ヨハネ10章22〜42節「わたしと父とは一つです」

2015年10月4日

私たちはいつも、目の前の問題解決に心を奪われますが、それが別の問題を生み出すということを忘れてはいないでしょうか。たとえば、医療の公平性を守ろうと必死になる結果として、すべてが細い点数でコンピューター管理され、医者の自由裁量による心の通った医療が難しくなってきたとも言われます。イエスによる癒しのみわざが、「安息日破り」として非難されたことに通じる面があります。

しばしば、あらゆる不正や曖昧さを無くそうとする努力が、管理組織を肥大化させますが、それは非効率と腐敗の温床になります。すばらしい理想を掲げて始まった組織も、ときと共に、社会的弱者を守るというよりも、その組織の中で働く人自体の権利を守る方向へと動きだし、制度疲労を起こします。それが消えた年金問題の最大の原因かもしれません。

残念ながら、人は基本的に、目の前の課題しか見えません。イエスの時代の人々も、当時の権力機構に大きな不満を抱いて、自由を求めていました。しかし、イエスは、目先の政治を超えた、「神のかたちimage of God」としての人間の生き方自体を問題にされました。

政治に関心を持つのは大切ですが、それ以上に、人間の罪が社会の問題の根本にあることを忘れてはなりません。

1.「そのころ、エルサレムで、宮きよめの祭りがあった」

イエスは、「わたしは、良い牧者です」(10:11)と言われましたが、その背景にはエゼキエル34章のみことばがあります。そこでイスラエルの神、主(ヤハウェ)が、「イスラエルの牧者たち」との比較で、ご自身を理想的な「牧者」にたとえながら、「見よ。わたしは自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする・・・わたしがわたしの羊を飼いわたしが彼らをいこわせる・・・わたしは失われたものを捜し、迷い出たものを連れ戻し、傷ついたものを包み、病気のものを力づける」」と力強く宣言しておられます(11,15、16節)。

そればかりか、そこで主(ヤハウェ)は、「わたしは、彼らを牧するひとりの牧者、わたしのしもべダビデを起こす。彼は彼らを養い、彼らの牧者となる。主(ヤハウェ)であるわたしが彼らの神となり、わたしのしもべダビデはあなたがたの間で君主となる」(23、24節)と約束されました。これがイエス・キリストにおいて成就しました。イエスの十字架は、神の民の「君主」としての愛の現われでした。

なお、イエスはここで、「わたしが自分のいのちを再び得るために自分のいのちを捨てるからこそ、父はわたしを愛してくださいます」(17節)と言われ、ご自身の死が、羊飼いとしての敗北ではなく、御父から出た計画であり、「羊がいのちを得、またそれを豊かに持つため」(10:10)のみわざであると言われました。

それでイエスは続けて、「だれも、わたしからいのちを取った者はいません。わたしが自分からいのちを捨てるのです。わたしには、それを捨てる権威があり、それをもう一度得る権威があります。わたしはこの命令をわたしの父から受けたのです」(18節)と言われました。

イエスは、父なる神から遣わされた者として、ご自分の「いのち」は徹底的に、父なる神の御手の中で守られていることを知っていました。イエスは、羊を連れ出し、羊の先頭に立って歩く方として(10:3,4)、神が「永久に死を滅ぼされる」方(イザヤ25:8)、民を「死から贖う」方である(ホセア13:14)ことを証しされました。私たちを襲う様々なわざわいは、すべて私たちがイエスにあって既に死に打ち勝っている証しの機会とされています。

これを聞いたユダヤ人たちに分裂した反応が起きます(10:19)。多くの者が、「あれは悪霊につかれて気が狂っている」と言いました(10:20)。それも当然と言えましょう。イエスはご自分の死とその後の復活のことを語っておられますが、それは主の弟子たちにさえ理解不能なことでした。

ただ、それと同時に、「ほかの者たち」の中には、「これは悪霊につかれた人のことばではない。悪霊がどうして盲人の目をあけることができようか」と言った者たちもいました(10:21)。

イザヤ35章5節によれば、盲人の目が開かれることは、神がご自分の国に帰って来られたことの何よりのしるしでした。また同じく42章7節では、主の「しもべ」としての救い主のしるしが、見えない目を開くことでした。とにかく盲人の目をあけるというのは、人間の働きでもまた悪霊の働きでもないことははっきりしていました。

