エステル2章19節~4章17節「もしかすると、このような時のためかも知れない」

2022年5月22日

エステル記はシンデレラ物語とは違います。人の心の中にはときに、「いつか白馬に乗った王子様が現れて自分を救い出してくれる」というシンデレラ症候群のような憧れがあるとも言われますが、エステルの場合は、途中までは夢が破れた物語です。

彼女は父母を失いながら、模範的なユダヤ人であるモルデカイに育てられましたから、異教徒の王のそばめの一人として突然召し出された時、自分の人生が終わったと思ったかもしれませんし、王妃として抜擢された時も、愛するユダヤ人の交わりから永遠に引き離されてしまうと思ったかもしれません。だからこそ、彼女はモルデカイとのコミュニケーションを取り続けることに必死になりました。

ユダヤ人絶滅計画が明らかになった時、モルデカイは、「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない」と言います。そして、エステルは自分の命をかけて、同胞を救うために大胆な行動に出ます。そして、その際、何よりも同胞の祈りを求めました。

私たちの人生も、自分の期待とは異なる方向へと進まざるを得ないことがありますが、神の時が来ると、今ここに置かれているのは、」もしかしたら、このような時のためかもしれない」という使命感を持つことができることでしょう。

自分が使命を探す以前に、使命があなたを探しているとも言われます。

1.「しかし、モルデカイは膝もかがめず、ひれ伏そうともしなかった」

2章19節は解釈が困難ですが、18節の王妃とされたことを祝う「エステルの宴会」の一環で、「娘たちが二度目に集められたとき」のことだと思われます。

そのときモルデカイにも下級判事のような立場が与えられ、「王の門のところに座っていた」という意味だと思われます。「王の門」とは、王のさばきが宣告される政治の場であり、エステルが何らかの手段で彼をその立場を着けられたのだと思われます。

ただ同時に、「エステルは、モルデカイが彼女に命じていたように、自分の生まれも……民族をも明かしていなかった。エステルはモルデカイに養育されていた時と同じように、彼の命令に従っていた」(2:20) と10節と同じ趣旨が繰り返されます。

彼は自分がユダヤ人であることを明かしていたので (3:4)、彼女の出生が明らかになるのは時間の問題だったのでしょうが、彼女は彼の命令に従っていたというのです。

そのような中で、「そのころ、モルデカイが王の門のところに座っていると、入口を守っていた王の二人の宦官ビグタンとテレシュが怒って、クセルクセス王を手にかけようとしていた」(2:21) と記されます。王は大軍を率いてギリシャに親征しながら決定的な敗北を喫して帰国していましたので、クーデター計画が実行されようとしていたのでしょう。

しかし「王の門」での働きを与えられていたモルデカイはこの計略を事前に察知し、「これを王妃エステルに知らせ」ることができました。そして、「エステルはこれをモルデカイの名で王に告げた」というのです。王宮の中にいる彼女が出生を隠しながら、連絡を取り合えたことが不思議です。この書には神の名が一度も記されませんが、このような不思議の背後に、神の導きを読み取ることができます。

これによって企みが事前に明らかにされ、「このことが追及され、その事実が明らかになったので、彼ら二人は木にかけられた。このことは王の前で年代記に記録されました (2:23)。

ただこのことで報酬を受けたのはユダヤ人の仇敵で、「この出来事の後、クセルクセス王は、アガグ人ハメダタの子ハマンを重んじ、彼を昇進させて、その席を彼とともにいる首長たちのだれよりも上に置いた」(3:1) と記されます。

「アガグ人」とはアマレク人の王アガグの子孫だと思われます。アマレク人は、モーセがイスラエルの民をエジプトから荒野に導いた最初のときに襲って来た民です。荒野で水が無く、民が不平を言った時に、神がホレブの岩から水を出させました。彼らはその水を奪いに攻めてきましたが、モーセが祈りの手を上げ続けることで、戦いに勝利しました。

そのとき主ご自身が、「アマレクの記憶を天の下から完全に消し去る」と宣告され、「主 (ヤハウェ) は代々にわたりアマレクと戦われる」とまで記されています (出エジ17:14、16)。またアマレクはエサウの子孫でもあります (創世記36:12)。

なお、今もユダヤ教の礼拝ではエステル記に由来するプリムの祭りの間、出エジプト記17章8–16節が朗読されるとのことです。

主は、サウルを王位につけたとき、アマレクの聖絶を命じました。しかし彼はその命令を忠実には執行しなかったため、神から退けられることになります。それでもそのときサムエルが、「アガグをずたずたに切った」と記されています (Ⅰサムエル15:33)。それ以来、その子孫はイスラエルの民を憎み続けていました。

