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来聖日の予定(7月21日)

メッセージ
エレミヤ17章19節~20章18節
「陶器師の御手の中で」
高橋師

  

暗唱したい今日の聖句

 
サイト更新&イベント情報 2024.6.10更新

  • 6月29日 船越ウクライナ宣教師報告会
  • (with コロナ)正常化に向けて 2023年3月初めより: をお読みください。
  • 立川福音自由教会YouTubeチャンネルで教会員のオリジナル賛美、過去の音楽礼拝などを でご覧になれます。
  • 2019年2月16日に行われた「ジャクリーン・ロシェック&細木朝子〜CLASSICAL PRAISE CONCERT 2019」のコンサート動画は

最新の投稿

創世記22章1〜14節「主の山に備えあり」(山形宣洋KGK主事)

2024年7月14日

一人の娘への思いが世界を変える 映画ディアファミリー原作〜マルコ5章25–34節

 数週間前に映画「ディア・ファミリー」を見てきました。とっても感動しました。  それは、余命10年を宣告された心臓疾患を持つ娘を助けるために、人工心臓の開発という途方もないプロジェクトを立ち上げ、それ...

ローマ人への手紙7章1〜12節「聖なる律法から解放される?」 

2024年7月6日 ローマ人への手紙を表面的に読むと、「律法」が否定的に理解されることがあります。しかし「律法は聖なるもの」また、私たちを真の意味で「生かす」、愛の教えです。 (さらに…...

ただ神に向かって、私のたましいよ 沈黙せよ〜詩篇62篇5節

 5月末に母が97歳で天に召されてから、ほとんど休む間もなく目の前の課題に向き合ってきましたが、ようやく一息つくことができました。 今改めて、自分の生涯も振り返りながら、やり残したことの多さ、これから...

エレミヤ14:1〜17:18「主を捨てる者へののろいと、主に信頼する者への祝福」

2024年6月30日 人の生涯はハプニングに満ちていますが、それこそ、ハッピー(幸せ)の原点です。ハッピー、ハプニングは、古英語 “hap”(ハップ)に由来し、「偶然」を意味します。ただそれはすべて神...

ローマ人への手紙6章12〜23節「罪から解放されて、義の奴隷とされた」 

2024年6月23日 私たちは自分をクリスチャンと呼びます。それは自分を「キリスト・イエスのうちにある者」と自認しているという意味です。あなたは日本人である前に、キリストの王国の中に生かされているので...

6月29日来週土曜日 ウクライナ宣教師 船越先生ご夫妻宣教報告会

 ロシアと北朝鮮の密着ぶりが気になりますが、本当に、どのようにしたらウクライナに対するロシアの攻撃が収まるのかと、心配がつきません。 (さらに…)

エレミヤ10~13章「あなたがたの神、主(ヤハウェ)に、栄光を帰せよ」

2024年6月16日 私たちは神を楽しみ喜ぶことができます。しかし、神を自分の目的達成の手段にすることは許されません。そこに偶像礼拝が始まるからです。私たちはこの世の発想の延長で、無意識にせよ、神を「...

立川福音自由教会のご紹介

福音自由教会は、正統的なプロテスタントのキリスト教会です。

「福音」とは、聖書を誤りなき神のことばと信じるという意味です。
「自由」とは、政治権力や組織的な強制からの自由を意味します。
私たちの教会は、1989年から東京武蔵野福音自由教会の一会堂として礼拝を始め、1997年に独立しました。
組織的には新しくても、教えにおいては、キリスト教会二千年来の伝統を大切にしており、安心していただけます。

エホバの証人、モルモン教会、統一協会、その他、カルト的な宗教でお困りの方はご相談ください。

 


❖「舟の右側」(地引網出版)のシリーズ〈〉で紹介されました ❖


牧師からのメッセージ

愛されている喜び

あなたをそのままで愛してくださる方を知っていますか?
私の心の中にはいつも、「失敗者として見捨てられる」ことへの「不安」がありました。
それは努力によって消えるどころか、かえって「もっと成功を……」という渇きが生まれるばかりでした。
しかし、イエス・キリストをより深く知るようにつれ、自分の「心の破れ」を素直に認めることができるようになりました。
問題を抱えたままの自分が、私自身の創造主である神様から、「わたしの目には、あなたは高価で尊い」と見られていたのです。
そして、自分の「心のよろい」を一枚一枚脱ぐたびに、新たな世界が広がり、自由を味わうことができました。
私たちは、みな、様々な心の傷を受けて育ってきました。そこから様々な生き難さが生まれます。
しかし、傷ついたからこそ、人の心の痛みが分かるのではないでしょうか。「心の葛藤」から「卒業する」のではなく、それを、「神を知り、人を知る」ための「心の泉」とさせていただくことができるのです。
誰の心の奥底にも、「愛への渇き」があります。それは、何かをつかみ取ることによって癒されるようなものではありません。あなた自身の創造主を知り、その方の愛に応答する生き方へと方向転換するとき、そのままのあなたが輝くようになるのではないでしょうか。