ルカ19章28〜48節「勝利への道」

2008年11月23日

福音自由の交わりでは政治見解を超えた一致を大切にしますから、これは政治の話ではありませんが、黒人を自称するオバマ氏がアメリカの大統領に選ばれたということは、マルティン・ルーサー・キング牧師が1963年8月28日のワシントン市のリンカーン記念堂において、「I have a dream」という有名な演説を行った、その「夢」の実現として見ることができるのではないでしょうか。そのとき彼は、「狼は子羊とともに宿り」というイザヤ11章のレトリックを用いて、「いつの日か、・・かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルに着く・・・いつの日か、私の幼い四人の子供たちが、彼らの肌の色によってではなく、人格の深さによって評価される国に住めるようになる。私には夢がある。それは悪意に満ちた人種差別主義者に牛耳られているアラバマ州で、いつの日か、幼い黒人の男の子と女の子が、白人の男の子と女の子と手をつなぎ、兄弟姉妹として歩けるようになる」という人種間の和解の夢を語りました。その際のワシントン大行進では、白人と黒人が手を携え、We shall overcome(私たちは必ず打ち勝つ)と歌っていました。キングは、何よりも「黒人が団結して白人に打ち勝つ」という方向に向かわないように注意を傾け、人々の目を、「主(ヤウェ)の栄光が現されると、すべての者が共にこれを見る」(イザヤ40:5)というみことばに象徴される全能の主のみわざに向けました。そして、「これが私の希望なのである・・・こういう信仰があれば、私たちはこの国の騒々しい不協和音を、兄弟愛の美しいシンフォニーに変えることができる」と語っています。彼は、主によって、人種差別や憎しみの連鎖という悪に打ち勝つことを訴えたのです。パウロは「悪に負けてはいけません。かえって善をもって悪に打ち勝ちなさい(Do not be overcome by evil, but overcome evil with good」(ローマ12:21)と訴えました。

1.イエスのエルサレム入城 「祝福あれ。主の御名によって来られる王に」という賛美

「これらのことを話して後」(28節)とは、イエスが、エリコのザアカイの家で、神の国は人々の期待するようには実現はしないという趣旨の話を語った後を指します。その後、「イエスは、さらに進んで、エルサレムへと上って行かれ」ました。そして、「オリーブという山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づかれたとき」とありますが、オリーブ山はエルサレムのすぐ東にある標高817mの山で、このふたつの村はその南から東麓にあった村です。ここからエルサレムは目と鼻の先で、イエスはご自分のエルサレム入城を、預言の成就として、劇的に演出されました。ゼカリヤ9章では、「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに」(9節)と記されています。軍馬ではなく、戦いを止めさせることの象徴として、ろばの子に乗って、人々の歓呼の中を入城するというのです。

それでイエスはふたりの弟子に、「向こうの村に行きなさい。そこに入ると、まだだれも乗ったことのない、ろばの子がつないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて連れて来なさい」(30節)と命じられました。まるでイエスには透視能力があるかのようです。そればかりか、「もし、『なぜ、ほどくのか』と尋ねる人があったら、こう言いなさい。『主がお入用なのです』」(31節)と、そこでの会話まで予知しておられます。そして、「ふたりが行って見ると、イエスが話されたとおりであった」(32節)というのです。これは、イエスの神としての超能力という以前に、彼が預言者のことばを心から深く味わい、それを実現することにご自分の使命を確信し、それに従って父なる神に祈られ、その答えをいただくことができたことの結果と言えましょう。ここに、父なる神と御子イエスとの共同演出の成果が見られます。

そして、実際、「彼らがろばの子をほどいていると、その持ち主が、『なぜ、このろばの子をほどくのか』と彼らに言った。弟子たちは、『主がお入用なのです』と言った」(33、34節)という展開が見られます。村人たちもイエスのことを既に知っており、その権威に服すというのです。この描写は驚くほど簡潔ですが、それによって、イエスの「王としての権威」が強調されます。イスラエルの栄光の王ダビデが自分の部下を用いてこれを行ったとしたら、誰も驚きはしません。「ダビデ王がお入用なのです」と言われて断ることができる国民などはいないからです。今、イエスは、待ちに待ったダビデの子としてエレサレムに入城するのです。これぐらいのことが起こるのは当然のことと言えましょう。

そして、続けて、「そしてふたりは、それをイエスのもとに連れて来た。そして、そのろばの子の上に自分たちの上着を敷いて、イエスをお乗せした。イエスが進んで行かれると、人々は道に自分たちの上着を敷いた」(35,36)と描かれますが、これはまさに、人々がイエスを待望の王、「ダビデの子」として認めたというしるしです。Ⅱ列王記9章13節では、アハブの家を滅ぼすために神がエフーを王として立てたということを認めた者たちは、「大急ぎで、みな自分の上着を脱ぎ、入り口の階段の足もとに敷き、角笛を吹き鳴らして、『エフーは王である』と言った」と記されています。新しい王を迎えるとき、家来たちは我先にと自分の上着を敷物として差し出して臣従を誓うのが慣わしでした。

