Ⅱサムエル15章13節〜17章「人生のどん底から始まる救い」

2018年3月4日

サムエル記第二13-15章初めを読むと、「ダビデは何と愚かな父親なのだろう・・・」と唖然とするかもしれません。危機の中での「アダムの沈黙」はダビデの問題であり、多くの男たちの課題です。

ただし、その後のダビデの行動は、ほとんどすべて、信仰者にとっての模範と言えるようなものです。それは確かにダビデの類稀な資質にもよりますが、それ以上に、主がダビデの罪を通して、彼を徹底的に砕き、神のあわれみにすがるしかないという思いにさせた結果ではないでしょうか。

あなたはどうでしょうか?自分の力で生きているような錯覚に陥ることは、信仰の最大の危機かもしれません。ダビデの歩みに、またアブサロムの陥った過ちに、私たち自身の人生を照らし合わせてみるときに、いろんなことが見えてくることでしょう。

 

1.「主(ヤハウェ)の恵み(憐み)をいただくことができれば・・・」と言いつつの現実的な備え

ダビデの長男アムノンが異母妹のタマルを強姦して捨てたことに対し、タマルの実兄アブサロムは復讐を果たします。ダビデは亡命していたアブサロムをエルサレムに呼び寄せますが、対応に苦慮して沈黙し続けます。

父から疎まれていると思い込んだアブサロムは自分が父に代わる王となろうと決意し、クーデターを決行します。彼はその前の四年間、「イスラエルの人々の心を盗んだ」(15:6)と記されていました。

アブサロムはヘブロンで一方的に自分が王になったと宣言しましたが、「アブサロムにくみする民が多くなった」というのです(15:12)。こうなったのはダビデが11年間の家庭の問題に沈黙し続けた結果とも言えます。

 

そのような中でダビデに、「イスラエルの人々の心はアブサロムになびいています」と告げる者がいました(15:13)。エルサレムは天然の要害であり、ダビデは町に留まって戦う方が有利だったはずですが、アブサロムが「剣の刃でこの都を打つといけないから」(15:14)と言って、町を後にします。そこには、王権にしがみつこうとしない潔さが見られます。

また、「王宮の留守番に十人の側女を残した」(15:16)というのも、王宮を美しく保つためで、それはアブサロムを迎えさせるためとも、自分が戻ってくるときへの備えともとれます。彼は「all or nothing」という発想から自由でした。それは、神のみわざに「心を開く」という意味でもありました。

 

しかも、ダビデは、町はずれの家に一時的に留まり、そこで誰が王とともに都を離れるか、また王のもとを去るか、都に留めるべきかを相談します。クレテ人とペレテ人は、エホヤダの子ベナヤの指揮下にあった王の護衛の外人傭兵でしたから、王に従うのは当然でした。しかし、そのような必然性を持たない人々も自主的にダビデに従いました。

その代表が、かつてのダビデの亡命先であったペリシテのガテから着いてきた六百人です。ダビデは彼らの頭であるイタイに、「戻って、あの王のところにとどまりなさい」と言いますが、それは「あなたは異国人で、自分の国からの亡命者・・・昨日来たばかりなのに、われわれと一緒にさまよわせるのは忍びない」との理由からです(15:19,20)

その際ダビデは彼に、「恵み(ヘセド)とまこと(アーメンの原型)が、あなたとともにあるように」と祝福を与えますが、それに対してイタイは、「(ヤハウェ)は生きておられ、私の主人である王も生きておられます。私の主人である王がおられるところであればどこでも、それが死ぬためであろうとも生きるためであろうとも、そこにあなたのしもべもいます」(15:21私訳)と応答します。

この会話には、このペリシテ人が真の意味での主の民になっていることの証しを見ることができます。ダビデはその公平さのゆえに外国人から慕われ、彼らを神の民へと導いていたのです。

 

23節は、「国中が泣いた、大きな声をあげて」ということばから始まり、「そしてこの民は渡って行き、王はキデロンの谷を渡り、この民もみな、荒野の方へ渡っていった」と続きます。なおそこに祭司「ツァドクも、すべてのレビ人と一緒に神の箱を担いでいた」というのです。

