マルコ8章22〜38節「良い人ではなく、一途なキリスト者に」

2012年1月29日

私たちは多くの場合、自分の力の限界や心の醜さを示され、「より良い人間になりたい・・」と願ってイエスを救い主として告白するように導かれました。しかし、そこから矛盾が始まります。この世には、立派で力のある人々は数多くいます。そこで私たちは、そのような人々に劣らない、「良い人」と評価されることが何よりの証しになると思うようになり、生真面目な、失敗を恐れる臆病な生き方に走ることがあります。

宗教改革者マルティン・ルターにとって誰よりも頼りになったメランヒトンという若い学者がいます。ルターは多くの人を敵に回しましたが、メランヒトンは争いを嫌い、万人から認められるような改革を進めようとしました。そしてついに、ルターにもルターの敵たちにも気を遣いながら、間違いを犯すことを恐れるあまり、悩みに囚われ、仕事が進まなくなりました。良い人であろうとすることが重荷となり、信仰の喜びを見失いそうになったのです。そんな彼にルターは驚くべき手紙を書きました。

「あなたが恵みの説教者であれば、作り物の恵みでなく、本物の恵みを説教しなさい。もしそれが本物の恵みであれば、作り物の罪でなく本物の罪を負いなさい。神は作り物の罪人を救いたまいません。

罪人でありなさい。大胆に罪を犯しなさい。しかしもっと大胆にキリストを信じ喜びなさい。彼こそは、罪と死とこの世との勝利者です。

私たちがこの地上にいる限り、罪を犯さざるを得ません。この地上での生は、義が私のものとなるというようなものではありません。ペテロが言うように、私たちは義の宿る新しい天と新しい地とを待ち望むのです。この世の罪を取り除く小羊・キリストを、神の大きな恵みによって私たちが知るに至ったことで十分です。

たとえ日に千度殺人を犯しても、どんな罪でも私たちをこの小羊から引き離すことはないでしょう。これほど偉大な小羊によって、私たちの罪の贖いのために支払われた代価が少なすぎるとあなたは思うのですか。

大胆に祈りなさい。最も大胆な罪人になりなさい。1521年、使徒ペテロの日に。マルティン・ルター」

私たちがしばしば、八方ふさがりに陥り、身動きがとれなくなるのは、良い人であろうとするあまり、臆病になりすぎている結果かもしれません。

良い人になることよりも、一途なキリスト者になることを求めましょう。何よりもイエスの救いを喜び、一途にイエスを愛し、人の評価を恐れず、失敗を恐れず、イエスのために生きて行きましょう。

1.「イエスはもう一度彼の両目に両手を当てられた。そして、彼が見つめていると・・・」

イエスと弟子たちはガリラヤ湖の北岸にある「ベツサイダに着」きました。「すると人々が盲人を連れて来て、彼にさわってくださるよう、イエスに願」いました(8:22)。当人の信仰というより、周りの人々の信仰によって導かれるというパターンは7章32節以降と同じです。そして、イエスは彼との静かな交わりのために「盲人の手を取って村の外に連れて行かれ」ました(8:23)。

そしてここでも7章33節に記されていた口のきけない人の癒しと同じようにご自分の「つばき」を用い、「その両目につばきをつけ、両手を彼に当てて」、「何か見えるか」と聞かれました。「つばき」を用いることに何かのまじないのような意味があるのではなく、これはイエスの口が彼の目に近づき、いのちの温かさを伝えるという感じだと思われます。盲目な人がイエスのいのちの息吹を直接に受けたのです。

その結果が、「すると彼は、見えるようになって」、「人が見えます。木のようですが、歩いているのが見えます」と言った、と描かれています(8:24)。

イエスは不思議に、たちどころにではなく段階的に癒そうとしておられます。これはその後の弟子たちの信仰の目が段階的に開かれてくることと並行しているとも思えます。

その後、「それから、イエスはもう一度彼の両目に両手を当てられた。そして、彼が見つめていると、すっかり直り、すべてのものがはっきり見えるようになった」(8:25)とありますが、目を開いて「見つめている」ときに、ぼんやりと見えていたものが、徐々にはっきりしてくるというのは本当に感動的だったことでしょう。

しかも、彼の両目にイエスの両手が当てられていたということは、彼のすぐ目の前にイエスの御顔があったということです。彼が開かれた目で最初に見たのはイエスの御顔だったのです!

