マルコ11章1〜11節「主 (ヤハウェ) がシオンに帰られる」

2012年6月24日

今から百年余り前にフランスの画家ポール・ゴーギャンは、『われわれはどこから来たのか、われわれは何者か、 われわれはどこへ行くのか』という長いタイトルの大きな絵を描きます。

私たちの人生には様々な予測不能なことが起きますが、これを理解しているとき、目の前の様々な問題を、もっと余裕をもって見ることができるようになるのではないでしょうか。その意味で、聖書の始まりと終わりという大枠をとらえることは、何よりも大切なことです。

人間の歴史はエデンの園から始まります。それは、神の祝福に満ちた神殿でもありました。人はそこに、「神のかたち(image of God)」として創造され、その園を管理する者として置かれました。この世の神殿には神々のイメージが飾られますが、エデンにおいて神のイメージを現すのは、何と、人間自身だったのです。

そしてエデンの園における礼拝の中心は、「善悪の知識の木」だったかもしれません。それは、神こそが善悪の基準であることを示すシンボルでした。人は、そこで神のあわれみに満ちたことばと、超えてはならない限界を示すみことばを聞きました。

しかし、人は、その限界を超え、自分自身を善悪の基準とし、自分を神としてしまい、エデンの園から追い出されました。つまり、人類の歴史の悲惨は、最初の人間が、神の宮から追い出されたことから始まったのです。

その後、神はご自身の側からアブラハムを選び、神の民を創造し、彼らの真ん中に住むと約束されました。神はアブラハムの子孫をエジプトで増え広がらせた後、そこから約束の地へと導かれました。

その際、神はご自身が彼らの真ん中に住むしるしとして、「幕屋」を建てさせました。神は、人間と同じレベルにまで降りて来られ、地上の幕屋から人間に語りかけてくださいました。それはカナンの地をエデンの園のような祝福の世界にするためでした。

ところが、イスラエルの民は何度も神に逆らいました。それでも神は彼らをあわれみ、神の前に謙遜なダビデを王として立て、目に見える神の国を築き、その中心に、ダビデの子のソロモンを通して壮麗な神殿を立てさせました。宮が完成した時の様子が、「雲が主(ヤハウェ)の宮に満ち・・・祭司たちは・・そこに立って仕えることができなかった。主(ヤハウェ)の栄光が主(ヤハウェ)の宮に満ちたからである」と描かれていました(Ⅰ列王8:10,11)。それは神が彼らの真ん中に住んでくださったというしるしでした。

ところがイスラエルの民はその後も、神に逆らい続けました。それで、神はついに、ご自身の神殿から立ち去ってしまわれました。そして、神殿はただの石の家になりました。その結果、エルサレムの町も神殿もバビロン軍によって廃墟とされました。その後、神の臨在のしるしであった「契約の箱」の行方すら分からなくなりました。

その後、ペルシャの王クロスの勅令によって、エルサレム神殿は再建されますが、この第二神殿はその後、一度も、神の栄光に包まれるということはありませんでした。

そのため、当時のユダヤ人たちは、ソロモンの神殿のときのように、この宮に神の栄光が戻ってくることを待ち望んでいました。そのような中で、イエスは「ダビデの子」としてそこに入って来られました。それは神の栄光が神殿に戻ってきたしるしでした。

そして今、私たちの救いが完成するのは、「新しいエルサレムが・・天から下って来る」ときですが、そこで実現する情景が、「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また神ご自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものがもはや過ぎ去ったからである」(黙示21:3,4)と描かれます。

私たちは最初の神殿である「エデンの園」と、来るべき神殿である「新しいエルサレム」の間に、「神のかたち」として置かれ、様々な悲しみや苦しみの中にありながら、神の宮としての信仰共同体を今、形成しているのです。

1.『主がお入用なのです。すぐにまたここに送り返されます』と言いなさい

10章ではイエスがエリコを通られたとき、道端に座っていた盲人バルテマイが、「ダビデの子のイエスさま。私をあわれんでください」と叫び続けた様子が描かれていました。

彼がイエスをダビデの子」と呼んだのは不思議なことです。イエスは彼の目を見えるようにした上で、「あなたの信仰があなたを救ったのです」と言って、彼の信仰を称賛しました。それから、バルテマイは道の真ん中を歩いて、イエスに従ってエルサレム上って行きました。

ちなみにエリコはヨルダン渓谷の低地にあり、世界で最も低地の町と言われます。そこは約海抜マイナス240mですが、そこから標高800mのエルサレムまで、標高差一千メートルを一気に上がることになります。巡礼に来る人は、オリーブ山から見下ろすエルサレム神殿の輝きに深い感動を覚えます。

イエスの時代、ヘロデが大拡張工事をした神殿が、世界の奇跡として立っていました。しかし、当時の人々はみな知っていました。そこには神殿の心臓である「契約の箱」が存在せず、その宮は一度も神の栄光の雲に包まれたことがないことを・・・。

