先日ハマスの最高指導者ハニヤ氏の暗殺が報じられたとき、彼の純資産額が6000億円で、安全なカタール住み、プライベートジェット機で移動しているようすが描かれたことは、パレスチナ難民の問題の闇を現わしているように思えました。
幸い現代の日本で、そのような人が指導者として尊敬されることはあり得ませんが、世界の歴史を見ると、支配地の民に命がけの戦いを煽りながら、自分の贅沢を正当化できる図々しい人間が多くいました。
今日の箇所で何よりも不思議なのは、神がイスラエルの指導者による横暴な支配を非難しながら、異教徒のバビロンの王に服従することを命じていることです。神はご自分の民の政治を根本から正すために、異教徒の支配者を用いて国を一度解体しようとしておられます。
それに対しイエスは、ご自分のことを「わたしは良い牧者です」(ヨハネ10:11) と紹介され、だれよりも貧しい暮らしをしながら愛の共同体を社会の底辺から造り上げて行かれました。主は全世界の罪を負って十字架にかかられると同時に、ご自身の弟子たちを育て、新しい神の民の共同体を建て上げて行かれました。それが今、キリストの教会として全世界に広がっています。
過去のイスラエルという国が神によって滅ぼされ、現在は、キリストに従う人々によって愛の支配が広げられようとしている大きな変化を私たちは忘れてはなりません。悪しき牧者が廃されて、今、良い牧者」による共同体が広がっているのです。
1.「見よ。わたしはあなたがたの前に、いのちの道と死の道を置く」
21章1–10節は時代的にはエルサレムが滅亡する紀元前586年の数年前の出来事を描いたもので、21章11節~23章8節でユダ王家の滅亡に向かう問題が簡潔に描かれることの導入的な意味を持ちます。
「ゼデキヤ王」(21:1) とはユダ王国最後の王で、彼が遣わした「マルキヤの子パシュフル」とは、20章1節の「イメルヤの子、祭司パシュフル」とは別人で、38章1-4節でのエレミヤを死刑にすることを求める首長たちの一人です。
とにかくここでゼデキヤ王は、バビロンの王ネブカドネツァルの攻撃を受け、絶体絶命の危機の中で、エレミヤを通して「主 (ヤハウェ) に尋ね」ようとします。
その際、「主 (ヤハウェ) がかつて、あらゆる奇しいみわざを行われたように、私たちにも行い、彼(ネブカドネツァル)を私たちから離れ去らせてくださるかもしれませんから」(21:2) と尋ねます。これはその約百年前、エルサレムが中東全域を支配したアッシリヤ帝国に包囲されたとき、主ご自身が夜のうちに御使いを遣わして185、000人を打ち殺したことを指しています (Ⅱ列王19:30)。
しかしそのときは、ヒゼキヤ王が「ユダの王たちの中で、彼ほどの者はだれもいなかった」(同18:5) と評されるほどイスラエルの神、主(ヤハウェ)に信頼していた中でのみわざでした。ところがゼデキヤはいつも人の顔色ばかりを見て、主に対する誠実さのかけらも見られないような王でした。
エレミヤはここで即座にゼデキヤに、「イスラエルの神、主 (ヤハウェ) 」のことばを、「あなたがたは、城壁の外からあなたがたを囲むバビロンの王とカルデヤ人とに向かって戦っているが……わたし自身が、伸ばされた手と力強い腕をもって、怒り、憤り、大いなる激怒をもって、あなたがたと戦う。この都に住むものは、人も家畜もわたしは打つ。彼らは激しい疫病で死ぬ」(21:4–6) と伝えます。
実は、彼らは今、バビロン軍と戦っているつもりでも、エルサレムを攻めているのは主ご自身であるというのです。そして「その後で」、主は「ユダの王ゼデキヤとその家来……この都で疫病や剣や飢饉から逃れて生き残った者たちを、バビロンの王ネブカドネツァルの手、敵の手、いのちを狙う者たちの手に渡す」(21:7) と言われます。
つまり、主はバビロンの王と戦う代わりに、王や生き残りの民を、残忍な「敵の手」に引き渡すというのです。
そして、主はエルサレムの住民に向かって、申命記30章15、19節でのモーセが用いた表現を使いながら、「見よ。わたしはあなたがたの前に、いのちの道と死の道を置く」(21:8) と言われますが、その選択は「この都にとどまる者は、剣と飢饉と疫病によって死ぬ。出て行って……カルデヤ人に降伏する者は生き、自分のいのちを戦勝品として得る」というものでした (21:8、9)。
