ヨハネ9章24〜41節「あなたの目は本当に見えていますか?」

2015年8月16日

私の大学の友人は、「お前は弱い人を助ける尊い働きをしているね」と感心しつつ、笑いながら「俺も切羽詰ったら相談に行こうかな」と他人事のように言ってくれます。

彼らは無意識のうちにも、それなりの社会的立場を保っていることを自負して、この私自身も彼ら自身も「救い」を必要とし続けている弱い者だということを見ようとはしません。

実は、自分の目は見えているという人は、見るべきものを見ていない盲目な人なのかも知れません。

1.「イエスは・・生まれつきの盲人を見られた・・すると見えるようになって」

「イエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られ」(1節)ました。それは彼ひとりへの慈しみの眼差しでした。その盲人は、道端に座って人のあわれみにすがらなければ生きて行けませんでした。

しかし、弟子たちは、彼の前で、その痛みを見ることもなく、「彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか・・」などと、驚くほど無神経な質問をします。それは、この人が神ののろいのもとにあるという見方です。

それに対してイエスは、「神のみわざがこの人に現れるためです」と、何と神の祝福を約束されたのです。この人はこれを聞いて喜びに満ちたことでしょう。今も、多くの障害を抱えた人々がこれによって慰めと希望を見出しています。

その後、 「イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られ・・その泥を盲人の目に塗って・・行って、シロアムの池で洗いなさい」(6,7節)と命じられました。

これは、預言者エリシャがアラムの将軍ナアマンに使いをやって、「ヨルダン川に行って七たびあなたの身を洗いなさい」(Ⅱ列王5:10)と言ったことに匹敵します。ナアマンはこれを不合理と思い、一度は怒って帰ろうとしましたが、しもべのアドバイスにより、指示に従うことで癒されました。

同じようにこの盲人も、イエスに従うことで「見えるようになった」(7節)のです。

「ところで、イエスが泥を作って彼の目をあけられたのは、安息日であった」(14節)とありますが、パリサイ人たちは、この人の証しを真剣に聞こうともせずに、「その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ」(16節)と、盲人の目が開かれたという事実を無視した、不思議な論理を展開します。安息日に泥をこねることも、緊急以外の治療行為を行なうことも違反だからです。

そればかりか、彼らはもう一度この「盲目であった人」を呼び出して、「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っている」と詰問します(24節)。彼らとしては、全能の神がこの盲人の目を癒してくださったのなら、それはイエスのおかげではなく、神ご自身の一方的なみわざであって、この人は、そこでイエスを神から遣わされた預言者と呼ぶ代わりに、ただ、神だけをあがめ、神に栄光を帰したら良いという意味だと思われます。

神に栄光を帰すことと、人に栄光を帰すことは相容れないと言われればその通りです。そして、イエスがどれほど大きなみわざをしようとも、十のことばの核心である安息日律法を破っているという時点で、すでにイエスは偽預言者、罪人であるというしるしになり得ます。

ただ、それは彼らの解釈であることを彼らは忘れています。彼らは安息日に行ってはならない労働行為を39のカテゴリーに分類して、ひとつひとつを厳密に守るように心がけていました。彼らは十のことばを聞くたびに、すぐにそれを39の労働行為をしないことと、勝手な解釈をしていました。

同じようなみことばの解釈をする人がいるかもしれません。神の教えをあまりにも短絡的にこの世の生活に適用しようとし過ぎるのです。

たとえば米国の福音派では、禁酒禁煙が生まれ変わったクリスチャンの当然の生き方と言われてきました。昔はハリウッドの映画を見ることも非難されたほどです。しかし、英国の有名なクリスチャンのCSルイスはいつも葉巻をくわえていました。宗教改革者ルターは、奥さんの作るビールを心から喜んでいました。

「クリスチャンなのに・・そんなことしていいの・・・」という中に、時代的偏見がある場合があります。もちろん、禁酒禁煙はとっても良いことです。しかしそれを絶対的な信仰者の基準とした途端、人はパリサイ人と同じになってしまいます。

しかし、この人は、「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えると言うことです」(25節)と淡々述べました。

皮肉にも、彼らは、事実を誤認して「知っている」と言い張り、当の本人は、自分が体験し確信している事実だけを「知っている」と言いました。

そこでパリサイ人たちは、「あの人はおまえに何をしたのか。どのようにしてその目をあけたのか」(26節)と尋ねます。それに対し彼は、「もうお話ししたのですが、あなたがたは聞いてくれませんでした。なぜもう一度聞こうとするのです。あなたがたも、あの方の弟子になりたいのですか」(9:27)と皮肉を込めつつも、彼らに真実を見ることを迫ります

