Ⅰ列王記9章〜11章「私たちの憧れが実現する中にある罠」

2018年6月10日(音声なし)

ある神社に掲げられていた多くの絵馬の一つに、7歳の子が「お金持ちになれますように」と祈願しているものがありました。そのダイレクトな表現を見て、とっても心が痛みました。貧しくて、とっても苦しんでいる子なのかもしれないし、お金の意味を理解していない子なのかもしれません。

お金はとっても大切で便利なものですが、「お金」を偶像のようにして、それを第一に求める者が、幸福になれるはずはないからです。

イエスも「栄華を極めたソロモン」と言われましたが、ソロモンは富と権力ばかりか、人々を感服させる知恵の他、美女たちに囲まれることなど、人が憧れるすべてを手にしました。私たちもそれぞれ憧れるものがあるでしょう。

しかし、ソロモンの最後を見るとき、イエスが教えられた「幸いの教え」(ルカ6:20-26)の重みを改めて感じさせられます。彼は黄金に囲まれて、国の没落への道を開きました。「奢れるもの久しからず……」と言われますが、ソロモンはあらゆる知恵に満たされながらも、神の怒りを買う行動を取りました。

一方、彼の父ダビデの生涯は苦しみに満ちていましたが、その悩みの中で、何と多くの慰めを残していることでしょう。

1.主のことばとソロモンの事業

ソロモンは神殿の奉献において、聖霊に導かれた最高の祈りをささげました。そこには、彼がイスラエルの歴史全体を貫く神のご計画を知らされていることが明らかにされています。そして、その祈りを主ご自身も喜んでくださり、「ソロモンに再び現れ」てくださいました(9:2)

以前に現れてくださったのは、彼がエルサレムの北10kmの町ギブオン(ここに神の幕屋があった)で千匹の全焼のささげ物を献げたときです。主は彼が願った「正しい訴えを聞き分ける判断力」ばかりか、「富と誉れ」までも与えてくださいました(3:10-13)

そして、この二回目のときも、主は「わたしは……この宮を聖別した。わたしの目と心は、いつもそこにある」(9:3)と語ってくださいました。ただそこには約束とともに、厳しい警告がありました。

主は、「あなたの父ダビデが歩んだように全き心と正直さをもってわたしの前に歩み……掟と定めを守るなら……あなたの王国の王座をイスラエルの上にとこしえに立たせよう」と約束しながら、同時に、「ほかの神々に仕え、それを拝むなら……地の表からイスラエルを断ち切り、わたしがわたしの名のために聖別した宮をわたしの前から投げ捨てる」と警告されました(9:4-7)

そして、ここでも後に実現するバビロン捕囚の辱めが警告的に述べられます(9:8,9)

その後、「ソロモンが主(ヤハウェ)の宮と王宮との二つの家を二十年かけて建て終えたとき」(9:10)と、彼の大建築工事が振り返られます。

このとき彼はツロの王ヒラムに木材と金への返礼として、「ガリラヤ地方の二十の町」を与えます。しかし、それにヒラムが不満を述べます。ヒラムが送っていた金の量は何と120タラント(約4トン、現在の金価格14600円で換算すると184億円)にも上っていたからです。

不思議なのは、神がイスラエルに割り当てた地を金と引き換えに与えているということです。4章ではソロモンの豊かさは食料で表現され(27)、またヒラムが求めていたのも食料でした(5:9,11)。それからするとソロモンは町を与える代わりにそこから収穫できる食料を与え、金との交換などは必要なかったとも言えます。

しかし、ソロモンにはそれほど金が魅力的に思えたのかもしれません。残念ながら、910章での豊かさは「金」で表現されています。

なお、少し飛んで926節からは死海のはるか南、現在のアカバ湾の入り口に、ソロモンが「船団を設けた」ことが記されますが、それを助けたのはヒラムでした。ツロは地中海の海上交易で栄えた町ですが、ソロモンはヒラムの助けを得て、アラビア半島とエジプト、エチオピアに至る紅海での交易を展開しました。

