ゼカリヤ6章〜8章「だから、真実と平和を愛せよ」

2014年4月6日

日本人とドイツ人には「秩序を守る」ということに長けていると言われます。ドイツ語では、「大丈夫」ということを「イン・オードゥヌング(秩序の中にある)」と言います。日本人も大震災や消費税引き上げの中での秩序だった行動が諸外国から評価されています。

しかし、両国とも、秩序だった軍事力によって周辺諸国に多大な苦しみを与えたという悲しい歴史があります。秩序よりも大切なことがあります。それは「真実と平和を愛する」という私たちの「心」です。

本日の箇所で、捕囚から帰還したユダヤ人が、「私が長年やってきたように、第五の月にも、断食をして、泣かなければならないのでしょうか」という不思議な問いかけがあります。彼らは宗教的義務を果たすことに夢中でしたが、その本来の目的を忘れていました。外面的な義務の遂行以前に、主は私たちの「心」求めておられます。 

1.「見よ。北の地へ出て行ったものを。それらは北の地で、わたしの霊を休ませる」

6章1-8節はゼカリヤに示された八番目の幻です。これは1章8-17節に描かれた第一の幻に対応します。そこでは、「赤、栗毛、白」の三種類の馬たちが全地を行き巡り、状況を報告した様子が描かれていました。

そこでは、「主(ヤハウェ)の使い」は、イスラエルの民のための取り成しの祈りをささげるかのように、「万軍の主(ヤハウェ)よ。いつまで、あなたは、あわれんでくださらないのですか、エルサレムとユダの町々に。あなたが激怒して、もう七十年になります」(12節私訳)と問いかけている様子が描かれ、最後に、エルサレムの復興の約束が語られていました。 

それに対し6章1節ではゼカリヤが「私が再び目を上げて見ると、なんと、四台の戦車が二つの山の間から出て来ていた。山は青銅の山であった」と幻を描いています。「二つの山」とはエルサレム神殿が建つシオンの山と、その東のオリーブ山で、その間のキデロンの谷から四台の戦車が出てきたというイメージとも解釈されることもあります。

ただ、ここで何よりも不思議なのは、その「ふたつの山」が「青銅」でできていたということです。青銅は日の出の輝きを表す色であり、また、神のご計画が何ものにも阻まれることのないことを現しているのかと思われます。

ここでは馬たちが戦いを導く「四台の戦車」として記されています。そして、ここには1章とは違った馬が登場し、「第一の戦車は赤い馬が、第二の戦車は黒い馬が、第三の戦車は白い馬が、第四の戦車はまだら毛の強い馬が引いていた」(2,3節)と描かれます。

それに対し、ゼカリヤは彼と「話していた御使いに尋ねて」、「主よ。これらは何ですか」と言い、御使いは、「これらは、全地の主の前に立って後、天の四方に出て行くものだ」と答えます。つまり、これらの四台の戦車は、「全地の主」から全世界に遣わされ、軍事力を誇る国々を屈服させるのです。 

そして、それぞれの戦車が遣わされる方向が、「そのうち、黒い馬は北の地へ出て行き、白い馬はそのあとに出て行き、まだら毛の馬は南の地へ出て行く」と記されます。北とは、バビロンやペルシャを指し、南とはエジプトを指します。先に四方と記されていましたが、西は地中海、東は砂漠ですから、従える必要があるのは北と南で、特に北は、アッシリヤ、バビロン、ペルシャ、ギリシャと支配者が変わって行きます。

なお、18節で真っ先に記された「赤い馬」の派遣先はここには記されません。後の世のために予備に取っておかれたのかもしれません。黙示録6章では、「赤い馬」はわざわいをもたらすもので、「地上から平和を奪い取ること」、つまり、「人々が、互いに殺し合う」ようになるためのシンボルでした(4)

なお、そこで「白い馬」は「勝利の上にさらに勝利を得」る者の象徴(2)、「黒い馬」は通商ルートの壊滅により驚くべきインフレをもたらすものの象徴でした(56節)。 

その上で7節では、戦車の働きが、「この強い馬(複数)が出て行き、地を駆け巡ろうとしているのだ」と描かれ、そこで御使いが、「行って、地を駆け巡れ」と言うと、「それらは地を駆け巡った」と記されます。

そして、その後のことが御使いによるゼカリヤに対することばとして、「見よ。北の地へ出て行ったものを。それらは北の地で、わたしの霊を休ませる」(下線部別訳)描かれます。