実は、パリサイ人の中にも、「罪人である者が、どうしてこのようなしるしを行なうことができよう」(16節)と言う人がいたにもかかわらず、彼らはそのような事実にさえも目を塞いでいたのです。

私たちの心も知らないうちに、何とも言えない、思い込みの偏見に覆われていることがないでしょうか。

2.「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか」

パリサイ人たちは、彼をののしって、「おまえもあの者の弟子だ。しかし私たちはモーセの弟子だ。 私たちは、神がモーセにお話しになったことは知っている。しかし、あの者については、どこから来たのか知らないのだ」(28,29節)と言います。彼らは自分たちがモーセの弟子で、モーセを通して与えられた神の御教えは知っていると述べながら、イエスのことは、どこから来たのかを知らないと言います。

しかし、彼らは本当の意味でモーセのことを分かってはいませんでした。事実、イエスはかつて、「もし、あなたがたがモーセを信じているのなら、わたしを信じたはずです。モーセが書いたのはわたしのことだからです」(5:46)と言っておられました。

イエスの時代の人々は、ローマ帝国との戦いに勝利できるような救い主を求めていましたが、モーセの書に記されている救いの物語は決して、そのように誰の目にもすぐに明らかになる救いではありませんでした。アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、ユダ、モーセすべてに共通することは、神は彼らをまず徹底的に砕き、彼らが自分の力では何もできないということを思い知らせて、その上で、神のみわざを示すという物語です。

しかも、出エジプト記の救いの物語は始まりに過ぎませんでした。彼らは約束の地で堕落してしまい、バビロン捕囚という悲劇を迎えます。しかもそれは、申命記32章のモーセの歌にもそれが警告されるとともに、そこからの回復が預言されます。

ですから、本当にモーセを知っているなら、救い主の現れを期待していたはずなのです。

当時のユダヤ人たちは、安息日律法を守ることに熱心でした。それは、自分たちが律法を守らなかったことによって国を失ったという反省がありました。そのことが何よりも明確に記されているのはエゼキエル20章10-26節です。

しかし、それがやがて、「みんなが律法を守るなら国は栄えるはずなのに、律法違反者がいるから他国に虐げられている」などと非難し合うようになり、せっかくの神の御教えが互いをさばく基準になってしまいました。私たちも知らないうちに、神が既にもたらしてくださった救いを味わう前に、「もっと熱心に信心すれば、すべてが変わるはず・・・」という、ここに既にある救いを無視して、夢ばかりを追いかけてはいないでしょうか

エゼキエル20章20節には、「安息日をきよく保て」と記されながら、その目的を、主は、「これをわたしとあなたがたとの間のしるしとし、わたしがあなたがたの神、主(ヤハウェ)であることを知れ」と言われます。つまり、主との交わりを深めることこそが、安息日の最大の目的であるのに、彼らはそれを、主の民を脅し、委縮させる基準としてしまったのです。

安息日のテーマは何よりも、全身全霊で主の救いを喜ぶことにあったはずなのです。

引き続き盲人だった人は、パリサイ人のことばに応えて、「これは、驚きました。あなたがたは、あの方がどこから来られたのか、ご存じないと言う。しかし、あの方は私の目をおあけになったのです」(9:30)と現実を直視するようにと言い返します。

何と言おうとも、盲人の目を癒すというみわざは、人間のわざではあり得ないのに、彼らはそのことを見ようとしていないと、反対に、自分よりはるかに賢いと思われる宗教指導者に向かって言います。

そればかりか、その神学的な解釈を、驚くほど明確に、「神は、罪人の言うことはお聞きになりません。しかし、だれでも神を敬い、そのみこころを行うなら、神はその人の言うことを聞いてくださると、私たちは知っています。盲目に生まれついた者の目をあけた者があるなどとは、昔から聞いたこともありません。もしあの方が神から出ておられるのでなかったら、何もできないはずです」(31-33節)と述べます。

つまり、彼は、盲人の目を開けるというイエスの御業自体が、イエスが神から出ておられるということを証明していると言ったのです。

それに対し、パリサイ人たちは、「おまえは全く罪の中に生まれていながら、私たちを教えるのか」と言いました(34節)。これは、この盲人だった人が、まさに神の「のろい」を受けたしるしであると解釈していたということを意味します。

彼らは、この人の目が見えるようになったことを喜ぶ代わりに、この人がそれまで味わってきた苦痛を軽蔑して、それを「罪の中に生きてきた」と断罪したのです。これほど、「人を人とも思わない」ような態度を、同じ聖書を読みながら持つことができたことが不思議なほどです。それほどに人の考え方は、無意識のうちに因果応報の価値観に縛られているのです。