ところで10章22節から、「そのころ、エルサレムで、宮きよめの祭りがあった。時は冬であった」と記されますが、これはヘブル語でハヌカーと呼ばれユダヤ暦でキスレーウ第九の月(太陽暦では12月に近い)の25日に祝われ、現代のクリスマスはその祭りに由来するとも言われます。2015年は12月6日ですが、2016年は12月24日に相当します。

これは紀元前164年にユダ・マカベオスに導かれたユダヤ人の軍隊が、ギリシャのアレキサンダー大王のシリアの後継者の一人、アンティオコス・エピファネスによって汚された神殿をきよめたことに由来します。彼はヤハウェの神殿にゼウス・オリンポスの巨大な像を置き、祭壇には豚のいけにえをささげるように強要しました。

それに対し、ユダヤ人が抵抗運動を起こし、圧倒的な軍事力の差を乗り越えて、神殿をきよめることができました。それを記念するのがこの日であり、イスラエルの救い主が民に希望を語る最もふさわしい日とも思われました。

その際、「イエスは、宮の中で、ソロモンの廊を歩いておられた」とありますが、そこは神殿の外庭部分の東側の壁からせり出した屋根を太い柱で支えている細長い集会スペースです(使徒3:11、5:12)。「それでユダヤ人たちは、イエスを取り囲んで」、「あなたは、いつまで私たちに気をもませるのですか。もしあなたがキリストなら、はっきりとそう言ってください」と返答を迫ります(10:24)。

当時の彼らにとってのキリストのイメージは、ユダ・マカベオスのようにユダヤ人を外国の支配者から解放してくれる指導者でした。それに対しイエスは、「わたしは話しました。しかし、あなたがたは信じないのです。わたしが父の御名によって行うわざが、わたしについて証言しています」(10:25)と答えます。

イエスはこの福音書で、繰り返し、ご自分が父なる神から遣わされ、「永遠のいのち」を与える方であると語っておられます。確かに主は、彼らが期待したようなローマ帝国の支配からの解放に関しては一言も話しておられませんが、一方でご自分のことをさらに大胆に、「わたしがいのちのパンです・・・わたしは、天から下って来た生けるパンです」(6:35、51)、「アブラハムが生まれる前から、わたしはいる」(8:58)、「わたしが世にいる間、わたしは世の光です」(9:5)などと言われたばかりか、ご自分をエゼキエルが預言したイスラエルばかりか異邦人にとっての「ひとりの牧者」であるとまで言っています。

イエスはまさに聖書が語る救い主の姿をまっすぐに語っていたのです。

それでイエスは、「しかし、あなたがたは信じません。それは、あなたがたがわたしの羊に属していないからです」(10:26)と言われました。それは、彼らが「救い主」の姿を自分たちの期待の枠の中でしか考えていないからです。たしかに、当時のユダヤ人にとって、ローマ帝国による支配は、当時の社会の諸悪の根源と思われました。

しかし、彼らは忘れています。ユダ・マカベオスによって始まった独立国家は、たった百年しか続きませんでした。軍事力によって立った国は、軍事力によって守るしかありません。ユダ・マカベオス自身、ギリシャ人の王の国セレウコス朝シリアからの独立を守るために当時の新興勢力であるローマ共和国の軍事力に頼ろうとしました。

しかも彼は戦いの最中に命を失い、その後は、しばらくすると王権を巡って兄弟同士が殺し合うような事態が続き、紀元前63年には権力闘争に負けた王自身がエルサレムにローマ軍を招き入れ、進んでローマ帝国の属国となったのです。

人が人を不当に抑圧するシステムは、外国の支配以前に、同国人の間で生まれます。ときに、兄弟どうしの骨肉の争いは、外国との戦いよりも陰湿で恐ろしいものです。

事実、エゼキエルが預言していたように、神のさばきは、民を食い物にして、「自分を肥やしているイエスラエルの牧者たち」(34:2)に向けられていました。イエスは、ローマ帝国の支配よりも、当時のエルサレム神殿を中心としたイスラエルの権力者たちを問題にしたのです。

