民数記25章〜27章11節「ねたむほどに恋い慕われている者として」

2016年6月5日

多くの人々は、自分の心の醜さや弱さに失望しながら、もっと輝いた人間に変わりたいと思って神を求めるようになります。また、世の人々も、教会を、高潔な人間になるための修練の場であるかのように期待します。

しかし、聖書の物語の核心は、道徳ではなく、ラブ・ストーリーです。神と人との関係は、何よりも夫婦関係に似ています。そこにおける最大の罪とは、浮気です。健全な夫婦なら、相手の浮気に激しい「ねたみ」を覚えます。ですから、主も私たちの霊的な浮気に「激しくねたむ」と言われるのは当然です。

神は、ご自身を何よりも、「わたしは、ねたむ神」(出エジ20:5)と紹介しておられます。そこにこそ十字架の愛の大きさを知る鍵もあります。

私は、モーセ五書の解説書のタイトルを「(ヤハウェ)があなた方を恋い慕って・・・」とさせていただきました。そして、小預言書最初のホセア書の解説に冒頭のことばを記させていただきました。何人もの方々から、それに感動したと言われています。当教会ではいつも語らせていただいていることですが、意外にそれが新鮮に聞こえるというのは、信仰への誤解があるからかもしれません。

1.「ピネハスは、わたしのねたみを・・自分のねたみとした」

「イスラエルはシティムにとどまって」(25:1)いたとありますが、これは死海の北岸に近いヨルダン川東岸の低地だと思われます。その地の支配者はエモリ人でしたが、イスラエルはその王シホンに勝利したばかりか、ヨルダン川東岸北部のバシャンの王オグとの戦いにも勝って、その南のモアブの王バラクに恐怖を起こさせました。

彼は当時の中東全域で有名な占い師バラムを雇ってイスラエルをのろわせようとしましたが、バラムは主(ヤハウェ)の明確な警告を受け、イスラエルへの祝福を語らざるを得ませんでした(22-24章)。つまり、このときのイスラエルは、約束の地を前にして、向うところ敵なしの順風満帆の状態でした。

ところが、そこで「民はモアブの娘たちと、みだらなことをし始めた。娘たちは、自分たちの神々にいけにえをささげるのに、民を招いたので、民は食し、娘たちの神々を拝んだ。こうしてイスラエルは、バアル・ペオルを慕うようになった」(25:1-3)というのです。

当時のカナンの多くの神殿には、そこで神々に仕える巫女が同時に売春を行なうというみだらな礼拝があったと言われますが、イスラエルの民はその誘惑に巻き込まれたのだと思われます。

彼らはこの約40年前、モーセがシナイ山に上って、主から「十のことば」を刻んだ石の板を受け取っている間に、金の子牛を作って、それにいけにえをささげてしまいましたが、そのときのことが、「民はすわっては、飲み食いし、立っては、戯れた」と描かれています(出エジプト32:1-6)。

そのときの民は、指導者のモーセの帰りが遅いということで不安になったことが原因でした。一方、後にダビデも周辺の民族との戦いが一段落したとき、家来を戦いに出しながら、その家来の妻を召し入れて寝るという大きな罪を犯しました。それは気の緩みのためでした。

どちらにしても人は、「まさか、このときのタイミングで・・・」というときに、やってはならないことをしてしまうという傾向があるようです。

このとき、「主(ヤハウェ)の怒りはイスラエルに対して燃え上がった」(25:3)のですが、先のシナイ山でのときは、神はイスラエルの民すべてを滅ぼすとまで言われたのに、このときは「この民のかしらたちをみな捕らえて、白日のもとに彼らを主(ヤハウェ)の前でさらしものにせよ」と、罪を犯した氏族の責任者を殺して木にかけるという限定的なさばきを下すようにとモーセに命じます。

モーセはそれを少し違ったふうに解釈したのか、「さばきつかさ」たちに、「自分の配下のバアル・ペオルを慕った者たちを殺せ」と命じます。その結果、「モーセとイスラエルの全会衆が会見の天幕の入り口で泣いている」(25:6)という事態になります。

ただその最中に、「彼らの目の前に、ひとりのイスラエル人が・・・ひとりのミデアン人の女を連れてやってきて・・・テントの奥の部屋に入り」ます(25:6-8)。何とこのふたりは、神のさばきに無関心に、衝動に動かされ姦淫を続けていたのです。

それを見た「祭司アロンの子エリアザルの子ピネハス」は、「それを見るや・・手に槍を取り、そのあとを追ってテントの奥の部屋に入り、イスラエル人とその女とをふたりとも、腹を刺し通して殺し」(25:8)ました。何とも残酷なさばき方ですが、「するとイスラエル人への神罰がやんだ」というのです。