ただ、「民がみな都から出て行ってしまうまで、彼らは神の箱を降ろし、エブヤタルがささげ物を献げた」と記されます(15:24)。これは王とその一行が安全に逃亡できるようにと祈りを献げるためでしょう。

ただそこでダビデは、ツァドクに向かい「神の箱を町に戻しなさい(15:25)と命じました。かつて、イスラエルは神の箱をお守り代わりに利用してさばきを受けたことを思い起こしたのかもしれません。

その際、ダビデは、「もし、私が主(ヤハウェ)の恵み(憐み)をいただくことができれば、主は、私を連れ戻し・・・」と、自分が立つかどうかは、主のみこころ次第であると告白しました。

 

ダビデは、彼の家庭に起きた一連のことが、主が罪を赦しながらも、「見よ、わたしはあなたの家の中から、あなたの上にわざわいを引き起こす」(12:11)と言われたことの成就であるということが分かっていました。

ただし、それと同時に、自分の王座はサウルのように取り去られることはなく、「あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ」と言われた約束(7:15,16)は反古にはされていないと信じていました。

ですから、ダビデはその約束に信頼していたからこそ、潔くエルサレムを離れ、また契約の箱を残すことができたのでしょう。

 

しかしながら、それは人間の知恵を用いて問題に対処することと矛盾はしません。ダビデはそこで冷徹に、ふたりの祭司たちとその息子たちに、エルサレムの情報を知らせるように依頼します。

彼の態度には、イエスが弟子たちを世に遣わすに当たって、「蛇のように賢く、鳩のように素直でありなさい」(マタイ10:16)と言われたことと同じ原則が見られます。私たちの場合も「主に委ねる」ことと「頭を使う」ことは矛盾しません。

 

なお、ダビデはこの点で極めて冷静に見えますが、オリーブ山の坂を登るときの様子が、「彼は泣きながら登り、その頭をおおい、裸足で登った。彼と一緒にいた民もみな、頭をおおい、泣きながら登った」と描かれています(15:30)。これこそ、ダビデの詩篇に繰り返し描かれている祈りの姿勢です。

主に信頼するとは、冷静に頭を使うことと同時に、泣きわめきつつ、神のあわれみに必死にすがろうとすることです。

 

ところで、ダビデはこのとき自分の「助言者」(15:12)であった「アヒトフェルがアブサロムの謀反に荷担している」という知らせを受けます。そのときダビデは、「主(ヤハウェ)よ。どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください」と祈ります(15:31)

このようなダビデの祈りが記されているのはウリヤの妻を横取りして生まれた第一子が神に打たれて以来のことです。これは少なくとも12年ぶりの嘆願の記録です。もちろん、彼はその間も悔い改めの祈りをささげ、それが詩篇として残されてはいるのですが、彼にとって、神に具体的に願い、それがかなえられるというプロセスをこれから見ようとするというのは久しぶりのことでした。

 

ダビデはエルサレムを見下ろすオリーブ山の頂に立ちます。そこは「神を礼拝する場所になっていた」(15:32)のですが、そこに、「アルキ人フシャイが上着を引き裂き、頭に土をかぶってダビデに会いに来た」というのです。それは、ダビデにとって祈りの答えと思えたことでしょう。

Ⅰ歴代誌27:33には、「アヒトフェルは王の助言者で、アルキ人フシャイは王の友であった」と並列して記されていますが、アヒトフェルの助言を愚かなものにできる者こそがフシャイだと思えました。ダビデは高齢のため「重荷」になりそうなフシャイに(15:33)、驚くほど危険な役割を依頼します。

それは第一に、アブシャロムに仕えるふりをして、アヒトフェルの助言を打ち壊すようにはかることであり、また第二には、政権内部の情報をエルサレムに残した二人の祭司を通して伝えるようにということです。つまり、彼は、神に真剣に祈りながらも、同時に自分が心から信頼できる人には、アブサロムを欺くための謀略まで頼んだのです。

聖書はこの善悪を論じていません。どちらにしても、神に頼ることと、友に頼ることは、本来矛盾することではないという教訓は得られましょう。

 

