詩篇48篇「聖徒の交わり」〜「子育て神話」からの卒業

 最近、ジュディス・リッチ・ハリスの「子育ての大誤解ー重要なのは親じゃない」(2017年 早川書房 上下巻)という本を友人から紹介され、今までの子育てに関する教えの誤解を自分なりに正すことができて感動しています。
 それは今まで「子育て神話」のようなものに違和感を覚えていたことが、明確に、その誤解の理由が明らかになったという意味です。

 私たちは無意識のうちに、米国や西欧で19世以降に生まれた「子育て神話」の影響下にあって、子どもの成長の良し悪しは、親の責任であるという考え方を刷り込まれてきています。
 しかし、より広い文化圏、また「集団社会化説」的な観点から考えると、子どもの成長に決定的な作用をもたらすのは、5割が遺伝子で、5割が環境によるというのです。親の子育ての仕方の影響は、驚くほどに少ないというのです。

 たとえば幼少期に離れ離れになった一卵性双生児が成人して出会ったときに、全く異なった環境で育ちながら二人とも爪を噛むくせがあり、日曜大工が大好きで、同じ種類の車に乗り、同じタバコを吸い、同じ飲み物を好んでいるということが分かりました。
 また別の二人は片方はユダヤ教徒の父、片方はドイツのカトリック信者の祖母に育てられながら、短い口髭をはやし、同じ種類のシャツを着て、二人とも雑誌を後ろから前に読むという習慣を持っていたとのことです。
 つまり、成人してからの趣味もふるまいも好みも育った環境と関係なく、生まれながらの遺伝子によって決まっていたというのです。

 一方、米国のボストン近郊に住むロシア人夫妻のもとで育った三人の子どもは、親とはいつもロシア語で話していたのに、5歳から9歳までの彼らの子どもたちはボストンアクセントの英語を話し、その振る舞いもボストン近郊の中流階級の子どもとまったく同じであったというのです。
 この場合は三人の子どもたちが、親の影響を飛び越えて、完全にその地の環境に適用する生き方を選んだことを現しています。

 それでふと、70歳になった自分を振り返って思いました。僕は昔、自分の神経症的な傾向が幼少期の家庭環境にあったと習って来ました。ある時期は、親から受けた心の傷を、イエス様によって癒していただくという枠で、自分の偏りを正そうとしてきました。
 しかし、68歳になってようやく「心が傷つきやすい人への福音」という本を書くようになりました。そこで書いているのは、自分の気質は、神が母の胎の中で僕を組み立てたとき以来のもので、自分に求められていることは、自分の偏りを是正していただくことではなく、人の目から偏りと見えることは、神が与えてくださった特徴で、その生かし方があるということでした。
 僕の場合は50歳を超えたあたりからそれが分かり、自分の個性を生かすことができるようになりました。それは日本のキリスト教会という広い交わりの中においてのことです。
 しかし、自分の親のせいで、自分が偏った育ちかたをしたと思ってた時は、本当に、いつまでたっても自分を「出来損ない」と思うばかりで悶々としていました。

 一方、聖書に出て来る有名な人物は、多くの場合、子育てでは失敗者と言えるような人ばかりです。しかし、ほとんど、どこにおいても、子育ての失敗がテーマとして記されることはありません。
 そこで繰り返し命じられていることは、父母を敬うことを教えることしかありません。人間的な感覚では、「尊敬に値する親だから、尊敬する」と考えますが、聖書は、どんな親であっても、親であるというだけの理由で、尊敬することが命じられ、また尊敬するように子どもに教えることが命じられています。

 僕は昔から、様々な子育ての悩みを聞いて来ました。そこでよく、「子どもは私の間違いのせいで、こんな風になってしまった」と悔やむ声を聞きました。
 しかし僕はいつも、「自分の子を、自分の子育ての失敗作と見ることは絶対にしてはいけない」と教えてきました。堂々と、「親を敬うのが、神様のみこころだ」と主張するようにと勧めてきました。