それは、私たちにやがて起きることでもあります。私たちもみな肉体が徐々に衰え、目もかすみ、やがて死とともに見えなくなります。しかし、私たちの身体が復活し、新しいエルサレムに入れられるとき、「顔と顔とを合わせて」イエスの御顔を「見る」ことになります(Ⅰコリント13:12)。

そして、ここでもイエスは彼がご自分のことを宣伝することを戒めて、家に帰しながら「村に入って行かないように」と言われました(8:26)。イエスのいやしのみわざは、ご自身が預言された救い主であるということの証しでしたが、それを不特定多数の人に一度に知らせたいとは思われませんでした。

たとえば、イザヤ29章18-20節には、「その日、耳の聞こえない者が書物のことばを聞き、目の見えない者の目が暗黒とやみから物を見る」ということと並行して「横暴な者はいなくなり、あざける者は滅びてしまい、悪をしようとうかがう者はみな、断ち滅ぼされる」と記されています。つまり、貧しい者の救いと横暴な者へのさばきは同時に行われると示唆されているのです。

当時のユダヤ人は、ローマ帝国からの独立を切望していましたが、それは盲人の目を開く救い主は、同時に、ローマ軍を立ち滅ぼしてくれる戦士でもあると期待されていたということを意味します。

彼らのそのような期待を刺激してしまうなら、イエスはご自身が語りたいと思われる神の国の福音を、弟子たちをはじめとする身近な人に静かに語り継げ、彼らが納得できるように導くということができなくなります。真理は静かに伝えられる必要があったのです。

2.「あなたは、キリストです」

「それから、イエスは弟子たちとピリポ・カイザリヤの村々へ出かけられた」(8:27)とは、ベツサイダからヨルダン川の水源地帯に向かって北上することを意味しました。それはガリラヤ湖から北に40㎞の地で、当時の偶像礼拝の中心地でした。

カイザリヤとはローマ皇帝の町という意味で、ピリポというのは皇帝から支配を任されたヘロデ大王の息子の名です。イエスは敢えて、「私たちの王は、ローマ皇帝です」と人々が告白する地において、世界の真の王は誰かを示そうとされました

それで、「その途中、イエスは弟子たちに尋ねて」、「人々はわたしをだれだと言っていますか」われました。不思議にもイエスは、彼ら自身の意見を聞く前に人々がご自身をどのように見ているかを問われます。それは、主がご自身のことを徐々に明らかにしてゆくというプロセスでもあります。

当時の人々の中には、イエスをヘロデ・アンテパスに殺されたはずの「バプテスマのヨハネ」が生き返って現れたと言う人もいました(8:28)。また「エリヤだと言う人も」いたというのは、最後の預言者マラキが、救い主の到来の前に、かつて生きたまま天に引き上げられたエリヤが再びこの地に送られてくると語っていたからです。

そのような超自然的な存在としてイエスを見たのは、彼らがイエスの行う様々な不思議に圧倒されていたからです。

なお、後にイエスご自身はバプテスマのヨハネこそが、預言されたエリヤの現れであると言っています(9:11-13)。

その上で、「預言者のひとり」という見方は、より現実的な存在に聞こえます。ただ、それでもイエスをエリヤと見ることも、預言者のひとりと見ることも、イエスが人間であって、神の御子としての救い主とは認めていなかったという点では同じです。

  彼らにとって、イエスは神の救いを告げ知らせる人であって、実現する人ではありませんでした。現代のイスラム教徒も、イエスを預言者とは認めても、救い主であるとは認めていません。

その答えを受けて、イエスは弟子たちに、「では、あなたがたは、わたしをだれだと言いますか」と尋ねます。それに対して、ペテロは「あなたは、キリストです」と告白しました(8:29)。この告白はマルコの福音書の前半のクライマックスでもあります。なぜなら、この福音書は「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」ということばから始まりますが、そのことがイエスの弟子の口から明らかにされたことになるからです。