その意味でイエスの行動は極めて政治的でした。それは当時の政治論争の枠をはるかに超えていましたが、極めて現実的でした。その後、イエスの敵対者たちは激しい内紛を繰り返したあげく、ローマ帝国との戦争に突き進み、この約40年後にエルサレム神殿と共に滅びます。しかし、イエスの教えはローマ帝国内に静かに広がり、世界を変えます。

2.「わたしは・・永遠のいのちを与えます・・・だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません」

それに対し、イエスは、「わたしの羊はわたしの声を聞き分けます。またわたしは彼らを知っています。そして彼らはわたしについて来ます」(10:27)と言いました。これは最初に記したように、主(ヤハウェ)がエゼキエルを通して、ご自身でイスラエルの羊を「養う」(34:13)と約束されたことが、イエスご自身によって成就することを意味します。

そして、改めてご自身のみわざを、先の「イスラエルの牧者たち」との比較で、「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません」(10:28)と言われます。

ここで「永遠のいのち」とは、「決して滅びることがない」という「いのち」であり、同時に、その「いのち」はイエスご自身によって守られ、誰の手によっても奪われることがない、この世の枠を超えた「いのち」です。

ただ、現実には、多くの人々が、一時的には、「イエスは私の主です」と告白しながら、その信仰告白を後に自分で否認し、そのまま地上の生涯を静かに終えるようなことになっています。つまり、イエスの御腕から次々と、「いのち」がこぼれ落ちているようにさえ見えるのです。

しかし、そこでふと思うのは、私たちの信仰は、「どなたに、どのように向けられているのか」ということです。信仰が人間的な意志で始まったのなら、人間の意志によって失われます。しばしば、一般の人々にも感動を与えるような劇的な回心には危険があります。この世の人々から評価される回心の証しは、この世的な論理の整合性のうちにある場合が多いからです。

イエスは、人の目を恐れて夜中になって教えを乞いに来たパリサイ人のニコデモに向かって、「人は、新しく生まれなければ神の国を見ることができません」と言われました(3:3)。ニコデモはその意味が分かりませんでしたが、イエスは続けて、「風(霊)はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこからきて、どこに行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです」と言われました(3:8)。

つまり、自分がどうしてイエスを主と告白するようになったかを、人間的には人々に分かるようには説明できないということこそが、「御霊によって生まれる」ということでもあるのです。

その意味での私たちの救いの証とは、たとえば、「自分ではうまく説明できないけれど、あるとき、ふと、『イエスは私の主です』と告白するようになっていたのです。それは自分の意志を超えた聖霊の働きだったと思います。信仰は自分の意志で始まったわけではないから、この信仰を守るのも、自分ではなく、神のみわざだと信じます」と告白できたら、それで良いのかもしれません。

ですから、たとえば、自分が迫害を受けたら、自分のような弱い信仰の持ち主はすぐに「ころぶ」に違いないと断定するのは聖書の語る信仰ではありません

御霊の働きによる信仰とは、「私はいざとなったら、何をしでかすか分からないひ弱なものです。でも、同時に、いざとなったら、創造主なる御霊ご自身が、私のうちに信仰を生み出してくださると信じます。先のことなど心配しません」と告白するのです。

とにかく、イエスは、「だれもわたしの手から・・奪い去るようなことはありません」と断言されたのです。私たちの信仰とは、それを信じることです。

同時に、「永遠のいのち」とは、「この世のいのち」ではなく、来たるべき「新しい天と新しい地」の「いのち」が今から始まっているということに他なりません。来たるべき世のいのちが今から始まっているのですから、それがこの世の悩みや迫害によって無くなることがあり得るというのは、ことばの矛盾です。

何よりも、私たちの信仰は、自分の意志の力ではなく、神のみわざなのですから、この信仰は無くなりようがないと信じることこそ、聖書的な信仰です。

そして、このようにすべてのことが、人間の意志以前に、神のご意志によって動いているということが信じられるとき、私たちは目の前の自分の損得勘定を超えて、主のみこころを生きてみようという心の余裕が生まれます。