モーセの時には「いのち」を選ぶとは「主 (ヤハウェ) を愛し……主にすがる」(申命記30:20) ことでしたが、ここでは「バビロンの王にすがる者は生きる」と言われているかのようです。
しかし、「万軍の主 (ヤハウェ) が私の味方だ!」という信仰が愚かなプライドを守る口実になり、人に心から頭を下げることを妨げるとしたら、それは主のみこころではありません。主は多くの場合、天から火を下す代わりに、人を用いて問題を解決するか、または、信仰者に試練を与えられるからです。
媚びへつらうことと、自分の無力さを認めて頭を下げることとはまったく別のことです。
ところで、このとき主は、「わたしがこの都に顔を向けるのは、幸いのためにではなく、わざわいのためだから」(21:10) と言っておられます。
それは、彼らの先祖がモーセから、「主の掟と命令を守りなさい。あなたも……後の子孫も幸せになり、あなたの神、主 (ヤハウェ) が永久に与えようとしておられるその土地で、あなたの日々が長く続くようにするためである」(申命記4:40) と言われたみ教え(トーラー:律法)を軽蔑し続けたことの報いでした。
ただし主はここで、ご自身を退けた者たちに敢えて「わざわい」を与えながら「いのち」を全うするという選択肢を提示しておられます。かつてモーセは「いのちと幸い」「死とわざわい」をセットに提示しましたが (申命記30:15)、ここでは、「わざわい」を通して「生きる」という方向が指し示されます。
たとい、「そんな苦しみや屈辱に耐えるぐらいなら、死んだほうがまし……」と思えることがあったとしても、主にある「いのち」が残されている限り、希望を持つことができます。なぜなら、「わざわい」も主の御手の中にあって起こっているからです。
ときに人は、過去の栄光に囚われるあまり、「生き延びる」ために「へりくだる」という勇気が持てなくなります。しかし、大金を抱えたまま海に沈むような人になってはなりません。
すべてを失っても、イエスとの交わりを持っているなら、やがてすべての必要は満たされます。
2.「公正と正義を行い、かすめられている者を、虐げる者の手から救い出せ」
21章11節~22章9節までは、ダビデ王家全体に対する主の警告と教えです。
第一に王の務めが「朝ごとに、公正にさばきを行い、かすめられている者を、虐げる者の手から救い出せ」と命じられ、「そうでないと、あなたがたの悪行のために、わたしの憤りが火のように燃えて焼き尽くし、消す者はいなくなる」(21:12) と警告されます。
続けて、エルサレムのことが「この谷に住む者、平地の岩よ」(21:13) と呼ばれますが、これはこの都が天然の要塞のような谷に囲まれ、中心が広い平らな台地となっているからです。
彼らはそれを誇り、「だれが、このところに下って来るだろう。だれが、この住まいに入って来るだろう」(21:13) と言っていますが、それに対し主は、「わたしはあなたがたを、その行いの実にしたがって罰する……その森に火をつける。火は、その周りをことごとく焼き尽くす」(21:14) と厳しいさばきを警告されます。
22章で主は改めて、「ダビデの王座に着くユダの王よ」(2節) と呼びかけながら、その家来と民全体に向けて、「公正と正義を行い……寄留者、みなしご、やもめを……いじめ……てはならない。また咎なき者の血を……流してはならない」と命じます (22:2、3)。
そして「もし……このことばを忠実に行うなら、ダビデの王座に着く王たちは……その家来も、またその民も、この家の門の内に入ることができる」(22:4) と王家安泰の道を告げます。
ただ同時に「しかし、もしこのことばを聞かなければ、わたしは自分にかけて誓うが、─主 (ヤハウェ) のことば─この家は必ず廃墟となる」(22:5) という、主の断固としたさばきの警告がなされます。