これは、仏教的な輪廻転生の考え方という以前に、罪の中にいる人間の自己正当化の現れと言えましょう。パリサイ人たちは基本的にみな、裕福な家の生まれでした。彼らはその裕福さを神の祝福を受けていると考えるまでは良かったのですが、貧しい人々は、「神の呪いを受けている」と勝手に解釈しました。

そればかりか、心の奥底では、その原因を、神に対する自分たちの信仰によると、自分たちの信仰を誇っていました。反対に、貧しい人々の苦難は、彼らの不信仰に対する神のさばきと見たのです。豊かな人はますます自分の豊かさを誇り、貧しい人々はますます自分を卑下せざるを得なくなります

残念ながら、トマ・ピケティが「21世紀の資本」で鮮やかに証明しているように、貨幣経済の中では、大昔も今も、政府が何らかの対策を講じない限り、貧富の格差は広がるばかりなのです。古代の経済的格差は現代よりもはるかに大きなものでした。

そして、宗教指導者は、その単純な経済原理の中に、神の御手の介入という勝手な解釈を入れ、豊かな者は、神の愛を受けるに値する良い人間なので豊かになっている一方で、貧しい者は、その罪深さのゆえに貧しさという刑罰を受けていると考えました。しかし、それは屁理屈に過ぎません。

冷徹な経済原理として、資産には資産を生み出す力があります。単純に、資産家の子供であるというだけで、資産が資産を産むという恩恵を受け、反対に、貧しい家に生まれた人は、どんなに真面目に頑張っても、貧困からは抜け出すことは至難の業になります。

大地主は寝ていても小作が地代を支払ってくれます。しかし、土地も何もない人は、安息日にも、この盲人のように、物ごいをしなければ生きて行けなかったのです。

神の恵みは、何よりも、この冷酷な経済原理を打ち破る力があるはずなのに、当時の資産家の生まれの宗教指導者は、冷酷な経済原理の上に、神を貧富の格差の創造者にしてしまったのです。

事実、たとえば、つい二百年前の欧米では、多くのクリスチャンが奴隷制度を神の摂理と信じていたほどです。

そして、彼らがここで取った態度、それは自分たちに反抗する者を社会から締め出すという野蛮な行為です。そのことが、「彼を外に追い出した」という行為です(34節)。自分たちの不合理な偏見を露呈する発言をした上で彼を外に追い出します。

パリサイ人は、自分たちの偏見とねたみにとらわれて、事実を「見る」ことができませんでした。一方、生まれつき盲目であった人は、すべてをしっかりと「見ていた」のでした。

3.「目の見えないものが見えるようになり、見える者が盲目となる」

この人は、皮肉にも、目を開かれたことで居場所がなくなりましたが、「彼らが彼を追放したことを」聞いたイエスは、すぐに「彼を見つけ出し」てくださいました。

まだその声しか知らなかった彼に、イエスは、「あなたは人の子を信じますか」(35節)と問い、ご自分が預言者以上の存在であることを示唆しました。「人の子」とは、ダニエル7章13,14節に預言された救い主の呼び名で、その方は「天の雲に乗って」現れ、父なる神から「主権と光栄と力が与えられ」、全世界を服従させるはずでした。当時の人々は、そのような「人の子」の現れを期待していました。

この盲人も同じようにダニエル書が描く人の子を待ち望んでいたのです。それで、彼は、「主よ。その方はどなたでしょうか。私がその方を信じることができますように」(36節)と言います。彼は、まず、信じたいと願いながら、それがどなたかを教えて欲しいと願ったのです。

多くの人が、神を信じることができないのは、「信じたい」と思いもしないからです。この人のように、「信じたい」と思えば、そこに主のみわざが現されるのです。

そして37節で、イエスが「あなたはその方を見たのです。あなたと話しているのがそれです」と言われますが、そこには、「あなたは、わたしが開いたその目で、預言された救い主を見ている」という意味が込められています。

目の前のイエスは普通の人と変わらない姿でしたが、彼は即座に、肉の目を超えたことを見ました。そして、「主よ。私は信じます」(38節)と言って、「イエスを礼拝し」ます。これは、復活後に十二弟子の一人のトマスが「私の主、私の神」(20:28)と告白したことに匹敵します。まさに、肉の目が開かれた彼は、霊の目までも開かれ、神の真のご性質をイエスに見たのです。

主は彼ひとりに目を留め、今、彼を見つけ出してくださいました。イエスの神としてのご性質は、創造の力と同時に、ひとりを大切にする愛に見られます。彼はそれを実感できました。