そして、「この神罰で死んだ者は、二万四千人であった」と描かれます。つまり、モーセとさばきつかさたちが躊躇している間に、神からの特別なさばきの御手が下され、疫病によるのか、次々と人々が死んでゆく中でピネハスがこのふたりを突き刺したことで、このさばきの御手が差し止められたのです。

後にパウロはこの例から、「偶像礼拝者になってはいけません。聖書には、『民が、すわっては飲み食いし、立っては踊った』と書いてあります。私たちは、彼らの中のある人たちが姦淫したのにならって姦淫をすることはないようにしましょう。彼らは姦淫のゆえに一日に二万三千人死にました」(Ⅰコリント10:8)と、金の子牛を作って拝んだ事件と、モアブの娘たちとのことがセットに記されています。なお、民数記とコリント書での犠牲者数の千人の違いの理由は不明ですが、さほど大きな問題と考える必要はありません。

このとき神は、「ピネハスは、わたしのねたみをイスラエル人の間で自分のねたみとしたことで、わたしの憤りを彼らから引っ込めさせた」(25:11)と評価します。

主は彼の熱い思いを認め、「わたしの平和の契約を与える。これは、彼とその子孫にとって、永遠にわたる祭司職の契約となる」と言われます(25:12)。この際の「平和」とは、彼が復讐を受けることがないように、神が守ってくださることを意味したのでしょうか。

それと同時に、子孫に祭司職の立場を保証してくださいました。その祝福の理由が改めて、「それは彼がおのれの神のためにねたみを表わし、イスラエル人の贖いをしたからである」(25:13)と説明されます。

これは詩篇でも、「そのときピネハスが立ち、なかだちのわざをしたので、その神罰はやんだ。このことは、代々永遠に、彼の義と認められた」(106:30,31)と記されます。ピネハスの行為は残虐に見えても、キリストの十字架の贖いと同様に、神の怒りをなだめるわざとなったのです(十字架の残虐さを忘れてはなりません!)。

ピネハスの行為は、神の熱い情熱を、自分の情熱としたことでした。私たちも、罪に対する神の悲しみを、自分の悲しみとすべきです。神の燃えるような愛を、理屈ではなく、心情でとらえましょう。

私達も偶像礼拝と姦淫の誘惑を警戒する必要があります。「主を恐れることは知識の初めである」(箴言1:7)と記した頭脳明晰なソロモン王でさえ異教の妻たちによって「その心がイスラエルの神、主(ヤハウェ)から移り変わった」(Ⅰ列王記11:9)と記されているのですから・・・。

そして、何よりも、ねたみ」は神の愛の激しさの表れです。もし神が私たちのことに無関心であるなら、ねたみによる「憤り」もありません。主(ヤハウェ)は、「わたしは、シオンをねたむほど激しく愛し、ひどい憤りでこれをねたむ」(ゼカリヤ8:2)と言われるのです。

そして今、この新約の時代には、「神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほどに慕っておられる」(ヤコブ4:5)と述べられます。つまり、あなたは、神からねたむほどに恋い慕われている存在なのです。

2.「おのおの登録された者に応じて、その相続地は与えられなければならない」

殺されたイスラエル人は、「シメオン人の父の家の長サルの子ジムリ」(25:14)でしたが、それは部族全体の悲劇となり、26章に記されている人口登録ではシメオン族が激減しています。また、相手のミデアン人の女コズビも「氏族のかしらツルの娘」(25:15)また「ミデアン人の族長の娘」と描かれます(25:18)。

主はこの背後に、ミデアン人による「巧妙な・・たくらみ」(25:18)を見ておられました。それで主はモーセに、「ミデヤン人を襲い、彼らを打て」と命じられます(25:16,17)。

この後、民数記31章8節では、ツルを含む5人のミデアン人の王とペオルの子バラムが、モーセがピネハスと共に送った軍隊によって殺されたことが記され、31章16節には、この事件がバラムの助言(ESV Balaam’s advice)によって起こったと記されています。

「この神罰の後」、主(ヤハウェ)はモーセと祭司アロンの後継者エルアザルに、「イスラエル人の全会衆につき、父祖の家ごとに二十歳以上で・・軍務につくことができる者すべての人口調査をせよ」(26:2)と仰せられました。