皮肉にもその子孫であるハマンが、何とユダヤ人モルデカイの手柄を契機に、総理大臣になってしまったのです。

一方、モルデカイはサウル王の父キシュの子孫でした (2:5)。ですから彼にとってもアガグ人は、祖先を没落に導くきっかけとなった仇敵とも言えます。彼はこの展開に非常に心を痛めたことでしょう。

しかも、王は家来たち全員にハマンに膝をかがめ、ひれ伏すように命じていました。それは王が、彼に権威を持たせることで、国をまとめようと考えたからだと思われます。王命がなければ弱小民族のアマレクの子孫にペルシア帝国の重臣たちが膝をかがめるなどということはありえなかったことでしょう。

しかし、「モルデカイは膝もかがめず、ひれ伏そうともしなかった」(3:2) と記されます。ただ、聖書のどこにも、この世の権力者の前に跪(ひざまず)くことが偶像礼拝になるとは記されません。

ただ、サウル一族の子孫のモルデカイにとって、神が聖絶を命じられたアマレクの子孫の前に跪くことは絶対に避けたいことだったのでしょう。彼は、ダニエルの三人の友人たちが、ネブカドデネツァル王が立てた金の像を拝まずに、燃える炉の中に投げ込まれ、奇跡的に救い出されたという例を思い起こしたかもしれません (ダニエル3:6)。

彼はハマンに跪かないことが神への忠誠を表すことだと信じ、王命を拒否し続けたのでしょう。彼の信仰の素晴らしさとは、偶像礼拝と紛らわしい行為を拒否したことよりも、自分にどれほど不都合なことが起きても、神が自分を守ることができると信頼し続けたことにあります。

彼は神の摂理を信じていたのです。

2.「王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を根絶やしにしようとした」

それに対し、「王の門のところにいる王の家来たちは、モルデカイに、『あなたはなぜ、王の命令にそむくのか』と……毎日そう言ったが、モルデカイは耳を貸そうとしなかった」と描かれます (3:3、4)。

ただ、彼らは、それがモルデカイの信仰のゆえであると理解し、それをハマンに告げます。それを聞いたハマンは「憤りに満たされ」(3:5) ますが、「モルデカイ一人を手にかけるだけで満足しなかった」ばかりか、何と、「王国中のすべてのユダヤ人、すなわちモルデカイの民族を、根絶やしにしよう」と計画します (3:5、6)。

ハマンはエステルが王妃になった四年余り後の第一の月(3:7:BC474年、3、4月頃)、その日取りを「くじ(プル)」で決め、それは約一年後の「第十二の月、すなわちアダルの月(2、3月頃)」になりました (3:7)。

しかも、ハマンはクセルクセス王に、ユダヤ人という民族名を敢えて隠しながら、「王国のすべての州にいる諸民族の間に、散らされて離れ離れになっている一つの民族があります。彼らの法令はどの民族のものとも違っていて、王の法令を守っていません」という濡れ衣を着せます (3:8)。

王命に背いたのはモルデカイ一人ですが、それをユダヤ人全体の罪に結び付け、「彼らをそのままにさせておくことは、王のためになりません。王様。もしよろしければ、彼らを滅ぼすようにと書いてください」と言います。

そればかりか、「私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の宝物庫に納めさせましょう」と言います (3:8、9)。銀一万タラントとは375トンもの銀で、当時のペルシア王の年収の三分の二に相当するという調査もあります。彼はその途方もないお金を用いて人々を動かしてユダヤ人を滅ぼし、彼らの財産を「王の金庫に納めさせ」ると約束したのだと思われます。

このときペルシアはギリシャに敗北した直後で、国家財政も危機的な状況になっていたので、王の心にも響いたことでしょう。

その後、王はハマンに、「その銀はおまえに与えられるようにしよう。また、その民族もその銀で、おまえの好きなようにするがよい」と言いました。これは表面的には、その多額の銀は、ハマンではなく王の金庫から拠出すると言っているように聞こえますが、「その民族も好きなようにしなさい」と言っているところからすると、王は、すべてのことをハマンにまかせ、ユダヤ人から奪った財産もハマンの手に任せるという意味を込めたのだと思います。

ここでは王もハマンの言うとおりにして、恩を売ろうとしているのだと思われます。ただ、ハマンも王も、自分の権力を誇示するためにひとつの民族を滅ぼそうとしています。

なおハマンが一任を受けて書いた「王命」には、「第十二の月、すなわちアダルの月の十三日の一日のうちに、若い者も年寄りも、子どもも女も、すべてのユダヤ人を根絶やしにし、殺害し、滅ぼし、彼らの家財をかすめ奪え」と、各民族のことばで記され (3:12、13)、「王の指輪で印が押され」ていました (3:12)。アマレク人の王家の子孫であるハマンは、自分の民族の敵を、一挙に滅ぼし尽くそうとしたのです。

