ルカ2章1〜19節「飼い葉桶こそ、救い主のしるし」

2017年12月24日
「あればあるほど、不足を感じる」ものこそ、お金と信用と力ではないでしょうか。事実、ある程度のお金を手に持つと次から次とやりたいことが生まれます。それは自己中心の罠である前に、社会の役に立ちたいと思う人にこそ起きる現実とも言えます。貧しい人にパンと住まいを提供したいと熱い情念を持ったら、いくらお金があっても足りませんし、信用と力を持っていないと人々の協力も得られません。

一方で、人は、お金がないと生きて行けませんし、信用がないと孤独になり、力がないと人に振り回されるばかりです。それらはあまりにも大切なものだからこそ、神の代わりになってしまうのではないでしょうか。

お金と信用と力は、イエスが荒野で悪魔の誘惑を受けたときの、石がパンに変わるように命じること、神殿から飛び降りるパーフォーマンス、悪魔を拝んで世の支配権を受けることの誘惑に相当します。

 

その背景にある真理は、創造主である神が私とともにいてくださるなら、本当に必要なお金も信用も力も与えられるということです。

救い主の誕生の「しるし」として「飼い葉桶」ということばがこの箇所に三度も登場します。飼い葉桶の貧しさこそ「救い主のしるし」でした。それは人間的には悲惨ですが、必要はすべて満たされ、そこに神の栄光が溢れていました。神の栄光は人の想像を超えた現実だったからです。

1。皇帝アウグストの勅令と、ダビデの子のヨセフ ー権力者と被支配者の対比―

 「そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストゥスから出た」(2:1)とありますが、この「アウグストゥス」は、ローマ共和国の内戦を終結させ、初代皇帝として紀元前27年~紀元14年の約40年間もの間君臨し、約200年間もの長きに渡る平和を、全ヨーロッパからシリア、エジプト、地中海世界全域に実現した、歴史上最も偉大な政治指導者のひとりと見ることができます。

その皇帝が、その広大な支配地全域にわたる「住民登録」を命じたというのです。それは課税するための調査でした。

これは時期的には、「キリニウスがシリアの総督であったときの、最初の住民登録であった」(2:2)とありますが、ヨセフスによるとキリニウスは紀元6,7年にシリアの総督で、紀元6年に住民登録を実施し、その際に起きた暴動が使徒の働き5章37節では、「住民登録の時に、ガリラヤ人のユダが立ち上がり、民をそそのかして反乱を越しました」と描かれていると思われます。

しかし、このキリスト降誕の際の住民登録は、それより前にキリニウスが何らかの形でシリアの支配を任されていたときのことを指しています。なぜなら、イエスの誕生は、紀元前4年にヘロデ大王が死ぬ少し前のことで、紀元前6年頃とも計算できるからです。

現在の西暦は、ずっと後に、キリストの降誕の翌年を「主の年(Anno Domini)」の元年として計算したものですが、のちに誤差が明らかになってしまいました。紀元前はBefore Christ(キリスト以前)と呼ばれますので、この誤差が生まれてしまったことは残念なことです。

人間的に考えたらローマ皇帝アウグストゥスの即位の年こそ新しい時代の始まりと見て、それを起点にカレンダーを作っても良いほどです。

とにかく、当時の絶対権力者の命令により、「人々はみな、登録のために、それぞれ自分の町に向かって行った」(2:2)のですが、その結果、「ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋でもあったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。身重になっていた、いいなずけの妻マリアとともに登録するためであった」という事態が起きます(2:4,5)。

ヨセフが臨月を迎えるマリアを伴って、イスラエル北部から南部まで、ただ「登録するため」だけのために歩かなければなりませんでした。その道程は、ガリラヤ湖西方の村ナザレから南東に向かい、ヨルダン川を渡って南下し、またエリコのあたりからまた川を渡って、高低差1,200m近い険しい道をエルサレムに向かって上り、さらに南のベツレヘムに向かうというものです。

これは一週間もかかったかも知れない遠い道のりです。それは、すべてヨセフがダビデの家系に属していたからですが、それは苦しみの原因になったばかりでした。

それにしても、遠いローマの豪華な宮殿で、多くの人にかしずかれながら出された皇帝の命令が、マリアとヨセフをこのような苦しく危険な旅へと追いやりました。

人に振り回されて生きるのが好きな人はいないはずですが、救い主の誕生は、ひ弱な、振り回される側に生きる人の物語から始まっています。

先のザカリヤの賛歌では、神がもたらす「救い」に関して、「主は・・ご自分の聖なる契約を覚えておられた。私たちの父アブラハムに誓われた誓いを」と記されていました(1:72,73)。つまり、アブラハム契約の成就こそが「救い」なのです。そして「契約」の内容が、「主は私たちを敵の手から救い出し恐れなく主に仕えるようにしてくださる」と記されます(1:74)