 大切なのは、どのような状況下でも、私たちは聖書的な価値観を堅持して、神を敬い、同時に、親を敬うという聖徒の交わりという「環境」の中で、子どもの成長を考えるということではないでしょうか。
 詩篇48篇は エルサレム神殿での礼拝の喜びが記されていますが、それは現代の私たちにとっては、聖徒の交わり、教会の交わりの中で、創造主を礼拝することの大切さに繋がります。

詩篇48篇「シオンの山は大王の都」

 詩篇には六つの「シオンの歌」と分類されるものがあり (46、48、76、84、87、122)、この詩はその中で最長で、「神の都」(1節)、「大王の都」(2節) と呼ばれるものの「麗しさ」を最も印象的に描いています。
 現代人にとっては、「シオンを巡り、その回りを歩け……その宮殿を巡り歩け」(12、13節) と言われても、「それに、何の意味が……」と言われそうに思われます。しかし、これを聖書全体から見ると、違った視点が与えられます。

 主がイスラエルの民をエジプトでの奴隷状態から解放し、シナイ山のふもとに導き、地に降りて来られる情景が、「シナイ山は全山が煙っていた。主 (ヤハウェ) が火の中にあって、山の上に降りて来られたからである。その煙は、かまどの煙のように立ち上り、全山が激しく震えた」(出エジプト19:18) と描かれていました。
 神は、それほどに聖なる、近づきがたい方なのです。そして、その神が、彼らの真ん中に住むために、幕屋を作るように命じられ、その完成したときの情景が、「雲は会見の天幕をおおい、主 (ヤハウェ) の栄光が幕屋に満ちた」(同40:34) と、再び近づきがたい栄光として描かれます。
 そして、彼らは幕屋の心臓部である「契約の箱」を先頭に約束の地へと旅を続けますが、その際、モーセは、「主 (ヤハウェ) よ。立ち上がってください。あなたの敵は散らされ、あなたを憎む者は、御前から逃げ去りますように」(民数記10:35) と述べます。
 それが実現した結果、エルサレムが神の都になったのでした。主がエルサレムに住まわれるとは、そこが全宇宙の中心となって、世界に神の平和(シャローム)が広がることを意味します。

 2節の「北の端なるシオンの山」とは、イザヤ14章13節で、「北の果てにある会合の山」と記されるように、地理的な北の端ではなく、天の神の座を指します。
 そして、その天の「宮殿」を地に現した「本物の模型」(ヘブル9:24) が、神の「宮殿」(3、13節) としてのエルサレム神殿でした。ですから、その前で神の敵たちは「おじ惑って急いで逃げた」(5節) というのは当然です。
 そして、神の「誉れ」は「地の果てにまで及んでいます」(10節) と告白され、「あなたのさばき」(11節) と呼ばれる神のご支配は、全世界に及ぶのです。
 それは、神が、この世界の不条理を上からただ眺めて、終わりの日にさばくというのではなく、民族の対立と腐敗に満ちた世界の中心に住んで、そこから世界を造り変えることを意味します。
 神はこの世を愛しておられるからこそ、ご自身の御子を、世をさばくためではなく、救うために遣わされたのです (ヨハネ3:16、17)。

 そして今、聖徒の交わりとしての「教会は、キリストのからだ」と呼ばれ、「この方にあって、組み合わされた建物の全体が成長し、主にある聖なる宮となるのであり……ともに建てられ、御霊によって神の御住まいとなる」と記されます (エペソ1:23、2:21、22)。
 ですから、「シオンを巡り」その「麗しさ」を賛美するとは、聖徒の交わりとしての教会を喜ぶことにつながります。
 ただ、地上のエルサレムが世界の矛盾の中心になるように、教会にも問題が満ちるでしょう。しかし、私たちはそれを、神がこの世界の矛盾のただ中に住まおうとされたという観点から見て、そこに希望を見出すことができます。
 罪人のただ中に聖なる神が住まわれ、愛の交わりを世界に広げて行かれるのですから。


【祈り】主よ。太陽の創造主であるあなたが、この地を溶かすことなく、ここに住まわれるという不思議に感謝します。そこに、矛盾に満ちた世界の救いの希望を見させてください。