とにかく、この書で繰り返し「万軍の主(ヤハウェ)」と呼ばれる方は、北の大国を打ち破り、ご自身の怒りの「霊」をご自身が遣わす「戦車」によって鎮めてくださる方なのです。

2.「もし、あなたがたが、あなたがたの神、主(ヤハウェ)の御声に、ほんとうに聞き従うなら・・・」

  9節からはこれまでのような解説の必要な幻ではなく、預言者ゼカリヤに対する具体的な命令が記されており、まず、「ついで私に次のような主(ヤハウェ)のことばがあった」と記されます。

そして、その内容を記す10節は、「捕囚の民であったヘルダイ、トビヤ、エダヤからささげ物を受け取り、その日、あなたはゼパニヤの子ヨシヤの家へ行け。彼らはバビロンから帰って来たばかりである」と訳すことができます。この四人については何も分かりませんが、彼らはそろってバビロンからささげものを携えて帰って来たばかりだったと思われます。

そして、ゼカリヤに、「あなたは金と銀を取って、冠を作り、それをエホツァダクの子、大祭司ヨシュアの頭にかぶらせ」(11)るようにと命じられます。この「冠」とは複数形です。それは、大祭司がかぶるターバンではなく、王冠の上にさらに王冠がついている豪華なもので、黙示録1912節には、救い主の現れの姿に、「その頭には多くの王冠があって」と描かれます。

そして1213節で、大祭司ヨシュアへの、「万軍の主(ヤハウェ)」のことばとして、「見よ。ひとりの人がいる。その名は若枝。彼のいる所から芽を出し、主(ヤハウェ)の神殿を建て直す。彼は主(ヤハウェ)の神殿を建て、彼は尊厳を帯び、その王座に着いて支配する。その王座のかたわらに、ひとりの祭司がいて、このふたりの間には平和の一致がある」と約束されます。

「若枝」と呼ばれる「ひとりの人」は、神殿再建工事の指導者であった総督ゼルバベルを指すとも解釈できますが、ここではそれ以上に、ゼルバベルから生まれる新しいダビデとしての救い主を意味します。

これは、エレミヤ331418節の預言の成就でもあります。そこでダビデの血筋から生まれる救い主は「正義の若枝」と呼ばれ、その王のもとで北と南に分かれたイスラエル王国はまとめられて復興し、また、神殿が再建され、レビ人から生まれる大祭司も絶えることがないと描かれていました。

そしてこのゼカリヤ書では、王と大祭司との間の「平和の一致」が敢えて強調されます。現実の歴史では、王権と祭司権の間には、しばしば緊張関係や争いがあったからです。イエス・キリストは王であるとともに大祭司として、このふたつの働きを調和させてくださいます。 

14節ではこの冠の材料をささげた四人の名前とともに、「その冠は、ヘルダイ、トビヤ、エダヤ、ゼパニヤの子ヨシヤの記念として、主(ヤハウェ)の神殿のうちに残ろう」と記されます。私たちのささげものも天の宮に残るのです。

なお15節では「また、遠く離れていた者たちも来て、主(ヤハウェ)の神殿を建て直そう」と記されますが、先の四人はバビロンの地から帰って来たばかりでしたが、これからの帰還者も神殿再建に貢献できるというのです。

これは、神殿の再建が、ゼルバベルで終わるのではなく、その後も続くことを意味します。イエス・キリストの時代にも神殿は未完成だったのです。なぜなら、神殿には契約の箱もなく、一度も、主の栄光に包まれることはなかったからです。

最後に、この書で何度も記されているゼカリヤの告白、「このとき、あなたがたは、万軍の主(ヤハウェ)が私をあなたがたに遣わされたことを知ろう」という表現が記されます。

そして不思議なのはここで、その条件として、「もし、あなたがたが、あなたがたの神、主(ヤハウェ)の御声に、ほんとうに聞き従うなら、そのようになる」と付け加えられていることです。

原文では、「聞く」という動詞が重ねられ、「徹底的に聴き続けるなら・・」という意味で、主のみことばを「聴く」ことが、最終的な神殿完成の条件とされています。

しかも「聞き従う」の中心的な意味は、「従う」こと以前に「聴く」ことにあります。真剣に聴いて主の意志を自分の意志とするというプロセスが従順な行動の前提です。

3.「この七十年の間、あなたがたが・・断食して嘆いたとき、このわたしのために断食したのか」

7章の最初は、「ダリヨス王の第四年の第九の月」という具体的な時期の記述から始まります。これは11節に記された最初の預言から約二年後の紀元前518年の12月を指します。これは神殿再建工事の真っただ中での預言です。