ダビデは家族のことに関しては、「父親失格!」という状態でしたが、国家の危機に際しては、驚くほど柔軟に潔い決断を下し、同時に現実的な政略を計ります。残念ながら、信仰の名の下に、「一か八か」の危険な賭けをすることを正当化する人がいます。

しかし、「あなたがたには、明日のことはわかりません」(ヤコブ4:14)と記されていることこそ、信仰の基本です。だからこそ、私たちは期待通りに行かないときの備えもしておく必要があります。

ただし、イエスが、「明日のことまで心配しなくて良いのです。明日のことは明日が心配します」(マタイ6:34)と言われたように、今日できる以上のことにまで気を使いすぎて心と身体を傷つけてもいけません。泣いてオリーブ山を登る姿と、謀略を友に授ける姿の両面がダビデ王の真実です。

 

2.シムイの呪いに、「主(ヤハウェ)が彼に命じられたのだから・・・」と応答したダビデの信仰

ダビデがオリーブ山からヨルダン川に向けて下り始めたとき、ヨナタンの息子(サウルの孫)メフィボシェテに仕えるツィバが二頭のろば、驚くほど大量の食料、ぶどう酒一袋を届けにきました(16:1)。彼は、自分の主人が、サウル家の復興を望み、ダビデの都落ちを喜んでいると伝えましたが(16:3)、このときダビデはそのことばをすぐに信じてしまいます。

それにしてもツィバはダビデに同行したわけではありません(19:17)。サウル王家からダビデ王家に渡り歩いてきた彼は機を見るに敏感で、将来への保険をかけたのでしょう。

 

ダビデがなおも下ってオリーブ山の北の中腹のベニヤミン人の町バフリムまで来ると、サウル家の一族の一人シムイが、狭い谷を挟んだところから、盛んにダビデへの呪いのことばを吐きながら石を投げつけてきました。

彼はダビデを、「血まみれの男、よこしまな者よ。主(ヤハウェ)がサウルの家のすべての血に報いたのだ」(16:7,8)と言って呪いました。それを聞いた将軍アビシャイは彼の首をはねさせてくださいと願います。

それに対し、何とダビデは、これは「主(ヤハウェ)が彼に『ダビデを呪え』と言われたからだ」・・・「私の身から出た私の息子さえ、私のいのちを狙っている。今、このベニヤミン人としてはなおさらのことだ・・・彼に呪わせなさい。主(ヤハウェ)が彼に命じられたのだから」と答えます(16:10:11)

確かに、サウルの死後、その子イシュボシュテと将軍アブネルの死の責任がダビデにあるとベニヤミン族が思うのも当然と言えましょう。

 

後にイエスは、「あなたの右の頬を打つ(侮辱のしるし)ような者には、左の頬も向けなさい」(マタイ5:39)と言われました。それをダビデは既に実践していたのです。

彼は息子の反乱が、バテシェバの夫ウリヤを計略にかけて死に至らしめたことに起因すると自覚しており、まさに自分が「血まみれ・・よこしま」であると認めざるを得ませんでした。シムイは誤解をしてはいたのですが、彼のことばには一面の真理がありました。

 

ただし同時に、このときダビデは、「おそらく、主(ヤハウェ)は私の心をご覧になるだろう。そして主(ヤハウェ)は、きょうの彼の呪いに代えて、私に良いことをもって報いてくださるだろう」(16:12)と言います。

シムイは自分の断固たる意思で、命がけでダビデを呪っているわけで、主が彼をロボットのように動かしているわけではありません。その意味で、悪をもたらすのは悪人であって、神ではありません。神は心の動機をご覧になって公正なさばきを下されます。

しかし、同時にダビデは、そこに主(ヤハウェ)のご支配を認めています。それゆえ、彼は、自分で復讐する必要を感じずに、神のさばきに任せることができました。彼は、サウルに命を狙われながら同じ態度を貫き通しました。生ける主のさばきを信じることが、復讐の連鎖を止めるのです。

 

それにしても、ダビデはシムイのことばに深く傷つきました。後に彼は死に臨んで後継者ソロモンに、「彼を咎(とが)のない者としてはならない」と遺言したほどです(Ⅰ列王2:9)