私たちすべてのうちに、イエスを死者の中からよみがえられた方の、復活の御霊が宿っています。「いのち」は、「キリストとともに、神のうちに隠されてあるから」(コロサイ3:3)、もう心配はありません。

3.「あなたがたの律法に、『わたしは言った、おまえたちは神々である』と書いてはいないか」

その上でイエスはさらに、「わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。わたしと父とは一つです」(10:29、30)と言われます。

人間の姿となっているイエスと、天の父なる神が「一つ」であるというのは途方もない宣言で、それに対して「ユダヤ人たちは、イエスを石打ちにしようとして、また石を取り上げた」(10:31)というのは、ある意味で「当然のこと」とも言えます。それは、神の御名を冒涜することとして「石打ちの刑」に値するからです。

レビ記には、神によって死刑にされたふたつの物語が記されていますが、その24章には、神の御名を冒涜して石打ちの刑で殺された様子が描かれています。

しかし、イエスはご自分と父が「一つ」であると言うことによって、神の御名を冒涜したわけでは決してありません。それは明らかにエゼキエル34章の記事に基にした発言でした。

なぜなら、そこではイスラエルの神、主(ヤハウェ)ご自身が、イスラエルの指導者である牧者たちから羊を取り返し、「自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする」と語っておられると同時に、「わたしのしもべダビデが・・彼らの養い、彼らの牧者となる」と告げておられるからです(11,23節)。つまり、主(ヤハウェ)ご自身と、預言された新しい「ダビデとは一体であると記されているのです。

そしてイエスは引き続き、彼らに、「わたしは、父から出た多くの良いわざを、あなたがたに示しました。そのうちのどのわざのために、わたしを石打ちにしようとするのですか」と言われます(10:32)。それに対し、ユダヤ人たちはイエスに、「良いわざのためにあなたを石打ちにするのではありません。冒涜のためです。あなたは人間でありながら、自分を神とするからです」と答えます(10:33)。

ユダヤ人たちは不思議にも、イエスの「良いわざ」を認めざるを得なくなっているのです。この福音書にはごくごく限られた不思議なわざしか記されていませんが、イエスは、38年間ベテスダの池で伏せっていた人を歩けるようにし(5章)、男だけで五千人にも上る大群衆をパンと魚で満腹させ(6章)、また「生まれつきの盲人」の目を開いてくださいました。

そこで問題になったことは、これらの癒しのみわざは、緊急でもないのに敢えて安息日に行われたということです。ただそれでも、それらが、「貧しい者」「心の傷ついた者」をいやし、生きる力を与える良い働きであることに変わりはありません(イザヤ61:1)。

多くのユダヤ人たちは「安息日破り」という自分たちの枠によって「悪霊」の働きであるかのように言いましたが、悪霊は決して「良いわざ」を行なうことはありません。イザヤの預言からすれば、これは明らかに神の救いが到来したしるしに他なりません。まさに当時のユダヤ人の問題は、自分たちの律法解釈に縛られ、物事の大枠が見えなくなっていたということです。

それでイエスは引き続き彼らに反論して、「あなたがたの律法に、『わたしは言った、おまえたちは神々である』と書いてはいないか。もし、神のことばを受けた人々を、神々と呼んだとすれば、聖書は廃棄されるものではないから、 『わたしは神の子である』とわたしが言ったからといって、どうしてあなたがたは、父が、聖であることを示して世に遣わした者について、『神を冒涜している』と言うのですか」(10:34-36)と言われます。

イエスはここで詩篇82篇を引用しておられます。そこでは、「神は神の会衆の中に立つ。神は神々の真ん中で、さばきを下す。いつまでおまえたちは、不正なさばきを行い、悪者どもの顔を立てるのか。弱い者とみなしごとのためにさばき、悩む者と乏しい者の権利を認めよ・・・わたしは言った。『おまえたちは神々だ・・みな、いと高き方の子らだ。にもかかわらず・・人のように死に、君主たちのひとりのように倒れよう。』 神よ・・地をさばいてください。まことに、すべての国々はあなたが、ご自分のものとしておられます」と記されています。

