マタイ20章29〜34節「イエスが通り過ぎると聞いて……」

2021年11月21日

福音書には多くの奇跡的な癒しが描かれます。それらはすべて「天の御国(神の国)が目の前に来た」ことのしるしでした。

その背後には「見よ、あなたがたの神を……この方が来て、あなたがたを救われる。そのとき、見えない者の目は開かれ、聞こえない者の耳は開けられる。そのとき、足の萎えた者は鹿のように飛び跳ね、口のきけない者の舌は喜び歌う」(イザヤ35:4–6) という預言の成就というテーマがあります。

しかもイエスは、その人の信仰に応じて、その人を癒したのではありません。イエスは信仰のない多くの人々を癒されました。ですから、「救い」にとって何よりも大切なのは、神のあわれみであり、私たちの信仰ではありません。

ところがイエスは例外的に二人に対して、「あなたの信仰があなたを救ったのです」と、信仰が救いの原因となった?かのような言い方をしています。その一人は、十二年間長血をわずらっていた女ですが (9:22)、もう一人は、マルコの並行記事によると、目の見えない物乞いのバルティマイでした (10:52)。

この二人は、当時の誰の目から見ても「神の国」の外れ者と言える種類の人でした。彼らは、その衣服も、匂いも、言葉遣いも、礼儀作法も、多くの意味で人々に不快感を与えるかもしれません。

一方、しばしば人々が交わりに受け入れたいと願うのは、多額の財産を捨てることができなくてイエスの前を立ち去った金持ちの青年のような人です。

なおこの癒しの記事は、イエスがエルサレムの入城において群衆の歓呼をもって迎えられ「しゅろの日曜日」の直前のことです。この前にイエスは三回にわたってご自身の受難を予告しましたが、ここに弟子たちの無理解と対比が見られるとも言えます。

1.「主よ、私たちをあわれんでください、ダビデの子よ

20章29節は、「さて、一行がエリコを出て行くと、大勢の群衆がイエスについて行った」ということばから始まります。イエスと弟子たちはヨルダン川沿いを東の側を南下し、ヨルダン川を渡ってエリコに来ました。

その町は、かつてヨシュアがヨルダンの川をせき止めて川を渡った後、町の回りを七日間にわたり神の契約の箱を祭司たちが担いで回って、七日目には民が大声でときの声をあげて城壁を崩したという劇的な神の勝利の地でした。

そしてエリコはエルサレムに向かって登ってゆく宿場町のような意味もありました。新しいヨシュアであるイエスのエリコ入城は、人々に大きな期待と興奮を生み出したことでしょう。

マタイはその状況を省いたまま、エリコから「出て行く」ときのようすを、「大勢の群衆がイエスについて行った」と描きます。

この部分がルカの並行記事では、その反対に「イエスがエリコに近づいたとき」(18:35) と記され、その後エリコに入ってザアカイに出会ったという流れになっています。実は、当時のエリコは、旧市街とヘロデが建てた新市街の二つからなっており、マタイはイエスが旧市街から出たときの様子を描き、ルカは新市街への入城の様子を描いたのだという解釈がありますが、真相は不明です。

そこで、「すると見よ、道端に座っていた目の見えない二人の人が、イエスが通り過ぎると聞いて、叫んだ」と描かれます (20:30)。このエリコの旧市街と新市街を結ぶ道は、物乞いにとって最もお金を受け取りやすい道でした。人々はこれからエルサレム神殿に上って行くにあたって、神のあわれみに期待しながら、自分もあわれみ深くなる必要があると感じる所だからです。

マルコの並行記事では、一人の人にのみ焦点が当てられ、その名前までも正確に、「ティマイの子のバルティマイという目の見えない物乞いが、道端に座っていた」と描かれています (10:46)。ひょっとしたらこの人は、初代教会で大きな働きをすることになったので、その名が正確に記されたのかもしれません。

しかし、このときの誰が、この人に目を留めたでしょう。このときのイエスには多くの群衆がついて歩いていましたが、彼らがひしめき合って歩んでいる道端に、この人たちはただ「物乞い」をするために座っていただけです。

マルコが一人に注目する一方で、マタイは「目の見えない二人」と描きますが、当時の人々にとっては大差がありません。

とにかく、当時の多くの宗教指導者たちは、盲人は神の「のろい」を受けていると解釈していました。その意味で、この盲人にはイエスに従うことすら許されてはいないと、イエスの弟子たちも思っていたことでしょう。

ところが、この二人は、彼らの目の前を「イエスが通り過ぎると聞いて」、「主よ、私たちをあわれんでください、ダビデの子よ」と言って「叫んだ」と描かれています (20:30)。

