Ⅰサムエル19章〜21章「信仰と友情」

2017年10月8日

フーストン先生の本の原題は、「the Christian Life East and West(東洋と西洋でのクリスチャン生活)」ですが、そこで改めて感じたのは、人と人との関係の築かれ方の違いです。西洋とはギリシャ・ローマ文明の影響下にある文化圏ですが、その古典では、友情に関しての様々な物語や教えがあります。一方、東洋では、儒教文化の影響下で、個人と個人の友情よりも主従関係の絆で社会の秩序が守られるという価値観がありました。

聖書の文化はそのどちらをも超えていますが、私たちは無意識のうちに「タテ社会」の論理を軸に聖書を読み過ぎているかもしれません。ダビデとヨナタンの関係こそは、友情の模範です。それは王子と王の家臣の立場を超えた対等の信頼関係が見られます。しかも同時に、そこでは父への服従や家の束縛を超えた、人格と人格のふれ合いがあります。そしてそれこそダビデの詩篇の底に流れる信頼感なのかと思わされます。

なお、「逢うは別れの始め」というように彼らの友情もはかないものに見えたかもしれませんが、それはダビデのその後の歩みに決定的な意味を持っていたのではないでしょうか。たとい友と別れたとしても、信頼関係を築くことができたという恵みの体験が明日への力となるからです。

1.「ダビデは逃げ、のがれて……」

ダビデの評判が高まるにつれ、サウルは彼を恐れ、ついに「ダビデを殺すことを、息子ヨナタンや家来の全部に告げ」(19:2)るに至ります。

「しかし、サウルの息子ヨナタンはダビデを非常に愛していた」ために、ダビデに身を隠すように勧めるとともに、父に向って、「彼が自分のいのちをかけて、ペリシテ人を打ったので、主(ヤハウェ)は大勝利をイスラエル全体にもたらしてくださったのです。あなたはそれを見て、喜ばれました」(19:5)と、サウルがダビデの勝利を主の勝利と喜んでいたことを思い起こさせました。

そのときサウルは、「主(ヤハウェ)は生きておられる。あれは殺されることはない」(19:6)と応答し、生ける主を恐れることを約束します。そして、このヨナタンのとりなしによって、ダビデは王宮に戻ることができました。

ところがダビデがペリシテ人との戦いで戦果をあげると、「わざわいをもたらす、主(ヤハウェ)の霊(原文:「悪い、ヤハウェの霊」)がサウルに臨んだ」(19:9、参照16:14)というのです。

それはサウルの心を恐怖心で満たすもので、神が彼に「わざわいをもたらす」ためというより、ご自身のもとに立ち返らせようとの招きとも解釈できます。事実、私たちは恐怖心を抱くときにこそ、真剣に神を呼び求めるということがあるからです。

このときダビデは、少し前、槍で突き刺されそうになったにも関わらず(18:10)、再び「琴を手にして」、サウルを慰めようとしました(19:9,10)。彼は自分の演奏がサウルから悪い霊を引き離すのに効果があったことを思いながら、命の危険を賭したのですが、サウルはまたも槍を向けました。

その心は癒しがたいほど神から離れていたからです。ここに、ダビデの心の真実とサウルの不真実の対比が際立たせられます。

そして、ここからダビデの長い逃亡生活が始まります。まずサウルはダビデが逃げた日の夜、「ダビデの家に使者たちを遣わし、彼を見張らせ、朝になって彼を殺そうとした」(19:11)と記されます。

詩篇59篇の標題には、ほぼ同じことが記され、それに続いて、「わが神、私を敵から救い出してください……私には咎がないのに、彼らは走り回り、身を構えているのです。どうか目をさまして、私を助けてください」という必死の祈りが記されます。

ただその時は、サウルの娘でダビデを愛して妻になったミカルが機転を利かせ、ダビデを窓から降ろし、難を逃れます。その体験を彼は「この私は、あなたの力を歌います。まことに、朝明けには、あなたの恵みを喜び歌います」(同16節)と歌っています。

不思議にも、このダビデの逃避行の始まりから、その体験が祈りと賛美の歌になり、それが永遠に人々の心に届くものとされているのです。

続けて、「ダビデは逃げて、難を逃れ」(19:18)という表現とともに、自分に油を注いでくれたサムエルのもとに行ったことが記されます。そこは王宮から北に5キロも離れていない「ラマのナヨテ」という場所でした(19:18,19)。それは苦しみの中で神を自分の「隠れ場」また「避け所」とした姿勢を表します(詩篇91篇)。

不思議なのはサウルが彼らのもとに追っ手を遣わすと、三度に渡って遣わされた使者が「預言した」というのです(19:20,21)。そればかりかサウル自身もそこに近づくと、「彼にも神の霊が臨み、彼は預言しながら歩いて、ラマのナヨテに着いた」と記されます。

