ヨシュア23章〜24章「私と私の家とは主 (ヤハウェ) に仕える」

2017年4月2日

林竹治郎が描いた「朝の祈り」という絵があります。1905年第一回文部省美術展に入選し、今も多くのクリスチャンホームの朝の祈りの生活に励ましを与え続けています。お母さんと三人の子供たちが、真剣に神の御前に静まってお祈りしています(聖書に手を置いているのは下宿していた学生で、常に何人かいました)。竹治郎自身はこのときは家族の祈りの風景をスケッチしていたのでしょう。

彼はこのとき現在の札幌南高校の前身の札幌一中で美術教師をし、日基北一条教会の長老として教会に仕えていました。お母さんのひざに手を置いて祈っている三歳ぐらいの子は林文雄で、後に北大医学部を卒業したと思ったら、1927年、親の反対を押し切って東村山の救ライ施設に行って、生涯をハンセン病の治療のために献げます。後に父母の竹治郎夫妻は文雄を積極的に応援します。

文雄は47歳の若さで、肺結核で亡くなりますが、最後は筆談で、「こんな幸福な者はいない」と書いたそうです。神と人とに誠実に仕え続けた家族は、病んでいる人に寄り添い、様々な葛藤を引き受けながら、神にある平安(シャローム)に満たされて生涯を全うしました。そしてその原点は、「私と私の家とは、主(ヤハウェ)に仕える」でまとめられます。

1.イスラエルに安住を許されて後……

23章1節に、「主(ヤハウェ)が周囲のすべての敵から守って、イスラエルに安住を許されて後、多くの日がたち、ヨシュアは年を重ねて老人になっていた」と記されますが、21章43、44節に記されていた「安住」はヨシュアのもとで「多くの日」にわたって守られていました。それは主の一方的な恵みの賜物ですが、民が一致して主に仕えることでそれが長続きしました。

ただ、ヨシュアの死後のことが心配です。彼らは全体としてはカナン人を圧倒していましたが、それぞれの部族に「割り当てられた相続地」の実情を見ると、まだ実際には占領しきれていないと土地が多く、カナン人の勢力はなお非常に強かったからです。

それでヨシュアは全イスラエルの長老たちを集めて、最後のメッセージを語ります。

彼らは、部族ごとに分割された約束の地から先住民を追い払って、その地を占領する責任がありました(23:4、5)。その際改めて、「あなたがたの神、主(ヤハウェ)ご自身が、あなたがたの前から、彼らを追いやり、あなたがたの目の前から追い払う」という約束を確認し、それを前提に、「彼らの地を占領しなければならない」と命じられます(5節)。

そこで問われているのは彼らの軍事力ではなく、「モーセの律法の書に記されていることを、ことごとく断固として守り行ない、そこから右にも左にもそれてはならない」(6節)ということでした。その核心は難しくも、堅苦しいことでもありません。その基本は真心から、創造主である神を愛することと、隣人を愛することであり、何よりも神が嫌われるのは、他の神々に浮気をすることでした。

そのことが7節に記されます。これは、カナン人との交流自体を禁止するかのように受け止められますが、厳密には、「あなたがたの中に残っているこれらの国民の中に入り込まないためである」と記された後、四つの禁止命令として「彼らの神々の名を口にしてはならない。それらによって誓ってはならない。それらに仕えてはならない。それらを拝んではならない」と続きます。

私たちも偶像礼拝者と交わらずに生きることはできませんが、「この世と調子を合わせてはいけません」(ローマ12:2)とあるように、彼らの礼拝習慣に同調しないことだけはできます。

そして、その肯定命令が、「今日までしてきたように、あなたがたの神、(ヤハウェ)にすがらなければならない」(8節)です。そのように全能の主に「すがり」続けたことで、「主(ヤハウェ)が、大きくて強い国々を、あなたがたの前から追い払ったので、あなたがたに関する限り、今日までだれもその前に立ちはだかる者はいなかった」(9節)と今までの歩みが振り返られます。

そして、これからも、逃亡奴隷の集団であるイスラエルが強力なカナンの国々に対し、「ひとりだけで千人を追うことができる」(10節)というのです。それは「主(ヤハウェ)ご自身が……あなたがたのために戦われる」からです。

その上でヨシュアは、11節の原文では、「たましい(精神)を、力を尽くして見張りながら、あなたがたの神、主(ヤハウェ)を愛しなさい」と不思議な表現をします。これは、「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主(ヤハウェ)を愛しなさい」(申命記6:5)の言い換えだと思われます。