なお、「敵の手からの救い」とは、アブラハム契約で「あなたの子孫を大いに祝福し・・あなたの子孫は敵の門を勝ち取る」と約束されたことと同じです(創世記22:17)。ただそこではそれに続いて、「あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受ける」と約束されていました。

つまり、先にも述べたように、目先の救いは「敵」との関係で描かれますが、その目的は、当時の戦争のように「敵を奴隷として、私たちに仕えさせるようにする」ことではなく、私たち自身が「恐れなく主に仕えられる」ようになることで、地のすべての国々に祝福を取り次ぐことにあったのです。

 

そして続く75節では、「主に仕える」という生き方が、「私たちの日々の生活において、主の御前で、敬虔に(聖く)、正しく(真実に)」と描かれます。これは「主に仕える」生活の「聖さ」や「真実さ」を通して、「地のすべての国々」の民に祝福を取り次ぐことを意味します。それはマリアとヨセフの生き方そのものだったことでしょう。

当時のユダヤ人の価値観からすれば、税金を集めるために無理な住民登録を強いるローマ皇帝はイスラエルの敵に他なりません。事実、先に述べたように、イエスの誕生から約10年あまり後に行われた住民登録の際には、ガリラヤに暴動が起きました。

ところがこの二人は、黙々と、自分の目の前にある務めを果たし続けていました。彼らは、イスラエルの真の敵はローマ皇帝ではなく、その背後で「死の恐怖によって」(ヘブル2:14)人々を隷属させる、サタンであるということが分かっていたことでしょう。

2.救い主の誕生の貧しさのシンボルの飼い葉桶―神の不在感と臨在感の対比―

その上で、この福音書では、イエスの誕生という重大なことが、驚くほど簡潔に、「ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」(2:6,7)と記されています。

それは、彼らがベツレヘムに既に一定の期間滞在していながら、誰からも助けてもらえなかったことを示唆しています。

ベツレヘムは小さな村でしたが、ダビデの生まれ故郷だったので住民登録をする必要のある人が非常に多く、村の収容能力をはるかに超えた人が集まっていました。人々は自分の身を守るのに精一杯でした。それにしても、マリアは初産であり、大工のヨセフにはお産の手伝いなど、想像もつかない世界です。

そのような中、「布にくるんで飼い葉桶に寝かせた」のは、マリア自身であるかのように描かれています。それは出産を助けてくれる人が誰もいなかったことを示しています。

また、「飼い葉桶」が、屋根のある「家畜小屋」の中にあったとも記されていません。昔の人は、それは町はずれの洞穴の中だった推測しています。

実は、何よりもここで強調されているのは、「宿屋には彼らのいる場所がなかったからである」という一点です。なお、当時の豊かな人々は、親類や紹介された家に泊めてもらうのが普通でした。ところが、彼らは、「貧しい人が泊まる宿屋にさえ、居場所がなかった」と言われているのです。

マリアは誰の目にも出産間近と見えたことでしょう。それなのに、何日もの間、その粗末な宿にさえ入れてもらえませんでした。それは、神の御子が世界の創造主で、すべてを支配しておられる方であるはずなのに、「いる場所がない」という人の仲間になってくださったことを意味します。

マリアとヨセフは、切実に助けを必要としていたときに、何も得られませんでした。彼らは神から見捨てられているかのような不安を味わったのかもしれません。ただ、同時に、マリアは、自分が神様から特別に目を留めていただいている者であること、また自分のうちに宿っている胎児が、救い主であることを知っていました。

実は、神を遠く感じることと、神を身近に感じることは、意外にも、紙一重な体験なのではないでしょうか。それどころか、そこには、目に見える人の助けがないという共通点が見られます。これは、神を身近に感じたいと思う者は、常に、孤独と不安に耐える覚悟が必要だということを意味します。

マリアとヨセフは、不安を神に訴えながら、すべてを支配しておられる神に信頼して、その瞬間を精一杯生きたのではないでしょうか。しかも、彼らは不安の中に一歩一歩、足を踏み入れる中で、神の助けを体験しました。

最近のヒーリングブームの中で、毎日のように天からの声を聞くことができるという人がいるようですが、そんな教えは、人間の知性や判断力を劣化させるだけです。マリアもヨセフも、たった一度しか、神からの明確なお告げを聞いていません。それで十分でした。

