「健全なる精神は健全なる身体に宿る」ということわざは、ローマの詩人ユウェナリスの風刺詩集に由来します。本来は、精神の健全さが肉体に比例しない現実を見て、「健全なる精神が健全なる身体に宿るように」という「祈り」だったのに、日本では逆の意味になりました。それは、障害や病を忌み嫌う風土があるからかも知れません。
「五体不満足」の著者、乙武洋匡さんは、生まれつき両手両足がありません。彼は欧米では「障害をその人の特徴」と受け入れていると感心しながら、ある夜ふと「どうして僕は障害者なのだろう・・・そこには、きっと何か意味があるのではないだろうか・・何やっているんだ、自分は・・せっかく与えてもらった障害を生かしきれていない・・」と自問しました。
実は、このような前向きな発想を生み出すみなもとが本日の聖書箇所にあるのです。
1.「彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか」
「イエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られ」(1節)ました。それは彼ひとりへの慈しみの眼差しでした。彼は、道端に座って人のあわれみにすがらなければ生きて行けませんでした。ところが、弟子たちは、彼の前で、その痛みを見ることもなく、「彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか、その両親ですか」と、驚くほど無神経な質問をします(これでも「弟子」と呼べるのか・・・)。
実は、この質問にはそれなりの根拠があります。当時のユダヤ人たちの一部は、人間のたましいは、身体が存在する前から存在するという考えを持っていたようです。事実、当時多くの人々に読まれていた旧約聖書外典「知恵の書」8:19-20には、「私は気立ての良い若者で、善良なたましいに恵まれていた。いやむしろ、善良だったので,私は清い体に入った」という記述があります。この考え方によると、この盲人のたましいは、もともと罪深かったので、盲目の身体にしか宿ることができなかったと解釈することもできるのです。
また、彼が盲目になったのは両親の罪だというのは、「あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神、わたしを憎む者には、父の咎を子に報い、三代、四代にまで及ぼし」(出エジ20:5)という有名な十戒のみことばを根拠にしています。ただし、これは、ある人が障害や病気を持っている場合の理由を説明した箇所ではありませんから、文脈無視もはなはだしい聖書の乱用です。
人は、確かに、不摂生が原因で病にかかったり、不注意で事故に会うこともありますが、多くのわざわいは、当人の責任を超えたところで起こっています。聖書はその原因を、何よりも、アダムとエバが神に逆らってエデンの園から追い出されたことから説明します。ですから、イエスは、「アダムが罪を犯したからです」と答えても良かったかもしれません。
しかし、イエスは、「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです」(3節)と不思議な答えをされました。これは、弟子たちの疑問への答えというより、問い自体を見直させるものです。
彼らは、この人が特別に神ののろいを受けていると思い、その原因を尋ねたのですが、イエスは反対に、この人が今まさに、神の祝福を受けようとしていると言われ、その思いを、因果応報的な発想から自由にし、その目を過去から将来に向けさせようとされました。
実際、多くの宗教は、わざわいの原因を過去に求め、それを断ち切ることによって幸せになれると説きますが、イエスはわざわい自体を聖別し、祝福の原因と変えてくださったのです。
ある人が特別に悲惨な目に会っているとしても、それは彼がアダムの子孫の代表者として、また、私たちの代表者として苦しんでいると考えることができます。その人が特別に「のろわれている」のでは決してありません。神はその人を愛し、ご自身の栄光を現したいと願っておられるのです。
この盲人は、イエスがここで、「神のみわざがこの人に現れるためです」と言われたのを聞いて不思議な感動を覚えたことでしょう。今も、多くの障害を抱えた人々がこれによって慰めと希望を見出しています。
私たちも何かのわざわいを見たとき、つい、「どうして、こんなことになったのか」と原因をすぐに考える癖がついています。確かに、「原因と結果」の関係は日常生活では本当に大切です。不摂生をすると病気になる確率が高くなりますし、勉強しなければ成績も上がりません。仕事に真面目に取り組まなければ、成果を出すことができません。