それにしてもクセルクセス王は、これによってある一つの民族に起きるはずの悲劇を知ろうともしなかったということは、何とも驚きです。ギリシャとの戦いに決定的な敗北をする愚かな王であったということが、このことを通しても明らかになります。

そして3章15節では、「この法令はスサの城でも発布された。このとき、王とハマンは酒を酌み交わしていたが、スサの都は混乱に陥ったと描かれています。

4章の最初で、モルデカイが「なされたすべてのことを知った」と描かれます。これは王とハマンのやり取りを知ったという意味です。その結果、モルデカイは衣を引き裂き、粗布をまとい、灰をかぶり、大声で激しくわめき叫びながら都の真ん中に出て行った。そして王の門の前のところまで来た」と記されます。

彼は粗布をまとったまま王の門の前に座り込んだのでしょう。そして同じ反応がペルシア全土に起こったことが、「王の命令とその法令が届いたどの州においても、ユダヤ人の間には大きな悲しみがあり、断食と泣き声と嘆きが起こり、多くの人たちは粗布をまとって灰の上に座った」(4:3) と描かれます。

モルデカイは神に信頼していたからこそ、王命に逆らってでもハマンに対して跪こうとはしませんでした。多くの人々は、「それなら、この状況でも平静を保つべきでは……」と思います。しかし、神に向かって必死に泣き叫ぶことも信頼の現れということができましょう。

ヤコブの手紙4章7–10節には、「神に従いなさい。そして悪魔に対抗しなさい」と記されながら、意外にも「嘆きなさい。悲しみなさい。泣きなさい。あなたがたの笑いを悲しみに、喜びを憂いに変えなさい。主の前でへりくだりなさい。そうすれば、主があなたがたを高く上げてくださいます」と命じられます。実は、強がることこそが不信仰の現れなのです。

3.「私は、死ななければならないのでしたら死にます」

ただし王宮の中にいたエステルは事情を知らなかったので、「モルデカイに着物を送り、それを着せて、粗布を脱がせようとした」と記されます (4:4)。しかし彼はそれを受け取りません。

その理由を知ろうとしてエステルは、「王の宦官の一人で、王が彼女に仕えさせるために任命していたハタクを呼び寄せ」、事情を確かめさせました (4:5)。

ハタクが「王の門の前の、町の広場にいるモルデカイのところに出て行った」(4:6) ところ、「モルデカイは自分の身に起こったことをすべて彼に告げ」ましたが、そこには「ハマンがユダヤ人を滅ぼすために、王の宝物庫に納めると約束した、正確な金額」のことまで含まれていました (4:7)。そこにはハマンが私財を投げ打ってユダヤ人を絶滅しようとするという強い意志が見られました。

そればかりかモルデカイは、「ユダヤ人を根絶やしにするためスサで発布された法令の文書の写し」までも渡しました。彼は「王の門のところに座っている」という立場 (2:21) のゆえにそれを手にすることができたのでしょう。それは、王宮の中に、彼に好意を抱いて、ユダヤ人の彼を助けようとする人々がいたことを示しています。

しかも、彼はここで、王の宦官にすべてのことを打ち明けるというリスクを冒しています。日ごろから、人との信頼関係を築くとともに、どこかで人を大胆に信頼するということも必要です。

モルデカイはこの宦官を通してエステルに、「王のところに行って、自分の民族のために王からのあわれみを乞い求めるように」と「命じ」ました。2章20節では、エステルは王宮に入っても「モルデカイの命令に従っていた」と記されていました。

ただこの時は、それに簡単に従えない理由を、「召されないのに奥の内庭に入って王のところに行く者は、男でも女でも死刑に処せられるという法令があります。ただし、王がその人に金の笏を差し伸ばせば、その人は生きながらえます。私はこの三十日間、まだ王のところへ行くようにと召されていません」(4:11) と知らせます。

これは王の気持ちが彼女から離れたのかも知れませんし、彼女がユダヤ人であることを王の耳に入れて誹謗中傷する人がいたのかもしれません。

とにかく、ユダヤ人絶滅の命令は、客観的には、ペルシアの王の意思として帝国中に伝えられています。そのようなとき、ユダヤ人である彼女が、王に命令を翻すように願うなどということは、無謀な自滅行為になると思われるのが当然とも言えます。モルデカイの命令に従うことはリスクが高すぎます。

それに対するモルデカイの返答は極めて厳しく、「あなたは、すべてのユダヤ人から離れて王宮にいるので助かるだろう、と考えてはいけない。もし、あなたがこのようなときに沈黙を守るなら、別のところから助けと救いがユダヤ人のために起こるだろう。しかし、あなたも、あなたの父の家も滅びるだろう」(4:13、14) と、沈黙を守ることが彼女の破滅につながるという意味でした。

