詩篇6篇〜ドイツ政治の混迷と気の長さ

 ドイツのショルツ政権不信任案の可決によってドイツの政局の混迷が話題になっております。フランスの政治の混迷と合わせて、国際政治におけるヨーロッパの発言力の低下が懸念材料とされています。

 それにしても、ドイツ政治の気長さには、日本人感覚ではなかなか理解できないことかもしれません。東ドイツの牧師の娘であったアンゲラ・メルケルさんの政権は16年間も続きました。しかし、それでも戦後最長ではありません。
 今回の社会民主党中心のショルツ政権は三年間続きましたが、次期の政権が決まるまで続きますから、たぶん来年の6月までは政権の座にとどまることでしょう。
 
 今回のショルツ政権の崩壊が決まったのは11月初めでした。連立の一角を担う自由民主党の党首が、シュルツ氏から罷免を申し立てられたからです。それから一カ月半経過してようやく総選挙に向けて動き出すことになりました。

 しかも総選挙は来年の2月下旬とのことです。その後、連立政権の樹立に向けて政党間の連立協議へと移ります。この協議は三カ月間近く続く可能性が高いと言われています。
 たぶんメルケルさんと同じキリスト教民主、社会同盟が中心の連立政権になる可能性が高いと思われます。
 ですから、政権の崩壊が決まってから、新政権の誕生まで約8か月間もの時間をかける可能性があるというのです。

 日本では岸田政権の続投がないと明確になってから、自民党総裁選挙、衆議院の総選挙と新しい政権の実質的な発足まで約2か月間あまりで突っ走りました。石破新首相はまさに眠る暇もないほどの決断に次ぐ決断を迫られています。

 ドイツでは政権の求心力が衰えても、法律の権威によって秩序が保たれますが、日本の場合は、法律を超えた、村社会の調和で物事が決まります。
 ですから、新体制の確立がいつも急がされるのかもしれません。しかし、これでは長期的な視点に立った政治を行うことが困難になります。

 どちらにしても、日本ではすべてに関して急ぐことが要求されます。
 ドイツで仕事をして驚いたのは、日本人は「時間がない」というとき、休日を返上してでも仕事を仕上げることが求められているのに対し、ドイツでは「時間がない」とは、残業をすることもなく、決まった時間の範囲内で仕事ができないことを意味します。みなそれに合わせることが求められています。

 以下は詩篇6篇の解説です。神の時間と私たちの時間感覚の違いを感じさせられます。
 日本人の感覚から「神が願いを聞いてくれない」と焦ることは、ドイツ人の感覚からしたら、まだまだ忍耐が足りない……という感じなのかもしれません。そして、たぶんドイツ人の時間感覚の方が世界標準に近いと思われます。

詩篇6篇「帰って来てください。主 (ヤハウェ) よ」

 これは聖書における六つの悔い改めの詩篇と呼ばれるものの最初です(他は、32、38、51、102、130、143篇)。
 これは、ダビデが自分の罪にゆえに、神の御怒りを受けていると感じている、そのただ中で記された祈りだと思われます。
 彼はここで何よりも、ただ、「私を責めないでください……懲らしめないでください」と、主にすがりついています。
 興味深いのは、自分の過ちを謝罪し続ける代わりに、「いつまで怒っておられるのでしょう」とも解釈できる、何とも図々しい訴えをしていることです (3節)。

 その上で、ダビデはさらに、「帰って来てください。主 (ヤハウェ) よ」と祈りますが、これは多くの場合、罪人に「主のもとに立ち返りなさい」と悔い改めを迫るときのことばです。
 ダビデは当然の神の怒り、憤りを受けていながら、神ご自身が自分のもとに「立ち返ってくださる」ように願っているのです。
 しかも、「あなたの恵みのゆえに……お救いください」という祈るときの「恵み」とは、神がご自身の契約を守ってくださるという「誠実さ」(ヘセド)を意味することばです。
 つまり、ダビデは自分の不真実を棚に上げるかのようにして、神の真実にすがっているのです。

 そして、その理由は、「よみ」に落とされてしまうなら、神をほめたたえることができないからというのです。
 6節からは「私の嘆きで疲れ果て、私の涙で……ふしどを押し流します」と、まるで涙の洪水を起こしているかのように訴えます。

 7–9節ではダビデの試練をあざ笑う者を見返すように、「主 (ヤハウェ) は私の泣く声を聞かれた……主 (ヤハウェ) は私の切なる願いを聞かれた。主 (ヤハウェ) は、私の祈りを受け入れられる」と告白します。

 私たちはどこかで、自分の悔い改めの程度に応じて、神のあわれみを受けられると感じがちですが、神は何よりも、私たちが子供のように泣いてすがること自体を喜んでくださいます。
 大胆に、主にすがることの大切さを改めて覚えるべきでしょう。

 ただ、神が願いを叶えてくださったと思えるまでの時間は、多くの場合、私たちの期待をはるかに超えた時間がかかるということも覚えていたいと思わされます。


【祈り】 主よ。私たちはしばしば、自業自得で、苦しみの中に置かれることがありますが、ダビデのように大胆に主にすがる祈りを教えてください。