聖土曜日の詩篇と讃美〜詩篇1、2篇

今日は、イエスの十字架の金曜日と復活の日曜日の間の土曜日です。

なかなか定義が難しい日ですが、それは収束の目途が見えないコロナウィルスの蔓延と直面することと似ているかもしれません(明日の復活祭の日曜日は午前10時15分からの礼拝のみを配信します)。

詩篇1篇のテーマはシンプルで、多くの人に希望を生み出します。それは、「主 (ヤハウェ) の教えを喜びとし、昼も夜もその教え口ずさむ(思い巡らしている)」人は、「(神の)時が来ると実を結び、その葉は枯れない。行う全てが繁栄をもたらす」という長期的な「繁栄」の約束です。その際、「あなたがたが神のみこころを行なって、約束のものを手に入れるために必要なのは忍耐です」(ヘブル10:36) とある通り、一時的にうまく運んでいないように思えても失望する必要はありません。多くの信仰者が「忍耐」によって、この世的な価値観を超えての繁栄を体験して来ました。

そして、福音の核心とは、神の国(ご支配)がキリストによってこの地につぼみとして始まり、世界が平和(シャローム)の完成に向かっているという神の救いのご計画です。私たちが味わう悲しみは、その永遠の観点からしたら、束の間の間奏曲にすぎません。

ヘンデルのオラトリオ「メサイヤ」第二部では、ハレルヤ・コーラスの前で詩篇2篇から四曲も歌われます。そこではまず、この世の権力者が、神に逆らうばかりか、「油注がれた者」、つまり「メシヤ(キリスト)」に逆らうのは「なぜ」なのかと問われます。

それは、彼らが「天の御座」におられる方を知らず、目の前の富と権力を握ることで、自分の願望をかなえることができると信じているからです。しかし、彼らは知らないうちに、その背後にいるサタンの手先にされています。以下の曲をお聞きください(当教会でも演奏していただいたことがあります)。

why do the nations so furiously rage together(なぜ 国々は騒ぎ立ち もろもろの国民は空しいことを企むのか……主 (ヤハウェ) と 主に油注がれた者に対して)

現在の新型コロナウィルスの猛威の前に、多くの人が身を縮めるようにして生きていますが、最終的な勝利は目前です。それがキリストの復活によって明らかにされました。それはすべての苦しみに、出口があり、それを通して私たちは新しくされるという希望です。

今日の土曜日、それは十字架と復活の間の描写しにくい日ですが、この日は、イエスが地に下って、死を支配するサタンの勢力から人々を解放する日とも言えます。

さらに、詩篇2篇6節で主 (ヤハウェ) は、「わたしは、わたしの王を、聖なる山シオンに立てた」と宣言されます。これは目に見えない神が、目に見える地上の王をエルサレム神殿に立てたという意味で、その「王」こそ、ダビデの子であるイエス・キリストです。

そして、7節では、「あなたは、わたしの子。きょう、わたしがあなたを生んだ」と記されますが、これは神がご自身の子を、王として即位させられるという意味です。使徒の働き13章30-33節では、このみことばがキリストの復活を預言したものとして引用されます。実は、ヨハネの福音書12章27-33節では、イエスは不思議にもご自身の十字架こそが、イエスの玉座であり、サタンに支配されていた人々をご自身のもとに集める時であると語っておられました。

祈り

私たちの目には、主のご支配が見えないことが多いですが、すでにイエスはこの世界を統べ治めておられるということを、この心の目を開いて見させてください。


マルティン・ルター作詞作曲の「Christ lag in Todesbanden(キリストは死につながれたり)」は、復活祭の有名な讃美歌ですが、驚くほど暗く重いメロディーです。それは昔の受難節は音楽を演奏することが禁じられていたということと関係するようです。しかし、これほどキリストの十字架と復活の意味を明確に説いた歌詞はないように思えるほどです。この歌こそ、ルターが残した復活祭に向けてのメッセージかと思われます。

以下に歌えるようにした歌詞を記します。これもJ.S.バッハが美しいカンタータにアレンジして多くの人に親しまれるようになっています。以下の曲を聞きながら、歌詞を味わっていただければ幸いです。

Christ lag in Todesbanden(キリストは死につながれたり)
Martin Luther 1524(曲はⅡ讃美歌100番参照)

  1. キリスト死にたもう われらの罪負い
    主はよみがえりて いのちをたまいぬ
    喜びあふれ、御神をたたえ
    歌わん ハレルヤ ハレルヤ
  2. いまだ死のとげを たれも折るを得じ
    われらの罪こそ 死の支配招く
    死はたちまちに 襲いかかりぬ
    とらわれし者 ハレルヤ
  3. 神の子キリスト 死のさばきを受く
    今や死の力 われらに及ばず
    ただ残るのは、力なき影
    とげは折れたり ハレルヤ
  4. くすしき戦い 死といのちにあり
    いのち勝ちを得て 死をのみ尽くしぬ
    罪なき死こそ 死の力 砕く
    死は死を呑みたり ハレルヤ
  5. まことの過ぎ越し 御神の小羊
    熱き愛をもて 十字架にほふらる
    尊きその血に たよるわれらを
    さばき過ぎ越す ハレルヤ
  6. この日を祝いて 喜び集まる
    光を造りし 主にこの身ゆだね
    暗き心も ひかり灯りて
    罪の夜 過ぎ去る ハレルヤ
  7. めぐみのみことば われらに及べば
    古きパン種を 取り去りて祝う
    キリストこそは この身を生かす
    まことの糧なり ハレル