「預言」とは本来、神から与えられたことばを告げ知らせることですが、18章10節でサウルが家の中で「狂いわめいた」と記されていることばも、原文は「預言した」と記されています。英語のNIVでも、「He was prophesying in his house」と訳されています。つまり、ここでの「預言」には、恍惚状態になって人の理解を超えた言葉を語るという意味が込められているようです。

その預言の意味は別として、ダビデがサムエルのもとを隠れ家としましたが、それはサウル王宮の目と鼻の先でした。

しかし、サムエルが預言者の一団を導いて神のみわざを歌っていたことによって、サウルですら恍惚状態になって、ダビデを捕えるために来たことを忘れてしまったという不思議が起きました。

そればかりか、サウルも「また着物を脱いで、サムエルの前で預言し、一昼夜の間、裸のまま倒れていた」(19:24)というのです。それを見て、人々は「サウルもまた、預言者のひとりなのか」と言いあいます。この表現は10章11節にも登場しますが、そのときはサウルが王としての権威が確立される過程の中でのことばでした。

しかし、このときは王座を退けられた狂人としてのしるしとなったとも言えます。サウルはいつも人の目を恐れ、尊敬されることを願っていましたが、このとき彼に臨んだ神の霊は、それと逆の状態を起こしました。神はダビデを守るためにサウルの心を恍惚状態にしました。

この世の人生には、苦しみや悩みはつきものですが、神は不信仰な者に預言させることによってさえ、人を救うことができるのです。

2.「ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していた」

ところでダビデは、自分がサウルから命を狙われる理由が納得できません。それで彼はヨナタンのもとに来て、「私がどんなことをし……どんな咎があり、どんな罪を犯したので……」(20:1)と熱く尋ねます。ヨナタンはダビデに、「とんでもないことです。あなたが死ぬはずはありません。父は、事の大小を問わず、私の耳に入れずに何かをするようなことはありません」(20:2)と答えます。

少なくともサウルは、息子のヨナタンから信頼されている良い父親であったようです。それに対し、ダビデは、サウルがヨナタンのダビデに対する思いを知っているからこそ事実を隠していると言いつつ、「主(ヤハウェ)とあなたに誓います。私と死との間には、ただ一歩の隔たりしかありません」(20:3)とその危機的状況を説明します。

それにヨナタンは、「あなたの言われる(原文「欲する」)ことは、何でも……しましょう」(20:4)と、愛の模範の応答をします。

ダビデは、新月の祭りの大切な食事に、家臣でありながら欠席することで、それに対するサウルの反応をとおして、ヨナタンがサウルの真意を知ることができると提案します。ただその際ダビデは、「どうか、このしもべに真実(ヘセド)を尽くしてください。主(ヤハウェ)に誓って、しもべと契約を結んでくださったのですから」と訴えます(20:8)。それは親子の情を越えた判断を求めることです。

ただ、同時に、ヨナタンが父との会話を通してダビデの「咎」を認めるようになった場合には、「あなたが私を殺してください」(20:8)とまで願います。本来なら、そこでダビデの咎を見つけたとしても、それは誤解に基づくもののはずですから、「私に弁明の機会を与えてください」とでも言うべきところです。しかし、ダビデはヨナタンの公正な判断に信頼し、すべてを委ねているのです。それは、「あなたに殺されるなら、本望です」と言うようなものです。

9節でヨナタンは、2節と同じように、「とんでもないことです」ということばから始め、「父があなたに害を加える決心をしていることが確かに分かったら、あなたに知らせないでおくはずはありません」(20:9)と答えます。それは、ダビデに咎があるはずはないということを信じきっているという意味です。

そればかりか、サウルがダビデを害しようとするとき、「あなたを無事に逃がさなかったなら、主(ヤハウェ)がこのヨナタンを幾重にも罰せられるように」(20:13)と誓います。ここにおいてヨナタンは、ダビデとの契約を、親子の情に優先すると約束しているのです。これは東洋の儒教文化には相容れない観念と言えましょう。

しかもその際、ヨナタンは、「主(ヤハウェ)があなたとともにおられますように。主が父とともにおられたように」という不思議な祝福を述べます(20:13直訳)。それは、主がサウルとともにいた時代が過ぎ去ったことを示唆しています。

そればかりか15節では、「あなたの恵み(ヘセド)を私の家からとこしえに断たないでください。主(ヤハウェ)がダビデの敵を地の面からひとり残らず断たれるときにも」と言います。これは暗に、父サウルがダビデの敵として、主から滅ぼされることをも想定した表現とも言えます。

「恵み」とは「忠実な愛、変わらない愛」とも訳される言葉で、神の真実が人と人との関係に表されることを願うものです。その上で、「ヨナタンはダビデの家と契約を結んだ」(20:16)と記されます。契約こそここの中心テーマです。