後はただ、目の前に起こる出来事に一つひとつ誠実に対処することで、救い主の誕生という最高の神のみわざに参画することができたのです。

3。野宿で夜番をしていた羊飼いに現された神の栄光ー高さと低さの対比ー

   ところが、そのイエスの誕生のとき、そこから離れた野原で、「羊飼いたちが野宿をしながら、羊の群れの夜番をしていた」ところに、主の使いが現れ、「主の栄光が回りを照らした」という不思議が描かれます(2:8,9)。

当時の人々は、ローマ帝国の支配のもとで苦しみながら、この「主(ヤハウェ)の栄光」が戻って来るときを待ち焦がれていました。ところが、それは、信仰の中心のエルサレム神殿ではなく、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っている、貧しい日雇い労務者のような羊飼いに現れたのです。

羊飼いたちは、「非常に恐れた」のですが、御使いは彼らに、「恐れることはありません。見なさい。私は、この民全体に与えられる、大きな喜びを告げ知らせます」と、彼らを民全体の代表者として選んでメッセージを託すと言っています(2:9,10)。ここには、彼らが選ばれた理由は何も記されていません。敢えて言うと、彼らは貧しかったからこそ選ばれたのかも知れません。

しばしば、豊かな人は、いつもスケジュールが忙しく組まれています。予定外のことが起こると、それがどんなにすばらしいことでも、柔軟に対応することができません。心を忙しくしすぎていると、神の語りかけを聞くことができなくなります。

そして、羊飼いたちに伝えられたメッセージは、「あなたがたのために今日、救い主がお生まれになりました。この方こそ、メサイヤ(油注がれた方)であり、主です。それはダビデの町でのことです」(2:11私訳)というものです。これは、イスラエルの最盛期を築いたダビデ王国を再興し、完成に導く「ダビデの子」、「新しい王」の誕生を指します。

当時の人々は、そのような「救い主」が現れて、イスラエルを平和と繁栄に導いてくださることを期待していました。それは当時の感覚では、イスラエル王国を独立に導く軍事的な指導者のはずでした。ただ、その本質的な意味が、既にマリアに告げられており、またバプテスマのヨハネの父ザカリヤもその賛歌で、「救いの角」の現われとして預言されていたことでもあります(1:68,69)。

そればかりか、御使いは、「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶に寝ているみどりごを見つけます。それが、あなたがたのためのしるしです」(2:12)と言いました。つまり、この羊飼いたちに示された、救い主の「しるし」とは、まばゆい輝きではなく、何と、「布にくるまって飼い葉桶に寝ている」という貧しさそのものだったのです。それが本来あり得ないことだからこそ「しるし」となったのです。

現代のクリスマスは「飼い葉桶」を忘れてはいないでしょうか。しかし、イザヤは、イスラエルを救う「主のしもべ」の姿を、「彼は主の前に、ひこばえ(孫生え:木の脇芽)のように生え出た。砂漠の地からでた根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた」(53:2,3)と預言していました。

実は、「飼い葉桶」こそが、「人々からのけ者にされ」という姿のシンボルだったのです。これは想像を絶する不思議でしたが、それこそ預言の成就でした。

そして原文では、「飼い葉桶」ということばに続いて、「すると突然、その御使いと一緒に、おびただしい数の天の軍勢が現れて、神を賛美した」(2:13)と、地の貧しさと対照的な、天の栄光が垣間見せられます。

これは、歴史上のどんな偉大な預言者も聞けなかったような天の軍勢による最高の賛美でした。

賛美のことばの「いと高き所で、栄光が神にあるように」(2:14)とは、「栄光が、いと高き所に、神にあるように」という祈りです。この世界の悲惨は、人が神を忘れ、互いが自分を神とした所から始まりました。

戦争は、正義と正義がぶつかり合うものです。ですから、平和運動という名の争いも生まれます。「私は平和のために戦う!」と叫びながら、身近な人々を裁いていることもあります。

あなたはどうでしょうか。神が創造主として本当の意味であがめられるなら、互いの意見をもっと謙遜に聞くことができるはずです。

また、続けて、「地の上で、平和が みこころにかなう人々にあるように」と歌われました。私は昔、「みこころにかなう人々」のひとりになってみたいと思って頑張ったことがあります。しかし、いくら頑張ってもきりがありません。休もうとすると、「そんなことやっていて良いのか?」という声が内側に響いてきたものです。

そんな私に、イエスは、「心の貧しい者は幸いです」(マタイ5:3)と言ってくださいました。様々な失敗をして落ち込んでいるときに、ふと、そのような語りかけを聞くことができ、ほっとしたことがあります。

