マルコ15章1〜41節「イエスの御苦しみを黙想する」

2011年4月17日

今回の大震災に対してひとことメッセージを書いてくださいと百万人の福音の編集者から依頼されて、ふと、次のような文章を書きました。

「この大震災を巡って、ある人は、人間の傲慢に対する神のさばきと言い、ある人は、日本に福音が広がるチャンスと言い、また、日常生活のすべてが神の恵みだとわかったと言います。私も礼拝説教のたびに、何かの解釈をしています。しかし、あらゆる解釈を控え、ただ、おろおろと、『主よ。あわれんでください・・・』と泣きながら祈る、そんな姿こそが、信仰の原点なのではないかと、ふと思いました。」

私たちは何か途方もないことが起こると、それをどうにかして意味づけようとします。それは、想定外のことを想定内のことに置き換えようという意識の働きかもしれません。

科学文明はある意味で、この世界に起こっていることを、人間の理性で把握しようとする努力から生まれています。しかし、それを人の心を扱う信仰の世界に適用しようとすると、最も大切な真理を見失ってしまう可能性があります。

たとえば、イエスは十字架上で七つのことばを語られましたが、マタイもマルコもそのうちのひとつ、「わが神、わが神・・・」という不可思議なことばしか記録していません。

私自身このことばに向き合うたびに新しい発見がありますが、最近は、「あまりわかった気持ちになってはいけない・・・」とも思うようにもなっています。

私たちはあまりにも、「これは現代の自分にとってはどんな意味を持っているか」などという解釈を安易に求めすぎてはいないでしょうか。もっと、当時の時代背景を把握することには理性を働かせるとしても、イエスのことばの意味に関しては、心に落ちるまで静かに待つという姿勢が必要など思います。

イエスの十字架を見ていた女性の弟子たちは、何が起こっているかわからないまま、ただおろおろと泣いていたのではないでしょうか。そして、そのような女性たちに、イエスは最初の復活の姿を現してくださいました。

自分の頭で神のことを把握しようとしすぎると、想定外の神からの啓示が見えなくなってしまうような気がします。

1.「あの人がどんな悪いことをしたというのか」

イエスはユダヤ人の最高議会で裁判を受けたとき、大祭司が「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか」と尋ねたことに対して、ご自分がダニエル書7章13,14節で預言されている救い主であるという意味を込めて、「わたしは、それです。人の子が、力ある方の右の座につき、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです」と答えました(14:61,62)。これはイエスが、ご自分のことを、イスラエル王国を復興する王である以上に、全世界の支配者であると主張したことを意味します。

当時の人々は、ダビデ王国の復興を待望しており、この五日前にはエルサレムの住民が、イエスのエルサレム入城を歓呼のうちに迎え、多くの人が自分たちの上着を道の上に敷きました(11:8)。これはイエスをエルサレムの王とするという意味が込められていました。

ところが、ここで、すべての弟子たちに逃げられ、たったひとり無力に大祭司の前に立たされているイエスは、ご自分のことをダビデにはるかに勝る王であると宣言されたのです。

それを聞いた大祭司が、イエスを、神を冒涜する者として宣言し、ユダヤ人の最高議会が全員一致でイエスを死刑と定めたことは極めて自然なことでした。なぜなら、彼らからしたら、このような大法螺吹きが民衆の支持を受け、扇動するのを看過するなら、神殿の権威が失われるばかりか、ローマ軍による武力支配が強化され、自分たちの信仰の自由さえも奪われると思われたからでしょう。

ただし、当時の法律では、死刑判決を下し、死刑を執行できるのはローマ帝国の代理であるローマ総督だけでした。それでユダヤの最高議会は、総督ピラトのもとにイエスを連行し、死刑判決を下すように強く迫りました。しかし、ローマ帝国の法律では、神への冒涜という罪で、人を死刑にすることはできません。ただイエスが「ユダヤ人の王」を自称して、群集の独立運動を扇動しているなら十字架刑は当然でした。

それで、ピラトは、「あなたは、ユダヤ人の王ですか」と尋ねましたが、イエスは「その通りです」とだけ答えます(15:2)。しかし、これは本来なら、「私は独立運動を扇動してはいません」と答えるべき所です。そればかりか、イエスを訴える様々な罪状が訴えられているのに、「イエスは何もお答えにならなかった」(15:5)というのです。そして、「それにはピラトも驚いた」と描かれているほどに、イエスは不思議な沈黙を守っておられました

