詩篇120篇とウクライナ

身近なところに感染が広がっていますが、いかがお過ごしでしょう。幸い、当教会での礼拝を通して感染したという事例は起きてはいませんが、いつ起きても不思議ではありませんから、引き続き注意をして行きたいと思います。連日のようにウクライナの戦争危機が報じられています。僕には40年ほど前から親しくしているウクライナから英国に移民してドイツに住んでいた友人がいます。ウクライナには今も彼の友人や従妹が住んでいます。

数日前の情報ですが、ウクライナにいる彼の友人たちによれば、ロシア軍の侵攻はあったとしても、南東部の一部地域に留まると見ているようです。

その理由は、ロシアのプーチン大統領のやり方を、彼らはよく知っているからです。プーチン氏はソ連時代の秘密警察KGBの出身者です。東西冷戦時代にドイツに滞在していたこともあり、ドイツ語を流ちょうに話します。ちなみにドイツの首相であったアンゲラ・メルケルさんは東ドイツ時代にロシアに留学していたこともあり、ロシア語を流ちょうに話せます。

メルケルさんがプーチンと会話するようになった初めの頃、プーチンは彼女が大きな犬に恐怖を感じることを知って、彼女の部屋に自分の大きな犬を送り込んで怯えさせたという話は、良く知られています。そこに見られるように、プーチン氏は常に、脅しを交渉のテクニックとして頻繁に用います。

日本での報道を見ると、とっても悲しくなることがあります。あまりにも一方的に、プーチン氏の主張が繰り返し報道されているからです。それは北大西洋条約機構というNATOの軍事同盟の拡大が、以前の約束を反故にするようにロシアの国境に迫ってきているという話です。その際に、残念ながら、2014年に起きたことはほとんど話されません。2014年初めまでは、ウクライナに親ロシア政権がありました。しかし、当時の大統領のヤヌコービッチの汚職や親ロシア政策に反発したウクライナ市民の抗議によって、彼はロシアに亡命せざるを得なくなりました。

その後、プーチンはウクライナにロシア軍を次々と送り込みます。みんなウクライナ人の自主防衛組織の姿をさせて……そして、ついには、クリミア半島を占拠してしまいます。その明らかなロシアの国際法違反に立ち向かったのが当時のメルケル首相です。彼女はロシア語も堪能ですから、プーチンの嘘と虚勢を一つ一つ明らかにするような会話を落ち着いてすることができました。

メルケルはロシアがウクライナを攻撃しているときに38回もの会話をプーチンとしていたと言われます。当時の米国のオバマ大統領は、プーチンの嘘に対する嫌悪感と不信によって、彼との直接対話を避けたと言われます。メルケルは東ドイツ時代からKGBの人との接し方を知っていたので、怒りの感情を抑えて、プーチンに対峙し続けました。そしてついにプーチンの軍事侵攻を諦めさせるミンスク合意を結びます。しかし、メルケルの引退と共に、プーチンはミンスク合意を自分流に解釈して、攻勢をしかけています。

とにかく現在のウクライナ問題を語る時に、2014年のロシアのウクライナ軍事侵攻とクリミア半島占拠のことをほとんど報じないということは、信じがたいことです。あのときは、西側諸国の報道は、プーチンがどれだけ堂々と嘘を言い放ち、不当な行動をするかを報じていました。

詩篇120篇は134篇まで続く「都のぼりの歌」の最初の歌です。その2節には、「主 (ヤハウェ) よ 私のたましいを 偽りの唇 欺き舌から 救い出してください」という訴えが記されています。著者は「平気でうそをつく人たち」に取り囲まれ、苦しんでいます。これはたとえば、どこにスパイが潜んでいるか分からない独裁国家で生きざるを得ない不安にも似ています。現在の日本でも、「正直に自分の気持ちを言うと、とんでもない非難を受けそうで、本音が言えない……」という恐れの中で生きる場合があるかもしれません。さらにその5節で著者は、「ああ 嘆かわしいこの身よ メシェクに寄留し ケダルの天幕に身を寄せるとは」と、自分が置かれた状況を嘆いています。メシェクとは現在のトルコの東北部、ケダルとはアラビア砂漠に住む遊牧民で、両者とも争いを好む民族の代名詞的な意味がありました。