そのときに不思議な質問が、「万軍の主(ヤハウェ)の宮に仕える祭司たちと、預言者たち」に届けられたと記されますが、2節の本文に関しては様々な解釈があり、質問の出し手が誰なのかはよくわかりません。

しかし、質問の内容は極めて明確で、「私が長年やってきたように、第五の月にも、断食をして泣かなければならないでしょうか」とういうものでした。「第五の月」とは、紀元前586年の7から8月にエルサレム神殿がバビロンの王ネブカデネザルによって廃墟とされた(Ⅱ列王25:8)ことを思い起こして嘆き、主のあわれみにすがる記念日でした。

 このような質問が出されたのは、既に神殿の再建工事が軌道に乗っており、主の怒りは過ぎ去ったとも解釈されたからだと思われます。

その答えは当の質問者たちばかりか、「この国のすべての民と祭司たちに向かって」(5)のものと記され、そこで主は、「この七十年の間、あなたがたが、第五の月と第七の月に断食して嘆いたとき、このわたしのために断食したのか」(5)と尋ねられます。

なお、ここに「第七の月」が追記されますが、それは、ネブカデネザルが任命したユダヤ人の総督ゲダルヤが暗殺された月で、これによって、まだ残っていたエレミヤを初めとするユダヤ人たちが、最終的に約束の地を離れざるを得なくなりました。それを悲しむ断食でもあったのです。

そして主は改めて、「あなたがたが食べたり飲んだりするとき、食べるのも飲むのも、自分たちのためではなかったか」(6)と問われました。それは、彼らが食べたり飲んだりするのが自分のためであったのと同じように、彼らの断食も自分たちの目的達成の手段となっていたからです。

イザヤ583節以降には、昔のユダヤの民の断食の姿勢が、主に恩着せがましく誇っている様子で描かれ、それに対し主が厳しく、「見よ。あなたがたは断食の日に自分の好むことをし、あなたがたの労働者をみな、圧迫する。見よ。あなたがたが断食をするのは、争いとけんかをするため」と叱責されたことが描かれていました。

そして、ここでも主は、そのようなことを思い起こさせるように、「エルサレムとその回りの町々に人が住み、平和であったとき、また、ネゲブや低地に人が住んでいたとき、主(ヤハウェ)が先の預言者たちを通して告げられたのは、まさにそのことではなかったか」(7節下線部私訳)と問いかけます。

このときネゲブや低地と言われるエルサレムの南側の地は砂漠化が進んで、人が住めなくなっていましたが、主は、宗教儀式を自分の利害のために行っている人へのさばきを警告しておられたのでした。

 それを前提として9節では、「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばと共に、明確な行動指針が、「正しいさばきを行い、互いに誠実を尽くし、あわれみ合え。やもめ、みなしご、在留異国人、貧しい者をしいたげるな。互いに心の中で悪をたくらむな」(910)と命じられます。

「正しいさばき」とは真実な政治の実践を含む言葉です。「誠実」とはヘセド(真実の愛)の訳です。「あわれみ」とは人の痛みを自分の痛みとすることです。また、社会的弱者を虐げないことと、人を貶めるような悪事を計画しないなどの当然の隣人愛の実践を主は求めておられます。

ところが、その愛に満ちた主の教えに対する彼らの態度が、11節の原文では、「それなのに、彼らはこれに注意を払うことを拒絶し、かたくなに背を向け、聞くことに対して耳をふさいだ」と記されます。

同じく12節でも、「彼らは心を金剛石のようにして、聞き入れなかった」とまず記され、彼らが聞こうとしなかった内容を、「万軍の主(ヤハウェ)がその御霊により、先の預言者たちを通して送られたおしえとみことばを」と記されています。

つまりここでは何よりも、彼らが主の愛のことばを軽んじ、それに反抗するかのように敢えて耳を塞いでしまったこと、また、心の耳を閉じてしまったことが非難され、その結論が、「そこで、万軍の主(ヤハウェ)から大きな怒りが下った」と記されているのです。

  13節では、主が皮肉を込めるように、「呼ばれたときも、彼らは聞かなかった。そのように、彼らが呼んでも、わたしは聞かない」と、「万軍の主(ヤハウェ)は仰せられる」と記されます。