彼らがイエスを「ダビデの子」と呼んでいたというのは不思議です。イエスという名は、ヘブル語ではヨシュアと呼ばれますが、マルコの並行記事では、あえて「ナザレのイエスがおられると聞いて」と記されています (10:47)。そこで「ナザレの」ということばには、イエスの卑しい出生を表す意味を読み取ることも可能で、彼は新しいヨシュアなどではないという響きがあったとも思われます。

ところがこのバルティマイを含む二人は、イエスを「ダビデの子」と呼んだのです。それはまさにイスラエルを「神の国」として復興させる救い主を意味していました。

しかも、「あわれんでください」という叫びには、ただ自分の悲劇的な状況にあわれみを注いでほしいという、極めて控えめで謙遜な思いが込められています。彼らは自分の目が見えるようになること以前に、神の愛の眼差し自体を求めた願いです。それは多くの人々から、「お前たちは神の呪いを受けた結果として、このように目が見えなくなったのだ……」と忌み嫌われながら、自分たちは神に見捨てられていると絶望を味わっていたからです。

この「あわれんでください」のギリシャ語は「エレーソン」と発音されますが、昔からカトリックやルター派の教会の典礼文には「キリエ・エレイソン」という祈りがあります。これはこの盲人バルテマイの祈りに由来します。

古代教会以来東方教会の流れの中では。一日中、呼吸とともに唱えるように勧められていている、「イエスの御名の祈り」というのがあります。それは、「イエス・キリスト神の御子、この罪人の私をあわれんでください」ということばを繰り返し味わいつつ祈り続けることでした。

とにかく、「主よ、あわれんでください」という物乞いの祈り以上に、イエスのみこころに届くことばはありませんでした。あなたの祈りは、具体的な要求ばかりで満たされているということがないでしょうか。ただ、あわれみの眼差しが注がれることを謙遜に求めることこそ、私たちの祈りの基本となるべきではないでしょうか。

主よ、私たちの目が開かれることです

ただし、イエスの弟子たちを初めとする大勢の人々は、彼らの叫びのことばの奥深さに感動するどころか、「彼らを黙らせようとたしなめた(叱りつけた)」と描かれます (20:31)。彼らにとってこの盲人の乞食の叫びは、単に、お金をせびっている声にしか聞こえなかったことでしょう。

また、この盲人が「ダビデの子」と呼びかけたということに注目し、彼らがお金以上のことを求めているということに気づいたとしても、そこには、「先生は、今決死の覚悟でエルサレムに上ろうとしておられる。お前のような汚れた罪人に関わっている余裕などはない……」という思いが込められていたかもしれません。

なぜなら、イエスご自身もこの最後のエルサレム行きの時には、「十二弟子だけを呼んで、道々彼らに話された」(20:17) と描かれていたように、多くの群衆の訴えに耳を傾けるという働きを少なくして、弟子たちとの会話を大切にするようになっていたからです。

そのような中で既にイエスは、三度にわたってご自身がエルサレムで殺された後、三日目によみがえると明確に語っておられました。弟子たちはそのことばの意味を十分には理解はしなかったものの、このエルサレムに上るという歩みは、イエスご自身にとっても大変な苦難と危険への道であることは分かっていました。ですから彼らが盲人たちを黙らせようとしたことは無理もないとも言えます。

ところが彼らは、「ますます……叫んだ」と描かれ、彼らが「言っていた」ことばが、「主よ。私たちをあわれんでください。ダビデの子よ」と記されます。彼らは、「この機会を逃したら、一生自分はこの呪われた生活を続けざるを得ない……」と思い、必死に叫び続けたのではないでしょうか。

それにしても、彼らは先とまったく同じことばを叫び続けているのは興味深いことです。それは、彼らの心の奥底から生まれている叫びであることのしるしとも言えます。彼らはまさに、イエスがこの悲惨な世界を変える救い主としての「ダビデの子」であることを認め、当時の世界の構造自体が変えられることを心から願っていたのです。

それに対し、「イエスは立ち止まって、彼らを呼んだ」と描かれます (20:32)。イエスはこの人の心の底にある真実に気づかれたことでしょう。

マルコの並行記事によると、イエスは弟子たちを用いてこの盲人たちを呼び寄せたようですが、それに対する反応が、「その人は上着を脱ぎ捨て、躍り上がってイエスのところに来た」(10:50) と描かれています。ただそこでの「脱ぎ捨て」ということばは「捨て置いて」と訳した方が良いと思われます。後にペテロは復活のイエスに出会ったとき、わざわざ上着を着て、湖に飛び込んだと記されているように (ヨハネ21:7)、王の御前に出る時は上着を着るのが礼儀です。

