人である私たちが罪のないキリストと同じ立場にされるという驚くべき立場の交換を意味します。

私たちが「神の子ども」とされるとは、私たち一人ひとりが小さなキリストにされることにほかなりません。私たちは罪人のままで「キリストのもの」(Ⅰコリント3:23) とされています。

あるアメリカの家でのことです。大きな家のベランダのガラスが、隣の家の少年が投げた野球のボールで割られました。その家の主人は、犯人の見当がついたため、この少年と一対一で話し合おうと切望しました。少年は必死に逃げ隠れ続けましたが、ついに逃げられなくなります。

そこでその家の主人はこの少年にこのように言いました。「僕は君を赦したいと思って探していたのだよ。隣どうしで暮らしながら、いつも避けられると、居心地が悪くてたまらない。どうか、僕が君と和解したいという気持ちを受け入れて欲しい、僕が君を赦すということばを……」と。

それを契機に、この家の主人と隣の家の少年は、本当の親子にも勝る親しい関係になります。やがてこの少年が成長し、第二次大戦の戦地に出征して戦死したとき、この主人は、「この子は僕にとって息子以上の存在だった」と深く悲しんだとのことです。

神は、アダムの子孫の私たちと肉の親子以上の親しい関係を回復したいと願い、和解の手を差し伸べられました。「取税人や遊女」は、神がバプテスマのヨハネや御子イエスを通して差し出された「和解」を受け入れました。

しかし当時の宗教指導者たちは、その「和解の手」を払い退けたばかりか、殺してしまいました。

ただ、不思議にもその十字架自体が、神がすべての人のために差し出した和解の手となりました。それを受け入れる者は、そのままで「神の子」とされ、神の器として用いていただけるのです。