中東の戦火拡大がますます心配される昨今です。
つい一週間前のイスラエルのネタニエフ首相の国連演説を見ました。友人の紹介ですが、日本語訳までつけていただいています。
少しだけ見ようと思ったら、30分間、引き寄せられるように見てしまいました。
イスラエルの危機感が痛いほどに伝わってきます。
ユダヤ人の歴史を振り返りながら、世界中の誰も私たちを守ってくれなかった……今も、国連が反ユダヤ主義に流されていると、真っ向から国連批判をしています。
ふと、以下の日本国憲法の前文との対照性を思わされました。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
「平和を愛する諸国民の公正と信義」への「信頼」とは、国際連合の存在を働きへの期待を意図していると教えられたことがあります。
しかし、国連の機能不全はご存じの通りです。
イスラエルのネタニエフ首相は、自分に対して国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が請求されていることに猛反発しています。
そこで以前ご紹介したイスラム圏との「アブラハム合意」に言及し、自分たちがいかにアラブ諸国との平和を望んでいるかを熱く語っています。
同時に、自分たちの国がイランのような狂信的な国と戦っていることで、世界平和に貢献しているということも強調しています。
まさに、戦争とは、正義と正義がぶつかり合う場であるということが分かります。
個人的には、僕は1948年のイスラエル国家の建設を、聖書の預言の成就とは信じていませんが、同時に、イスラエルの民は、創造主から選ばれた特別な民だということも信じています。
ですから、イスラエルの平和を心から望むと同時に、中東地域の平和が、世界平和の鍵だと信じています。
ただ、個人的な感想としては、ネタニエフ首相はあまりにも自分たちの軍事力に頼りすぎているように思います。これでは、まさにハマスやヒズボラの思うつぼで、イスラエルがますます孤立するように思います。
彼は聖書から様々な引用をして演説をしめくくっていますが、ふと、エレミヤ書の以下のことばを思い起こしました。
主 (ヤハウェ) はこう言われる。
知恵ある者は自分の知恵を誇るな。
力ある者は自分の力を誇るな。
富ある者は自分の富を誇るな。
誇る者は、ただ、これを誇れ。
悟りを得て、わたしを知っていることを。
わたしは主 (ヤハウェ) であり、
地に恵みと公正と正義を行う者であるからだ。
エレミヤ9:23、24
イエス様は、「剣を取る者はみな剣で滅びます」と言われたのは、自衛の戦いまで否定しなのではなく、強い戦力による威嚇が、より強い戦力の応酬を招くからだと思われます。
軍事力は短期的には極めて有効な手段ですが、長い目で見るとそれは自滅への道となり得ます。
創造主こそが「地に恵みと公正と正義を行う」方であることに信頼する歩みができることを、聖書の民であるイスラエルに対して心より望んでいます。
ただ、同時に、日本の安全も心配ですね。いろんな国々に気ばかりを使って、どこに世界平和の理念があるのだろうと思えることもあります。
明日は、エレミヤ書26章~29章をまとめてお話しします。バビロン捕囚というイスラエルの絶対的な悲劇が、その後のイスラエルの発展の基礎となったというストーリーです。