多様な信仰——「職場と信仰」の収録ビデオ〜詩篇40:8

今日、とっても嬉しいことがありました。拙著「心が傷つきやすい人への福音」を、池袋のジュンク堂で買われた未信者の方が当教会を訪ねてきてくださいました。それはメールでアポをとって来てくださった方なのですが、この本に共感を覚えてくださったおかげで、拙著「職場と信仰」もさらに買ってお読みくださっていました。彼が言うには、「どの宗教も建前的なあるべき姿を説教しようとするけれども、先生の本には、赤裸々な悩みが正直に描かれていて共感を覚えた」とのことでした。

最近、あの有名な角川書店から、ノンフィクション大賞などを受賞している最相葉月さんが書かれた「」(日本のキリスト者)という本が出版されました。日本に住む135人の生の証しが記されています。私たちはふだん、ロシア正教の流れの方や、救世軍、在日フィリピン人、LGBTの信者の証しとか聞く機会があまりありませんが、カトリックから私たち福音派のキリスト者まで、ありとあらゆる方の正直な証しが記されています。1095頁・3498円ですが、教会図書に入れましたので、少しだけでも手に取ってご覧ください。

たとえば、福島でスナックを経営しているフィリピン出身のカトリック信者が、東日本大震災をくぐり抜けながら、地元の教会の再建のために声を上げ続けてきました。彼女は次のように書いています。「小さいときから今まで、いつも神様、神様って教会で祈っていたから、教会がないとやっぱりさみしいよ……日本人も、フィリピン人もそうだけど、『神様なんかいない』っていう人いるよ。もう頭にくるの。あなた、神様信じないから感じないだけよ。お祈りしていないから感じないだけ。神様はあります。やっぱり信じますよ」(PP 816、817)

私たち多くのクリスチャンは、信仰を何かの正しい生き方を貫くことと考えがちで、自分の仕事は神のみこころにかなっているか……などと自問します。しかし、ヨシュアがイスラエルの民に語った神のみこころの核心とは、以下の単純なことでした。「ただ今日までしてきたように、あなたがたの神、主にすがりなさい」(23:8)

詩篇40篇7、8節に「巻物の書に私のことが書いてあります」ということばに続いて以下のように記されています

わが神よ 私はあなたのみこころを行うことを喜びとします。あなたのみおしえは 私の心のうちにあります。

ここでの「みこころを行う」ことの究極とは、イエスが十字架の苦しみのを担われたような自分を捨てる歩みを指しますが、しかし同時に、そこには最も基本的な「みこころ」もあります。それは、ただただ、自分の生活の現場で、悩み、うめきながら、「神様助けてください」と、イエスの御名によって祈ることです。

信仰の基本は、社会の矛盾のただ中で、「神様、助けてください……」と祈ることです。すると、「祈ってごらんよ、わかるから……」という感想が生まれることでしょう。

先日、いのちのことば社さんの企画で、拙著「職場と信仰」にちなんだ座談会が開かれました。その収録ビデオがあります。15分程度です。若い人向けですが、ご高齢の方にも参考にしていただけると思います。ぜひ、ご覧いただければ幸いです