そのことが「この身は 平和を憎む者とともにあって久しい」(6節) という嘆きとして表現されます。さらにそこで起こる悲惨が、「私が 平和を——と語りかければ 彼らは戦いを求めるのだ」(7節) と描かれます。「平和」とはヘブル語のシャロームの訳で、それは戦いがないこと以上に、すべてが整って欠けがない神の国の完成の状態を指します。私たちも「地上では旅人であり、寄留者であることを告白し」(ヘブル11:13) ながら生きざるを得ません。しかし同時に、私たちは、「聖徒の交わり」の中にも招き入れられています。都のぼりの歌は、巡礼の歌です。この地上では、権力者たちが平気で嘘をつくということがあります。特に、独裁政権のもとでは、嘘が驚くほど正当化され、それに抗議の声を上げることも許されなくなります。嘘が国を支配するということがあるのです。

聖書は、そのような嘘が蔓延する独裁政権のもとで、いかに誠実さと信仰者の共同体を守るかという緊張感の中で記されています。詩篇133篇の兄弟愛の描写に結び付きます。

日本の報道を見ていると、ウクライナは小国に見えますが、ヨーロッパ諸国の中では、ロシアに続く広大な領土を持つ国です。

ただ、ソ連支配のもとでは悲惨な出来事の連続でした。1933年にはスターリンのもとで、ウクライナ東部の住民600万人が、餓死に追いやられました。それはウクライナの農民たちが集団農場の政策に反対したからです。ただ、ウクライナ東部には肥沃な土地と共に多くの資源がありました。スターリンはロシア人をどんどんウクライナに移住させてその工業化を図ります。

チェルノブイリ原発事故は、ウクライナで起きたものですが、それを管理していたのはソ連の技術者です。

また、クリミア半島はもともとクリミアタタール人が住んでいましたが、スターリンは、彼らがナチスドイツと手を結んでいるという言いがかりをつけて、その地から強制移住させるばかりか、虐殺しました。これはクリミアタタール人の民族虐殺(ジェノサイド)として有名な話です。

そして天候が良く戦略的に重要なクリミア半島に多くのロシア人が移住します。特に共産党幹部の引退後の地として愛好されました。

要するに、ウクライナ東部や南部にロシア人が多いのは、ロシアがウクライナ住民を虐殺したり、強制移住させた結果なのです。それを昔からのウクライナ人は心の底から知っています。

ただ、ウクライナに移住し続けたロシア人は、ウクライナがロシアと仲良くすることを当然望みますから、そこに国内の緊張があります。

その緊張関係を刺激して、ウクライナを不安定なままに置いて、ロシアの影響力を保持したいというのが、誰の前にも明らかなプーチンの戦略です。

現在のウクライナ政府がNATOへの加盟を切望するのは、ロシアに散々に虐待され、苦しめられてきた歴史があるからです。また、多くの東欧諸国がNATOにどんどん加盟してきたのは、彼らがソ連時代に抑圧されてきたからです。NATOの拡大は、ロシアの独裁者たちが自分で蒔いた種を刈り取っているに過ぎません。東欧諸国の人々は、ロシアの独裁者の横暴から身も守ることに必死なのです。ロシア政権が、ソ連の秘密警察KGBの出身者プーチンによって独裁されている限り、この流れは止められません。

アッシリア帝国やバビロン帝国が行った強制移住、それをソ連も行っていました。そこで嘘ばかりが蔓延するような世界で、信仰者が助け合ってどのように生きるか、そのような文脈で、この都のぼりの詩篇が記されています。

有名なミュージカル「屋根の上のヴァイオリン弾き」の物語も、ウクライナに住むユダヤ人たちの強制移住の物語でした。

ウクライナの物語と聖書の民の物語は連動しています。

そのことを覚えながら、ウクライナの平和のために祈って行きたいと思います。