イエスは、この一連の出来事の意味を、「わたしはさばきのためにこの世に来ました。それは目の見えないものが見えるようになり、見える者が盲目となるためです」(39節)と説明しました。自分の目が見えないことを嘆いていた人の目は、どんどん見えるようにされました。

生まれつきの盲人の目が開かれることは、どんな預言者もできなかったことで、聖書で預言されていた、救い主の最大のしるしでした(イザヤ29:18、35:5,42:7、詩篇146:8)。この人はそれが分かったのです(32節)。

イエスはかつてパリサイ人たちに向かって、「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです」(8:12)と言われ、ここでもこの盲人に向かって、「わたしが世にいる間、わたしは世の光です」(9:5)と言われました。

この盲人の両親は、会堂から追放されることを恐れて、イエスを信じることができませんでしたが、この人は、パリサイ人たちに向かって公然とイエスが神から遣わされた方に違いないということを、彼らを慌てさせるほどに明言し、会堂から追放されました。

彼はまさに、イエスへの信仰を告白することによって「いのちの光を持つ」ことを証しできたのです。

そこで、「パリサイ人の中でイエスとともにいた人々が、このことを聞いて」、イエスに、「私たちも盲目なのですか」と尋ねます(40節)。それに対しイエスは、「もしあなたがたが盲目であったなら、あなたがたに罪はなかったでしょう。しかし、あなたがたは今、『私たちは目が見える』と言っています。あなたがたの罪は残るのです」(41節)と言われました。

聖書に精通していたはずの人々、「私たちは目が見える」と言い張っていたパリサイ人たちは、具体的な事実ばかりか、いのちをかけて守ろうとした聖書さえ見えなくなりました。まさに、「見える」と言う者の目が、どんどん見えなくなったのです。

パリサイ人たちは、みな当然ながら、ヘブル語原文で聖書を読むことができました。当時の信仰者は、モーセ五書などほとんど暗記していたはずです。そして、彼らとしては聖書が分かると、世界が分かると言っていたはずです。

しかし、自分が見えるようになったという人ほど、危ない人はいません。たとえば、私が神学校で学んでいた時、聖書を学べば学ぶほど、自分の通っている教会の矛盾が見えて来ました。それは他の神学生の場合もそうでした。私たちは生意気にも、それぞれ自分たちが通っている教会のリーダーたちの批判をするような会話をしていました。しかし、その後、みんな牧師となり、同じような過ちばかりを繰返しています。

そして、神学校時代に、自分たちがいかに教会の現実を見えていなかったか、またそればかりか、自分たちの罪の深さが見えていなかったかということを反省するようになっています。

中途半端な知識ほど危ないものはありません。ですからパウロは、自分の知識や霊性の高さを誇るコリント教会の信徒に向かって、「知識は人を高ぶらせ。愛は人の徳を高めます」(Ⅰコリント8:1)と言いました。これは多くの英語訳では、Knowledge puffs up, but love builds up. と記しています。知識は人を増長させ、愛は交わりを築くからです。

パウロは続けて、「人がもし何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです」と記しています。愛の交わりを築けない知識ほど空しいものはありません。

聖書を学ぶことは本当に大切です。基本的に私たちの信仰は、聖書から生まれて来るからです。しかし、もしそこで、「このみことばを、あの愚かな間違いを繰り返す、あの人に教えてあげたい」などと思ったとたん、私たちはパリサイ人になっています。

信仰の成長とは、「自分が見えているようで、ほんとうは最も大切なことをまったく見えていない」ということに気づくことにあります。社会批判や教会批判を繰り返すようになった途端、そこにはパリサイ化の危機が訪れているかもしれません。

ですから、私たちは『平安の祈り』において、「この罪深い世を、私が願うようにではなく、あるがままに、主が受け止められたように受け止めさせてください」と祈ります。

私たちはみな何らかの意味での障害者です。私も「見えていたと思っていた時は、全然見えていなかった」と反省しますが、それが分かるに従い、見えない私が、イエスの眼差しによってとらえられているということが見えて、不思議な感動を味わえます。

あなたにも、「自分がなお盲目であることが見えた」という体験があるかも知れませんが、「わたしは世の光です」という方がともにいてくださるのですから心配はありません。そして、この方を知っているということこそが、「私は盲目であったのに、今は見える」(25節)という信仰告白ではないでしょうか。

イエスの弟子たちも、パリサイ人たちも、この生まれつき盲目の人を、愛の眼差しで見ようとはしていませんでした。しかし、イエスもこの盲人も、愛において互いを見ていました。問われているのは「見る」姿勢です。