それはイエスが、民衆の期待する姿ではないにしても、確かに「ユダヤ人の王」として苦しむことを望まれたからです。王には民全体の身代わりになる資格があるからです。

ピラトは、イエスの応答の姿を見て、ローマ帝国への反逆罪を適用するには無理があることを認めながら、責任のがれのための妥協策を考えます。それは誰の目からも十字架刑にふさわしいバラバという人と、イエスのどちらかに恩赦を与えるというものでした。群集は、つい五日前にイエスをダビデの子として歓迎しましたから、イエスの釈放が願われると思ったことでしょう。

ところが彼らは、宗教指導者の説得に応じてバラバの釈放を願い、本来彼が受けるべき刑罰をイエスに要求しました。彼らは、無抵抗のイエスを見て、自分たちの期待が裏切られたことに腹を立てたのだと思われます。

ピラトは群集のヒステリックな反応に驚きながら、「あの人がどんな悪い事をしたというのか?」と尋ねます(15:14)。これは、ピラトがした最高の質問ではないでしょうか。バッハのマタイ受難曲では、この問いかけに、ソプラノで次のように歌われます。

「あの方は私たち皆に良いことをしてくださいました。盲人の目を開き、足なえの人を歩かせ、御父のことばを私たちに告げ、悪魔を追い払われた。嘆く人を助け起こし、罪人たちを受け入れ、引き受けてくださった。私のイエスはそのほかに何もなさらなかった・・・」

ところが、群集は、ピラトの問いかけに答える代わりに、「ますます激しく、『十字架につけろ』と叫んだ」(15:14)というのです。どうして、人々の心はこうも変わってしまったのでしょう。

その理由は、バッハが、「私のイエスはそのほかに何もなさらなかった」と歌わせたように、イエスが敢えてなさろうとしなかったことに隠されています。イエスはユダヤ人を虐げるこの世の権力者と戦おうとはされませんでした。また、この世の富も、名声も、権力も与えてくれませんでした。しかし、残念ながら、それらこそ、ここに集まった群衆が望んでいたことでした。

あなたがそこにいたとしたら、どのような反応をしたでしょう・・・。群集は、自分たちの国や社会をたちどころに変えてくれる強い指導者を求めていました。しかし、イエスはあまりにも無力に捕らえられ、惨めな姿をさらしています。彼らは、「だまされた・・裏切られた・・・」と思ったことでしょう。しかし、彼らはあまりにも自分の身勝手な期待を抱いていただけなのです。

たとえば、現在、多くの人々が、「原発反対を唱えています」が、ついこの前までは、原発はクリーン・エネルギーの代表と見られ、その技術で世界をリードし、米国の会社も買収した「東芝」などは生まれ変わった会社として世界中の人々から非常に高く評価されていました。そのような幻想を作ったのは政治家や大企業だけの問題でしょうか。このような事態が起きてしまうと、原発の危険性は、少し考えれば誰の目にも明らかだったように思われます。それに無頓着に、目先の便利さを追求し、電力を湯水のように使った私たちにも責任があります。

「神を信じて、何になるのか」という逆説的な題の本が売れています。イエスの福音は、多くの人にとって、あまりにも無力に感じられることがありますが、実は、壮大すぎて、目先のことしか考えない人間には理解できないのです。しかし、イエスは私たちの霊の目を開き、社会で生きる力を与え、聖書の読み方を変え、悪魔による死の脅しを無力化し、嘆く者に希望を与え、罪の赦しによって創造主なる御父との交わりを回復してくださいました。

福音の中心は、私たちの生活環境を変えることではなく、私たちの生き方を変えることにあります。住まいよりも、私たちの心を明るくする力なのです。そして、私たち一人一人の心が変えられる時にのみ、世界に完全な平和が実現します。

2.「十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた」

ピラトは群集の声に圧倒される形で、バラバを釈放しましたが、そのことをマルコは、「ピラトは群集のきげんをとろうと思い・・・」(15:15)と描写します。ピラトは自分の信念を曲げる判決を下したことによって、後世のすべての人々から軽蔑されることになります。

そして、その後のことがごく簡単に、「そして、イエスをむち打って後、十字架につけるように引き渡した」と記されます。パッションという映画で当時の「むち打ち」の場面がリアルに描写されていましたが、それは、それは、おぞましく酷い刑でしたが、ここでは厳密には、「十字架につけるために引き渡した。むち打って・・」と、肉体的な痛みを思い起こさせる表現を隠すように配慮しつつ描かれています。