ただし、不当な非難でも、それが心に突き刺さるのは、恐れている自分の一面を鋭く突いているからに他なりません。ダビデはシムイのことばを聞きながら、神が自分にウリヤへの罪を思い起こさせようとしておられると感じたのだと思われます。

彼は、この件に関しては、自分の側に正義はなく、神のあわれみにすがるしかないと改めて示されたのです。私たちも、不当な非難を受けたとき、ダビデの応答を思い起こすべきではないでしょうか。

 

3.「主(ヤハウェ)がアヒトフェルのすぐれた助言を打ち破ろうと定めておられた」

アブサロムが都に入ると、フシャイは彼を、「王様万歳!」と繰り返して歓迎します。アブサロムがフシャイのダビデに対する「忠誠(真実)」を確かめると、ダビデから授けられた知恵に従いながら、フシャイは、「主(ヤハウェ)と、この民、イスラエルのすべての人々が選んだ方に私はつき・・・私の友の子に仕える」と彼をおだてます(16:18,19)

サウルと同じように格好が良くて、人々の評価に弱いアブサロムの自尊心が満足され、彼はフシャイをアヒトフェルと並ぶ顧問に任命したのだと思われます。

20節のアブサロムのアヒトフェルに対することばは、厳密には、「あなたがたの助言(協議)を知らせなさい。われわれは何をするか」と記されており、アヒトフェルがフシャイと相談して一つの意見を述べるように婉曲的に命じたことになっています。

 

一方、アヒトフェルはフシャイの意見を聞くこともなく、すぐにアブサロムに、「父上が王宮の留守番に残した側女たちのところにお入りください。全イスラエルが、あなたは父上に憎まれるようなことをされたと聞くでしょう」(16:21)と助言します。

それは律法違反であり(レビ20:11)、父親を死んだ者と見なす徹底的な侮辱ではありますが、アブサロムがすべてのものを受け継いだことをアピールする上では大きな効果があります。

彼は王宮の屋上に天幕を張り、全イスラエルの前で父の側女の十人のところに入ります。それは、民全体に、ダビデの時代は終わったことと、彼の男性的強さを印象付けました。

なお、これは、神がかつてダビデに、「わたしはあなたの家の中から・・わざわいを引き起こす。あなたの妻たちを・・・あなたの隣人に与える。彼は、白昼公然と、あなたの妻たちと寝るようになる。あなたは隠れてそれをしたが、わたしはイスラエル全体の前で、白日のもとで、このことを行う(12:11,12)と言われたさばきの成就を意味しました。

 

そして、「当時、アヒトフェルの進言する助言は、人が神のことばを伺って得ることばのようであった。アヒトフェルの助言はみなそうであった。ダビデにも、アブサロムにも(16:23下線部私訳)と敢えて記されます。ダビデも彼の助言を恐れていました。

その上で、その助言がアブサレムから退けられる過程が17章で描かれます。そこでアヒトフェルは、自分に12,000人の兵を選ばせて、ダビデを今夜中に追跡させて欲しいと願っていました。彼は、ダビデの逃げ足の速さを熟知し、殺すのは今しかないと分っていたからです。

 

ところが、アブサロムは念のためにフシャイの意見も聞くと言い出しました。これは不思議です。なぜなら、先のアヒトフェルの助言は「アブサロムとイスラエルの全長老の気に入るところとなった」(17:4)と既に記されており、フシャイはこの肝心の会議のメンバーには入っていなかったのですから。

とにかくアブサロムの心には何らかの理由で、フシャイの意見を聞く必要があるという思いが芽生えたのだと思われます。

 

フシャイは、ダビデが戦いに慣れているからこそ、奇襲作戦は効果がないと進言し、「全イスラエルを・・・海辺の砂のように数多く・・・集めて、あなた自身が戦いに出られることです」(17:11)と、人数で圧倒してダビデを包囲することを勧めます。

それに対する反応が、「アブサロムとイスラエルの人々はみな言った。『フシャイの助言は、アヒトフェルの助言よりも良い』」(17:14)と描かれます。それはアブサロムのプライドを満足させる勧めだったとともに、リスクを恐れるイスラエルの人々にとっては、その方が安全に聞こえたからでしょう。

