——創世記とローマ人への手紙の解釈を中心に、創造、堕落、救済の個人主義的理解の問題点を指摘し、神と人、人と人との関係からの新しい理解の方向を提案する。——
1989年1月
高橋秀典
今から35年ほど前の神学校時代(聖書宣教会、聖書神学舎)にいろいろ考えていたことを卒業論文としてまとめました。聖書の全体的な読み方を問い直すという大胆な発想です。それぞれの細かい部分では稚拙といわれても仕方がない面があります。何しろ神学を学び始めて三年間でまとめたものですので……
ただ、その後の神学的な展開を見るとき、僕が当時思っていた素朴な疑問は、多くの神学者や聖書の研究者がその後、続々と文書化してくれていることが分かってきました。
また最近は、「恥」の研究に関してもいろいろ進んできているようで、僕が牧師になったころに生まれた世代の方が、まったく違った方面から米国の神学校での博士課程で「恥」に関する研究も進めてくださっています。
そのような若い世代の方々との facebook を通しての交わりの中で、論文を見てみたいとの強い願いをいただきましたので、当教会のHP担当の方にご無理をお願いして、このようにご覧いただけるようにしました。
この時代の論文は、原稿用紙に手書きのものであった……ということ自体が、何とも驚きをいただいております。読みにくい字で恐縮ですが、目を通していただければ幸いです。
論文をご指導してくださった指導教官は舟喜順一先生と上沼昌雄先生でした。
※ 第十一章が存在しません。どういうわけか、後でまとめるとき、章の番号を付け間違えました。これは単なる打ち間違えです。
序論
研究の性格
A. 研究の動機と目的
B. 研究の前提、方法と限界
研究のための予備的考察
A. 日本語における「はぢ」の意味
B. 文脈化のアプローチと区別
C. ラテン系文化の文脈とストア哲学
本論
第Ⅰ部 創世記1章〜3章の主要テーマ
神のかたち論議の問題点と創世記1章の主要テーマ
A. 神のかたちと似姿の用法
B. ラテン系神学での様々な解釈
C. 神のかたち論議の問題点
D. 実存的解釈の試み
E. 創世記1章の主要テーマと神のかたち
堕落の記事の解釈上の問題点
A. 創世記1章と2、3章の関係
B. 罪の起源を問う枠組みの問題点
C. 創世記2、3章の構成と死の起源
D. 善悪の知識の木の意味
堕落の記事における恥の意味
A. 堕落前の男と女の調和
B. 裸を恥じることの様な解釈
C. 旧約聖書におけるבּושׁの用法
D. 2章25節の解釈——分裂のない状態——
E. 堕落の後の恥と恐れ
F. 裸を恥じること
神を辱めることと人間の堕落
A. 堕落の原因を問うことの問題点
B. 神についての議論をした女と蛇
C. 神のようになること
D. 神を辱める罪の重大性
第Ⅱ部 ローマ人への手紙1章、2章の主要テーマ
一般啓示論の問題点
A. 人間の内なる道徳法則と堕落の姿
B. ブルンナーと文脈化の神学
C. バルトによる自然神学批判の意義
D. 創造の客観性による主観主義の克服
1章19、20節の神に関する知識
A. 裁きの弁証か、裁きの宣教か
B. 神の怒りの啓示を中心とした解釈
C. 神を知らないことこそが罪
2章14、15節の良心について
A. 裁きの前提の能力が裁きの痛みか
B. ラテン系神学内での良心の理解
C. 心に書かれた律法の行いの意味
D. ラテン系良心理解とσυνείδησις
E. 神の裁きを意識する良心と恥
ローマ1、2章における恥の概念
A. 私は福音を恥とは思いません
B. 信仰義認中心の理解の問題点
C. 神の怒りの啓示を意識する恥
D. 神を辱めたユダヤ人の罪
第Ⅲ部 恥を中心とした救いの理解
彼に信頼する者は恥を見ない
アダムとキリストにおける存在
A. 創世記とローマ書の共通主題
B. キリストにおける恥と人の救い
C. 義の奴隷と罪の奴隷を区別する恥
D. 福音を恥じない共同体としての教会
結論