そして、今、イエスと弟子たちがエルサレムを訪ねている季節は、春の過ぎ越しの時でした。これはイスラエルの民がエジプトでの奴隷状態から解放され、約束の地に向かっての一歩を踏み出したことを記念する祭りでした。ユダヤ人たちはこの祭りの時には、全世界からエルサレムに上り、祭りを祝いつつ、神の救い、神の国の実現を待ち望んでいました。

それは、神が自分たちの真ん中に住んでくださるときでした。イエスの弟子たちも、エリコからエルサレムに向かって、登山のような歩みをしながら、神の国の実現への期待に胸を躍らせていたことでしょう。

11章初めでは「さて、彼らがエルサレムの近くに来て、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づいたとき」と記されますが、オリーブ山はエルサレムのすぐ東にある標高817mの山で、このふたつの村はその南から東麓にあった村です。

ここからエルサレムは目と鼻の先ですが、ここにきてイエスは不思議な行動を取ります。

そこで、「イエスはふたりの弟子を使いに出して」、「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない、ろばの子が、つないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい」と言われました。まるでイエスには透視能力があるかのようですが、これはご自分のエルサレム入城を、預言の成就として、劇的に演出するためだったと思われます。

ゼカリヤ9章では、「シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに」(9節)と記されているからです。軍馬ではなく、戦いを止めさせることの象徴として、ろばの子に乗って、人々の歓呼の中を入城するというのがその預言の中心的な意味です。

そればかりか、イエスは、「もし、『なぜそんなことをするのか』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます』と言いなさい」と弟子たちが直面する質問とそれに対する返答の仕方まで指示されました。

そして、その後のことが、「そこで、出かけて見ると、表通りにある家の戸口に、ろばの子が一匹つないであったので、それをほどいた」と描かれます(11:4)。これはまさに、すべてのことがイエスの言われた通りに進んでゆくことを示したものです。

ただ、これはイエスの神としての超能力という以前に、彼が預言者のことばを心から深く味わい、それを実現することにご自分の使命を確信し、それに従って父なる神に祈られ、その答えをいただくことができたことの結果と言えましょう。ここに、父なる神と御子イエスとの共同演出の成果が見られます。

そして、その後のことが「すると、そこに立っていた何人かが」、「ろばの子をほどいたりして、どうするのですか」と言い、「弟子たちが、イエスの言われたとおりを話すと、彼らは許してくれた」と描かれています(11:5,6)。弟子たちは、そこで「主がお入用なのです・・」と言ったのですが、これは村人たちもイエスのことを既に知っており、その権威に服したという意味です。

この描写は驚くほど簡潔ですが、それによって、イエスの「王としての権威」が強調されます。イスラエルの栄光の王ダビデが自分の部下を用いてこれを行ったとしたら、誰も驚きはしません。「ダビデ王がお入用なのです」と言われて断ることができる国民などはいないからです。

今、イエスは、待ちに待ったダビデの子としてエレサレムに入城するのです。これぐらいのことが起こるのは当然のことと言えましょう。

イエスは、今も私たちが大切にしているものを用いてくださるために、全世界の王としてその弟子を遣わし、「主がお入り用なのです」と言わせることがあります。「ろばの子」を差し出した村人がそれを躊躇なく承諾したのは、「すぐにまたここに送り返されます」ということばに信頼したからではないでしょうか。

私たちの教会も今、一時的に、「ろばの子」の代わりに、教会債として信者の方々の大切なお金を、お貸しいただくことを願っています。しかし、それは「送り返される」ものです。一時的に、主のご入用のために用いられることは非常に名誉なことです。

2.「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に」

その後のことが、「そこで、ろばの子をイエスのところへ引いて行って、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた」と描かれます(11:7)。イエスはまさにご自分がゼカリヤの預言を成就するという自覚を持って、王として行動しておられます。

イエスはこの四日後、「祭司長、律法学者、長老たちから指し向けられた」人々に捕えられ(14:43-46)、ユダヤ人の最高議会で死刑に定められ、ローマ帝国の総督に引き渡され、その翌日の金曜日には十字架にかけられて殺されます。人間的には、そこではイエスの無力な姿が描かれているように思えますが、イエスはそのすべての始まりのエルサレム入城をご自分で正確に把握し、演出しておられたのです。

そして、イエスがろばの子に載ってエルサレムに入城されると、「多くの人が、自分たちの上着を道に敷き、またほかの人々は、木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷いた」(11:8)と描かれます。

当時の人々は上着を何枚も持ってはいません。それをイエスがろばに乗って進む道の前に惜しげもなく敷いたというのです。これは、まさに、人々がイエスを待望の王、「ダビデの子」として認めたというしるしです。