そして改めて、「もし、もう一度堕落して(立ち返って)、これらの国民の生き残っている者……たちと親しく交わる(すがる)……なら」(23:12)と警告されます。これは、主に立ち返り、主にすがることとの対比として表現されています。現地の偶像礼者たちは非常に豊かで強いので、彼らと妥協して生きるほうが現実的に思えるからです。

しかし、そうすると「彼らは、あなたがたにとって、わなとなり、落とし穴となり……わきばらにとなり……目にとげとなり……あなたがたはついに……滅び失せる」(23:13)というのです。

それが単なる脅しでないことを、「主が約束したすべての良いこと……がひとつもたがわず、みな……実現した」のと同じように、「主はまたすべての悪いことをあなたがたにもたらし(実現し)……」と断言されます(23:14,15)。

後に、ダビデは家来の妻バテシェバを奪ってその夫ウリヤを死に至らしめたことがありましたが(Ⅱサムエル11章)、その直前に、「王が自分の家に住み、主が周囲のすべての敵から守って、彼に安息を与えられたとき」(同7:1)という記述があります。

同じように私たちは、「もう大丈夫……」という平安が「わな」となります。この世の文化は、力と富という偶像で私たちの心を誘惑します。その危険を侮ってはなりません。

2.私と私の家とは主に仕える

24章1節では、「ヨシュアはイスラエルの全部族をシェケムに集め」と記されますが、そこには神の幕屋がありましたので、「彼らが神の前に立ったとき……」と記されます。そして、彼はイスラエルの歩みに関しての主のことばを伝えます。

まず興味深いのは、「あなたがたの先祖たち、アブラハムの父で、ナホルの父でもあるテラは、昔、ユーフラテス川の向こうに住んでおり、ほかの神々に仕えていた」(2節)という記述です。聖書中、テラの信仰が描かれるのはここだけです。かつて、アブラハムが父テラとともにカルデア人のウルから出てハランに向かった時、主導権を持ったのはアブラハムである可能性があり、弟のナホルも同じ神を信じるようになったのだと思われます。そうでなければ、アブラハムはイサクの嫁をナホルの娘から娶ろうとは思わなかったことでしょう。

しかし、ナホルの息子でリベカの兄ラバンは、神々の偶像である「テラフィム」を大切にしていました(創世記31:19)。ラバンがヤコブに向かって、「アブラハムの神、ナホルの神―彼らの父祖の神がー、われわれの間をさばかれますように」(創31:53)と言った時、その神と呼ばれる方が唯一の同じ方であるとは限りませんでした。

とにかく、創造主ご自身がアブラハムを一方的に偶像礼拝者の中から選び出され、この方のみに「すがり」、この方のみを礼拝するように導かれたのです。

3節から13節まで、主がご自身の一方的なみわざを十二の観点から、「わたしは……アブラハムを……連れてきて、カナンの全土を歩ませ(3節)……子孫を増やし……イサクを与えた(3節)……

わたしはイサクにヤコブ……を与え、ヤコブと彼の子らはエジプトにくだった(4節)……わたしはモーセとアロンを遣わし、エジプトに災害を下した(5節)……わたしがあなたがたの先祖たちをエジプトから連れ出し、あなたがたが海に来たとき(6節)……、主(ヤハウェ)はあなたがたとエジプトの間に暗やみを置き、海に彼らを襲いかからせ、彼らをおおわれた(7節)……

わたしはヨルダン川の向こう側に住んでいたエモリ人の地にあなたがたを導き入れた(8節)……わたしは彼らをあなたがたの手に渡し……彼らを根絶やしにした(8節)……わたしはバラムに聞こうとしなかった……わたしは……彼の手から救い出した(9、10節)……

わたしは彼ら(エリコの者たち……)をあなたがたの手に渡した(11節)……わたしは……くまばちを送った……エモリ人のふたりの王を追い払った(12節)……

わたしは、あなたがたが得るのに労しなかった地……建てなかった町々を……与えたので、……そこに住み、自分で植えなかったぶどう畑とオリーブ畑で食べている(13節)」と繰り返します。

そして、この中で唯一、民の信仰が描かれているのが、「あなたがたが主(ヤハウェ)に叫び求めたので」(7節)という点だけです。つまり、彼らが今、約束の地に安住し、満腹できるのは、すべて神の一方的な恵みなのです。

私たちの場合も、先祖はすべて他の神々に仕えていた人たちでした。主は一方的に私たちを選び、様々なご自身のみわざを示してくださいました。そして、私たちがなした最高の信仰の応答といえば、苦しみの中で必死に、「主に叫び求めた」ということだけではないでしょうか。