私たちは、そる意味で、そのような因果律を耳にタコができるほど聞かされています。しかし、それでは、どこに、神のあわれみのご支配があるのでしょう。創造主の存在をまったく無視したって同じことが言えます。ですから、原因結果の議論は、人を励ます力があるようでありながら、基本的に、無神論に行き着くのです。
しかも、この生まれつきの盲人のような方にとっては、ただでさえ苦しい人生に、「神ののろいを受けているのでは・・」という人の力では何ともしがたい絶望感を生み出させます。
それに対して、イエスのことばは、原因を問わせる代わりに、神がこの人の中に、新しい創造のわざを始めることができるという希望を生み出したのです。
わざわいの原因を探ることもときに大切ですが、何よりも大切なのは、それが、神の栄光を現わす機会になるということを知ることです。
イザヤ書で、主はそのことを、「先の事を思い出すな。昔の事を思い巡らすな。見よ、わたしは新しい事を行う。今、もうそれが芽生えている。それをあなたがたは知らないのか。確かに、荒野に道を、荒地に川をわたしは設ける」(43:18、19)と語っておられます。わざわいは「新しいこと」が始まる出発点です。
2.「私たちは、わたしを遣わした方のわざを・・行なわなければなりません」
その上で、イエスは「私たちは、わたしを遣わした方のわざを・・行なわなければなりません」(4節)と、この人を含めたすべての人間に与えられた責任を述べます。それは、「わたしを遣わした方のわざを、昼の間に行う」ことです。
それは、イエスご自身が、「あなたがたが、神が遣わした者を信じること、それが神のわざです」(6:29)と言われたように、イエスを神から遣わされた救い主として信頼する歩みを、今ここで、主が十字架にかけられる前に始めることです。
その上で、イエスは、この光の見えない盲人に語りかけるように、「わたしが世にいる間、わたしは世の光です」(9:5)と、ご自身こそが彼に光を見せる救い主であると宣言したのです。
ここでイエスは「私たち」ということばにさりげなくこの人を含め、神の「わざ」が表わされるため、彼にもなすべき「わざ」があるとチャレンジしながら、光の見えないこの人に、ご自身に信頼して光を受けるように招いておられます。
そして、「イエスは、こう言ってから、地面につばきをして、そのつばきで泥を作られ・・その泥を盲人の目に塗って」から、「行って、シロアムの池で洗いなさい」と命じられました(6,7節)。これは、一見途方もなく不合理に思われる命令です。なぜわざわざ、その泥を盲人の目に塗り、目の不自由な人を歩かせるのでしょう。
これは、預言者エリシャがアラムの将軍ナアマンに「ヨルダン川に行って七たびあなたの身を洗いなさい」(Ⅱ列王5:10)と言われたことに匹敵します。ナアマンは最初、それを愚かな命令と思いましたが、従者に説得され、従うことで癒されました。同じようにこの盲人も、イエスに従うことで「見えるようになった」(7節)のです。
なお、ヨハネは、わざわざ「シロアムの池」の意味を「遣わされた者」と説明し、この池で洗うことを、神から遣わされたイエスへの信頼の行為だと示唆しています。それは、この人がイエスのことばに従うことが、「神が遣わした者を信じる」ことを意味したからです。
その結果として、「すると見えるようになって、帰って行った」という不思議が実現しました。まさに、「神のわざがこの人に現された」のです。この人は、自分の目に突然ひんやりとした泥が塗られたとき、怒ってすぐに払い落とすこともできましたが、イエスの慈しみに満ちたことばにとらえられ、「従ってみたい」という思いが生まれたのです。その上で、イエスは、この人の信仰の応答を用いることで癒されたのです。
愚かにも、弟子たちはこの盲人を神学論議の「ねた」にしましたが、イエスは、この盲人自身に目を留め、その責任能力を認め、信仰の応答を促しました。彼は、まだイエスについて何も知りませんでしたが、イエスのことばに深い愛を感じ取り、そのことばに「従ってみたい」という思いが与えられたのでしょう。
まさに、イエスのあわれみの力が、彼に信仰の応答を引き起こしたのです。大切なのは神学の理解よりも、応答する生き方です。
3.「ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えると言うことです」
この盲人の目が開かれたことで、「これはすわって物ごいをしていた人ではないか」と驚く人々がいる一方で、「そうではない。ただその人に似ているだけだ」と言う人もいました。
しかし、彼は「わたしがその人です」(エゴー・エイミー)と大胆に答えます(9節)。ここには、「この私こそ、神のみわざが現されたその人だ」という自負が見られます。