Ⅱ列王記9章13節では、アハブの家を滅ぼすために神がエフーを王として立てたということを認めた者たちは、「大急ぎで、みな自分の上着を脱ぎ、入り口の階段の足もとに敷き、角笛を吹き鳴らして、『エフーは王である』と言った」と記されています。新しい王を迎えるとき、家来たちは我先にと自分の上着を敷物として差し出して臣従を誓うのが慣わしでした。

また、「ほかの人々は、木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷いた」とは、神殿の解放者を迎える姿勢です。

この約200年前に、シリヤ全域を支配したギリシャ人の王アンテイオコス・エピファネスがエルサレム神殿にゼウスの像を置き、祭壇に豚のいけにえをささげさせて神殿を汚したとき、ユダ・マカベオスに導かれたユダヤ人が、ゲリラ戦によって奇跡的な勝利を収め、神殿をきよめました。

そのとき人々は、「テュルソスと青葉の小枝と、しゅろの葉をかざして、ご自分の場所の清めを成功させた方に賛歌をささげた」(Ⅱマカバイ10:7)とありますが、当時の人々はイエスがユダ・マカベオスのような軍事指導者であることを期待して、このように迎えたのです。

そしてそこでは、「前を行く者も、あとに従う者も」、「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られる方に」と叫びました(11:9)。それは詩篇118篇25、26節に基づいています。

そこでは、「ああ、主(ヤハウェ)よ。どうぞ救ってください。ああ、主(ヤハウェ)よ。どうぞ栄えさせてください。主(ヤハウェ)の御名によって来る人に祝福があるように」と記されます。

ここで「どうぞ救ってください」ということばはヘブル語で「ホシアナ」と記され、それがアラム語化して「ホサナ」という叫びになったのだと思われます。ただ、イエスの時代にはこのことばは、神の栄光をたたえる賛美の感嘆詞のようにも用いられていたようです。

不思議なのは、これをイエスに向かって叫びながら、イエスを「主の御名によって来られる方」としてたたえていることです。これは、イエスを期待された救い主として認めたという意味です。

ルカではこれと並行して、「するとパリサイ人のうちのある者たちが、群衆の中から、イエスに向かって、『先生。お弟子たちをしかってください』」(19:39)と言ったと記しています。パリサイ人たちの目には、人々が神の代わりに人間をあがめていると思われたからです。

世の人々は、イエスを最高の道徳教師であるかのように見ていますが、もしそれが事実なら、パリサイ人の言うとおり、イエスはこのような賛美を止めさせるべきでした。

ところがイエスはここで、「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます」(19:40)と答えました。イエスはご自分こそが、「主の御名によって来られる王」であると主張されたのです。

イエスは、決して、謙遜な道徳教師の枠に納まる方ではありません。イエスはここで、ご自身の身をもって、聖書の預言を成就しようとされたのです。

3.「祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に」

そればかりか、彼らは「祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に。ホサナ。いと高き所に」と叫んだと、マルコは記録しています。これは、イエスによって新しいダビデ王国が実現したという途方もない宣言です。

それは、ユダ・マカベオスが神殿をきよめ、その後、約百年間続くユダヤ人の独立国家を建てたことを思い起こさせる表現です。

当時の人々はイエスをそのようなにローマ帝国の支配からの解放者として受け止めたことでしょう。

預言書を概観するなら、これがどれだけ画期的な意味を持つかが分かります。イエスの時代の人々は、ヘロデが大拡張工事をした壮麗な神殿が、ソロモンの時のように、神の栄光の雲に包まれることを確かに期待していた面がありました。

ヘロデは自分をイスラエルの救い主として見せるために、神殿に莫大なお金をつぎ込みました。しかし、人々はヘロデの支配に心から失望し、真の神の国」の実現を待ち望んでいました。

そして今、イエスがエルサレムに預言された王として入城するとは、この「神の栄光」がエルサレムに戻ってくることを意味しました

主はかつて御使いを通して預言者エゼキエルに終わりの日にエルサレム神殿に起こる幻を、「イスラエルの神の栄光が東のほうから現れた。その音は大水のとどろきのようであって、地はその栄光で輝いた・・主(ヤハウェ)の栄光が東向きの門を通って宮に入ってきた」と描いています(43:2-4)。

これこそ旧約の預言者たちが待ち焦がれていた喜びの時でした。多くの人々は見過ごしていますが、これこそ「神の国」の幕開けのしるしだったのです。

ところがこの福音書では、イエスが神殿に入られたことがエゼキエルの預言を成就することであることを隠すように、あまりにもあっけなく、「こうして、イエスはエルサレムに着き、宮に入られた。そして、すべてを見て回った後、時間ももうおそかったので、十二弟子といっしょにベタニヤに出て行かれた」(11:11)と描かれます。