シナイ半島を挟むため、地中海と紅海の船の行き来は不可能ですが、これによってイスラエルの陸地の通商路を経て、地中海の果てのスペインとインド洋に至る交易路が結びつくことになりました。

このヒラムが助けた船団はオフィル(位置不明、エチオピアの東岸、イエメンの対岸あたりと思われるがインドのボンベイという説まである)というところから420タラント(14トン、現在の価格で644億円)もの金を得てきたと報告されます。ヒラムは対等の同盟者として「兄弟」と呼び合いながらも、あらゆる面でソロモンの意向に従っていたと推察できます。

ソロモンは町の再建にも力を尽くしました。ガリラヤ湖の北20kmにあるハツォル、またガリラヤ湖南西40kmあたりに広がる肥沃なイズレエル平原の中心都市メギド(9:15)、またエジプトのファラオの娘の結婚の贈り物として譲り受けたペリシテ支配の拠点ゲゼル(9:16)、死海の南40kmぐらいにある南の棒得拠点タデモルなどです(9:18)

また多くの軍事拠点を建てると共に、「ソロモンが……彼の全領地に建てたいと切に願っていたものを建てた」(9:19)とあるように彼の建設意欲は驚くほど旺盛でした。そして、それを成し遂げるために、「イスラエル人が聖絶できなかった人々の子孫を、ソロモンは強制労働に徴用した」(9:21)と、敢えて描かれます。つまり、聖絶されるべきカナン人が、なくてはならない労働力になってしまったのです。

そして、ソロモンは先にファラオの娘のために豪邸を建てていましたが(7:8)、そこに昔のダビデの町から移り住まわせたことがされます(9:24,7:8参照)

なおそこに「ソロモンはミロを建てた」と記されますが、ミロとは堤またはテラスとも訳し得ることばで、急な坂に土を盛って平面を作り、場合によってはそこに家を建てる構造ですが、それは古いダビデの町の北端の部分の地名とも理解できます(Ⅱサムエル5:9)。これはソロモンがファラオの娘の家に隣接する部分を強固にしたという意味かもしれません(不明なので「ミロ」のまま記す)

ここには、ソロモンが防衛拠点を建て、エジプトとの友好をはかりながら、頼ってはならない力にたよる過程が示唆されます。

特に申命記71-6章には、神がイスラエルに与えた支配地に住む住民をことごとく聖絶し「何の契約を結んでもならない」こと、また「彼らと婚姻関係に入ってはならない……彼らは……他の神々に仕えさせ」ることになると警告されていたからです。

ただし、このときソロモンは、律法に沿った形でいけにえをささげながら主を礼拝していました。彼の心はふたつに分かれ始めています。彼はまだ偶像礼拝には至ってはいませんが、主を礼拝しながら、主に背いてまで人間的な力に頼ろうとしているからです。

2.「あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさより、はるかにまさっています」

そのような中でシェバの女王がソロモンを訪ねます。シェバはアラビア半島の南西端、現在のイエメンあたりに位置したと思われ、砂漠に覆われた半島の中でも例外的に土地が肥沃で、海峡を隔てたエチオピアとの通商によっても栄えていました。

女王は「非常に多くの従者を率い、バルサム油(香油)と多くの金および宝石をらくだに載せて、エルサレムにやって来た」のですが(10:1)、その動機は「主(ヤハウェ)の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうと」という思いでした。しかし、「ソロモンは、彼女のすべての問いに答えた」というのです。

そればかりか彼女は宮殿の様子や主(ヤハウェ)の宮での全焼のささげ物を見て、「息も止まるばかり」(10:5)になり、「あなたの知恵と繁栄は、私が聞いていたうわさより、はるかにまさっています」(10:7)と言います。

なおここで彼女の感動のことばは、ソロモンの家臣たちが彼の知恵を聞くことができること自体が「なんとしあわせでしょう」と記され(10:8)、また「あなたの神、主(ヤハウェ)がほめたたえられますように」と言ったと記されます。