その上でヨシュアは14,15節で彼らに選択を迫ります。かつてモーセが、「私は、いのちと死、祝福とのろいを、あなたの前に置く。あなたはいのちを選びなさい」(申命記30:19)と迫ったことと同じです。

ここでは七回に渡って「仕える」ということばが用いられます。まず彼は、「今、あなたがたは主(ヤハウェ)を恐れ、誠実と真実とをもって主に仕えなさい……先祖たちが……仕えた神々を除き去り、(ウェ)に仕えなさい」(24:14)と断固として命じます。それは主の一方的な愛への当然のなすべき応答です。

その上で、彼ら自身の意思を確かめるように、「もし(ウェ)に仕えることが……気に入らないなら……先祖たちが仕えた神々でも……エモリ人の神々でも、あなたがたが仕えようと思うものを、どれでも、きょう選ぶが良い」と言います。

人は、無意識に、お仕えする対象を選ぶからです。それはこの世の組織であったり、名誉や富であったりします。ヨシュアは彼らが自分たちの仕えたいもの勝手に選ぶようになる可能性を見越したうえで、「私自身(強調形)と私の家とは、(ウェ)に仕える」(24:15)と敢えて告白します。

私たちも主の一方的な豊かな恵みを受けた結果として今ここに生かされ、主を礼拝するようになりました。一方、私たちの回りの人々は、それぞれ無自覚にしても、この世の名誉やお金、権力などを神々として仕えています。

日本では伝統的に、それぞれの人が仕えるべき「イエ」のようなものがありました。「お家を守るために」自分の身を犠牲にすることが美談とされてきました。それは、今も、拡大された「イエ」としての会社や自分の属する共同体であったりします。

しかし、その「イエ」はどなたに仕え、どこに向かっているのでしょう。「イエ」自体も偶像になり得ます。「イエ」は確かに人に居場所を提供する大切なものです。しかし、「イエ」は人々の集合に過ぎず、「イエ」は滅びることもあれば、また人は「イエ」から排除されることだってあるのです。それは決して安心の源にはなり得ません。

そのような中で、私たちは他の人の考え方を批判する代わりに、ただ単純に、「私自身と、私の家とは、主(ヤハウェ)に仕える」と告白するのです。

アブラハムの生まれ育った家は、偶像礼拝をしていました。しかし、まずアブラハム一人が、主(ヤハウェ)の召しを受け、主に仕える者となりました。その結果、父を含むすべての家族が神の民となったのでしょう。

そこにはまだ偶像を捨て切れない弱さがありましたが、少なくともアブラハムの弟ナホルの家から、リベカとその娘レアとラケルが生まれ、そこからイスラエルの十二部族が始まります。

実は、日本の「イエ」自体も常に仕える対象を求めているのです。個人の信仰が、家全体の信仰になるとき驚くべき力を発揮することができます。信仰はひとりの決断から始まりますが、信仰生活は家族単位で培われるものだからです。

3.イスラエルはヨシュアが生きている間……主に仕えていた

これに応じて、民は、「私たちが主(ヤハウェ)を捨てて、ほかの神々に仕えるなど、絶対にそんなことはありません」(24:16)と断言します。

そしてその理由を、先に繰り返されていた主のみわざを簡潔に要約するようにしながら、主が「私たちの行くすべての道で……私たちを守られた」とまとめます(24:17)。そして、「私たち自身も(強調形)また、主(ヤハウェ)に仕えます。主が私たちの神だからです」と告白します(24:18)。

これは彼らの心からの思いだったでしょうが、ヨシュアは、なおも彼らを挑発するかのように、「あなたがたは主(ヤハウェ)に仕えることはできないであろう……」(24:19)と語ります。

ただ、その際、「もし、あなたがたが主(ヤハウェ)を捨てて、外国の神々に仕えるなら……主はあなたがたを滅ぼし尽くす」という「のろい」を加えます。それに対し彼らは再び、「いいえ。私たちは主(ヤハウェ)に仕えます」(24:21)と断言します。

それを聞いたヨシュアは、「あなたがたは・・自分自身の証人である……」(24:22)と言い、彼らもそれを認めます。そして彼は、「今、あなたがたの中にある外国の神々を除き去り、イスラエルの神、主(ヤハウェ)に心を傾けなさい」(24:23)と命じます。

それに対し、彼らは、「私たちは私たちの神、主(ヤハウェ)に仕え、御声に聞きます」(24:24)と、三度目の応答を繰り返します。その上でヨシュアは、「その日、民と契約を結び」(24:25)ました。

