ジョン・レノンの信仰告白の歌?

12月8日はビートルズのリーダーだったジョン・レノンの命日です。ジョンは1980年12月8日にニューヨークの自宅マンションの前で暗殺されました。

ところが、最近になって、その約3週間前に自宅で録音されたジョンの新しい歌の録音が発見されました。それは1980年11月14日の録音とのことで、以下でお聞きいただくことができます。驚くべきなのは、そこに彼のイエス・キリストに対する信仰が明確に歌われているように思えることです。

昔からジョンと Oral Roberts というテレビ伝道者との手紙のやり取りが話題になっていたようです。ただ、公開された手紙がジョンの真実のものであるかに関しては大きな疑いがかけられています。誰かがジョンの名を語って Roberts 牧師に手紙を書いたという説もあります。

下記の歌の歌詞をどう訳すかでニュアンスがだいぶちがいます。でも下に僕が昔、「正しすぎてはならない(伝道者の書の翻訳と解説)」に書いたジョン・レノンに関する記事を改めて紹介しますが、彼が晩年、あれほど正直に自分の葛藤を分かち合い、心の平安を得るようになった背景に、イエス様への信仰があったとしても不思議はありません。

You Saved My Soul: John Lennon

When I was lonely and scared
僕が孤独で怯えていた時
I nearly fell for a TV preacher
僕はもう少しでテレビ伝道者の手に落ちそうになった
In a hotel room in Tokyo
それは東京でのホテルの一室でことだった
Oh only you truly saved me from that suicide
ただあなただけが本当に僕を自殺から救い出してくれた。
Because all the things I die along with you
すべてのことのゆえに あなたとともに死にます

Remember the time When I went to jump out of that apartment window
僕がアパートの窓から飛び降りようとしたときのことを思い起してください
On the west side of town of old New York
それは古いニューヨークの街のウエストサイドでのことでした
Oh only you saved me from that suicide
ただあなただけが僕をその自殺から救い出してくれた
Because of all my foolish pride
それはすべて僕の愚かなプライドの故でした
Well if I could thank you, thank you
だから、どれほど僕はあなたに感謝していることか。ありがとうございます。
For saving my soul with your true love
あなたの真実の愛で僕のたましいを救ってくださったのですから。

「ジョンの心の叫び」(拙著「正しすぎてはならない Let it be」(伝道者の書の翻訳と解説)からの引用。

しばしば、多くの宗教は「死」を美化し、受け入れやすくするように作用します。それこそアヘンであり、現実の問題を見えなくしてしまう幻想の教えではないでしょうか。

私が、ジョン・レノンの曲に魅力を感じるようになったのは、「ジェラス・ガイ」という曲を聴いたのがきっかけでした。そこで彼は、自分を「ただの嫉妬深い男」と呼びながら、ヨーコに振り向いてもらいたいと思うあまり、彼女を傷つけ、泣かせてしまったという、矛盾に満ちた自分の心の不安と葛藤を、驚くほど正直に切々と歌っていました。これはジョンの心の追悼曲とも言え、彼の死の翌年、ロキシー・ミュージックがこれを歌い全英一位となったほどです。

彼はそこで、自分の強がりや攻撃性の背後に、自分の「見捨てられ不安」があったということを正直に認めています。それは「死の不安」と基本は同じです。実際、ジョンは、「ヨーコが自分の人生を救い出してくれた」と言っています。彼は、ビートルズ時代に、「俺たちは今や、イエスよりも有名になった……」などと豪語しましたが、それは孤独と不安の裏返しの気持ちでした。しかし、ヨーコと出会ってから、「僕がどこにも居場所がなかったとき、彼女がいてくれた」と言っています。

ジョンは彼女の愛を受けることによって、自分の心の内側にある闇をすなおに認めることができるようになったばかりか、自分の心の弱さや醜さに居直ることもなく、そのあるがままを歌にして全世界に知らせることができました。そのとき多くの人は、彼と同じような気持ちが自分の中にあることを認め、その音楽に慰めを受けることができたのではないでしょうか。

私たちは、自分の不安の原因が、まわりの人にあると思うときに、他の人を攻撃します。しかし、怒りたくなる原因は、まわりの人ではなく、自分の内側の不安にあります。そして、不安は、死の不条理から来ます。そして、私たちは自分をそのままで愛してくれる人を知ったときに、その不条理に直面する勇気が生まれます。そのことを聖書は、「愛は死のように強い」(雅歌8:6) と記しています。愛は、死に勝つというより、死の恐怖に直面する勇気を与えることができるのです。

ところで、当然ながら、ヨーコは神に代わることはできません。七歳年上の彼女も、彼の母になることに疲れたのかもしれません。六年間の蜜月生活の後、彼らは十五ヶ月間の別居生活をせざるを得なくなります。そしてこのとき、ジョンは酒と麻薬で自分を破滅させる一歩手前までの狂気に陥ってしまいました。それはヨーコに精神的な依存をしすぎたことの反動かもしれません。

彼はその後、ヨーコに「甘える」代わりに「生かす」方向へ変わります。彼女がショーンを出産した後、彼は公の音楽活動を止めて、約五年間、主夫として生きるようになります。その間、彼女は、不動産や畜産などの投資事業を積極的に行い、ビジネスの才覚を発揮したと言われます。そして何よりも、この時期、ジョンは本当の意味での幸せを味わうことができました。

そして、彼らがふたりでそろって、音楽活動を再開した数ヵ月後、ジョンは狂信者の凶弾に倒れました。彼は、ほんとうの成功を手にできたと喜んだ矢先に、息を引き取りました。それこそがこの世の人生の不条理、限界です。しかも、その悲劇の意味を解釈しようとすることは傲慢です。私たちはただ、不条理の中を生きるように求められているということを覚えるべきでしょう。