イエスはこの南の女王が「ソロモンの知恵を聞くために地の果てから来た」と彼女の信仰を評価し、彼女は終わりの日にパリサイ人や律法学者を罪に定めると言われました(マタイ12:42)

彼女の贈り物で特に際立っていたのは、「百二十タラントの金」(ヒラムの場合と同じ量で約4トン)と「バルサム油」でした。これは木から採取される香油で、非常に高価なものでした(10:10)

また「オフィルから金を積んできたヒラムの船団」(10:11)も、香木である「白檀(びゃくだん)」を大量に運び込んだことが記されます。このように香油や香木が珍重されるのは、生活必需品が十分に満たされていることの象徴とも言えましょう。

そして、「ソロモン王は……シェバの女王が・・求めた物は何でもその望むままに与えた」(10:13)と、彼の豊かさが強調されます。しかも、一年間に入ってきた金の重さは666タラントであったと記されますが(10:14)、これは何と、21.6トンに相当します(1,000億円)

それに加えて、「アラビアのすべての王たち」(10:15)からの貢ぎ物があったと描かれているのを見ると、シェバの女王との交流は氷山の一角のようなものでした。

そして、1017-21節の最初と最後では、「レバノンの森の宮殿」が金で満ちていたことが描かれます。またそこではソロモンの「王座」が象牙の上に純金をかぶせた巨大なもので、「どこの王国でも作られたことがなかった」途方もない豪華なものであること、また飲み物の器までもが金であることが描かれています。

なお、1022節では、「王が海にヒラムの船団のほかにタルシシュの船団を持っていて」と描かれていますが、「タルシュシュの船団」に関しては、スペイン南部の地名と思われる地との貿易専用の船団なのか、遠隔地との貿易が可能な大きな船の船団という意味なのかという異なった解釈があります(9:26-28参照)

どちらにしても、中心的な意味はソロモンが地中海貿易で繁栄していたツロの王ヒラムに海上貿易を依存する代わりに、独自の大船団を所有し、往復に三年かかるような遠方との交易を独自に行っていたことが強調されていることでした。

伝道者の書の111節の「あなたのパンを水の上に流せ。多くの日々がたってから、あなたはそれを見いだすのだから」(私訳)ということばはこの海上貿易を前提としたことばかと思われます。ソロモンは主にあって大胆にリスクを引き受け、それによって前人未到の富を築き上げたのです。

その上で、「ソロモン王は、富と知恵において、地上のどの王にもまさっていた。全世界は、神がソロモンの心に授けられた知恵を聞こうとして、彼に謁見を求めた」(10:23,24)と、神から与えられた知恵自体が、何よりの富の源となったことが記されます。

つまり、知恵と繁栄自体は、神の栄光を現すものとも言えましょう。世界中の人々が、イスラエルに贈り物をもってやってくる、また平和のうちに海の果てとの交流が盛んになることは、すべて神の民にとっての憧れであり、神の祝福のシンボルでした。

「お金は寂しがり屋で、仲間のいるところに集まってくる。あなたのところにお金が来ないのは、寂しいところだから」などと言われますが、ソロモンには不思議に、世界の富を引き寄せる魅力がありました。それがソロモンの知恵かもしれません。それは、お金はお金を呼ぶという現実の現れと言えましょう。しかし、彼はそれを何のために使ったのでしょう?