この詩篇には基本的にエゼキエル34章と同じことが記されています。そこで「イスラエルの牧者たち」(1節)と呼ばれた者たちが、羊を踏みつけていることが非難されましたが、この詩篇82篇では、同じようにイスラエルの指導者たちが「神々」と呼ばれ、神から羊の世話を任されているのに、悪者たちの顔を立て、弱い者や悩む者を虐げる側に立っていることが非難され、それに対する神のさばきが下されると記されています。

つまり、神はイスラエルの指導者を、ご自身の代理の「神々」と呼びながら、神のお気持ちに沿って、民を治めることを期待しておられたというのです。そのことをイエスはここで思い起こさせています。

そして、そのような期待は、イスラエルの民全体に対しても向けられています。申命記14章1,2節で、イスラエルに向かって主は、「あなたがたは、あなたがたの神、主(ヤハウェ)の子どもである・・・主(ヤハウェ)の聖なる民である」と言いながら、彼らが偶像礼拝の文化に呑み込まれないようにと厳しく戒めておられます。

私たちは、主の前に謙遜になる必要がありますが、同時に、主から崇高な使命が与えられているということも忘れてはなりません。

イエスが、「わたしと父は一つです」と言われたのは、ご自分を父なる神と等しくしたということではなく、神のみこころをご自分の「こころ」とされたという意味なのです。ユダヤ人たちは、神を口先では崇めながら、与えられた自分たちの使命にあまりに無頓着になっていました。彼らは神の「宝の民」として、世界に対して神の愛とあわれみを証しするという使命が与えられていたのに、世界の人々を偶像礼拝者と軽蔑していたのです。

それでイエスは引き続き、「もしわたしが、わたしの父のみわざを行っていないのなら、わたしを信じないでいなさい。しかし、もし行っているなら、たといわたしの言うことが信じられなくても、わざを信用しなさい。それは、父がわたしにおられ、わたしが父にいることを、あなたがたが悟り、また知るためです」と言われました(10:37、38)。

ここでイエスは、彼らにご自身が行なっている良い働きを偏見の目ではなく、それ自体をすなおに見ることを求められました。ただ、同時に、「父がわたしにおり、わたしが父にいる」と、神との一体性をさらに強調したため、彼らはイエスをさらなる冒涜罪で捕らえようとしたと描かれながら、同時に、「しかし、イエスは彼らの手からのがれられた」と簡潔に記されます(10:39)。

そして、その後のことが、「そして、イエスはまたヨルダンを渡って、ヨハネが初めにバプテスマを授けていた所に行かれ、そこに滞在された。多くの人々がイエスのところに来た。彼らは、『ヨハネは何一つしるしを行わなかったけれども、彼がこの方について話したことはみな真実であった』と言った。そして、その地方で多くの人々がイエスを信じた」と描かれます(10:40-42)。

つまり、バプテスマのヨハネから救い主のことに関して話を聞いていた人々は、イエスを信じることができたというのです。イエスがお話しになられたことは、あまりにも当時の人々の想像と期待とを超えたことであったので、まず、彼ら自身が当時の常識から自由になる必要がありました。その意味でバプテスマのヨハネは、「神殿での罪の赦し」という当時の常識を超えて、ヨルダン川でバプテスマを授けるということを通して、当時の人々の目を見せかけの神殿の権威システムから自由にすることができました。

イエスはここで、人間をひ弱で愚かな「羊」にたとえながら、その「いのち」を豊かに保つ責任は、何よりも、父なる神とご自身の愛の交わりの中にあると言われました。

それと同時に、私たちがみな、「神々」として、「神のかたちimage of God」として、神からの責任が与えられていることを示唆されました。当時の人々は、イエスがご自分を神と等しくしていると非難しましたが、イエスはこの地における神の代理として、「父のみわざ」を行なっていると言われました。

私たちもまず、自分のいのちは自分の意志では守りきれないということを謙遜に認めながら、同時に、イエスに習って、この地で「神のかたち」として生きるように召されているという誇りを常に抱くべきではないでしょうか。

イエスはご自分を「神の子」と呼びました。それが当時の人々に神への冒涜と聞こえたのは、私たちが「神のかたち」に創造され、神のみわざを行なうように召されているという福音の根本を忘れていたからではないでしょうか。私たちもみな「神の子」として、「父のみわざ」を行なうように、この不条理がはびこる地に遣わされているのです。