現代の多くの人々は、アップルの創業者スティーブ・ジョブズ氏の独創的な発想の恩恵を受けて生きています。彼は、「ドグマ(教義)に囚われてはいけないーそれは他の人々が考えた結果に従って生きることだー他の人の意見の雑音によって、内なる声をかき消させてはならない。自分の心と直感に従う勇気を持つことが最も大切なのだ」と言いました。
彼は自分の心の声に素直に耳を傾けた結果、人々が自分でも気づかずに求めている物が何かということに目が開かれ、人の役に立つ製品を次々と生み出してきました。
なお、彼が否定するドグマの中にはキリスト教信仰も含まれていたように思えますが、少なくとも私の場合は、この言葉と自分の信仰に何の矛盾も感じません。私にとっての信仰の原点は、人との比較や人の期待から自由になる道でもあったからです。だからこそ、私は米国で信仰に導かれました。
私はずっと、他人の目を意識しながら生きてきました。そして、自分の感性に自信を持てず、「他の人はどう感じるのだろう…」と、いつも気にしていました。性格分析を受けた時なども、異常という結果が出ないかと恐れていました。せっかく信仰に導かれても、「私の信仰はどうしてこうも弱いのか」などと迷っていました。
しかし、自分の信仰は、全宇宙の創造主がこの私に目を留め、ご自身のことを知らせてくださった結果であるということが分かり、自分の存在価値と使命に目が開かれるようになりました。
最近は、聖書から教えられたことを自分の感性で受け止め、文章として公表するようになっていますが、かつては恥じていた自分の感性を表現するときに、驚くほど多くの人が、「私も同じことで悩んでいたので、慰められました」と応答してくださいます。
自分の感性を受け入れられると、不思議な自由を体験できます。
1.「人々は神の国がすぐにでも現れるように思っていた」
19章1-10節では有名なザアカイの救いのことが書いてあります。そこでは、イエスが嫌われ者の取税人ザアカイの家に泊るという当時としては奇想天外なことが強調されています。その結論が、「人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです」(10節)と記されます。
ザアカイは自分の信仰によって救いを獲得したのではなく、イエスご自身が、失われたザアカイを探し出し、その名を呼び、彼の客となることによって、彼に人生の方向転換をさせたのです。
救いの主導権は徹底的にイエスの側にありました。これは私たちすべてに当てはまる真理です。自分の信仰ではなく、イエスの真実に目を留めましょう。
しかも、イエスが、「きょう、救いがこの家に来ました」(9節)という「この家」は、「取税人のかしら」の「家」であり、税金を徴収し、計算する働きの現場、彼の手下たちが指示を受けている現場でした。
ローマ帝国が世界に平和な秩序を保つためには、支配地から税金を集めるのは不可欠でした。それはユダヤ人にとっては汚れた仕事だったとしても、神の目には必要な仕事と見られていたのではないでしょうか。必要なことは、この仕事をなくすことではなく、この働きが公平に正しく行われることでした。
そして不思議なことに、「人々がこれらのことに耳を傾けているとき」、「イエスは、続けて一つのたとえを話された」と話題が転換します(11節)。つまり、ザアカイの物語とこのたとえは全く別のようでも深い関連があるのです。
そこには、「イエスがエルサレムに近づいておられ、そのため人々は神の国がすぐにでも現れるように思っていた」ということの誤解を正すという目的があります。その際、イエスがこの話をされたのは、ザアカイの家であるという場面設定が極めて大きな意味を持っています。
当時の人々にとって、「神の国が・・・現れる」とは、ユダヤ人がローマ帝国からの独立を果たしてダビデ王国を再現することを意味しました。イエスの弟子たちは、イエスが「ダビデの子」である「王」として即位し、自分たちが大臣になって、権威を発揮できることを期待していたことでしょう。しかし、イエスは今、ローマ帝国の支配の手先である取税人の家でもてなしを受けているのです。彼らには到底理解できないことでした。
その中でイエスのたとえは、当時の政治状況を反映していました。ヘロデ大王の死後の紀元前四年頃、彼の二人の息子アルケラオスとアンテパスがローマに上って、それぞれ自分をヘロデ大王の後継の王にしてくれるように皇帝に訴えるということがありました。その際、アルケラオスの方が優位に立っていました。
ですから、イエスが、「ある身分の高い人が、遠い国に行った。王位を受けて帰るためであった」(12節)と言われたとき、聴衆の心の中には、そのような具体的なイメージが沸きました。