そればかりか、「イエスがすでにオリーブ山のふもとに近づかれたとき、弟子たちの群れはみな、自分たちの見たすべての力あるわざのことで、喜んで大声に神を賛美し始め、こう言った。『祝福あれ。主の御名によって来られる王に天には平和。栄光は、いと高き所に』」(37,38節)と描かれます。これは、イエスの御降誕のときの御使いの軍勢の賛美を思い起こさせます。そのときは、「栄光はいと高き所の神に、地には平和が」という賛美でした。それは神の平和が地に降りてくるという意味でしたが、ここでは、預言が今、成就するということを強調するために、「天には平和」と言われているのだと思われます。そして、事実、彼らは、詩篇118篇26節の、「主(ヤハウェ)の御名によって来る人に祝福があるように」というみことばを用いていました。それは、イエスを期待された救い主として認めたという意味です。

しかも、「するとパリサイ人のうちのある者たちが、群衆の中から、イエスに向かって、『先生。お弟子たちをしかってください』」(39節)と言ったというのですが、パリサイ人たちから見たら、人々は神の代わりに人間をあがめていると思われたからであり、それを注意するのは当然でした。世の人々は、イエスを最高の道徳教師であるかのように見ていますが、もしそれが事実なら、パリサイ人の言うとおり、イエスはこのような賛美を止めさせるべきでした。ところがイエスはここで、「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます」(40節)と答えました。イエスはご自分こそが、「主の御名によって来られる王」であると主張されたのです。イエスは、決して、謙遜な道徳教師の枠に納まる方ではありません。イエスはここで、ご自身の身をもって、聖書の預言を成就しようとされたのです。

預言書を概観するなら、これがどれだけ画期的な意味を持つかが分かります。かつてソロモンが建てたエルサレム神殿は神の栄光に包まれていました。その神殿がバビロン軍によって廃墟とされたのは、神の栄光がそこを去ってしまったからでした。イエスの時代の神殿は、外形は驚くほど見事でしたが、その中には神の臨在のしるしの契約の箱もなく、神の栄光は一度も見られませんでした。今、イエスがエルサレムに預言された王として入城するとは、この「神の栄光」がエルサレムに戻ってくることを意味しました。これこそ旧約の預言者たちが待ち焦がれていた喜びの時でした。今もこの意味の重大性を理解できない学者が多くいますが、これこそ新しい時代の幕開けだったのです。

2.「エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いた」

ところが、「エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣かれ」(41節)ました。それは、救い主を拒むエルサレムが自滅に突き進むことを知っておられたからです。その際、「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている」(42節)と言われました。人々は、ダビデの子が導くローマ帝国からの独立戦争の後に平和が実現すると期待していました。しかし、イエスは自分の身を犠牲にして、ローマ帝国による支配の原理、剣という暴力支配を覆そうとしていたのです。主の十字架には、「その死によって、悪魔という死の力を持つ者を滅ぼし、一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を解放」(ヘブル2:14,15)するという死の力からの奴隷解放の意味がありました。これを信じる者は、死の脅しに屈することなく、また暴力革命によって敵を打ち倒すのでもなく、愛によって支配する神の国を目指すことができました。

たとえば、マルティン・ルーサー・キングは、暴力は暴力しかもたらさないと主張し、非暴力によって黒人の権利を勝ち取って行くように人々を励ましました。今から40年前、彼は暗殺される前日の1968年4月3日に、「私は山の上にいた」という演説で、自分の死を予感しながら、三千数百年前にモーセがネボ山の頂上(標高802m)に導かれて、そこから海抜マイナス400mの深いヨルダン渓谷の向こうに広がる約束の地を見渡すことが許されたことを思い起こしながら、「過去何年もの間、人々は戦争と平和について語ってきた。だがもはや、ただそれを語っているだけでは済まされない。それはもはや、この世での暴力か、非暴力かの選択の問題ではなく、非暴力か、非存在かの問題なのである・・・早急に手を打たなければ世界は破滅する・・・この挑戦の時代に、アメリカを本来あるべき国にするために前進しようではないか・・・私だって、ほかの人と同じように長生きはしたいと思う。長寿もそれなりの意味があるから。しかし、神は私に山に登ることをお許しになった。そこからは四方が見渡せた。私は約束の地を見た。私はみなさんと一緒にその地に到達することができないかもしれない。しかし、今夜、これだけは知っていただきたい。すなわち、私たちはひとつの民として、その約束の地に至ることができるということを・・・。だから、私は今夜、幸せだ。もう不安なことはない。私はだれをも恐れていない。この目で、主が来られる栄光を見たのだから」という希望を語りました。