その後、主は「ユダの王の家について」、愛情をこめて「あなたは、わたしにとってはギルアデ、レバノンの頂」(22:6) と語りかけます。ギルアデもレバノンも美しい杉材の産地で有名で、ソロモンの宮殿も「レバノンの森の宮殿」(Ⅰ列王7:2) と呼ばれていました。
しかしそのかけがえのない家に対して、主は今、「破壊者たちを取り分ける。彼らは、最も美しいあなたの杉の木を切り倒して、火に投げ入れる」(22:7) と警告します。
そして、周りの国々の者がこの廃墟を見て、「何のために、主 (ヤハウェ) はこの大きな都をこのようにしたのだろうか」と、これが主のみわざであることを認め、同時に人々は、「彼らが、自分の神、主 (ヤハウェ) の契約を捨ててほかの神々を拝み、仕えたからだ」と言って主を恐れるようになると予告されます (22:8、9)。
今、私たちはエルサレムのその後の歴史を見ながら、主のさばきが文字通り実現したことを知っています。
ただしその際、主の忍耐に満ちた導きと明確な教えの数々と繰り返しの警告を与えておられたことを決して忘れてはなりません。主はエルサレムをことばで表現できないほど大切に思っておられました。
22章10–12節では、ユダの王シャルムのことが描かれます。彼の父ヨシヤは滅亡後の北王国の領土までをも回復したユダ王国の偉大な王でしたが、エジプトの王の北上を止めようと戦いに出て死にました。「死んだ者のために泣くな」(22:10) とはこの悲劇を指すと思われます。
列王記ではヨシヤの子はエホアハズと記されますが、シャルムというのは子ども時代からの呼び名だと思われます。彼は即位後たった三ヶ月でエジプトの王に捕らえられ、エジプトに連行され、そこで死にます。
そのことを覚えながら、「去って行く者のために、大いに泣け。彼が再び帰って、故郷を見ることがないからだ」(22:10) と言われます。
22章13–19節までは、シャルムに代わって王となったヨシヤの子のエホヤキムのことが描かれます。彼は11年間王座にありましたが、その治世の初めの王宮建設をめぐる「不義」と「不正」について、「隣人をただで働かせて報酬も払わず、『私は自分のために、広い家、ゆったりした高殿を建てよう』と言った」ことが非難されます (22:13、14)。
そしてその行いがヨシヤと比較され、「あなたの父は食べたり飲んだりし、公正と義を行ったではないか。そのとき、彼は幸福だった。虐げられた人、貧しい人の訴えを擁護し、彼は、そのとき幸福であった」(22:15、16) と、父が日々を楽しみながらも正しい政治を行うことで「幸福だった」と繰り返されます。
ただ、それと反対に「しかし、あなたの目と心は、自分の利得に……咎なき者の血を流すこと、虐げと暴虐を行うことだけに向けられている」(22:17) と非難され、その結末が描かれます。
エホヤキムは自分の利益を優先し、隣人を虐げることで悲劇に向かって行きました。彼は最も嫌われた王で、最初はエジプトに、その後バビロンの王ネブカドネツァルに屈服しますが、その後裏切って青銅の足かせにつながれてバビロンに連行されます (Ⅱ歴代36:6)。
ただ最後は、エルサレムに戻って息を引き取ったのだと思われますが、22章18節ではそのときのようすが、「ああ、悲しい」と言ってその死を悼む者はだれもいなかったと四回も繰り返されます。
そればかりか最後は「エルサレムの門の外へ引きずられ、投げ捨てられ」、ろばのように埋められると描かれます (22:18、19)。これは王としての最大の恥辱です。
人はすべて、何らかの使命を果たすために生かされています。ヨシヤ王は公正と義を行い、貧しい人々の訴えを聞いていたとき、「彼は幸福だった」と描かれています。
しかしエホヤキムは、隣人をただで働かせ、贅沢な家に住み、自分の幸福ばかりを追い求めましたが、彼ほど不幸な王はいません。
3.「そのとき、わたしは、ダビデに一つの正しい若枝を起こす」
22章20節から23節はエルサレムに対する警告のことばです。それは動詞の語尾が女性単数形であることから判断できます。
「レバノンに上って叫び、バシャンで声をあげ、アバリムから叫べ。あなたの恋人たちがみな、砕かれたからだ」(22:20) とは、恋人のように頼りにしていた国々が次々と滅びるようすを描いたものです。バシャンはヨルダン川の北東の肥沃な地域、アバリムは死海の東のモアブの地にある山脈地帯です。