イエスはこのような生々しいたとえを用いながら、ご自分はエルサレムで人々の期待するような王にすぐになるのではなく、遠い国に行くように、人々から見捨てられて死に、よみがえって天に上った後、神の国を、弟子たちを用いてこの地に広げるということを理解させようとしました。
そこではこの世の権力と衝突する危険が伴っていました。弟子たちには、何が起こるか分からない世界での冒険が求められていたのです。
そのような前提で、「彼は自分の十人のしもべを呼んで、十ミナを与え、彼らに言った。『私が帰るまで、これで商売しなさい。』しかし、その国民たちは、彼を憎んでいたので、あとから使いをやり、『この人に、私たちの王にはなってもらいたくありません』と言った」(13、14節)と描かれます。
ヘロデの息子のアルケラオスは自分の不在中のことをその家臣たちに委ねてローマに行きました。ただ、その間、実際にユダヤ人たちは皇帝に使いを送って、アルケラオスを王として認めないように嘆願していました。なぜなら、彼はエルサレムで三千人のユダヤ人を虐殺するという残虐行為を行っていたからです。
つまり、留守中のことを任された「十人のしもべ」は、王とのある意味での信頼関係があったように思われますが、「国民たち」はこの人を王とは認めないというのです。
この点でも、イエスとアルケラオスとには共通点があります。イエスも、まったく異なった理由であるにせよ人々から拒絶されます。そして、イエスの弟子たちは、イエスを王として認めない人々の間で、イエスから任された働きをするように委ねられます。
少なくともこの話を聞いていたザアカイとその仲間には、イエスのたとえは極めて現実的な意味を持っていたことでしょう。取税人は、ローマ皇帝によって立てられたユダヤの王(またはローマ総督)から任された仕事を行っていました。しかし、彼らが仕えるその王(または総督)は、ユダヤ人からは憎まれていました。人々から憎まれている王の手下として働くことは、なかなかやる気が湧かないものです。
私たちが主と仰ぐイエスは、人々から憎まれてはいないにしても、この世界の王であるとは認められていません。「私は、王であるイエスのために働きます・・・」ということを理解してもらえない人々の間で、イエスの眼差しを意識して、イエスから任された働きをするように私たちは召されているのです。
2.「ほんの小さいことにも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい」
イエスのたとえでは、この高貴な人は、アルケラオスとは異なり、きちんと王位を受けて帰国しました。その上で、「さて、彼が王位を受けて帰って来たとき、金を与えておいたしもべたちがどんな商売をしたかを知ろうと思い、彼らを呼び出すように言いつけた。さて、最初の者が現れて言った。『ご主人さま。あなたの一ミナで、十ミナをもうけました』」(15,16節)と話が展開されます。
一ミナとは当時の労働者や兵士の「百日分の労賃」に相当します。ですから、五十万円の元手で五百万円儲けたというようなことです。これは、かなりリスクを伴う投資を、知恵を使って行い、見事に成功したということでしょう。
しかも、このしもべは厳密には、「あなたの一ミナが十ミナに増えました」と、自分の努力ではなく王の財産が自動的に増えたかのように表現します。それに対して主人は、『よくやった。良いしもべだ。あなたはほんの小さな事にも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい』(17節)と言います。
それは、まるで一挙に、県知事に取りたてられるようなものです。主人は彼のチャレンジ精神を高く評価しました。
その後、二番目の者が来て、『ご主人さま。あなたの一ミナが五ミナを生みました』(私訳)と、先ほどよりは少ないにしても、五倍に増えたことを、同じように主人のものであると謙遜に申し出ましたが、それに対しても主人は同じように、『あなたも五つの町を治めなさい』という報酬を与えました(18,19節)。
このたとえと似たものが、マタイ福音書25章14-30節で、タラントのたとえとして出てきます。ただ、そこでは、「おのおのその能力に応じて」(15節)と任される財が違っていました。しかも、そこに出てくる「タラント」は労働者20年分の給与に相当し、五タラント任された人は100年分の給与と言う途方もない金額でした(タレントということばはこれに由来します)。
つまり、そこでは、主人はそれぞれの能力をすでに評価した上で、それにふさわしい財産を任せたのです。一方ここでは、それぞれに百日分の給与に相当する一ミナだけが同じように任されています。それは、それぞれの能力を計るための試験のようなものとも解釈できます。ミナの試験に合格した者がさらにタラントをあずけられるようなものとも言えましょう。
どちらにしても、共通しているのは、任された資産を積極的に運用することが求められていたということです。このたとえで明らかなように、イエスは商売や投資でお金を増やすことを喜んでおられます。