それは、彼らが主の呼びかけに耳を傾けなかったので、バビロン軍に攻めたてられたとき、主も彼らの叫びに対してご自身の耳を塞がれたということです。

  14節では主のさばきが、「わたしは、彼らを知らないすべての国々に彼らを追い散らす。この国は、彼らが去ったあと、荒れすたれて、行き来する者もいなくなる。こうして彼らはこの慕わしい国を荒れすたらせた」と記されます。

つまり、主から問われていることは、断食という宗教儀式を守ることよりも、主のみこころに心を向けることなのです。

4.「しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている」

8章の始まりでは「次のような万軍の主(ヤハウェ)のことばがあった」ということばとともに主の救いのご計画が明らかにされます。この章では九回にわたって「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばが繰り返されます。 

まず、2-8節では、「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」という定型句が四回繰り返されながら、イスラエルに対する主の語りかけが記されます。

最初のことば厳密には、「わたしは激しいねたみをもってシオンをねたむ。激しい憤りをもってこれをねたむ」と訳すことができます。ねたみの感情は、愛することとセットですから、新改訳では「ねたむほど激しく愛し」と意訳されますが、それでは神の「憤り」と矛盾するように誤解される可能性があります。

何よりも不思議なのは、ここでは主の「ねたみ」が、救いに直結していることです。ただそれは既に11416節、210節にも記されたことでもありました。

それでここではすぐに転換が見られ、「わたしはシオンに帰り、エルサレムのただ中に住もう。エルサレムは真実の町と呼ばれ、万軍の主(ヤハウェ)の山は聖なる山と呼ばれよう」という約束が記されます。

ここではエルサレムが「真実(エメット)の町」と呼ばれるということが新鮮です。 

45節は、「再び、エルサレムの広場には、老いた男、老いた女がすわり、年寄りになって、みな手に杖を持とう。町の広場は、広場で遊ぶ男の子や女の子でいっぱいになろう」と、社会的弱者が新しいエルサレムで尊重されることが約束されます。

6節では、「もし、これが、その日、この民の残りの者の目に不思議に見えても、わたしの目に、これが不思議に見えるだろうか」と記されますが、これは、主の救いのご計画があまりにも偉大なものなので、苦しみに耐えている「残りの者」にとっては「不思議」としか思えないという意味です。

そして、その内容が、「見よ。わたしは、わたしの民を日の出る地と日の入る地から救い、彼らを連れ帰り、エルサレムの中に住ませる。このとき、彼らはわたしの民となり、わたしは真実と正義をもって彼らの神となる」(78)と記されます。

これは、神の一方的なあわれみによって、四方に散らされていた主の民がエルサレムのただ中に住み、神の民としての立場が回復されるというのですが、それを導く主の動機が、「真実(エメット)」「正義(ツェデク)」と記されているのは興味深いことです。

それは主がアブラハムに約束されたことを、「真実に」また、「正義」の基準を持って守り続けるという意味です。

9-13節も「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばとともに、「万軍の主(ヤハウェ)の家である神殿を建てるための礎が据えられた日以来」、のろい」が「祝福」に変えられる様子が、「その日以前は、人がかせいでも報酬がなく、家畜がかせいでも報酬がなかった。出て行く者にも、帰って来る者にも、敵がいるために平安はなかった。わたしがすべての人を互いに争わせたからだ。しかし、今は、わたしはこの民の残りの者に対して、先の日のようではない・・・・それは、平安の種が蒔かれ、ぶどうの木は実を結び、地は産物を出し、天は露を降らすからだ。わたしはこの民の残りの者に、これらすべてを継がせよう」と描かれます。

そして、その結論が、「ユダの家よ。イスラエルの家よ。あなたがたは諸国の民の間でのろいとなったが、そのように、わたしはあなたがたを救って、祝福とならせる。恐れるな。勇気を出せ」(13)と描かれます。これはほとんどハガイ書に記されていたことと同じです。 

1415節でも、「万軍の主(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばとともに、イスラエルの歴史が、「あなたがたの先祖がわたしを怒らせたとき、わたしはあなたがたにわざわいを下そうと考えた・・・そしてわたしは思い直さなかった」と振り返られながら、神のみこころが変えられることが、「しかし、このごろ、わたしはエルサレムとユダの家とに幸いを下そうと考えている」と描かれ、最後に13節と同じように「恐れるな」と付け加えられます。 