そこで、「主(ヤハウェ)がダビデの敵に血の責めを問われますように」と祈られます。そこには、父サウルがダビデの敵となって、自滅することのないようにという必死の願いも込められています。そしてこれらをまとめるように、「ヨナタンは自分を愛するほどに、ダビデを愛していた」(20:17)と記されます。これこそ、ダビデとヨナタンの友情を描いたことばです。

日本の場合は、個人が「家」や集団の中に埋没しがちで、人と人との関係も、「義理」という互恵関係が中心になっているので、「友情はあまり重視されてきませんでした」とフーストン氏は指摘しています(P93)。しかも、儒教文化の影響もあり、対等な横の関係よりも、縦の関係の方が重視されがちです。韓国語ほどではないにしても、人と人とが会った時、どちらが目上の人かをとっさに判断し、言葉使いを変える必要があります。

しかし、私たちはキリストにある自由な人と人との関係をベースとした友情によって、この社会に対し、互いを束縛し合う義理を越えた関係を証しできます。

ヨナタンはダビデに三本の矢を用いた印を約束します。彼はダビデに「あの事件の日に隠れた場所」(20:19)に隠れているように命じます。それは19章2節に述べられた場で、そのときヨナタンは父サウルを説得することができました。それは、ヨナタンがサウルの善意になお期待している証しとも言えます。

このことは、みながそろって食事をすべき新月祭の日を利用して行われます。サウルがダビデの不在の理由をヨナタンに尋ねるその会話を通して、サウルがダビデを本当に殺そうとしているかが分かり、それを野でどのように矢を放つかで知らせるというものでした。

ヨナタンが遠くに矢を放ち、それを、矢を集める少年にそのように告げたら、それはダビデが人目を忍んで必死に逃げるべきサインになるというのです。

ヨナタンが新月祭の食事に集うと、二日目になってサウルはダビデの不在の理由をヨナタンに尋ねます。彼がダビデの弁明をすると、サウルは彼を、「この邪悪な気まぐれ女の息子め」(20:30)と口汚くののしりながら、ダビデに「肩入れし、自分を辱め」ていることを非難します。

そして、「エッサイの子(ダビデ)がこの地上に生きているかぎり、おまえも、おまえの王位も確立されない」(20:31)と言いました。それは確かに政治的な意味では利害関係の事実ではあっても、ヨナタンには決して受け入れることのできない言葉です。

それに対してヨナタンが弁明すると、何と、「サウルは槍をヨナタンに投げつけて撃ち殺そうとした」(20:33)というのです。そこには、ダビデに対する常軌を逸した憎しみが込められているのが明らかでした。

ヨナタンは「怒りに燃えて食卓から立ち上がり」(20:34)、約束通りダビデにこのことを知らせに来ます。その際、彼が矢を集める少年に、「早く、急げ、立ち止まってはいけない」(20:38)と命じたことばは、暗にダビデに向けて語られたと思われます。

しかし、ダビデはすぐに逃げる代わりに、一瞬の隙を捕らえて、今生の別れのときを持とうとします。彼は「地にひれふし、三度礼をし」て近づき、「ふたりは口づけして、抱き合って泣いた。ダビデはいっそう激しく泣いた」(20:41)とその情景が描かれます。

そのときヨナタンは、命がけでダビデを逃がす気持ちを込めて、「では、安心して行きなさい」(20:42)と別れを告げます。

3.「タテ社会の人間関係」を超えた人格と人格の友情を

ダビデは後にヨナタンの死を悼んで、「あなたの私への愛は、女の愛にもまさって、すばらしかった」(Ⅱサムエル1:26)と言います。最近の世は、男女の愛ばかりを称賛し、友情の価値を忘れているとも言われます。

日本の場合は、「タテ社会の人間関係」などと呼ばれるように、目上の者の恩情と目下の者の忠誠という関係が中心で、友情というと、同期入社とか学生時代の友人に限られるようにさえ思えます。しかし、本来の友情は、年齢や性別を超えて築かれ得るものです。

フーストン先生はキリスト者の関係は、すべてこの「友情」が基本であるべきで、それはイエスがご自分の弟子たちを、「しもべ」ではなく「友」と呼ばれたことに始まります(ヨハネ15:15)。

また、私自身もみなさんの牧者であるよりも、「友」でありたいと心から願っています。それは、ひょっとすると、日本の平均的な牧師象からすると、「面倒見が悪い牧師」と見えるかもしれません。しかし、自由教会の原則は、牧師職を何よりも聖書の教師と見ることに始まっているのです。

ただし、聖書的な友情は、決して淡白な人間関係というわけではありません。ダビデとヨナタンの関係は、「主(ヤハウェ)の御名によって誓った」(20:42)ものです。それは互いの家を守るために自分の命を賭けるという、真実な関係です。