多くの人は株式市場をお金儲けの場としか考えていませんが、本来は社会全体で自由な発想を励まし、育ててゆくシステムなのです。ジョブズが大学を中退して間もなく、自宅のガレージで友人の技術者ウォズニアックと共に画期的なパソコンを開発し、会社を立ち上げたのは1976年4月のことでした。
彼らはこれでお金持ちになろうなどとは思っていませんでした。ウォズなど、無料で自分の製品を人に分かち合うつもりでした。ジョブズが利益をあげることにある程度の関心を持ったのは、人に妥協せずに自分の作りたいものを作って世に出すために他なりません。
ただそれでも、彼らには製品化をするための資金がありませんでした。そこに当時33歳の資産家マイク・マークラーが現れます。彼はジョブズと意気投合し、三人の共同出資による法人を立ち上げます。1977年1月のことです。当時の会社の資産価値は、たったの5309ドル(43万円)でした。
しかし、新しいパソコンは爆発的に売れ、4年も経たないうちに株式が公開され、1980年12月に株式が公開された時には発行株式の価値が17億9千万ドル(1460億円)に達しました。それから5年後、ジョブズは、余りにも自分の意見を曲げないためか、自分が立ち上げた会社から追放されます。その後、紆余曲折を経ながらも、彼は株式公開で手にした資産を元に新事業を展開することができました。
そして1997年1月には、マイクロソフト社に追い詰められて倒産寸前になっていたアップルに再び招かれ、新製品の開発によって会社を再建しました。iPod、iPad、iPhonの成功により、2012年8月にはアップルの時価総額は6千億ドル(約48兆5千億円)に達し、世界最大の企業になります。その後、株価は若干下がったものの2016年4月末の時価総額の比較では、トヨタ自動車(18兆円)の三倍、三菱UFJ銀行の七倍余りもの時価総額(5130億ドル、55兆4千億円)に達しています。
日本でジョブズに相当するのは、孫正義氏でしょう。彼が24歳で日本ソフトバンクを起業する際、当時のシャープ中央研究所長の佐々木正氏がご自分の退職金や自宅を銀行に担保として差し出して、一億円の融資を可能にしてくれました。
佐々木氏は、何よりも孫氏の正直さと宇宙の果てまで見通したいという好奇心が瞳の中に宿っていることに「惚れてしまった」と述べています。
一ミナで、十ミナ儲けるとは、そのような、自分の理想を徹底的に追求しようとする冒険心があって初めて可能になることでしょう。「この世の子ら」(16:8)がこれほど大胆な生き方ができるのに、「光の子ら」である私たちはもっと大胆に、全能の神の御手にあって、チャレンジすることができるはずではないでしょうか。
「永遠のいのち」が保障されている私たちこそ、失うこと、失敗する恐れから自由に大胆に生きることができるはずです。
3.「持たない者からは、持っている物までも取り上げられる」
ところが、「もうひとりが来て言った。『ご主人さま。さあ、ここにあなたの一ミナがございます。私はふろしきに包んでしまっておきました。あなたは計算の細かい、きびしい方ですから、恐ろしゅうございました。あなたはお預けにならなかったものをも取り立て、お蒔きにならなかったものをも刈り取る方ですから』」と、先のふたりとは正反対の態度を取った人が登場します(20,21節)。
彼は失敗を恐れてリスクの伴う投資ができませんでした。それは、主人のことを、決して失敗を許さない、不当な要求を課す横暴な者であるかのように見ていたからです。これは、この主人を、アルケラオスと同じ種類の人間として見ていたということを意味します。またこれは、当時のパリサイ人たちが説いていた神の姿を示してもいます。
それに対し、主人は彼に、『悪いしもべだ。私はあなたのことばによって、あなたをさばこう。あなたは、私が預けなかったものを取り立て、蒔かなかったものを刈り取るきびしい人間だと知っていた、というのか』(22節)と言います。これは、主人が実際にそのような人間であるという意味ではなく、そのしもべが、主人を、そのように評価していたということを非難したものです。
その上で、主人は、『だったら、なぜ私の金を銀行に預けておかなかったのか。そうすれば私は帰って来たときに、それを利息といっしょに受け取れたはずだ』と言います。なお、ここで「銀行」というのは意訳で、厳密には、「(両替人や金貸し業者の)テーブル」と記されています。当時はまだ銀行などは存在しません。ただBankということばは、この「テーブル」または「ベンチ」に由来します。
ここには、「悪いしもべ」が主人を、高利貸しと同じ種類の人間と見たことに対して、それなら同類の高利貸しにでも預けておくべきだったと皮肉を言ったものです。しかも彼は、お金の流通を止めることで、お金のもっともすばらしい機能を殺してしまっています。これこそさばきの対象となります。