そのとき誰が40年後のアメリカに黒人の大統領が誕生すると予期したことでしょう。私は、オバマ氏の大統領としての資質や人格に関してはほとんど何も知りません。ただ、キング牧師が約束の地を征服(overcome)するビジョンを見たことが、実際に、人々の心を動かし続けたということ自体に感動を覚えます。おひとりおひとりの目の前に様々な問題があることでしょう。しかし、私たちはキリストにあって、それらの問題を必ず乗り越える(we shall overcome)のです。

イエスの時代の人々の目からは、「平和(シャローム)」のことが隠されていました。しかし、私たちはキリストにあって、今、神の平和の実現が保障され、新しいエルサレム、新しい天と新しい地として目の前にあることを知っています。

ところで、イエスは続けて、ご自身がエルサレムのために泣く理由を、「やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ」(42-44節)と言われました。これはイエスの十字架と復活から40年後に起こる悲劇の予告でした。当時の人々は、イエスのエルサレム入城を、「神の訪れのとき」と見ることはできませんでした。それどころか、当時のユダヤ人たちは、武力闘争によるローマ帝国からの独立運動を激化させ、武力が武力を招き、ついに、ローマ皇帝自身による攻撃を招いてしまい、エルサレムは廃墟とされたのです。つまり、イエスは、このときイエスを預言された救い主として認めない人々が、武力闘争によって自滅することを見通されたからこそ、「涙を流された」のです。

当時のエルサレム神殿は、外側は黄金の輝きに満ちていましたが、神殿の中に神はおられませんでした。神殿はイエスを迎え入れることによって初めて、真の意味での神の神殿になるはずでした。しかし、当時のエルサレムは神の平和ではなく、富と力を誇る場となっていました。同じように私たちも自分たちの肩書きや経歴、能力を誇って、イエスの救いを退けるなら、自滅せざるを得ません。すべての人の前に滅びか救いかの選択があります。イエスは今も、ご自身の招きを拒絶する者の将来的な滅びを見ながら、涙を流しておられます。しかし一方で、キング牧師のように、主の栄光の現われを霊の目で見ながら、「自分たちは無力でも、キリストによって勝利することができる」と確信する者に、最終的な勝利を約束しておられます。イエスは弟子たちに、「あなたがたは世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです(I have overcome the world)」と言われました(ヨハネ16:33)。キリストにある平和のビジョンを掲げる者は、キリストとともにこの世の困難を乗り越える(overcome)ことができるのです。

3.「わたしの家は、祈りの家でなければならない」

ところでイエスは、エルサレム神殿に入られたとき、「商売人たちを追い出し始め」(45節)という実力行使に出られ、「『わたしの家は、祈りの家でなければならない』と書いてある。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にした」と宗教指導者を非難しました。これは、神の家の中における経済活動を全面禁止したというよりは、イザヤ56章の預言の成就でした。そこでは、外国人と並んで男性機能を失った宦官に対してまでも、「わたしの祈りの家で彼らを楽しませる」(9節)と預言されていました。しかし、当時のエルサレム神殿は、外国人に対しては極めて冷酷で、彼らは、たとえイスラエルの神を慕うようになって遠方から旅をしてきても、神殿の外庭にしか入れてもらうことができませんでしたが、そこでは両替人やいけにえを売る商売人の声の喧騒に満ちており、静まることなどできませんでした。使徒の働きに8章に登場するエチオピアの女王に仕える高官の宦官も、せっかく礼拝に行っても満たされない思いのまま国に帰ったことでしょう。そこに主の使いによってピリポが遣わされ、彼はイエスを救い主と信じることができました。

つまり、イエスの「宮きよめ」の目的は、社会的弱者や差別されている人々を、神の民として受け入れる第一歩だったのです。その後、「イエスは毎日、宮で教えておられた。祭司長、律法学者、民のおもだった者たちは、イエスを殺そうとねらっていたが、どうしてよいかわからなかった。民衆がみな、熱心にイエスの話に耳を傾けていたからである」(47,48節)と描かれていますが、イエスのこのような一連の行為は、当時の宗教指導者の猛烈な反感を招きました。しかし、イエスはそのとき、イザヤ書56章のみことばを成就するためにご自身の身をささげておられたのです。

「宮きよめ」は私たちの身体に求められていることでもあります。パウロは自分の身体をきよく保つことに苦労しているふしだらなコリント教会の人々に向かって、「あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まわれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分のものではないことを知らないのですか。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい」(Ⅰコリント6:19、20)と励ましました。

