「世の終わり」と思える中での希望

立川チャペル便り「ぶどうぱん」2020年イースター号より

世界的な新型コロナウィルスの蔓延で、株式市場が世の終わりを示すような下がり方を示し、「今後、どうなってしまうのか……」という不安が広がっています。

世界中で愛されているJ.S.バッハの「目覚めよ!と呼ぶ声」または「起きよ、夜は明けぬ」という曲があります。これはもともとフィリップ・ニコライというドイツの牧師が作詞作曲をしたもので (讃美歌174)、その讃美歌をこよなく愛していたのが音楽の父と呼ばれるJ.S.バッハで、これをもとに、カンタータ140番、オルガン・コラールBWV645を作曲し、今や様々な場でのバックグラウンドミュージックの代表作になりました(ユーチューブでいろんなバージョンがすぐに出てきます)。

原作者のフィリップ・ニコライは1596年に北ドイツのウンナという村に赴任しますが、その直後、そこでペストが大流行し、村の人口の三分の一の1,400人が次々と命を落とします。彼は連日十回もの葬儀を行うという絶望感の中で、イエス・キリストに必死に祈ります。そこでマタイ25章1-13節の「花婿を迎えに出る十人のおとめ」のたとえに思いを向けます。そこで、「夜中になって、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と叫ぶ声」を耳にします。そこで彼は、「世界が真夜中であるとは、信仰者にとっての目覚めのときなのだ」という真理が示され、この曲が記されました。

「世の終わり」とは、私たちにとっての希望が実現する時です。私たちは時間をあまりにも、ひとときひとときの連続のように考えますが、過去という時間は私たちの記憶の中にしかなく、未来はまったくどうなるか分からない時間です。ですから、昔から多くの信仰者が、私たちに存在する時間は、「今」と「永遠」だけであり、未来よりも「永遠のとき」に心の目を向けて歩むべきであると勧めています。そのことを使徒パウロは、「私はただ一つのことをしています。すなわち後ろのものを忘れ、かえって前のものに向かって身を伸ばし、キリスト・イエスにあって神が上に召してくださる賞を得るために、目標を一心に目指しているのです」(ピリピ3:13、14私訳) と告白しています。

そして、霊的な現実としては、明日のことが分からなくなるほど、永遠の希望が目の前に迫ってくるという逆説があります。この曲の二番の歌詞は以下のように訳すことができます。曲を聞くことができる方は聞きながら、味わっていただければ幸いです。復活のキリストの福音は、世の中が暗ければ暗いほど光を放ってきました。今こそ、キリストにある望みに目を向けましょう。

シオン(神の民)は花婿到来を告げる夜警の歌声を聞く。

その心はその知らせを聞き、喜びに満たされて踊る。

おとめたちは目覚め、花婿を迎えようと急ぎ支度する。

待ち焦がれた友は、今、天から晴れやかに降りてくる。

あふれるばかりの恵みと、力強い真理に満ちた姿で。

シオン(神の民)の光は輝き、シオンの明星は今、昇る。

さあ来てください。栄光のかんむりをかぶった王よ。

主イエス。神の御子よ。ホシアナ(万歳!栄光あれ!)

われらはみな喜びの祝宴の広間へとついて行こう!

そして、そこで主の晩餐にあずからせていただこう!

それにしても私たちの信仰はこのような状況の中で揺らいでしまい、祈る気力すらなくなることがあるかもしれません。しかし、当教会でも何度も歌っているマルティン・ルター作詞作曲「神はわれらが堅き砦」は、そのような抑うつ状態への慰めとして記されたものです。

ルターは1927年1月から激しいうつ病にかかり、自分が語ってきたことが何の役にも立たないばかりか、「お前の教えが、人々を永遠の のろい へと導くとしたら どうするのか」というサタンのささやきを受け、友人に聖書のことばを教えてもらう必要があったほどになりました。

それに追い打ちをかけるように、ペストがウィッテンベルグに蔓延します。そして、生まれて一年もたたないエリザベスちゃんが死んでしまいます。さらに誤った教えが広がり、ルターはサタンの攻撃を驚くほど身近に感じ、怯えていました。そのような中で、彼は詩篇46篇のみことばに慰められ、この曲を記します。なお、このときルターはペストの蔓延の中で、友人の勧めを振り切って、感染症の現場に留まり、人々を励まし続けたと言われます。まるで現在のイタリアの司祭たちのように……そのとき、彼自身が、自分が作ったこの歌に励まされていたのかもしれません。

一般的に歌われている日本語の訳は美しい言葉にしようとするあまり、原文の切迫感が伝わってきません。当教会では以下のような歌詞で歌っています。ある人が、「サタンの勝利を歌っているみたい……」と言いましたが、実は、そのように見えるのが原文の歌詞なのです。まさに今、コロナで、世界中が負けに負けているように見える、そのような中でこそ味わうべき歌詞です。

  1. 神はわがとりで わが強きたて
    苦しめるときの 近き助けぞ
    古き悪魔 知恵を尽くし 攻め来たれば
    地のたれもが かなうこと得じ
  2. いかで頼むべき わが弱き力
    われらに代わりて 戦う方あり
    そはたれぞや 万軍の主なるイエス・キリスト
    勝利われらに 与うる神なり
  3. 悪魔世に満ちて よしおどすとも
    などて恐るべき 神ともにいます
    この世の君 ほえたけりて 迫り来とも
    主のみことば これに打ち勝つ
  4. たとい主のことば むなしく見ゆとも
    神は御霊もて みむね成し遂げん
    わが命も わがつま、子も とらばとりね
    神の国は なおわれらにあり