その上で、主人は、「そばに立っていた者たち」に、『その一ミナを彼から取り上げて、十ミナ持っている人にやりなさい』と言いました(24節)。これは彼が、そのしもべが見ていたと同じ厳しい主人として振舞うことを意味します。
イエスはマルコ4:24,25節で、「あなたがたは、人に量ってあげるその量りで、自分にも量り与えられ、さらにその上に増し加えられます。持っている人は、さらに与えられ、持たない人は、持っているものまでも取り上げられてしまいます」と言われました。
つまり、持っている一ミナまで取り上げられたのは、彼が主人をそのように見ていた、その同じ量りが自分に適用されたという意味です。もし、彼が主人を寛大な人と見ていたとしたら、彼自身も寛大に取り扱ってもらうことができたのです。
ですから、ここでも、この様子を見ている人々が、『ご主人さま。その人は十ミナも持っています』と言ったことに対し、主人は、『あなたがたに言うが、だれでも持っている者は、さらに与えられ、持たない者からは、持っている物までも取り上げられるのです』と答えています。
それは、主人への「信頼」を持っている者、私たちの場合は「イエスへの信仰」を「持っている者は、さらに与えられ」ということの一方で、主人への「信頼」を持っていない者は、終わりの日には「持っているものまで取り上げられる」というのです。
私たちがイエスをどのように見ているか、そのはかりで、私たちが終わりの日にはかられるのです。
しかも、このたとえの最後では、「ただ、私が王になることを望まなかったこの敵どもは、みなここに連れて来て、私の前で殺してしまえ」(27節)という厳しいさばきが記されます。それは、イエスを十字架にかけようとしているユダヤ人に対する神のさばきを預言することばでもあります。
これから四十年後のエルサレムに、この警告がそのまま実現しました。イエスを拒絶したユダヤ人は、神殿も国もすべてを失ってしまったのです。ですから、イエスの厳しい警告には、ご自身を憎む者たちへの愛が込められているのです。
イエスのことばを信じた人々は、エルサレムが滅びる前に逃れることができました。世の終わりにも同じことが起こります。その時に後悔しても、イエスを信じなかった者は、救われようがないのです。
これと旧約最後の書マラキ3章3-5節の主のさばきは並行します。そこでは続けて、主に立ち返ることが十分の一を主に献げることとして記され、大胆に主に信頼することの報いが約束されます。
イエスの時代のイスラエルの民は、イエスのエルサレム入城を王としての現れと見ることができず、すべてを失います。一方、それを信じた人々は、主の十字架と復活によって始まった神の国の指導者として用いられます。
イエスの弟子たちはまさに神の国の指導者に取りたてられたのです。それは権力と富が伴う支配権ではありませんでしたが、彼らは確かに偉大な働きを任され、後の世の報酬が保障されたのです。まさに、何も持っていないようでも、イエスとの生きた関係を「持っている者は、さらに与えられ」るのです。
ここに登場する王が十人のしもべに等しく一ミナずつ預けたように、イエスは私たちにはひとりひとりに、まったく同じ神の霊、聖霊を与えてくださいました。
その際、「御霊を消してはなりません」(Ⅰテサロニケ5:19)という命令を聞きます。御霊は私たちに五倍、十倍の実を結ばせてくださいます。御霊は、それぞれの心の内側に、王なるイエスへの信頼を与え、失敗を恐れず、大胆にイエスの父なる神が支配する国のために生きるように励ましてくれます。
そしてマラキ3章10-12節で、主が、「十分の一をことごとく宝物倉に携えて来てわたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ・・・すべての国民は、あなたがたをしあわせ者と言うようになる」と招いてくださっているように、与えられた地上の報酬をさらに大胆に献金としてお献げしながら、主とお交わりを深めるという好循環の中に生かされることができます。そこに自由な喜びに満ちた祝福の成長が見られます。
私たちは、預けられた「御霊を消す」ことなく、御霊によって生きるように召されています。それは人間的な尺度を越えた、神のみわざの中に生きることです。
あなたは神によって召された結果、この礼拝の場に集っています。神はあなたを通して「神の国」をこの地に広げてくださいます。この世と調和して、人々の期待通りに生きるのではなく、神がご自身の御霊によって示してくださるビジョンに従って大胆にチャレンジして行きましょう。
人々の顔色を見るのではなく、神があなたに与えてくださった感性とビジョンを生かして生きることが何よりも求められています。