そして、そこにいる人々が、「それでは、あなたの目はどのようにしてあいたのですか」と質問したことに対して、「イエスという方が、泥を作って、私の目に塗り、『シロアムの池に行って洗いなさい』と私に言われました。それで行って洗うと、見えるようになりました」と実際に起きたことを、淡々と、ただ自分の身に起きた事実を伝えました(10,11節)。
なお、この人の答えには、鋭い状況判断能力が確認されますから、彼はこの答えが波紋を広げることをも十分わかっていたはずですが、自分の身を守ろうという意図は見られません。
なお、人々はイエスの居場所を彼に尋ねますが。それに対して、彼はたったひとこと、「私は知りません」とのみ答えます。彼の答えは、本当に、余計な解釈を入れずに、事実のみを淡々と語っています。
案の定、まわりの人は彼を「パリサイ人たちのところに連れて」行きます(13節)。なお、ここで初めて、「ところで、イエスが泥を作って彼の目をあけられたのは、安息日であった」(14節)と記されます。
当時は、「この癒しが一日遅れていたら、彼らは素直に信じられたのに・・」と思う人もいるかも知れません。しかし、イエスは敢えて安息日を選んだのではないでしょうか。それは、このわざが、この盲人に真の「安息」をもたらすものであり、ご自身こそが世界を真の安息に導く救い主であることを証しするためだったからです。
なお、「泥を作って」(6,11,14)と三回繰り返されますが、これは、神が人を土から造られ息を吹きかけられたことを思い起こさせます。この福音書は、「すべてのものは、この方によって造られた」(1:3)という宣言で始まりましたが、イエスはご自分の息を込めたつばで泥を作ることで、新しい創造を指し示したのではないでしょうか。
それにしても、「泥を作る」こともミシュナー(口伝律法)によると安息日に禁止された39の労働行為の一つでした。イエスは、ことばひとつで目を開くことができたはずですから、敢えて、彼らの人間的な安息日規定を破ろうとされたことが明らかです。
パリサイ人たちは、この人に「どのようにして見えるようになったかを尋ね」ます。彼は再び淡々と事実を、「あの方が私の目に泥を塗ってくださって、私が洗いました。私はいま見えるのです」と述べます(15節)。
ところが、「パリサイ人のある人々が」、「その人は神から出たのではない。安息日を守らないからだ」(16節)と、盲人の目が開かれたという事実を無視した、不思議な論理を展開します。人は、しばしば、人を憎んだ上で、その根拠を探し出すものだと言われますが、これはその典型でしょう。
ただ同時に、そこで「ほかの者は」「罪人である者に、どうしてこのようなしるしを行なうことができよう」と、事実を直視することを勧めます。そして、「彼らの間に、分裂が起こった」と描かれます(16節)。そのような中で、彼らは、自分たちの意見の分裂を直視する代わりに、この盲人であった人に、「あの人が目をあけてくれたことで、あの人を何だと思っているのか」と尋ねます。
それに対して、彼は、「あの方は預言者です」(17節)と、たったひとこと明快に断言します。これは、イエスが神から遣わされた人だと認めることで、知識の無い彼としての最大限の信仰告白と言えましょう。
彼らはこの人の両親まで呼び出して、ほんとうに彼が生まれつき盲目であったのかを確かめます。ただそのとき彼らは、「どうしていま見えるのですか」と、両親にこの事実の解釈を求めます。それに対して、両親は、「どのようにしていま見えるのかは知りません。また、だれがあれの目をあけたのか知りません」と言いながら、同時に、「あれに聞いてください。あれはもうおとなです」と言い逃れします。
その理由が「ユダヤ人たちを恐れたからである。すでにユダヤ人たちは、イエスをキリストであると告白する者があれば、その者を会堂から追放すると決めていたからである」と記されます(22節)。当時のユダヤ人にとって、「会堂からの追放」と言うのは、「村八分」よりも恐ろしいことです。追放された人は、もうその町に住むことができなくなります。
日本の村社会の中でもときに同じ恐怖が支配し、正直な意見を言えなくなることがあるかもしれません。私たちは、この交わりが、そのような恐怖に支配されることがないように、本当に注意深くある必要がありましょう。
そこで彼らはもう一度この人を呼び出して、「神に栄光を帰しなさい。私たちはあの人が罪人であることを知っているのだ」と詰問します。
しかし、この人は、「あの方が罪人かどうか、私は知りません。ただ一つのことだけ知っています。私は盲目であったのに、今は見えると言うことです」(25節)と淡々述べました。
皮肉にも、彼らは、事実を誤認して「知っている」と言い張り、当の本人は、自分が体験し確信している事実だけを「知っている」と言いました。私たちも、彼にようにただ事実のみを明確に証しできるようになるべきでしょう。