3.「ソロモン王は、ファラオの娘のほかに多くの異国の女……を愛した」

「ソロモンは戦車と騎兵を集め」(10:26)以降の記述は、ソロモンの危なさを描くものです。「王は銀をエルサレムで石のように用い」」(10:27)とありますが、当時の貨幣は銀でしたから、これは彼の際限のない贅沢を表します。

そして、「王の商人たち」と呼ばれる人々は、エジプトから戦車や馬を輸入して、それをヒッタイト人の王やアラムの王たちに輸出するという、武器の仲介を大がかりに行なっていました(10:28,29)

そして、最後に、「ソロモン王は、ファラオの娘のほかに多くの異国人の女、すなわちモアブ人の女、アンモン人の女、エドム人の女、シドン人の女、ヒッタイト人の女を愛した。この女たちは、主(ヤハウェ)がかつてイスラエル人に、『あなたがたは彼らの中に入ってはならない。彼らをあなたがたの中に入れてもいけない。さもないと、彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせる』と言われた、その国々の者であった。しかし、ソロモンは彼女たちを愛して、離れなかった」(11:1,2)と記されます。

これはみなイスラエルの周辺諸国ですから、そこには政治的な友好関係を結ぶという意味があったと思われます。

なお、最初の三つの民はイスラエルの親戚であり、2節で引用されている出エジプト記3412-16節、申命記72-5節に登場する「七つの異邦の民」でここに重なるのはヒッタイト人だけで、これらのほとんどはイスラエルに聖絶を命じられている民ではないので、この引用は不思議とも言えます。

しかし、これらの記述の最後に、「彼には、七百人の王妃としての妻と、三百人の側女がいた。その妻たちが彼の心を転じた」と記されています。

これは、かつて神がモーセを通して、将来の王制に移行することを予測しつつ、「王は、決して自分のために馬を増やしてはならない。馬を増やすために民をエジプトに戻らせてはならない……自分のために多くの妻を持って、心がそれることがあってはならない。自分のために銀や金を過剰に持ってはならない」(申命記17:16:17)と、権力の乱用を戒めていましたが、ソロモンの行動はそれにことごとく反しています。

その中でも、最も悪いのは、異教の神々を信じる者たちを妻とすることでした。そして、「ソロモンが年をとったとき、その妻たちが彼の心をほかの神々のほうに向けたので……シドン人の神アシュタロテと、あのアンモン人の、あの忌むべき神ミルコムに従った」(11:4,5)と記されます。これは途方もないスキャンダルです。

アシュタロテは愛と豊穣の女神で彼を助けたツロでも拝まれていた神です。ツロと仲良くしたあまり、その神々にまで好意を持ってしまいました。またミルコムは7節のモレクと同じで「子どもに火の中をくぐらせる」ような「忌むべき神」です(Ⅱ列王記16:4参照)

ソロモンはこれらの神々のために「高きところ」、つまり、礼拝の場を築いたというのです。しかも、彼は、「外国人のすべての妻」それぞれが信じる異なった神々への礼拝施設までも作ったというのです。彼は妻を愛するあまり、妻の神々まで愛してしまいました。

ここでのソロモンの問題が、先の文章の真ん中で、「彼の心は、父ダビデの心と違って、彼の神、主(ヤハウェ)と一つにはなっていなかった(11:4)と記されていました。これは「神と平和(シャローム)ではなかった」とも訳すことができます。彼の名が「平和」(シャローム)に由来することを思うとき、なんとも皮肉です。

彼の行為が、いかに神を悲しませたかが伝わってきます。彼は妻たちとの平和を優先して、神との平和を軽んじてしまったのです。私たちの場合も身近な人との関係を優先し、神との関係をないがしろにしてはいけません。

そのような中で、主がソロモンに二度も現れ(11:9,12,13)、「あなたがこのようにふるまい……わたしの契約と掟を守らなかったので、わたしは王国をあなたから引き裂いて、あなたの家来に与える」と途方もないことを言われます。

ただ同時に、「あなたの父ダビデに免じて、あなたが生きている間はそうしない。あなたの子の手から、それを引き裂く」と言われます。これは、猶予期間を与え、悔い改めを促しているとも解釈できます。

ただ、そこで同時に、「王国のすべてを引き裂くのではなく、わたしのしもべダビデと、わたしが選んだエルサレムのために、一つの部族だけをあなたの子に与える」と言われます(11:13)。ここには、主がダビデ王家を永遠に立てると言われた約束が、子孫たちの不従順にも関わらず守られる希望が見られます。