そして、1617節では、「これがあなたがたのしなければならないことだ」ということばとともに、「互いに真実を語り、あなたがたの町囲みのうちで、真実と平和のさばきを行え。互いに心の中で悪を計るな。偽りの誓いを愛するな。これらはみな、わたしが憎むからだ」と記されます。

これは先の7910節の繰り返しとも言えますが、ここでは特に、「平和(シャローム)のためのさばき」を行なうということが強調されています。

5.「私たちもあなたがたといっしょに行きたい。神があなたがたとともにおられる、と聞いたから」

18-23節は「さらに、私に次のような万軍の主(ヤハウェ)のことばがあった」とともに、三回に渡って「万軍の(ヤハウェ)はこう仰せられる」ということばとともに、将来の約束が記されます。

その第一は、「第四の月の断食、第五の月の断食、第七の月の断食、第十の月の断食は、ユダの家にとっては、楽しみとなり、喜びとなり、うれしい例祭となる」というものです。

「第四の月の断食」とは、エルサレムがバビロン軍に包囲された時に、王と戦士たちが民を見捨てて逃亡したことを覚えるためでした(Ⅱ列王25:3)。また、「第十の月の断食」とは、バビロンの王ネブカデネザルがエルサレムを包囲したことを覚えるためです(25:1)

四つの断食はすべて、バビロン捕囚に至る悲惨を思い起こすためのものですが、エルサレムの繁栄が回復されたとき、それらが祝祭日に変えられるというのです。それは、それらの悲劇を通して、民が自分たちの罪に気づき、神に立ち返ることができたからです。

そして、ここでは最後に、「だから、真実と平和を愛せよ」と命じられます。これこそ目に見える断食にまさって主が求めておられることです。

20-22節では、世界中の人々が、主を礼拝するためにエルサレムに集まってくる様子が描かれます。それは211節でも記され、またイザヤ書の結論として6618-23節にも記されていたことでした。

ここでゼカリヤは、「再び、国々の民と多くの町々の住民がやって来る。一つの町の住民は他の町の住民のところへ行き、『さあ、行って、主の恵みを請い、万軍の主(ヤハウェ)を尋ね求めよう。私も行こう』と言う。多くの国々の民、強い国々がエルサレムで万軍の主(ヤハウェ)を尋ね求め、主の恵みを請うために来よう」と描きます。

それは世界中の民が競い合うようにエルサレムへの巡礼を願い、イスラエルを迫害した「強い国々」さえ、「万軍の主」を尋ね求めるようになるというのです。

最後の23節は、世界中の民がユダヤ人にすがって、主を礼拝するために集まる様子を劇的に描いたもので、「その日には、外国語を話すあらゆる民のうちの十人が、ひとりのユダヤ人のすそを堅くつかみ、『私たちもあなたがたといっしょに行きたい。神があなたがたとともにおられる、と聞いたからだ』と言う」と記されます。

ここでの「十人」とは包括的な数字ですが、「十人が、ひとりのユダヤ人」にすがるなら、全体の数は、黙示録511節に描かれた「万の幾万倍、千の幾千倍」という途方もない人々がエルサレムに、主を礼拝するためにやってくることを意味します。

もちろん、これは地上のエルサレムで実現できることではなく、黙示録212節に記された「新しいエルサレムが・・神のみもとを出て、天から下って来る」ときに成就するものです。

主の命令の根本は、主の命令に外面的な行動で従うということ以前に、主の御声に心の底から耳を傾けることです。主の怒りは、「耳を塞いで聞き入れなかった」「心を金剛石のようにして・・聞き入れなかった」ということに対して向けられていました。

主は、私たちの歩みを助け、祝福したいと願っておられます。イエスは、「人は、どんな罪も冒涜も赦していただけます。しかし、御霊に逆らう冒涜は赦されません」(マタイ12:31)と言われました。それは、何か重大な犯罪を犯すということ以前に、主の愛の招きを拒絶するという罪に他なりません。

主はこの世界に対して、私たちの想像をはるかに超えた救いのご計画を立てておられます。それは、神の真実と平和がこの世界に満ちることです。

そのような主の救いのご計画に私たちの心を開くことこそ、神に何よりも喜ばれることです。主のみことばがあなたの心の内側にしみわたり、あなたの意志を動かすようになること、それこそが聖霊のみわざなのですから・・・・。