当時の人々にとっても、これはあまりにも物足りないことだったのではないでしょうか。しかし、イエスが神殿の中の「すべてを見て回った」ときに、何を思われたことでしょう。それは、翌日に宮の中で売り買いしている人を追い出すという宮清めのわざにつながります。

イエスは、神殿が見かけだけのものになっていることに心を痛められたと思われます。

モーセが神の幕屋を建てたときも、ソロモンが神殿を建てたときも、栄光の雲がその宮を覆い、祭司たちばかりかモーセでさえも近づくことができなくなりました。

イエスがご自身の父の家に入られたときの様子は、それに比べ、あまりにもあっけないものです。しかし、それこそ、預言者たちが憧れていた画期的な時代の始まりでした。

使徒パウロは、イエスによる救いを宣べ伝えることの祝福を、「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう」(ローマ10:15)と記しますが、それはイザヤ52章7節のみことばの引用でした。

そこでは、「その足は、平和を聴かせ、幸いな福音を伝え、『あなたの神が王となる』とシオンに告げる救いを聴かせる」(私訳)と解説されています。

そして、そのとき人々が共に喜ぶ理由が、「主(ヤハウェ)がシオンに帰られるのをまのあたりに見るからだ」と説明されます。ただ、その上で、主がシオンに帰られるときの様子が、イザヤ52章13節から53章12節の「主のしもべの歌」として記されます。

つまり、イザヤの預言においては、「あなたの神が王となる」、また「主がシオンに帰られる」という世界の歴史を変える画期的な出来事が、「彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、苦しみの人で病を知っていた」(53:3)という、あまりにも意表をつく「主のしもべの姿」によって現されると預言されていたのです。

イエスのエルサレム入城は、「主(ヤハウェ)がシオンに帰られる」という預言の成就でした。しかし、それは人々の意標をつく姿によってでした。人々はイエスを、独立王国を立てるダビデの子として、神殿の解放者ユダ・マカベオスの再来として迎えました。

しかし、イエスはご自分を、ゼカリヤが預言した柔和な王として示しましたが、彼らの期待するような行動は何もしませんでした。

イエスはエルサレムにも神殿にも、何の変化ももたらしてはいないように見えました。しかし、主はこのとき、彼らの期待とは異なる「神の国」を示しておられたのではないでしょうか。

預言者イザヤは、主のことばが歴史を完成に導く姿を、「雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ・・・パンを与える。そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送ったことを成功させる」(55:10,11)と記します。

そして、私たちの救いが完成に導かれる様子が、「まことにあなたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く」(55:12)と描かれます。

私たちは今、サタンの支配から解放されて「新しいエルサレム」に向かって旅をしています。そのときの希望が、「山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える」(55:12,13)と描かれます。

「いばら」は人を傷つける役に立たない木の代名詞ですが、「もみの木」とは「糸杉」とも訳され、神殿建設にも用いられた高価な木材です。「おどろ」もとげのある雑草ですが、「ミルトス」とはその果実には鎮痛作用があり、祝いの木とも言われます。

これは、「のろい」の時代が過ぎ去り、「祝福」の時代が来ることを象徴的に描いた表現です。そしてそのような自然界の変化こそ、「主(ヤハウェ)の記念となり、絶えることのない永遠のしるし」となります。

これこそ、「新しい天と新しい地」の象徴的な表現です。残念ながら、多くの人は、これらのみことばの深みを十分に味わうことができていないように思います。

私たちの「救い」は全被造物の救いにつながり、アダムの罪によってのろわれた地が、神の祝福に満たされた世界へと変えられるのです。

私たちの希望は、私と身近な人が天国に入れられるという個人的な救いばかりではなく、全世界が神の平和に満たされるという希望です(ローマ8:19,21)。

神はこの世界をご自身の神殿として、ご自身の栄光を現す場として創造されました。そして人間こそ、そこにおけるかけがえのない「神のかたち(イメージ)です。

目に見える建物以前に、私たちの交わり自体が今、神の神殿とされています。そして、この神殿は、栄光に満ちた完成へと向かっています。

イエスこそ真の神のイメージであり、私たちの王です。イエスはご自分が「ダビデの子」、「救い主」であることを、エルサレム入城の際に明確に示されました。ただ、それはこの世の戦いの指導者ではなく、イザヤが預言した「主(ヤハウェ)のしもべ」としての姿でした。

この世界には、被造物の「うめき」が満ちています。世界は変えられる必要があります。そのためには権力を握ることが大切かもしれません。

しかし、偉大な理想を掲げたはずの人が、かえってこの世に争いと混乱を広げてきたというのが人類の歴史ではないでしょうか。力は力の反動を生みます。

「神の国」は、神の御子がしもべの姿となることによって始まったことを忘れてはなりません。あなたの隣人にどう接するかが何よりも問われているのです。