他方で驚くほど詳しく描かれているのが、イエスがあざけりを受ける様子です。総督の「兵士たち」はイエスに「紫の衣を着せ」ましたが、これは王族の着物の色でした。また当時の王や競技の勝利者は月桂樹の冠をかぶりましたが、イエスにはそれに似せた「いばらの冠を編んでかぶせ」ました。

そして、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と叫んで挨拶をして、イエスを嘲りました。「葦の棒でイエスをたたいた」とありますが、「葦の棒」とは、王酌に見せるためのものでした。

なお、19節は、「たたき続け、つばきをかけ続け、ひざまずいて拝み続けた」と、三つの未完了形の動詞で、このような嘲りが繰り返し行われたという様子が鮮やかに描写されています。

ローマの兵隊たちはユダヤ人のテロ攻撃を恐れていましたから、イエスをテロリストの王に見たてて日頃の憎しみをぶつけたのかもしれません。人は、怒りをぶつける相手を求めています。私たちも、あらぬ誤解を受け、あざけりをうけることがあるかもしれません。そんなとき、「そんな愚か者たちの声など気にする必要はない・・・」と言われることがありますが、人はだれしも、自分の尊厳を奪われることは、何よりも辛いことです。

しかし、私たちはその痛みの中で、イエスに出会うことができます。イエスはあなたのために「つばきをかけられ」続けたのですから・・・

イエスは自分がかけられる十字架を背負わされてゴルゴタと呼ばれる死刑場に連れて行かれます。その際、クレネ人シモンに十字架が無理やり背負わされたのは、イエスが衰弱し切っていたからです。しかし、不思議に、肉体的な痛みの描写は最小限に留められます。

兵士たちは、「没薬を混ぜたぶどう酒をイエスに与えようとしました」(15:23)が、それは痛みを和らげる麻酔薬のようなものです。ところが「イエスはお飲みにならなかった」というのです。ここに、肉体的な痛みを正面から受け止めようとしたイエスの雄々しさと見られます。

そして、「それから彼らはイエスを十字架につけた」と描かれます。ここでも、実際は、イエスの手に大きな釘が打ち込まれたはずなのですが、その描写は省かれています。そして、「だれが何を取るかをくじ引きで決めた上で、イエスの着物を分けた」(15:24)と描かれます。これは、イエスの存在が徹底的に無視されていることの象徴です。

イエスが十字架にかけられたのは午前9時でしたが、その罪状書きには、「ユダヤ人の王」と書いてありました。これはまさに、イエスが文字通り、イスラエルの民の王として、彼らのすべての罪を負い、彼らの歴史を完成に導くという意味がありました。イエスの十字架と復活以降、神の救いが異邦人にも明確に及ぶようになったのは、イエスがユダヤ人の王として、彼らに対する神のご計画を全うされたからです。

一方、イエスがふたりの強盗にはさまれているのは、イエスを強盗の頭として見世物にしたという意味でもあります。ユダヤ人たちは、「頭を振りながらイエスをののしって」、「おお、神殿を打ちこわして三日で建てる人よ。十字架から降りて来て、自分を救ってみろ」と言いました(15:29,30)。

これは、イエスが神殿の崩壊を告げたことへの皮肉ですが、イエスは本当に、ご自分の十字架と復活で、神殿を完成してくださいました。もう私たちは目に見える神殿なしに、イエスにすがるだけで神からの罪の赦しを受け、また、神に向かって祈ることができます。

イエスは荒野で悪魔の試みを受けられたとき、神殿の頂きに立たせられて、「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい」と言われました(マタイ4:5,6)。今、宗教指導者たちは、悪魔と同じことばを用いて、「他人を救ったが、自分は救えない。キリスト、イスラエルの王さま。今、十字架から降りてもらおうか。われわれはそれを見たら信じるから」と言います(15:31)。

彼らはエルサレムに神の栄光が戻って来ることを待ちわびながら、心の底では「神の沈黙」に対して怒っていたのではないでしょうか。イエスはその不満と怒りをその身に受けたとも言えます。

そして、ここではルカに記された強盗の悔い改めの代わりに、「イエスといっしょに十字架につけられた者たちもイエスをののしった」(15:32)という点に焦点が合わされます。イエスはすべての人の心の底にある怒りをその身に受けました。