しかし、彼らは、アブサロムがダビデとは対照的に、実力ではなく人々の気分と幻想に訴えて王となっているに過ぎないことを忘れています。ダビデのまわりには彼のために命をかける人々がいますが、アブサロムのそばにいるのは烏合の衆に過ぎません。時間が経つほどその現実が明らかになるだけです。

 

そしてここで、「これは主(ヤハウェ)がアヒトフェルのすぐれた助言を打ち破ろうと定めておられたからである」(17:14)と敢えて記されます。アブサロムは愚かなプライドに動かされ誤った選択をしましたが、その背後に、主の御手があったというのです。

フシャイがやすやすと顧問になれたのも、公の作戦会議の後にフシャイの意見を聞く気になったのもそのためです。別にアブサロムが主の御手の中で、もて遊ばれていたという意味ではなく、主の霊がアブサロムの不安やプライドを刺激することによって、彼が自分の意志で愚かな決断をして行ったという意味だと思われます。

そしてフシャイはこの危機的状況を祭司たちの家族を通してダビデに伝えます(17:15-22)。そして、この知らせが間一髪で届けられたのも、主の導きです。

 

それに応じて、ダビデの一行はひとり残らずヨルダン川を渡りきりますます。一方、アヒトフェルは自分のはかりごとが行なわれないのを見て、アブシャロムの敗北を確信し、首をくくって死にます(17:23)。これはイエスを裏切ったユダの最後に通じるものがあり、自分の知恵を誇ったことの結末に過ぎません。

そして、これらすべては、ダビデが、「アヒトフェルの助言を愚かなものにしてください」(15:31)祈ったことへの答えでした。アブサロムの反乱に至る11年間、神は沈黙しておられたかのようです。しかし、このときはダビデの願いをまっすぐにかなえておられます。私たちの人生にも、同じような変転があるのではないでしょうか。

 

最後に、ダビデがヨルダン川東岸の奥地マハナイムに着きます。そこはヤコブが11人の息子たちともに約束の地に戻る際に、兄のエサウの復讐を恐れている中で、神の使いたちが現れ、ヤコブが「ここは神の陣営だ」と呼んだ場所です(32:2)。まさにダビデは神の陣営に入ったとも言えます。

一方、アブサロムに率いられたイスラエル軍もヨルダン川を渡り、その北のギルアデの地に陣を敷きます(17:26)。

ところが、そこに、かつて敵対していたアンモン人や、ここで初めて名前が出てくるふたりの異邦人と思われる人々が、ダビデに大量の贈り物を届けに来たのです。この三組の人たちは、ダビデの一行が、「民は荒野で飢えて疲れ、渇いています」(17:29)との話を聞いて、助けに来たいという思いに導かれたからです。

ダビデは詩篇23篇で、「たとい 死の陰の谷を歩くことがあっても わざわいを恐れはしません。あなたが いつもともにいてくださいますから・・・敵の前で、あなたは私のために食事を整え、頭に香油を注いでくださいます。私の杯は 溢れています」(私訳)と告白しますが、その背景には、このときの体験があったと思われます。

 

ダビデはアブサロムの反乱に至る11年間、神を遠く感じていたことでしょう。しかし神は、敢えてダビデ家の破滅の一歩手前まで沈黙を守られました。そして、「もう絶望しかない・・」というときになって、神は力強くダビデを導いています。

私たちの人生にも、最も身近な人から裏切られ、絶望するようなときがあるかも知れません。しかし、神は思ってもみなかった援助者をあなたの前に送り、危機的状況の中であなたのために祝宴を用意することができるのです。

詩篇23篇の「あなたが いつもともにいてくださいます」との現実は、「フット・プリント」の詩に現わされるように、振り返ってみてわかる現実です。神はダビデの痛みを、自業自得と冷たく見下ろしていたのではありません。神はダビデとの契約をいつも覚えておられ、時期を見ておられたのです。

それは主がイスラエルを「彼らはわたしの民、偽りのない子たちだ」呼びながら、「彼らが苦しむときには、いつも主も苦しみ、主の臨在の御使いが彼らを救った。その愛とあわれみによって、主は彼らを贖い、昔からずっと彼らを背負い、担ってくださった」(イザヤ63:9)と記されているとおりです。