しかし、この乞食にとっての上着とは、商売道具でした。彼は上着を広げて、人々がそこにコインを投げ入れてくれるのを待っていたのです。ですから彼らは、物乞いの生活を捨てる覚悟で、イエスのもとに行ったと解釈することもできます。彼らはイエスのみもとで自分の人生がまったく新しくされることを期待したのかもしれません。

そこでイエスは彼らに、「わたしに何をしてほしいのですか」(20:32新改訳) と尋ねたと記されますが、この直訳英語では、「What do you want me to do for you?(あなたがたは何を望むのか、わたしがあなたがたのためにすることで)」と記されています

原文では「何を望むのか?」ということばが最初にきます。そこには、臣下の願いを何でも叶えることができるという王としての威厳が込められていたことでしょうが、ここでは同時に、すぐに「わたしがあなたがたに行うことで」ということばが追加され、イエスが彼らのために何かをしてあげたいという「あわれみの気持ち」の響きが込められています。

とにかく、彼らはイエスの声をすぐ目の前に感じ、そのあわれみの調子に感動を覚えたことでしょう。イエスは、何よりも彼らとの対話を望んでおられました。

なお、当時の一般の人々は、王の許しを得て初めて自分の願いを言うことが許されていましたから、イエスが会話の主導権を取るのは極めて自然なことでしたが、普通の王のことばとしては、「望みは何か」で終わるべきところを、イエスは「あなたがたに対してわたしが行うことで」という、人格と人格が触れ合う、親密でパーソナルな関係が強調されているというのはは、驚くべきことです。

それに対し彼らは、「主よ、私たちの目が開かれることです」と驚くほど簡潔に答えました。普通なら、「もし、みこころならば……」とか、「あなたこそは預言されたダビデの子としての救い主であると信じていますので……」とか、この場にふさわしい多くのことばがあると思われます。

しかし彼らはここで、まさにイエスの問いかけの調子に引き寄せられるように、単純な結論のみを述べました。彼らはイエスの優しい語りかけに感動したあまり、そのように答えるだけで精一杯だったのかもしれません。とにかく、彼らは驚くほど自然に、どんな王にも不可能と思える大きな願いを、ごく簡単に述べてしまいました。

「乞食を三日すればやめられぬ」という極めて失礼な諺があります。それは社会や人の情けに頼る依存的な生き方が身に付いてしまうと、他の人と衝突をしながら、汗水をたらして金を稼ぐことが馬鹿らしく思えるという意味です。

もしこの二人が、乞食で生計を立てながら、日々を惰性で生きているような盲目の人であったなら、「主よ、恵んでください」と言って終わりだったかもしれません。しかし、マルコの描写によると、彼らは乞食の商売道具の上着を捨て置いて、イエスのもとに躍り上がってやってきたというのです。

ですから、彼らはイエスを、イスラエルを新しくするダビデの子として認め、その上で、イエスのもとで新しい「いのち」を生きることを瞬時に願うようになったと解釈できるのではないでしょうか。

3.「彼らは見えるようになった。そしてイエスについて行った

34節ではこの物語の結論が、「イエスは深くあわれんで、彼らの目に触れられた。すると、すぐに彼らは見えるようになった。そしてイエスについて行った」と描かれます。驚くほど感動的なことが、不思議なほどに簡潔に記されています。

ここで最初の「深くあわれむ」とは、「内臓」とか「はらわた」ということばの派生語で、「はらわたが震える」というニュアンスを表します。それは彼らの人生の哀しみを一瞬のうちにイエスがご自身の痛みと感じ、心と心が共鳴したという状況を指し示すことばです。

しかもイエスは、おことばひとつで彼らを癒すこともできましたが、イエスは敢えて彼らの目をご自分の手で「触れられ」ました。彼らは、瞬時にイエスの愛の暖かさを身体全体で感じ取り、それが一生涯の記憶として彼らの心に刻み込まれることになったことでしょう。

そして、それと同時に彼らの目が開かれ、彼らは目の前にイエスの御顔を見ることができました。もし彼らが生まれながらの盲人であったなら、世界で初めて見ることができた情景が、イエスの御顔であったことになります。何と感動的なことでしょうか。

19世紀から20世紀にかけて驚くほど多くの讃美歌の歌詞を書いたファニー・クロスビーという盲目の女性がいます。

代表作と言えば、「blessed assurance、 Jesus is mine(祝福の確信、イエスはわがもの)」、「All the way my Saviour leads me(救い主イエスとともに行く身は)」、「Safe in the arm of Jesus(イエスの御腕に)などになりますが、多くの人々の心の奥底にイエスの愛を感覚的に届ける美しい詞を書き続けました。