イエスも「互いに愛し合うこと」を、「人が自分の友のためにいのちを捨てること」を目標とすると言われました(ヨハネ15:12,13)。ですから、真の友情とは、ふだんは互いのことに干渉もしないけれど、いざとなったら命がけで互いに助け合う関係と言えます。それは義理を越えた関係です。

この友情こそがダビデ王国の基礎となったと言えましょう。ダビデはこの後、様々な試練の中で、主との交わりを深め、詩篇という永遠の宝を残すことができましたが、その背後に、ヨナタンが自分の王位継承をあきらめ、肉親の情を犠牲にしてまでも、ダビデを守ったという真実の愛があったことを忘れてはなりません。

見えない神への愛は、見える人の愛によって育まれるという現実もあります。「ふたりはひとりよりもまさっている」(伝道者4:9)とは、結婚の勧めではなく、何よりも、友を持っていない人の悲惨を述べたことばでした。多くの人々は、結婚を願う以前に、真の友情を築くことをこそ願うべきではないでしょうか。

ダビデはその後、当時の祭司職の人々の中心の町ノブを訪ね、祭司アヒメレクに対し自分が王から追われていることを隠しながら、パンを求めます(21:3)。アヒメレクは、本来祭司にしか食べることが許されないはずの聖別されたパンを彼に与えます(21:4)。

イエスは後に、これを柔軟な律法解釈の模範として引用します(マタイ12:3,4)。神は、何よりもダビデの訴えに耳を傾けたいと願っておられたからです。

しかも、そこにはゴリヤテの剣が置いてあり、祭司はそれをも彼に与えました。残念ながら、サウルは後にアヒメレクがダビデに味方したことを理由にこの祭司の一族を殺します。そしてそれを告げ口したのは、7節の「エドム人ドエグ」でした。詩篇52篇には、彼に対するさばきの祈りと主に信頼する祝福が歌われています。

ところで、ラマにしても祭司の町ノブにしても、王宮から半径五キロぐらいの近距離でした。それで彼は今度、仇敵であるペリシテの町ガテに逃げます。すると町の王アキシュの家来たちは、「この人は、あの国の王ダビデではありませんか」(21:11)と、逃亡者を「あの国の王」とさえ呼びました。ダビデはペリシテの地においてさえも評判になっており、隠れることができる町は、どこにもなくなっていたのです。

そして今、勇士ダビデは、「おかしくなったかのようにふるまい、捕らえられて気が変になったふりをし……門の扉に傷をつけたり、ひげによだれを垂らしたり」(21:13)します。アキシュはそれを見て、「私のところに気のふれた者が不足しているとでもいうのか」と皮肉を言いながら彼を逃がします。

彼は後に六百人の家来を連れてこの同じ王の下に身を寄せますが、このときほど孤独だった時期はなかったのではないでしょうか。

しかしダビデはこのとき詩篇34篇を記し、最も苦しかった時を思い起こして、「私はあらゆるときに主(ヤハウェ)をほめたたえる」(1節)と歌い、また、よだれを垂らして敵の目を欺いたことを振り返りながら、「主を仰ぎ見る者は輝く」(5節)と歌い、また味方が誰もいなかった中でも「主の御使いは、主を恐れる者のまわりに陣を張り……」と告白し、それをもとに「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ」と訴えます(7、8節)。

ダビデは、主に信頼する姿勢においてヨナタンの心を捉えましたが、ヨナタンがダビデと友の契約を結び、その真実を示していなかったとしたらどうでしょう。はたして、ダビデがあれほどの不安な状況に耐えつつ、人間的な打算を超えてサウルへの復讐を思いとどまりながら、目に見えない神への正直な訴えと信頼の歌を残すことはできたでしょうか。ダビデの信仰の背後に、ヨナタンの友情があります

しかも、ダビデは人々から不条理な裏切りを受けるたびに、その悲しみを詩篇の歌として記して行きました。ヨナタンとの友情を楽しむ機会はほとんどないまま、別れて生きざるを得なくなります。

しかし、そこに信頼関係があったからこそ、その孤独感の中から、神への歌が生まれたとも言えましょう。ダビデの詩篇が悲しみの告白から、信頼への歌と変わる背景には、ヨナタンとの永遠の契約があったとも言えるかもしれません。

この後、ダビデのもとには次々と新しい仲間が加わります。それは敵の家の息子とさえ真実な交わりを築くことができたことの実とも言えましょう。神への信仰人との友情は輪のように循環しながら成長するものです。

私たち日本人は、ある特定の村社会の中に居場所を求め、安心を得ようとします。しかし、そこにはしばしば、私たちの良心の自由さえ奪う束縛が生まれがちです。イエスは私たち一人一人の心の自由を保証しながら、義理の関係を越えた、互いに命を捨て合える真の友情を与えようとしておられます。