「何のために、何を求めて、傷つき疲れ、年老いて死ぬのか」〜伝道者の書3章9節

今、毎月のクリスチャン新聞福音版に「聖書は知恵の宝箱」というコラムを書かせていただいています。
 7月号の記事には、「働く者は労苦して何の益を得るのだろう」(伝道者の書3章9節) という問いかけとそれへの答えを書くことにしています。

 僕が15歳の時(1968年)に聞いた次の歌詞が、いつも僕の頭の中でぐるぐる回っていました。

♪ 風にふるえる オリーブの花 白い壁の教会で
ゆれてかたむく十字架のもと ひとりの男がたおれてた 
何のために 何を夢見て 歯を食いしばり 働いて死ぬのか……
何のために 何を求めて 傷つき疲れ 年老いて死ぬのか…… ♪

 以下でお聞きいただけます

 この問いにどう答えるかは、クリスチャン新聞福音版をご期待ください。

 ただ、先ほど、「信仰と仕事 Light Project」という9月15、16日に開かれる一泊のセミナーの打ち合わせに、そのスタッフの方が来ておられ、この曲を聴いていただきました。
 「何と暗い、希望のない歌なのでしょう」という感想を聞き、かえって驚きました。これは僕にとって極めて切実な問いかけで、それが信仰の契機にもなったように思えるからです。
 でも、人は、それぞれの人生の意味を問いかけて生きているのだけれども、その問いかけは、人それぞれ、生まれた環境や置かれた場で、本当に違いがあるのだと、改めて思わされました。

 先日、4月19日(金)の午前10時過ぎに「ヴィクトール・フランクルのNHKでの放送案内」をさせていただきましたが、人はそれぞれ、人生で問われていることがあります。
 その問いかけに真剣に向き合うことこそ、福音理解の原点になるように思います。
 今度からエレミヤ書の講解メッセージを駆け足でさせていただきます。第一回目のテーマは、「背信の子らよ、立ち返れ。わたしがあなたがたの背信を癒そう」(3章22節) というみことばに向かいます。

 私たちの人生には様々な問題や困難がつきものですが、その度ごとに、創造主に立ち返り、創造主との交わりの中で、暗闇の中に希望が見えてくるのかと思います。
 ただ、その前に、この歌の問いかけに、真剣に向き合う必要があるように思います。

♪ 何のために 何を夢見て 歯を食いしばり 働いて死ぬのか……
何のために 何を求めて 傷つき疲れ 年老いて死ぬのか…… ♪

 答えは、それぞれの人生の中に、創造主ご自身が現わしてくださると思います。
 エルサレム王国が滅亡に向かう中で与えられたエレミヤのことばに目を向けることは、現代の問いかけに答えることにつながると思われます