これは、約四十年前の調査と同様、約束の地の先住民との戦いへの備えのためでしたが、同時にここでは「大きい部族にはその相続地を多くし、小さい部族にはその相続地を少なくし・・・おのおの登録された者に応じて、その相続地は与えられなければならない」(26:54)と、約束の地の分割が明確な課題とされました。

しかも、ここでは部族ごとに氏族の名ばかりか娘の名(26:33)までが記され、分割への備えとされています。それぞれの部族の約四十年前の人数とこのときの人数を以下に列挙します。

幕屋の南 ルベン 46,500 ⇒43,730シメオン 59,300 ⇒22,200、 ガド45,650 ⇒40,500

幕屋の東  ユダ 74,600 ⇒76,500 イッサカル 54,400 ⇒64,300、ゼブルン57,400 ⇒60,500

幕屋の西 エフライム 40,500 ⇒32,500、マナセ 32,200 ⇒52,700、ベニヤミン35,400 ⇒45,600

幕屋の北 ダン 62,700 ⇒64,400、アシェル 41,500 ⇒53,400、ナフタリ  53,400 ⇒45,400

民の合計 603,500⇒ 601,730

これとは別に幕屋に仕えるレビ(一ヶ月以上の男子) 22,000⇒23,000

ルベン族の減少は、26章9節にも改めて記されているように、ダタンとアビラムが、レビ族コラの反乱に加担をし、さばかれたからです。

シメオン族の減少は目を覆って余りあるほどですが、それは上記事件の結果です。これを見ると、一部の人の過ちが部族全体に影響を及ぼすことがわかります。同じように、あなた個人の罪もあなたの家族を巻き込みます。

なお、幕屋の南に布陣する部族はそろって減少した一方、ユダ族を頂点に、幕屋の東側に布陣した部族はそろって増加しました。

ユダは最大の勢力のままですが、ヨセフの二部族エフライムとマナセを合わせるとそれを超えます。それは最小部族であったマナセが急増したためです。レビは戦士にはならず土地の相続もないため別枠でした。

そして、二十歳以上の男子の数の総計は、約四十年間の荒野の生活でも、ほとんど変わりませんでした。それは、主が不従順な彼らに真実を尽くし、守り続けてくださった証しです。

しかし同時に、14章26-29節で記されていた民の「つぶやき」に対する「さばき」のことが26章64,65節で思い起こされます。

カデシュ・バルネアで彼らはカナン人を偵察した十人の声に惑わされ、恐怖に圧倒されて、エジプトに帰ろうと言い出し、その結果、彼らは荒野で四十年間もの間さ迷うことになり、「このうちには、モーセと祭司アロンがシナイの荒野でイスラエル人を登録したときに登録された者は、ひとりもいなかった。それは主(ヤハウェ)がかつて彼らについて、『彼らは必ず荒野で死ぬ』と言われたからである。彼らのうち、ただエフネの子カレブとヌンの子ヨシュアのほかには、だれも残っていなかった」と記されます。

カレブはユダ族で最大勢力の代表ですが、ヨシュアはエフライム族で、激減したシメオン族の次に小さな部族、ユダ族の半分以下の勢力になっています。これは小さな部族のリーダーをイスラエル全体の指導者にすることによって民全体のまとまりを保とうとする知恵なのかもしれないとも思わされます。

3.「彼女たちにその父の相続地を渡せ」

相続地は「くじで割り当て」られ、「父祖の部族の名に従って受け継がなければならない」と命じられました(26:55)。土地の分配は神の主権に属し、各部族はそれを誠実に管理するべきだったからです。

27章には、マナセ族の成長の理由が示唆されます。その氏族長のひとりツェロフハデには男子がなく、五人の娘ばかりでした。ここでまず、「ヨセフの子マナセの一族のツェロフハデの娘たち」ということばからヨセフ以来の系図が描かれますが、娘たちはヨセフから七代目として描かれています。

また、26章28~34節ではマナセはエフライムより先に記され、イスラエル全体の中で七番目に記されています。つまり、26,27章ではマナセ族が特別に注目され、またヨセフから七代目の娘たちに焦点が合っているのです。

そこで五人の娘たちは、「私たちの父には・・・男の子がなかったからといって、なぜ私たちの父の名がその氏族の間から削られるのでしょうか。私たちにも・・・所有地を与えてください」(27:4)と訴えました。それを受けて、「そこでモーセは、彼女たちの訴えを、主(ヤハウェ)の前に出し」(27:5)ます。

すると、主は「ツェロフハデの娘たちの言い分は正しい」(27:7)と、その訴えを評価してくださいました。これは男系社会では画期的です。ただ、その訴えを受け入れると、彼女たちの結婚によって、マナセの一氏族に割り当てられていた土地が他の氏族に移される可能性があります。事実そのことが36章で改めて問題にされます。