しかも、「十二時になったとき、全地が暗くなって、午後三時まで続いた」(15:33)のは、神の愛が、イエスが負われた罪によって遮断されたという意味に理解されます。イエスはこのとき、まさに、神と人の両者からのろわれた者となり、絶対的な孤独を味わわれたのです。

なお、神のさばきの日に、「太陽が暗くなる」と表現されることは、多くの預言書に記されていました。そして、イエスご自身も、かつて、「これらの日の苦難に続いてすぐに、太陽は暗くなり」(マタイ24:29)と言っておられました。つまり、これは何よりも、預言が成就したという積極的な意味があります。事実、主はその直後、「地上のあらゆる種族は、悲しみながら、人の子が大能と輝かしい栄光を帯びて天の雲に乗って来るのを見るのです」(同24:30)と、ご自身の栄光の復活のことを語っておられます。

つまり、「太陽が暗くなる」ことは、神のさばきのしるしであるとともに、ひとつの時代が終わり、新しい時代が始まることのしるしなのです。

今回の原発事故は、人間の傲慢に対する神のさばきだと言われることがあります。もしそうだとしても、その背後には、神のあわれみがあるのではないでしょうか。それは、神の新たな救いのご計画の始まりでもあるからです。

3.「わが神、わが神・・・」

イエスは孤独の極みの中で、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか・・」と叫ばれました。その響きを伝えるために、マルコはイエスが当時用いていたアラム語のままの発音を残していると言われます。

そして、何よりもこれは詩篇22篇1節の祈りそのものです。そこには、まさにイエスが受けたあざけりの様子がそのまま記されています。イエスは、この期に及んで「どうして」と不信の気持ちを訴えているわけではなく、全世界の罪を負って、のろわれた者となりながら、なおあきらめることなく、神の救いを訴え続けています。

イエスはここで罪人の代表者であるばかりか、すべての見捨てられた気持ちを味わっている者の代表者となって叫ばれたのです。

ところが、「エロイ、エロイ・・」という叫びは、この期に及んで、預言者エリヤを呼び求めたこととして嘲られました。イエスが救い主なら、その前にエリヤが現れはずだからです。ここには、「自分を救い主と自称している者が、今頃になってエリヤを呼ぶとは、神の救いのご計画をまったく知らない愚か者め・・・」という感じが込められています。

そばに立っていた者のひとりが、「酸いぶどう酒を・・・イエスに飲ませようとした」(15:36)のは、イエスの渇きをいやすためではなく、その反対に、イエスにたいする嘲りのしるしです。これは、ダビデが、自分が受けた嘲りを、「私が渇いたときには酢を飲ませました」(詩篇69:21)と表現していることを思い起こさせるものです。

その後、「それから、イエスは大声を上げて、息を引き取られた」と記されます。そして、このとき「神殿の幕が上から下まで真二つに裂け」ました(15:37,38)。

これはイエスが全世界の罪のあがないの代価として受け入れられ、神と人とを隔てる壁が取り除けられたことを意味します。これによって神と人との和解が成立してのです。

そして、ここに至って、「イエスの正面に立っていた百人隊長は、イエスがこのように息を引き取られたのを見て、『この方はまことに神の子であった。』と言った」というのです(15:39)。

ローマの百人隊長は多くの人々の死を見届けてきましたが、イエスの死は、いかなる人の死とも比べられない、崇高な威厳に満ちていたことを認めざるを得なかったのでしょう。イエスはご自身の死において、ご自身が神の子であることを証ししたのです。

詩篇22篇においても、「わが神、わが神・・・」と沈黙しておられる神への訴えに続いて「あなたは私に答えて下さいます」(22:21)という告白があります。イエスの叫びは、どん底でなお神に呼び求める信仰の現われだったのであり、イエスの復活こそ、それに対する神の答えでした。

不思議にもこの詩篇には、救い主がユダヤ人の王であるばかりか、すべての人間の王、代表者として、神の救いを求めて叫び、それが聞き入れられると描かれています。

最後に、イエスの十字架の場面を遠くから見ていた女性の名が記されます。十字架の主な目撃者は女性たちでした。男性の弟子たちは、イエスが捕らえられたとき逃げてしまっていたからです。

彼らはたぶん、イエスが兵士たちと戦っていたら、自分たちもいのちをかけて戦ったのだと思います。しかし、イエスが無抵抗に捕らえられ、人々からあざけりを受けている様子に、心が萎えてしまったのではないでしょうか。その意味で、自分たちの期待が裏切られて、イエスを十字架につけろとののしった群衆とイエスの弟子たちは同じだったと言えましょう。