4.私たちの人生に光をもたらす信仰
人はすべて、「神のかたち」に造られています。それは何よりも、神の語りかけに応答する者として創造されているという意味です。「責任」ということばは、英語でもドイツ語でも「応答する」から生まれています。
この盲人は「障害者」と称される人でしたが、神の御子の語りかけに応答したということにおいて、極めて「健康」な人と見ることができます。神は私たちにも常に語りかけ、応答するように招いておられます。
そして、神の御子が人となって私たちの間に住まわれたのは、私たちのうちに神への応答を生み出すためでした。
たとい私たちが、神から見捨てられたような悲惨を味わうことがあったとしても、そこで、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか」(詩篇22:1)と叫ばれたイエスに出会うことができます。そして、そのように「祈る」ということにおいて、その後の人生の意味が決定的に異なってきます。
どんなに幸福と見える人生にも、数多くの試練や心労があります。それを耐え難く忌まわしいものと見るか、神から授けられた成長の機会と見るかによって、その後の人生は百八十度違ってくるかも知れません。その感じ方の違いを生み出すのがイエスへの信仰であり、それ自体が最大の恵みです。
この盲人はみことばに従うことで、肉の目が開かれたばかりではなく、その霊の目までも十二弟子以上に開かれました。何よりも大切なのは、この信仰の応答です。
人は年を重ねる分だけ悲しみも重ねます。その原因を探っても、人を恨み、自分の過ちを恨み、悶々とした日々に至るだけかも知れません。私たちはまず、この世界がアダム以来すでに「滅びの束縛」(ローマ8:21)のもとにあるという事実を受け止める必要があります。イエスだけが、最終的に、すべての苦しみから「解放」してくださいます。
しかも、私たちはその時を待つことなく、既に信じる瞬間から、悲しみのただ中で平安を体験できます。それは、「私たちは、この望みによって救われている」(ローマ8:24)とある通りです。
ヒルティーというスイスの哲学者は「眠られぬ夜のために」で、「いたずらにあなたを苦しめるために苦難が与えられたのではない。信じなさい、まことのいのちは悲しみの日に植えられることを」(3月15日の黙想)と記しています。
この生まれつきの盲人のいのちは、すでに、悲しみの日々の中で植えられていました。イエスの弟子たちが、イエスをなかなか理解できなかったのに、この人がこれほどすばらしい応答ができたのはそのためです。それまでの人生の悲しみは、「神のわざがこの人に現される」ための備えであり、イエスに出会ったとき、それはすべて祝福に変えられたのです。
ファニー・クロスビーという米国の盲目の詩人は、今も多くの讃美歌によって人々の心に語りかけ続けています。代表作は「blessed assurance」「救い主イエスとともに行く身は」など、驚くほど数多くあります。
彼女は生まれてまもなく、目に何らかの問題が発生しました。まともな医者も見つけられないような田舎で、医者と自称する人が現れ、その目を治療しました。その誤った処置が、彼女の目を一生、盲目にしました。
ただ、彼女は95歳で召される直前、「創造主が私に与えられた最大の祝福は、私の肉体の目が閉じられることを許されたことでした。主は私をご自身のみわざに用いようと創造し、そのために聖別してくださいました。私は「目が見える」ということを体験したことはありませんでしたから、盲目を損失と感じることはありませんでした。反対に、私は最もすばらしい夢、澄み切った目を、最高に美しい顔を、最高の景色を見続けることができました。視力を失ったことは私にとって何の損失でもありませんでした」と心から語っています。
彼女は、数多くの伝道集会で証しをしていますが、ある招かれた地で有名な作曲家と夕日の中で座っていました。ふたりは、神がほんとうに身近に感じられると感動を分ち合っていました。彼女は、目が見えなくても、その夕日の不思議なほどの美しさを感じることができました。
彼女は、神の栄光の御手が自分に伸ばされているのを感じ、恍惚感に満たされ次の詩をすぐに書きます。
「私は、あなたのものです。主よ。あなたの御声を聞きました。 その声は私への愛を語っています。 しかし、私はもっと信仰の手を伸ばして、もっと、 あなたの御そばに行くことを切に願っています。 (以下繰り返し) 祝福の主よ。もっと、もっと、私をみもとに近づけてください。 あなたが息を引き取られた十字架に近づけてください。 祝福の主よ。もっと、もっと、私をみもとに近づけてください。 貴い血を流してくださった、その御そばに」 (聖歌591「恐れなく近よれと」原詩)。