実際ここでは、「みこころにかなう人々」とは、エルサレム神殿の宗教指導者ではなく、毎日の糧をやっとの思いで手に入れている社会の最下層の人々、羊飼いたちのことでした。実はこのことばは、「みこころが向けられた人」または「神の喜びとする人々」とも訳すこともできます。

あなたは、神のあわれみの眼差しが注がれた結果として、神を礼拝する人となっているのです。しかも、神のみこころの中心とは、ご自身に背く人々を「世」と呼びつつ、「そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された」(ヨハネ3:16)ということにあります。

私たちが神のあわれみと愛を心の底から味わうなら、隣人に対して優しくなることができます。その人は、自分の力で真理を会得したなどと思いはしません。すべてが神の一方的な恵みであると分っています。地の平和は、神のあわれみのみこころを知った人によって、もたらされるのです。

4。「マリアは・・・すべて心に納めて、思いを巡らしていた」ー貧しさと豊かさの対比ー

羊飼いたちは、御使いたちが見えなくなるやいなや、「急いで行って、マリヤとヨセフと飼い葉桶に寝ておられるみどりごとを捜し当て」(2:16)ました。

そして「羊飼いたちは、この幼子について自分たちに告げられたことを知らせた」(2:17)とありますが、それを「聞いた人たち」とは、羊飼いが、「飼い葉桶に寝ているみどりごは、どこにいるのか・・」と聞き回っているのを聞いて、ついてきた人々だと思われます。

それにしても彼らは、「救い主と呼ばれる方の誕生が どうしてこれほど貧しく惨めなのか?」と混乱したことでしょう。そこにいたのは、「飼い葉おけに寝ておられるみどりご」と、貧しい夫婦だけだったからです。

私たちも、「主の栄光」に関しては、それを伝え聞くことはできても、それを実生活の中で味わうことはほとんどありません。理想とはかけ離れた惨めさしか見えないということさえあります。

しかし、マリアは羊飼いから聞いたことを、「これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた」(2:19)と描かれています。彼女は、その夜、暗い洞穴の中で、ヨセフだけを頼りに、産みの苦しみを味わっていましたが、今、羊飼いから、「主の栄光」が現れたことを伝え聞きながら、目の前の惨めな現実の背後に、不思議な神の御計画があったのだと「思いを巡らし」、それによって深い慰めを受けていたのではないでしょうか。

マリアとヨセフが人々から相手にされずに、神を遠く感じざるを得なかったとき、神はもっとも身近にいてくださいました。それをマリアは、羊飼いたちのことばを通して確信できたのです。

しかも、それが分かったのは、危機的な状況が過ぎ去った後でした。多くの場合にも、恵みは、後になって分かるものなのです。

私たちも、「主の栄光の現れ」は間接的にしか聞けないとしても、みことばを心に納め、思いを巡らすときに、目の前の現実が、まったく異なった角度から見えるようになることでしょう。

私たち一人ひとりが、数え切れないほどの様々な神の恵みを受けて、生かされてきたのです。どうか、それらを「心に納めて、思いを巡らして」いただきたいと思います。

イエスを産んだマリアは、天使たちの荘厳な美しい調べを、直接に聞くことができませんでしたが、それを貧しい羊飼いから伝え聞くことで、神のあわれみが「飼い葉桶」の中に注がれていたことを知ることができました。

同じように私たちも神の救いのご計画の全体像の中で、自分の人生全体を神からの贈り物として受け止めるとき、神からの使命をも自覚できます。

「神に栄光、地に平和!」とのことばこそが天使の賛美の核心でした。救い主の誕生のためには、実はすべてが満たされていました。誰の助けがなくても、「飼い葉桶」がありました。マリアとヨセフはまだ若く必要な力がありました。そしてイエスの誕生の直後に、羊飼いたちの訪問があり、それを契機に人々の眼差しは変わり、必要はすべて満たされたことでしょう。

マリアとヨセフは何の助けもないようでも、神に見守られ、すべての必要が満たされていました。私たちが味わう貧しさや孤独感、無力感もすべて神のみ御手の中にあります。「飼い葉桶」の貧しさは、主が貧しさのただ中にともにおられるというしるしです。

世界で初めのクリスマスを、聖書は、不思議なほどに、素朴に描くことで、かえってそこに神の物語を見させようとしています。

ドイツではこの時期、宗教改革者マルティン・ルター作の素朴な讃美歌「天より来りて」が至る所で聞かれます。これは1534年に五番目の子が生まれて間もなく、何の贈り物も買えない貧しさの中で、子供たちへの最高の贈り物として作られ、全世界で歌われるようになったものです。