今回の震災の犠牲者の約五分の一は石巻市からのものです。そこに、神学校の同期の金谷政勇先生が牧会する保守バプテスト同盟いしのみなと教会があります。彼は在日韓国人としての葛藤の中で神の愛に出会い、神学校での卒論でも、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」ということばは、何よりも在留異国人への愛として現されると論じていました。彼は阪神淡路大震災のときは被災地の真ん中の神戸で牧会をしていました。

その後、石巻に招かれ、宮城県の保守バプテスト教会同盟議長として諸教会の信頼を集めていました。隣人愛を大切にする先生は、私が本を自費出版したとき真っ先に多くの本を買って勧め、当教会の会堂献金にご協力くださいました。

彼は4月のニュースレターに次のように書いておられます。「どうしてこんなことが起きたのか…、わからないことだらけです。ただわかっていることは、父なる神がさばきのためにこのような大災害を起こされたのではないということです。これだけは確かです。被災された方々の悲しみを、主なる神が一番よく理解されているという以上に、主イエスが被災者と共に悲痛を味わっておられるということです。愛する者を失った悲しみに暮れる人々と、すべてを失って困窮し、明日が見えずにいる人々と共に、主イエスは今そこにおられ、人では負いきれない重荷を担ってくださるため、被災の地におられることを。そのため主は、御体なる教会をお用いになり、日々新たにキリストのいのちを注いでくださっているのです。被災した人々に仕えるために・・・」

その金谷先生が諸教会に出された支援物資配給の活動報告に、「私どもの教会は人数も少なく、今までの震災での活動は、私と家内、春休み中の娘たちで仕分けをしたり、支援物資を運んだりしておりました。そういう人手が足りない中で、近隣の・・・教会や東京の・・・教会が10名のボランティアを派遣してくださり、ドロ出し、廃棄処分などの奉仕に大きな協力をしてくださいました・・・」と記されていました。

ただでさえ小さな群れの中で、三家族が避難所暮らしをされ、また有力な信徒の方が別の地方に転居せざるを得なくなると、教会で奉仕ができるのは牧師の家族だけということになりかねません。それにも関わらず、近隣の教会や東京からのボランティアを受け入れ、近隣の被災地の清掃作業に黙々と協力しておられるという姿に、ただただ感動するばかりです。

金谷先生は、「主イエスが被災者と共に悲痛を味わっておられる」と書いておられますが、彼がマスクをし忘れながらも被災地のヘドロ掃除をしている姿を見たとき、そこにイエスの思いが現れていると感動しました。また、彼は、「主イエスは今そこにおられ、人では負いきれない重荷を担ってくださるため、被災の地におられる・・・」と書いておられますが、これは、負いきれない重荷を担おうとして初めてわかることではないでしょうか・・・。

この教会の多くの方々が、震災により仕事を失い、また県外退避をせざるを得なくなっています。すると、このような震災を通して、キリストの愛を伝えることができたとしても、どのようにこの教会がその地で活動を続けることができるのでしょう。このままでは、教会は牧師給を出すこともできなくなってしまいます。すると、いっしょに被災者支援をやっていたという金谷先生の可愛いお嬢さんたちは学校に通い続けることもできなくなる恐れだってあります。

正直言って、この大震災以来、心が硬くなって、悲惨な知らせを聞いても涙も出ないという感じになっていました。しかし、金谷先生の人生が身近に迫ってきたとき、毎日のように涙が出てしまいます。大震災について分析する代わりに、大震災の悲劇のために泣くことができるようになってきました。そして、イエスがこの世界の救いのために十字架にかかり、父なる神の救いを求めて祈っている姿が少し見えるようになった気がしています。

私たちはあまりにも安易に、イエスの十字架の苦しみを自分の視点から解釈してはいないでしょうか。まるで、イエスの十字架が私たちにどんな利益をもたらしたかを分析するような見方をしてはいないでしょうか。しかし、イエスの十字架の苦しみに自分の心が動かなければ、私たちは本当の意味で隣人を愛することはできません。

「主の御頭」という賛美歌は、イエスの十字架の苦しみを黙想するために作られた賛美歌です。大切なのは、目の前の問題に対処しようと動き出す前に、イエスの十字架の姿を黙想することです。そのときに、私たちの硬くなった心が動き出すことでしょう。