そして、彼は「これらのことばを神の律法の書にしるし、大きな石を取って、主(ヤハウェ)の聖所にある樫の木の下に、それを立てた」というのです。「神の律法の書」とは今まではモーセ五書を指していましたが、これはヨシュアがこのヨシュア記としての書を書いたという意味とも理解できます。

ただここではその書よりも、「この石は、私たちの証拠となる……あなたがたは自分の神を否むことがないように、この石は、あなたがたに証拠となる」(24:27)と、石の存在を繰り返し強調します。それはシェケムに残されたはずです(24:25)。

その後ヨシュアは、「民をそれぞれの相続地に送り出し」(24:28)ます。そして、「これらのことの後、主(ヤハウェ)のしもべ、ヌンの子ヨシュアは110歳で死んだ」(24:29)と記されます。

ただ、「イスラエルは、ヨシュアが生きている間、また……主がイスラエルに行なわれたわざを知っていた長老たちの生きている間、主に仕えていた」(24:31)と暗い影が示唆され、これから間もなく、「彼らは、エジプトの地から自分たちを連れ出した父祖の神、主(ヤハウェ)を捨てて、ほかの神々……に従い、それらを拝み、主(ヤハウェ)を怒らせた」(士師2:12)ということになります。

ヨシュアはそれを恐れた故、三度に渡って彼らの信仰告白を引き出し契約を結ばせたのです。そこには、それを破る者への「のろい」が伴っていました

しかし、彼らが自分で選び取った「のろい」を除くため、新しいヨシュアとして現れたイエスは、「のろわれたものとなって……律法ののろいから贖い出してくださった」(ガラテヤ3:13)というのが神の救いです。

最後に、エジプトから携え上った「ヨセフの骨」がシェケムの地に葬られたことが記されます。それは創世記の終わりで、ヨセフがエジプトで死ぬに当たって、イスラエルの子らに自分の遺体を約束の地に携え上るように命じたことが実現することを意味しました。そして、葬られた場は、ヤコブがかつて逃亡の地から豊かになって立ち返ってきたときに買い取って、祭壇を築いた場所でした(創世記33:19,20)。

南のヘブロンにはヤコブが葬られたアブラハムの墓がありましたが、約束の地に戻ったイスラエルの民は、自分たちの歴史の記念の地を次々に増やして行くことになります。これは何よりも、ここにイスラエルの苦難の旅がついに終わったという象徴でした。

神は、ご自身の民をアブラハムへの約束通り守ってくださいました。主はご自身のときにご自身のご計画を成し遂げられます。一方、私たちの日々の生活の中では、主が沈黙しておられるように思えることがあります。そのときに大切なのは、主のみわざを記念するということです。

イスラエルが自分たちの救い主を捨ててしまうことなど、信じられないことですが、生まれながらの人間は、自分の欲望を満たしてくれるものに心が惹かれ、目に見えない創造主にだけ仕え続けることはできません

イエスの一番弟子のペテロは、三度イエスを否みました。しかし、イエスはペテロがそのような罪を犯すことをご存知の上で、彼の悔い改めへの道を備え、復活の後、彼に「あなたはわたしを愛しますか」と三度尋ねられました(ヨハネ21:15-17)。

後に、主は、主の名のために迫害に耐えているエペソの教会に向けて、「あなたは初めの愛から離れてしまった……悔い改めて、初めの行いをしなさい」(黙示2:4,5)と命じました。「初めの愛」は、神から始まった「愛」です。そして、神は、愛せない者に愛する心を与えてくださいました。それこそがキリストの十字架であり、復活の後に遣わされた聖霊のみわざです。

なお、私たちはそれぞれ比較もできないほどに異なった環境の中から、主に召し出されました。アブラハム、イサク、ヤコブの信仰を育てたのは主ご自身です。ヤコブの家など、十人の兄たちがそろって弟のヨセフを奴隷に売るようなことまでしました。それから見たら、私たちの家庭はずっとずっと健全だと見えることでしょう。

大切なのは常に、私たちの信仰は、神ご自身から始まっているという原点に立ち返り続けることです。信仰が努力目標になってしまうことほど愚かなことはありません。しかし、同時に、私たちにはそれぞれ自分の肉の欲望を律する責任があります。家庭礼拝を初めとする基本をないがしろにしてはいけません。

それは果たすべき義務であるより、神にある幸いを体験するためのごく簡単なステップです。時が来たらその祝福の意味がわかります。神の恵みを日々数え、神にあるシャロームを味わうための一ステップです。だれも、「天のお父様!」と呼びながら、不満や悪態ばかりを言える人はいないのですから。