エルサレムは「平穏であったときに」(22:21)、主の語りかけを聞きながら「私は聞かない」と拒絶したというのですが、それは「若いころからの……生き方」であったと非難されます。
そこで「あなたの牧者たちはみな風に追い立てられ、あなたの恋人は捕らわれの身となって行く」(22:22) とは、エルサレムの指導者たちが一万人もバビロンに捕らえられていったことを預言したものと思われ (Ⅱ列王24:14)、これは紀元前597年、この直後に記されるエコンヤ(エホヤキン王)のときの第二次バビロン捕囚の悲劇として成就します。
そこで「レバノンの中に住み、杉の木の中に巣ごもりする女よ」(22:23) と描かれるのは、エルサレムがレバノンの高価な杉材の家で満たされていたことを指し、豊かさの中に安穏としていた都に、「産婦のような激痛が襲うとき……どんなにうめくことだろう」と、激しい苦痛の来襲が警告されます。
その上で、「ユダの王、エホヤキムの子エコンヤ」(22:24) のことが記されます。彼は列王記ではエホヤキンと記され、即位して三ヶ月後にバビロンに連行されます。
主が彼を「わたしの右手の指輪の印」と呼ぶのは、王の指輪の印が王の権威の象徴であるように、エルサレムの王がダビデの子孫として地上における神の代理のような立場を与えられていたからです。
しかし今、主はこの王をご自身の「指から抜き取り」、「あなたのいのちを狙う者たちの手、あなたが恐れている者たちの手、バビロンの王ネブカドネツァルの手、カルデヤ人の手に渡し……ほかの地に放り出し、そこであなたがたは死ぬことになる」(22:24–26) と預言されます。ここでは敵の「手」が四つの表現で言い換えられ、ダビデ王家がこの世の権力の下に置かれることが示唆されます。
そして、「この人エコンヤは、蔑まれて砕かれる像なのか。だれにも顧みられない器なのか」(22:28) と疑問形が記されますが、これは二重の答えが可能です。
彼は後に、バビロンで王の友の立場にまで引き上げられ、その子孫は、ダビデ王家として続き、マタイによる福音書のイエスの系図として掲載されます。それは彼がすぐにバビロンの王に降伏したからです。彼こそは先の「カルデヤ人に降伏する者は生き」(21:9) と言われる者の代表です。
しかし、地上におけるダビデの子としての王の家系は、血筋としてはエコンヤが最後です。彼の後継者で最後の王ゼデキヤは、彼のおじで、バビロンの王によって立てられた傀儡政権だったからです。
それで、エレミヤは「地よ、地よ、地よ。主 (ヤハウェ) のことばを聞け」という不思議な表現とともに、主がエコンヤのことを、「子を残さず、一生栄えない男」と記録するように命じます (22:29、30)。それは、彼には確かに七人の子供がいたにせよ (Ⅰ歴代3:17、18)、「彼の子孫のうち一人も、ダビデの王座に着いて、栄え、再びユダを治める者はいないから」です。
地上的な意味でのダビデ王国は彼とともに滅びます。主は、このようにエコンヤを描くことによって、彼の子供に地上的なダビデ王国の復興を託そうとする誤った希望を打ち砕こうとしたのだと思われます。
23章1~6節にはダビデ王国の支配者たちが、主から「わたしの牧場の群れを滅ぼし散らしている牧者たち」(23:1) と描かれます。
そこで主は、歴代の王と支配者たちに対し「あなたがたはわたしの群れを散らし、これを追い散らして顧みなかった。見よ。わたしは、あなたがたの悪しき行いを罰する」(23:2) と宣告されます。
ただ同時に、その後の回復の希望を主(ヤハウェ)は、「しかしわたしは、わたしの群れの残りの者を……追い散らしたすべての地から集め、元の牧場に帰らせる。彼らは多くの子を生んで増える。わたしは彼らの上に牧者たちを立て、彼らを牧させる。彼らは二度と恐れることなく、おびえることなく、失われることもない」と約束してくださいました(23:3、4)。
つまり、イスラエルの民の約束の地への帰還と、彼らの上に新しい指導者たちが立てられることが預言されるのです。