これは「進むも地獄、退くも地獄」という状況で、死ぬ危険があるなら、自分の命を同胞のために捨てる覚悟を強く迫ったものです。

ただし彼は最後に、「あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、このような時のためかもしれない(直訳:「誰が知ろう、もしも、あなたがこの王国に来たことが、このようなときのためであるのかもしれないと……」)と付け加えました (4:14)。これはこの書で最も愛されている表現です。

「もしかすると……かもしれない」とは、彼女の主体的な判断を尊重する表現です。彼女が命じられたまま動くのであれば、王の心に触れることはできません。彼女が王妃として破格の扱いを受けることができたのは、ギリシャに負けて意気消沈している王の心に徹底的に寄り添うことができたからではないでしょうか。彼女は同胞のためばかりか、それが王のためにもなるということを確信して初めて、彼女の執り成しは効果を発揮することができます。

「もしかすると、このような時のためであるかもしれない」という告白は、多くの場合、「何でこんなことに私が巻き込まれなければならないのか……」という、神の御手が見えない悩みと葛藤の時期を通して初めて生まれることばです。

逆説的ですが、余りにも簡単に神の導きを確信できるなら、真心からの確信とはなり難いものです。悩みを正直に神に訴えつつ、時間をかけて、神の摂理を知る必要があります。しかも、八方塞がりの状況を開くためには、何よりも私たちの主体的な、断固とした意志が必要となります。

その後エステルはモルデカイにその断固した意志を、「行って、スサにいるユダヤ人をみな集め、私のために断食してください。三日三晩、食べたり飲んだりしないようにしてください。私も私の侍女たちも、同じように断食をします。そのようにしたうえで、法令に背くことですが、私は王のところへ参ります」(4:16) と言います。

そして最後に、「私は、死ななければならないのでしたら死にます」と断言し、死の覚悟を明らかにします。ただ目標は、王の心が変えられることです。人が人の心を変えることなど不可能に近いことで、神が王の心に働きかけてくださらない限り、この状況は変えられません。

それで、彼女は首都に住むすべてのユダヤ人に、三日三晩の断食を求めました。その結果が、「モルデカイは出て行って、エステルが彼に頼んだ(命じた)とおりにした」(4:17) と記されます。

かつてはモルデカイがエステルに「命じ」ましたが、ここではその逆転が起きています。そこに彼女の断固とした意思を見ることができます。

しばしば、「神のみこころは何があっても実現する……」と簡単に信じられると、祈りの生活が怠慢になるのかもしれません。

しかも、私たちが「断食をして祈りに専心する」という行為自体が、神のみこころの成就であるということを決して忘れてはなりません。なぜなら、世界の堕落とは、人が神を礼拝しなくなったことであり、この世界の救いとは、人々が神を礼拝し、神に向かって祈ることに他ならないからです。

たとえば、かつて私たちは、教会堂を建てるために必死に祈り、多くの時間と財を献げました。しかし、教会堂は何のためにあるのでしょう。その原点は、イエスが「わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる」(マルコ11:17) と言われたことにあります。つまり、建設のプロセスで私たちの祈りが積まれたこと自体に意味があったのです。

エステル記のテーマは、神の摂理、隠れた神の導きということにあるとも言えましょうが、そこで「断食の祈り」が強調されているということを、私たちは決して忘れてはなりません。

神はアブラハムを召したとき、「わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう」(創世記12:3) と約束されました。モルデカイはユダヤ人絶滅計画が明らかになった時、このみことばにすがるようにして、必死に神に訴えたのではないでしょうか。

そのことが「衣を引き裂き、粗布をまとい、灰をかぶり、大声で激しくわめき叫びながら都の真ん中に出て行った」(4:1) と記されているのだと思われます。

また、エステルは首都に住むユダヤ人たちに、三日三晩の断食を求めました。彼らは、神の救いを信じていたからこそ、大胆に祈ったのです。一方、神は、ユダヤ人の敵ハマンの悪だくみをぎりぎりまで止めないことによって、イスラエルの民をのろい続けたアマレク人を自滅へと導いておられます。

現在もサタンとその勢力は猛威を振るっています。そこでときに、神の救いが遠く感じられることがあるかもしれません。しかし、神のさばきは、高ぶる者を高ぶるままにして、自滅させることとして現されることが多くあります。

一方、神の民は、そのような中で、「私は祈ることしかできない……」という無力感?に苛まれるでしょう。しかし、それこそ、神のみこころ、祈りの共同体が成長する契機でもあるのです。物事が思い通りに進まない中で、自分に対する神のご計画を知ることができる人は、本当に幸いです。