彼女が95歳の生涯を全うするとき、「創造主が私になしてくださった最も大きな祝福は、私の外の目が閉じられることを許されたことにあると信じています。主は、ご自身の働きのためにこの私を聖別してくださいました。私は『見える』ということがわかりませんから、それを個人的な喪失と思うこともできません。しかし私は最も美しい夢を持ち続けることができました。私は最も美しい目を、また美しい顔を見続けてきました。また最も美しい景色を見続けてきました。だから視力を失ったことは、私にとっての損失ではありませんでした」と心から語っています。

目が見えないことが作詞のインスピレーションの原点になっていました。イエスによって目を開けていただいた二人は、この後の人生を通して、彼らがその最初に見ることができた主の御顔をいつも心の底に記憶しながら歩むことができました。

それに対して私たちが心を鎮めようとするときにどのような情景を思い浮かべることができるでしょう。イエスは彼らの外の目を開いたばかりか、彼らの心の目をも開いてくださいました。イエスのあわれみが最初に見た情景だったからです。

そして、この癒しの物語のクライマックスは、「そして(彼らは)イエスについて行った」という表現にあります。この二人は、イエスの弟子となってイエスについて行ったのです。これは、金持ちの青年が、イエスから「わたしに従ってきなさい(ついて来なさい)」と言われながら、財産を失ことが怖くてついて行くことができなかったことと対照的です。

マルコの並行記事で、イエスはバルティマイに向かって、「さあ、行きなさい(あなたの道を行きなさい)。あなたの信仰があなたを救いました」と言っていただいたことになっています (10:52)。そして続いて、「すると、すぐに彼は見えるようになり、道を進むイエスについて行った」と記されています。彼は自分の好きな道を進むように言われながら、イエスの進む道について行ったと記されているのです。

それにしても、そこでイエスが彼に向かって、「あなたの信仰があなたを救いました」と言われたことは衝撃的です。それは十二年間、長血をわずらっている女が、イエスの背後から近づいてイエスの衣の房に触れて、瞬時に癒されたときに、イエスが彼女に語ったことばと同じです (9:22)。

その女もバルティマイも、周りの人に迷惑がられながら、イエスに必死におすがりしたことが認められたのです。

信仰の父アブラハムの「信仰」は、ローマ人への手紙4章17、18節で、「死者を生かし、無い(無価値な)ものを有る者として召される神を信じ、その御前で父となったのです。彼は望み得ないときに望みを抱いて信じ、『あなたの子孫は、このようになる』と言われたとおり、多くの国民の父となりました」と描かれています。

盲人の目を開けるというのは、創造主にしかできない働きでした。バルティマイも長血の女も、「ダビデの子」のイエスにはそれができると信じ、叫び続けました。私たちはどこかで、神に喜ばれる信仰を、まわりの人々から聖人君子と見られるような聖い生き方ができることと結び付けているかもしれません。

ここでも、この二人は、目を開けてもらった後、驚くほど自然にイエスの御跡をついて行きました。道端で物乞いをする生き方から、イエスの歩まれた王としての歩みに従う、まさに王道を歩む者となりました。しかし、それはイエスを、イスラエルの変える「ダビデの子」として信じ、助けを求めた結果でした。

盲目の讃美歌作者ファニー・クロスビーは、刑務所の囚人を慰問することに情熱を傾けていました。あるとき、その刑務所で、囚人の一人が、「慈しみの主よ、どうか私の前を過ぎ行かないでください」と叫びました。

それはまさにここでの目の見えない二人が、物乞いのために道端に座りながら、「イエスが通り過ぎると聞いて、叫んだ」情景と同じです。そこから彼女はインスピレーションを受けて、「Pass me not、 O gentle Saviour、 hear my humble cry、 while on others Thou art smiling、 Do not pass me by(私の前を通り過ぎないでください、優しい救い主よ、どうか私の謙遜な叫びを聞いてください。あなたが他の人々に微笑をむけていても、どうか私の前を通り過ぎないでください)」という歌詞を書きます。

そこから聖歌540番(教会福音讃美歌540番)の「主よ、わがそばをば過ぎ行かず、汝が目を我に向けたまえ。主よ、主よ、聞きたまえ。切に呼びまつるわが声に」という讃美歌が生まれました。そしてそれこそ、この二人の盲人の叫びを描いた歌と言えます。

またそれは、犯罪者の烙印を押された囚人の叫びでもありました。彼女はこの賛美歌をその刑務所で囚人たちに紹介しました。すると何人もの人が、その場でイエスを救い主と信じるという決心を自分から申し出たというのです。

彼女はそのあまりにも純粋な反応を聞いて、感動のあまり、その場に失神してしまったとのことです。イエスがその信仰を称賛したバルティマイともう一人の盲人は、刑務所の囚人と同じ、社会の外れもの、アウトサイダーでした。しかし、ダビデの子のイエスに、「あわれんでください」と叫んだことによって、イエスの眼差しが注がれ、道の真ん中を歩いてイエスに従う者となりました。