その祝福の日の始まりが、「そのとき、わたしはダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この地に公正と義を行う。彼の時代にユダは救われ、イスラエルは安らかに住む。『主 (ヤハウェ) は私たちの義』。それが、彼の呼ばれる名である」(23:5、6) と描かれます。
これはもちろん、イエス・キリストにおいて成就する預言です。
23章7、8節で16章14、15節と同じ趣旨で「新しい出エジプト」の希望が記されます。
これは終わりの時代に、出エジプトを導いた「主 (ヤハウェ) は生きている」と言う代わりに、「『イスラエルの家の末裔を、北の地や、彼らが散らされていたすべての地から上らせた主 (ヤハウェ) は生きておられる』と言って、自分たちの土地に住むようになる」というバビロン捕囚からの完全な解放を預言したことばです。
ここでの記述が16章の文脈と異なるのは、出バビロンを主導するのはキリストご自身の働きとして描かれていることです。
歴史的にはバビロン捕囚はペルシア皇帝キュロスの勅令によって終えられた理解されますが、現実にはイスラエルの民はそれ以降も常に大国の支配下に置かれ、「死の力」による脅しの捕囚状態にありました。
それに対しイエス・キリストの働きがヘブル人への手紙2章14、15節では、「子たちがみな血と肉を持っているので、イエスもまた同じようにこれらのものをお持ちになりました。それはご自身の死によって、死の力を持つ者、すなわち悪魔を無力化するためであり、また死の恐怖によって一生奴隷となっていた人々を解放するためでした」(私訳) と描かれています。
今も昔も、権力者は「死の恐怖」を用いて人々を隷属させようとします。しかし、イエスがローマ帝国の十字架刑で殺され、三日目によみがえったとき、イエスの弟子たちは「死の恐怖」に屈しない者へと変えられました。
彼らはローマ皇帝を神として崇めることを、いのちをかけて拒絶できました。また感染症で人々が死んでいったとき、感染症にかかった人々を自分たちの住まいに招き入れていのちがけの看病をし、多くの人々を生かして行きました。
やがてローマ皇帝は、クリスチャンたちを脅すよりも、彼らと同じイエスを崇めることこそが、国をまとめる上で最上の政策になると信じるようになりました。つまり、イエスの弟子たちが非暴力でローマ帝国の剣の力、「死の力」に勝利したのです。
エレミヤ23章4節で預言されていた「牧者たち」とは、キリストの教会の支配を指しています。私たちはキリストの弟子としてこの地上の「牧者たち」とされているのです。
イエスが旧約の預言を成就した結果、神の民にとっての「約束の地」が全世界に広がったと考えられます。
しかし23章8節のバビロン捕囚からの最終的な解放、またイスラエルの民の約束の地への帰還を、第二次大戦後のイスラエルという国家の建設と結び付けて考える聖書解釈もあります。確かにユダヤ人の信教の自由を保障する国が建設されることには、歴史的に大きな意味があります。イスラエルの民がいのちがけで旧約聖書を守り続けたおかげで現在のキリスト教会がありますし、何よりもキリスト教会は「ユダヤ人の王イエス」から始まり、最初の弟子の集団はすべてユダヤ人でした。
ですから、私たちはイスラエルという国家の建設をあたたかく見守る必要がありますが、ユダヤ人による約束の地の占領を、預言の成就と断定したとたん、あの地におけるパレスチナ人との戦争を加速させることになりかねません。
神が「わたしの牧場の群れを滅ぼし散らしている牧者たち」(23:1)と呼んだ指導者とたちの比較で、イエスはご自身を「わたしは良い牧者です。良い牧者は羊たちのためにいのちを捨てます」(ヨハネ10:11) と紹介されました。
武力で人々を服従させる指導者に代わって、イエスは「羊のためにいのちを捨てる」という姿で、「良い牧者」としての姿を示してくださいました。イエスはこの世界に神の平和(シャローム)を、再臨以前に、今このときにも広げておられる救い主です。主の救いを今から体験させていただきましょう。