そして、主(ヤハウェ)は、ソロモンに敵対する者三人を起こされます。

第一はエドム人のハダテです。彼はダビデの時代にエジプトに亡命した者ですが、パロの娘をめとり、強い指導者となってエドムに帰ってきます(11:14-22)

第二は、エリヤダの子レゾンで、彼はダビデに敗北したツォバ(Ⅱサムエル8:3)の出身者ですがアラムの首都ダマスコに拠点を置いてソロモンに敵対する勢力となっていました(11:23-25)

第三はイスラエルの名門エフライム人のヤロブアムです(11:26)。彼はソロモンに能力を認められていましたが。そのことが「ソロモンはミロを建て、彼の父ダビデの町の破れ口をふさいでいた。ヤロブアムは手腕家であった。ソロモンはこの若者の働きぶりを見て、ヨセフの家のすべての役務を管理させた(11:28)と描かれます。

皮肉にも、ヤロブアムは「ダビデの町の破れ口をふさぐ」ことに貢献した指導者でしたが、主は預言者アヒヤを彼に遣わし、「ソロモンの手から王国を引き裂き、十部族をあなたに与える」(11:31)と言われ、主ご自身が主導権をもって国を分けられると記されます。悲劇の背後に、主がおられたというのです。

ただその際、主はヤロブアムに、「わたしのしもべダビデが行ったように、わたしの掟と命令を守って、わたしの目にかなうことを行うなら、わたしはあなたとともにいて、わたしがダビデのために建てたように確かな家をあなたのために建て、イスラエルをあなたに与える」(11:38)と言われました。

ある意味で、ヤロブアムはダビデの家の破れ口をふさぐために神によって選ばれたとも言うことができます。神が、ダビデ、ソロモンの王国を分裂させた首謀者であるヤロブアムにこれほどの期待をかけていたというのは不思議です。

イスラエル王国のソロモンはヤロブアムを殺そうとしますが、彼はエジプトに亡命します。そして、ソロモンの死が11章終わりで報じられます。そして彼は40年間イスラエルを支配したと描かれます(11:42)

かつて、「ソロモンは(ヤハウェ)を愛し、父ダビデの掟に歩んでいた」3:3)と描かれていた王は、外国人の女を愛し、彼女たちの偶像礼拝に巻き込まれました。まさに後のパウロが、「ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい」(Ⅰコリント10:12)と警告している通りです。

不思議なのは、ソロモンは神の救いのご計画を知り、また神の警告を明確に聴き、この世の富や権力のむなしさを良く分かっていたはずなのに、どうして……という点です。それは、彼の権力が強くなりすぎて、また、その知恵によって人々から尊敬を集めているうち恐いものがなくなったからではないでしょうか。

「恐れ」は人を謙遜にします。主を恐れることと、わざわいを恐れることは、人の心の奥底では分離できません。恐いものがなくなってしまうことは悲劇かもしれません。

繁栄と栄誉自体は決して悪ではありません。ただそれは神を忘れさせる危険があります。そして、自分の創造主を忘れた者は、すべてを手にしているように見えても、すべてを失っているのです。

ソロモンは驚くべき大量の金を手にしましたが、それが驚くほど多くの美女たちに注がれて行きました。本来そのお金は、イスラエルの民全体を潤すために用いられるべきでした。貧しさのあまり土地を売ってしまったような人に先祖伝来の土地を回復させことが、七年毎の安息年や50年毎のヨベルの年の教えの核心でした。それを外国の女たちに注ぎ、偶像礼拝に巻き込まれるなど言語道断です。

富と権力がソロモンを惑わせました。私たちにとっての最大の誘惑は、お金かもしれません。お金の使い方に賢くなることは豊かになる秘訣ですが、お金を何に使うかというビジョンがない人は、お金で身を滅ぼし、周りを破滅させます。