なおマタイの並行個所では、ペテロは、「あなたは、生ける神の御子キリストです」と答えたと記されています(16:16)。

当時の人々にとって、キリスト(救い主)とは、虐げられている人を救うと同時に、彼らを虐げる権力者を滅ぼす存在でした。決して、バプテスマのヨハネのように、権力者に殺される存在ではなく、目に見える世界を作り変えてくれる方でした。

それに対し、イエスは、「自分のことをだれにも言わないようにと、彼らを戒められた」と記されていますが(8:30)、ここでもイエスは救い主のイメージが独り歩きして広まることを避けたかったのです。

ペテロの告白は間違ってはいませんが、キリスト(救い主)ということばは、人々をローマ帝国からの独立運動に駆り立てる可能性を持っていました。それでイエスは弟子たちに沈黙を命じた上で、救い主のイメージを修正しようとされました。

3.「人の子は・・・」

イエスは、意外な救い主の姿を示すために、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに捨てられ、殺され、三日の後によみがえらなければならないと、弟子たちに教え始められ」ました(8:31)。それは、ご自身が世界を救う前に、誰も想像しなかった苦しみの道をたどる必要があるということを示すことばです。

なお、イエスが「人の子」ということばを使われたのは、栄光に満ちた権威を指し示すもので、ご自分をダニエル7章13、14節が描く救い主として現したからに他なりません。

そこでは、「見よ。人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は亡びることがない」と記されていました。

そして、イエスは十字架にかけられる前のユダヤの最高議会における裁判の席で、このダニエル書のことばを引用しながら、ご自分が救い主であることを証しされましたが、それに対してユダヤの最高議会は全員一致でイエスは神への冒涜のゆえに死刑に値すると決めました(14:61-64)。

ただし、イエスの時代、「人の子」ということばは、もっと広い意味で用いられていたようです。神は預言者エゼキエルに語りかける時、繰り返し、「人の子よ」と呼びかけています。

そして、当時の敬虔な人々は自分のことを「人の子」として表現することがあったとも言われます。ですから、ペテロを初めとする弟子たちが、イエスがご自分を「人の子」と呼んだからと言って、すぐにダニエル書7章13節を思い浮かべることができたとは思われません。

ただそれにしても、当時のユダヤ人にとっての救い主というのは、イスラエルの解放者であったことは間違いありません。彼らは、約二百年前にギリシャ人が支配するセレウコス朝シリアからの独立を勝ち取ったユダ・マカベオスのような存在をイメージしていました。

ですから、救い主が、ユダヤ人の宗教指導者である「長老、祭司長、律法学者たちに捨てられる」などということは、想像だにすることはできませんでした。なぜなら、当時の人々は、エルサレム神殿に主の栄光が戻ってくることを期待していたからです。

当時のエルサレム神殿は、外面は壮麗たるものでも、その中には契約の箱も入ってはいませんでした。まるでご本尊のないお寺のようなものです。

モーセのもとで建てられた神の幕屋にも、ソロモンが建てた神殿にも、神の栄光が満ちて、人々が近づくことができないほどになったということが記されていますが、バビロン捕囚からの帰還後に建てられた神殿には一度もそのようなことが起きませんでした。

それに対して、当時、期待された救い主はエルサレム神殿に神の栄光を満たす存在であり、それと同時に、ローマ帝国からの独立を勝ち取ってくれる強力な指導者でもあったのです。

4.「下がれ。サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」

なお、イエスはご自分が「苦しみを受け・・捨てられ、殺される」ことを「はっきりと・・話された」と敢えて記されますが(8:32)、それに対し、「するとペテロは、イエスをわきにお連れして、いさめ始めた」と描かれます。

マタイの並行記事では、ペテロは、「そんなことが、あなたに起こることはありません」と言いながらイエスをいさめたと記されています。簡単に言うと、ペテロはイエスに向かって、「あなたは不信仰だ!」と言ったに等しいのです。

それに対してのイエスの反応は驚くほど激しいものでした。そのことが「しかし、イエスは振り向いて、弟子たちを見ながら、ペテロをしかって」、「下がれ。サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」と言われたと記されています(8:33)。イエスはペテロに向かって、「おまえはサタンの誘惑に負けている」と言ったのではなく、ペテロ自身を、「サタン」と呼んで退けたのです。これほどに厳しい叱責はありません。