一つの訴えを受け入れると、そこから生まれる別の問題の調整が必要になるという例は多々あります。ですから、お役所の例にあるように、「お気持ちは分かりますが、前例がありません」と退けられても仕方がありませんでした。

日本の文化では、「おかみは、きちんと下々のことを配慮してくださるから、黙々と掟に従え」という暗黙の圧力があり、訴えること自体を諦める傾向があります。

しかも、この訴えは、まだ約束の地に入ってもいない段階でのことです。「実際に分配する時になったら、善処するから・・・」と解決が先送りされる正当な理由さえありました。ところが、彼女たちの熱い思いを受け止めたモーセはすぐに主(ヤハウェ)に問いかけ、主はまたすぐに「彼女たちの言い分は正しい」と全面肯定してくださったのです。

イエスは後に、「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」(マタイ7:7)と言われました。

信仰の核心とは、何よりも「主(ヤハウェ)を愛し、御声を聴き、主にすがる」ことです(申命記30:20私訳)。「すがる」とは「男は…妻に結び合い」というようなときにも使われる言葉です。信仰とは、何よりも夫と妻の関係に近いものです。夫婦が互いの顔色をうかがい、言いたいことも言えなくなるというのは残念なことです。同じことが主との交わりにも言えます。

その上で、主(ヤハウェ)はモーセに、「あなたは必ず彼女たちに、その父の兄弟たちの間で、相続の所有地を与えなければならない。彼女たちにその父の相続地を渡せ」(27:7)と命じたのです。

彼女たちは、シメオン族がモアブの娘たちとの享楽に耽っていたかもしれないときに、まだ見ていない約束の地の分配に思いを馳せていました。それこそ、「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです」(ヘブル11:1)とあるとおりの真の信仰者の姿です。

しかも、彼女たちの訴えがこの段階でなされたことによって、イスラエルの民は約束の地の相続に関する神の愛に満ちた配慮を知ることができました。

私たちもまだ見ていない「堅い基礎の上に立てられた都」(ヘブル11:10)「新しいエルサレム」(黙示21:2)を待ち望みますが、五人の娘のように切実なこととして思いを馳せているでしょうか。

約束の地は、すべて神の所有物であり、それぞれに管理を任せるために分配されていました。そこに責任が生まれます。その原則は私たちにも適用されます。

私たちも、それぞれが固有の使命を受けて、この世界に遣わされ、預けられた賜物を用いて、この世界を美しく保つ責任があるのです。私たちが待ち望む「新しい天と新しい地」とは、「初めに、神が天と地を創造した」(創世記1:1)と言われるこの世界の延長にあります。

神はこの世界を、平和に満ちた世界に変えてくださいますが、私たちは終わりの日に、それをどのように管理したかが問われます。目に見える世界に対する責任を放棄して、永遠の都に憧れるという論理はあり得ません。

私は二十年ほど前、自分の心の不安定さ、祈りの生活の貧しさに悩んで、カナダのリージェント・カレッジの初代学長のジェームス・フーストン先生を訪ねました。当時の私の葛藤を遠くから見ておられた方が、すべてをアレンジしてくれたかげで実現したことでした。

先生は私の悩みを自分のことのように優しく受け止め、帰りにはご自分の車で空港まで送ってくださいました。先生は、私が自分の信仰の貧しさに悩み、そのことを相談しにヴァンクーバーまで来たという、「心の渇き」自体を喜んでくださったのです。

空港で先生から暖かく抱擁され、再開を約束された時、私自身が創造主ご自身によって抱擁されていると実感できました。それを通して、「神は、私たちのうちに住まわせた御霊を、ねたむほどに慕っておられる」(ヤコブ4:5)というみことばの意味が分かりました。

大切なのは、私たちの心が何ごとにも動じないほどに平安に満たされることではなく、神に渇きを覚え、神との交わりを慕い求め続けているという生きる姿勢なのです。私たちの渇きは、神ご自身がまず私たちを「恋い慕って」くださったということ自体から始まっているからです。

イスラエルの民は選ばれるに値しない罪人の代表者でした。これは私たちの現実でもあります。神がこの醜い罪人たちを「恋い慕って」おられるからこそ(申命記7:7)、私たちはこの世の快楽に身をゆだねる浮気をしてはいけないのです。

そして、神が私たちのために「新しい天と新しい地」を用意しておられるからこそ、それに思いを馳せ、その世界の種とされるこの地において、神に誠実に仕える必要があるのです。