岩淵まことさんの「誰かが鐘を鳴らしている」〜詩篇108篇

詩篇108篇は「神よ 私の心は揺るぎません」ということばから始まります。これは、「確立されています」とも訳すことができます。僕の場合などは始終、「心が揺れ」ますから、その方が心に響きます。大切なのは、心の方向がいつも創造主に向かうことなのです。それに続けて、「私は歌い続けます、旋律を奏でます、私の心の底から」(私訳)と記されます。これは、神を「全存在をもって」たたえているという告白です。

実は、このダビデの賛美が生まれる背景には、彼の危機的な状況がありました。この背後には彼が詩篇57篇で描く「ほら穴」の中に身を隠している切羽詰った状況が、また詩篇60篇での、神の怒りを受けて悲惨の極みを味わっている状況があります。なぜならそれぞれの詩篇ではこの詩篇の1-5節、または6-13節と同じことばが記されているからです。ただ、この詩篇ではそれらの悲惨なうめきの表現が省かれることによって、全体の調子がはるかに明るいものに変えられており、私たちの日常生活により適用しやすくなっています。

今回、ご紹介するのは岩淵まことさんの「誰かが鐘を鳴らしている」です。昨日ふとこの動画を発見し、ご本人と連絡を取り、このように紹介することにしました。この曲の背景に何があるのか分からなかったのですが、何か不思議にこの詩篇108篇を記したダビデと共通するものを感じました。そうしたら、この曲は岩淵さんの奥様が乳がんの闘病中に生まれたとのことでした。また、この動画の紹介の背景には、このコロナ危機のうちで生きている人に伝えたい岩淵さんの何か熱い思いがあるように感じられました。

なおこの詩篇の2節では「琴よ 竪琴よ 目を覚ませ」と呼びかけ、その同じ動詞を用いて「私は暁を呼び覚まそう」と告白されます。「暁」とは「夜明けのしるし」であり、神が暗闇の中にすでに「新しい創造」(ガラテヤ6:12) を始めておられると、大胆に告げ知らせることです。

さらにダビデは、「諸国の間で……もろもろの国民の間で あなたをほめ歌います」と述べ、全世界に対する神のご計画に思いを向けます (3節)。そして、神の「恵み」(ヘセド:不変の愛)と「まこと」(エメット:真実)の崇高さが覚えられ、神の「栄光が全地であがめられますように」と祈られます (4、5節)。私たちの「祈り」はあまりにも自分の狭い視野に囚われてはいないでしょうか。その心の方向性が正される必要がありましょう。

6-13節は、イスラエル王国の回復の希望を歌ったものでしょう。

6節でダビデは自分たちのことを「あなたの愛する者たち」と呼び、「あなたの右の手で救い、答えてください」と祈ります。7-9節では、「神は聖所から告げられ」という表現でエルサレム神殿の再建が示唆され、同時にダビデ王国の支配地全体を思い起しつつ、約束の地の真ん中の「シェケム」、ヨルダン川東側のヤコブの記念の地「スコテ」、その北部に広がる肥沃なギルアデとマナセの地の回復が歌われます。

さらに「エフライム」は北王国、「ユダ」は南王国を指しますが、それが神の「頭のかぶと」また「王笏」として名誉を回復すると約束され、死海の東のモアブ、その南のモアブが再び服従するものとされ、またペリシテに対する勝利が保証されます。10節ではエドムに対する勝利が課題として描かれ、11節では、エルサレムの破壊を、神がご自分の民を拒まれたしるしと訴えます。

12節では改めて、「どうか敵から私たちを助けてください。人による救いはむなしいものです」と訴えられ、13節で神にある最終的な勝利が歌われています。このような祈りを見ると、私たちは時に、神にある「救い」をあまりにも霊的で個人的な心の平安の問題に見てはいないかと反省させられます。

イエスこそはご自身の十字架と復活によって真の神殿を再建し (ヨハネ2:19)、全世界に広がる神の支配を完成してくださる真の「ダビデの子」です。ダビデへの約束が成就することが、全世界が復活のイエスのご支配に服することにつながります (詩篇2:8)。

祈り

主よ、私たちの日々の生活にも、様々な困難が、またときには大きな挫折が起こります。そのとき、どうかあなたの救いのご計画の大きさを理解できるよう、私の霊の目を開いてください。そして、「私の心は確立されています」と告白させてください。


それと、バングラデシュの私たちの仲間からの緊急の祈りの課題があります。昨年、私たちの教会のゴスペルチャリティーコンサートで、同国の新生したクリスチャンを訓練してイスラム世界の人々に仕える働きに送り出す施設への援助金をお送りました。その同じ責任者が人道支援団体「ウットラン」を用いて、このコロナ危機に立ち向かおうとしています。同国は近年、驚くべき経済発展を遂げているとはいえ、その医療水準はなお劣悪で、このような危機的状況下で互いに助け合うという民間レベルの協力も進んでいません。

具体的に、どのような必要があり、どのような働きの可能性があるかに関しては、私の方にお問い合わせいただければご紹介できます。このような機会に、世界の仲間とつながり、互いに助け合うことができれば幸いではないでしょうか。