なぜなら、それは武力闘争への道か、神の平和への道かの分かれ道だと思われたからです。たとえば、日本の青年将校たちは1936年の2・26事件で、軍備拡張に否定的な高橋是清をはじめとする指導者たちを殺害しました。それ以来、軍部に批判的な人々は公然と発言することはできなくなりました。それが日本の分かれ道でした。

当時のユダヤにも武力闘争主義者が満ちていましたが、ペテロを初めとする弟子たちは、そのような道に進む可能性があったのです。

それから、イエスは、弟子たちばかりか、「群衆を弟子たちといっしょに呼び寄せて」、彼らに、「だれでもわたしについて来たいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負い、そしてわたしについて来なさい」と言われました(8:34)。つまり、これは特別な弟子たちへのことばではなく、すべての人への招きなのです。

これは、たとえば、ダニエルが目に見える王を拝むことを拒絶して、無抵抗のままライオンの穴に投げ込まれた生き方であり、また、ダニエルの三人の友人たちが、ネブカデネザルが作った金の像を拝むことを拒絶して、無抵抗で燃える炉の中に投げ込まれたことと同じ生き方です。

神は、ライオンの穴の中でダニエルを守り通し、また、三人を燃える炉の中で守り通しました。神は、彼らを人間の目には死んだ状態にまで追い込んだ上で、その苦しみのただ中で守り通してくださったのです。

そして、ダニエル書の結論は、イスラエルの神、主に死に至るまで忠実である、「思慮深い人」が、「永遠のいのち」へと復活すると記されています(12:2,3)。これは、人間的には死ぬこと、敗北をすることを厭わないことによって、神にある勝利を体験できるという、神にある逆転の生き方です。

なお、「自分の十字架を負う」とは、何か重い責任を担うという意味に解釈されることがありますが、これは何よりも十字架を背負ってゴルゴタに向かったイエスの御跡に従う歩みです。イエスは多くのユダヤ人たちから罵声を浴びせられ、唾をかけられ、死刑場に向かいました。重たい責任を担っているという誇りを持つこともできなければ、人間的にはいかなる出口も見えない歩みです。

十字架を負ってイエスに従うとは、富も名誉も、すべてを捨てる覚悟で、ただ「わたしについて来なさい」というイエスの招きだけに従う歩みなのです。誰からの評価も期待せずに、ただイエスのまなざしのみを意識して生きることです。

イエスはある意味で、不可能をお命じになられたとさえ言えましょう。ですから誰も、自分の力や勇気ではなく、御霊の助けがなければキリストに従うことはできないのです。

5.「いのちを救おうと思う者はそれを失い・・・いのちを失う者はそれを救う」

そしてイエスは続けて、「いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしと福音とのためにいのちを失う者はそれを救うのです。人は、たとい全世界を得ても、いのちを損じたら、何の得がありましょう。自分のいのちを買い戻すために、人はいったい何を差し出すことができるでしょう」(8:35-37)と言いました。

イザヤ52章13節から53章12節には、主のしもべの歌というのが記されています。その最初において、「見よ。わたしのしもべは栄える。彼は高められ、上げられ、非常に高くなる」と言われた上で、その方が、「さげすまれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で病を知っていた」という状態になると言われ、「彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった」と記されます。

まさに、復活への道は十字架を通して開かれると記されているのです。

ダニエルが、バビロンでもペルシャでも異教徒の王から信頼されたのは、死に至るまで神への忠誠を保ったその信仰が認められたからです。彼が権力者におもねるような生き方をしていたなら、決して信頼されることはありませんでした。

しかし、それはダニエルの信仰というよりは、神がダニエルを励まし、守り通してくださった結果でした。預言者イザヤもエゼキレルもエレミヤも、それぞれ「死に至るまで忠実」(黙示2:10)でした。

それこそが神のしもべとしての生き方でした。イエスは私たちにもこれらの預言者と同じように生きることを求めておられるのです。

そして、それを誤解することがないようにイエスは最後に、「このような姦淫と罪の時代にあって、わたしとわたしのことばを恥じるような者なら、人の子も、父の栄光を帯びて聖なる御使いたちとともに来るときには、そのような人のことを恥じます」(8:38)と断言されました。