パウロは、敬虔な人に向かって、「あなたのからだは聖霊の宮である」と言ったのではありません。私たちはみな、イエスを主と告白した時点で、昔の罪の性質をひきずったまま、そのからだが「聖霊の宮」と呼ばれるのです。私たちの内側にはすでに「キリストの心」(Ⅰコリント2:16)と呼ばれる聖霊が宿っておられます。ですから、私たちに求められるのは、自分の心の中にある肉の性質、「敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ」(ガラテヤ5:20,21)などの心があるのをすなおに認め、それをイエスに差し出すことです。私たちの「内なる宮」をきよめる主導権はイエスご自身にあります。イエスが神殿の中から「商売人たちを追い出した」ことによってはじめて「民衆がみな、熱心にイエスの話に耳を傾ける」ことができるようになりました。自分を強がったり、美しく見せて神と取引するような「商売人」の心を「キリストとともに十字架につける」(ローマ6:6)とき、あなたの弱い部分がイエスのことばによって癒されるのです。

しかも、「罪はあなたがたを支配することがない・・・律法の下にはなく、恵みの下にあるから」(ローマ6:14)とあるように、キリストにつながっている者には、もはや「罪の奴隷」ではありません(同6:6)。ところがあなたは昔の習慣を引きずり、「私は何度決意しても同じ過ちを繰り返すばかりで、変わりようがない・・・」などと奴隷根性に縛られているかもしれません。キング牧師の働きは、何よりも、黒人たちを奴隷根性から解放し、自分たちの状況を改善するために立ち上がることを励ますことから始まりました。私たちのうちには既に、創造主であり神である聖霊ご自身が住んでおられます。あなたは自分で自分を変えられなくても、神はあなたを変えることができます。自己嫌悪に陥りがちの人は、私たちは既に神に目を留められており、キリストに似た者に変えられる途上にあるということをいつも覚えるべきでしょう。

イエスのエルサレム入城は、主が人々の気まぐれに振り回されている悲劇を描いたものではありません。それはゼカリヤ9章に基づく主ご自身の演出です。「宮きよめ」もイザヤ56章の預言の成就です。イエスの十字架への歩みは、悲劇ではなく、預言をひとつひとつ成就するという積極的な生き方でした。多くの人が誤解したように、イエスの教えは、「この世で不当な苦しみにあっても、天国では幸せになれる。だからひたすら耐えなさい」という奴隷制を固定化するものではありません。イエスは、人々が武力革命を叫んでいるときに、「右の頬を打つような者には、左の頬を向けなさい。あなたを告訴して下着を取ろうとする者には、上着をもやりなさい。あなたに一ミリオン(1.5km)行けと強いるような者とは、いっしょに二ミリオン行きなさい」(マタイ5:39-41)と言われました。これは権力者に踏みつけられるままになる(ドアマットになる)ことの勧めではありません。これは悪の力に対する勝利の方法なのです。

イエスは、要求に屈することではなく、それ以上のことを積極的に行うことによって、敵を味方に変えることを教えられたのです。私たちがそのように動くとき、神ご自身が、私たちに敵対する者の心を変えてくださるのです。私たちは、「善をもって悪に打ち勝つ」のです。それは40年後のことかもしれません。しかし、キング牧師が主の栄光の現われを霊の目で見ながら、その実現を確信して平安を味わうことができたように、私たちも最終的な勝利を確信して、今ここで平安を味わいながら、確信を持って、神の平和(シャローム)は必ず実現すると歌うことができます。しかも、その平和は、まず私たちの内側から始まります。自分で自分を叱咤激励したり非難する必要はありません。私たちはすべて、神の御前で、「あなたの罪は赦された。大丈夫だよ。You are all right!」と言われるのですから。「We shall overcome」 は本来、何かに抗議するための歌として生まれたのではなく、私たちの揺ぎない希望の告白の賛美なのです。

We shall overcome(Oh,Lord!), We shall overcome ,(Oh,Lord!) 
We shall overcome some day(いつの日か、私たちは勝利する),
Oh deep in my heart(I know that) I do believe(心の底から私は信じる),
we shall overcome someday.
We shall live in peace (Oh,Lord!), We shall live in peace(Oh,Lord!), 
We shall live in peace some day(私たちはいつの日か平和に暮らすことになる), 
Oh deep in my heart(I know that) I do believe, We shall overcome some day。
We shall be all right (Oh,Lord!), We shall be all right (Oh,Lord!), 
We shall be all right some day(私たちはいつの日か大丈夫になる), 
Oh deep in my heart(I know that) I do believe, We shall overcome some day。
We are not afraid, (Oh,Lord!) We are not afraid, (Oh,Lord!) 
We are not afraid today(私たちは今日、もう恐れてはいない) 
Oh deep in my heart(I know that) I do believe, 
We shall overcome some day。