つまり、人の顔色を窺って、イエスが自分の主であることを人々の前で否定するような者は、イエスとともに栄光を受けることはできないのです。なお、ここではイエスは最終的に、この世のすべての悪をさばく方として現れるということが示唆されています。

イエスを甘く見てはならないのです。

ただし、ペテロはこのことばを聞きながらとんでもないことをしました。彼はイエスがとらえられ、その後をこっそりとついて行ったとき、人々からイエスの仲間であることを尋ねられますが、そのとき、三度にわたって、イエスのことなど知らないと、神に誓って、断言しました。しかし、イエスはペテロをその後、真の悔い改めに導いてくださいました。

ペテロは、「自分は大丈夫だ」と豪語していたときには負けました。しかし、自分の弱さを思知らされたあとには、死に至るまで忠実に歩むことができました。

私たちに信仰を与え、信仰を全うさせてくださるのは、聖霊のみわざです。自分の弱さを認めながら、なお、イエスに従い続けたいと願う者のうちに聖霊が働いてくださいます

ある方が、マザー・テレサに、「なぜ、十分にない薬や人手を、死に行く病人に与えるのですか」と尋ねたところ、彼女は毅然と、しかし笑顔で、「私は、与え続けます。なぜなら路上で瀕死の状態の人たちが、身体を拭いてもらって傷口を洗い、包帯を巻き、お薬を飲ませてもらう。初めて温かい看護をしてもらう。そして人によっては数時間後に召される・・ほとんどの人たちが、『ありがとう』と言って死ぬのです・・・

世を恨みながら死ぬ代わりに、感謝を持って生涯を終えられる・・それは本当に美しい光景なのです・・・

私は死に行く人の最後のまなざしをいつも心に留めています。人々が死を迎える時に、『愛された』と感じながらこの世を去ることができるなら、何でもしたいと思っています」と答えたとのことです。

彼女にとって、死に行く人に仕えることは、イエスを礼拝することでした。彼らからの感謝のことばは、イエスからのことばとして聞こえました。彼女はそのために、多くの信仰者が首をかしげたくなるような大胆な行動をとりました。しかし、彼女にとっては、そんな人の評価など、何の意味も持ちませんでした。

一方、私などは、人の評価が気になってたまりません。「先生は、自分のことばかり考えている・・」などと言われたら、夜も眠られなくなります。しかし、イエスが、「自分の十字架を負って、わたしについて来なさい」と言われたことばを思い起こすたびに、ふと、人々の評価から自由になれるような気がします。

  いわれのない批判を受けながらも、「私は十字架を負っている」と思えるなら、そこにはイエスと一つとされているという感動が生まれるからです。

二・二六事件の際に、お父様を目の前で殺されたのを目撃し、その後、様々な導きの中で日本のカトリック教会のリーダー的存在になられた渡辺和子さんは、マザー・テレサに最初に会ったとき、「なんと厳しいまなざしをお持ちの方なのだろう」と思ったとのことです。マザーは、世に言われる「良い人」ではありませんでした。しかし、彼女は誰よりもイエスのまなざしを求め続けた「一途な人」でした。

ちなみに、渡辺和子さんも、18歳で洗礼を受けてから、ことあるごとにお母様から、「それでもあなたはクリスチャン?」と言われ、つらい思いをしたと言っておられます。その後も、様々なつまずきを体験しながら、「イエス様、きょうもまたしくじりました。倒れてしまいました」と言っていたそうです。

するとイエスは、「いいよ。わたしだってゴルゴタの丘を登っているときに、三度も倒れたのだから・・・倒れてもいいよ。また笑顔で、起き上がってごらん」と言っていてくださるのを感じていたそうです。

私たちも、イエスが死んで生きられたように、より豊かになって生きるために毎日、小さな死を体験する必要があります。それは言い返したいときに言い返さないことなど些細なことに始まり、愛されるよりは愛することを、慰められるよりは慰めることを求めることなのです。

いつでもどこでも、主に喜ばれ、主に従うことのみを考えて生きてゆきたいものです。最善を目指しながら、同時に、自分の弱さを正直に認めるときに神の力が働いてくださいます。