エゼキエル29章〜32章「伝統的権威の罠」

2009年11月29日

古代エジプトと日本には共通点があります。それは、すべての異国の文化を飲み込み、自国化するということです。古代エジプト文明は約三千年続いたと言われますが、最後の三百年間はアレキサンダー大王の後継者によるギリシャ人が支配する王国でした。しかし、最後の女王クレオパトラの例にも見られるように、彼らはエジプトの太陽神、またその文明の後継者となることによって国を治めていました。日本の歴史は1500年ぐらいのものですが、天皇家が独特の権威を保ち続けております。今の日本人にとっても天皇から勲章を受けることを最高の名誉となってはいないでしょうか。そのような中で、日本のキリスト教会も、知らないうちに日本文化の中に飲み込まれる恐れがあります。別に、天皇の権威を否定したら、日本化から自由になるというのではありません。知らないうちにキリスト者が日本人的な発想に飲み込まれ、日本の教会を無力化してはいないでしょうか。ある宣教師が、日本の多くの教会は日本のどの共同体よりも日本的になっているような気がすると書いておられました。日本人の心の中にも無意識のうちに太陽神である天照大神(アマテラスオオミカミ)の神話が生きているのかもしれませんが、ヨハネの福音書1章には、「すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた・・・この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子供とされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである」(ヨハネ1:9,12,13)と記されています。私たちは血筋や人間の能力という基準から自由に生きられるように新しく生まれていることを忘れてはなりません。

1.「川は私のもの。私がこれを造った」という者にたいする神のさばき

「第十年の第十の月の十二日」(29:1)とは、エルサレムがバビロン軍によって包囲されている最中、城壁が破られる半年前のことです。エルサレムのゼデキヤ王を初めとする指導者たちは、南のエジプトが救援に駆けつけてくれることに一抹の望みをかけていました。そのような中で、今、バビロンに捕囚とされている預言者エゼキエルは、エジプトが神ご自身によってさばかれることを預言しながら、人々の心を主に向けさせるように召されています。

そこで、主は、「エジプトの王パロ」を、「自分の川の中に横たわる大きなわに」にたとえます(29:3)。「大きなわに」とは創世記1:21の「海の巨獣」と同じことばで、多くの英語訳では、「ドラゴン(竜)」と訳されています(新改訳脚注)。そして、「竜」は黙示録では「サタン」の象徴です。とにかく、この中心点は、パロが自分をナイル川の創造主であるかのように振舞って、「川は私のもの。私がこれを造った」(29:3,9)と言っていることを非難したものです。

古代エジプト文明は紀元前2900年から紀元前340年頃まで30もの異なった王朝が支配していましたが、不思議に、それまでと全く異なった地域の者が支配権を握っても、エジプトの王パロとしての宗教的権威は受け継がれているかのように見えます。つまり、王家としての連続性はまったくないにも関わらず、文化的にはひとつの国が三千年近く続いているように見えました。エゼキエルの時代のエジプトは第26王朝、ナイル川下流のデルタ地帯の西側から生まれたサイス朝で、アッシリヤの勢力を追い返し、パレスチナに支配権を広げていました。パロ・ネコは紀元前609年にユダの王ヨシヤをメギドで破りましたが、その後は新興国のバビロン帝国の勢力に圧倒され続けていました。そして、このときのパロはユダヤ人の反乱を援助することによってバビロンに対抗するという政策を続けていました。ちなみに、紀元前525年からはエジプトはペルシャ帝国の支配下に入りますから、この第26王朝がほとんど最後の独立王朝と言えます。簡単に言うと、このときのエジプトは、力が二流なのにプライドだけは一流という状況で、その伝統的な宗教的権威に多くの人が惑わされていたと言えましょう。

それに対して主は、エジプトに対する厳しいさばきを宣告されますが(29:4-6)、それはナイル川の創造主、また所有者はパロではなく、主(ヤハウェ)であるということが明らかにするためです。エジプト文明の母はナイル川ですが、その真の支配者は「イスラエルの神、主(ヤハウェ)」であるというのです。

そして、主は、そのさばきの理由を、「彼らが、イスラエルの家に対して、葦の杖にすぎなかったからだ。彼らがあなたの手をつかむと、あなたは折れ、彼らのすべての肩を砕いた。彼らがあなたに寄りかかると、あなたは折れ、彼らのすべての腰をいためた」(29:6、7)と言われます。エジプトの葦は日本のものよりはるかに大きく、それで小舟を作ることもでき、丈夫な茎は測りざおとして使われました。しかし、同時にそれは折れやすいものなので、「葦の杖」とは期待を裏切るものの代名詞ともなっています。

かつて、アッシリヤの王は、エルサレムの独立を守ったヒゼキヤ王に向かって、「おまえは、あのいたんだ葦の杖、エジプトに拠り頼んでいるが、これは、それに寄りかかる者の手を刺し通すだけだ。エジプトの王、パロは、すべて彼に拠り頼む者たちにそうするのだ」(イザヤ36:6)と言いましたが、それは事実を含んでいます。ヒゼキヤは主に拠り頼みましたが、このときのエルサレムの王ゼデキヤはエジプトという見せかけの権威に騙されて、国を滅亡させようとしていました。ここで、主は、そのような淡い期待を抱かせるエジプトの責任を問うています。

そして、主は、「わたしは、あなたにもあなたの川にも立ち向かい、エジプトの地を、ミグドル(ナイルデルタ東の要塞地)からセベネ(エジプト最南端の町)、さらにクシュ(エチオピア)の国境に至るまで、荒れ果てさせて廃墟にする。人の足もそこを通らず、獣の足もそこを通らず、四十年の間だれも住まなくなる」(29:10と宣告されました。ここで40年とは、長い期間を指す象徴的な意味があるのだと思われます。ただし、主は、「四十年の終わりになって、わたしはエジプト人を、散らされていた国々の民の中から集め、エジプトの繁栄を元どおりにする」(29:13、14)とも約束されております。しかし、これは彼らの昔の栄光を取り戻せるという意味ではないことを示すために、「彼らをその出身地パテロスの地に帰らせる。彼らはそこで、取るに足りない王国となる。どの王国にも劣り、二度と諸国の民の上にぬきんでることはない。彼らが諸国の民を支配しないように、わたしは彼らを小さくする」(29:14、15)とも言われます。「パテロス」とは、「テーベ」(新改訳「ノ」)を中心としたナイル上流の貧しい地ですから、これは北から起こったサイス朝に代わって北からの勢力が届きにくい南を中心とした小さな王国として存続を許されるという意味です。主は、「わたしは彼らを小さくする」と言っておられますが、イエスご自身も何度も、「だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる」と言われました(ルカ18:14、マタイ23:12)。

そして、主が何よりもエジプトを小さくする目的は、「イスラエルの家は・・もう、これを頼みとしなくなる」(29:16)という状況を作るためです。私たちのまわりにも、伝統や見せかけの権威が多く存在します。彼らも自分たちの力を誤解していますし、私たちも時に、そのような誤解を持ってしまいます。しかし、世界のどの王家が何千年もの権威を保っていることでしょう。日本の天皇家などは例外的な存在と見えますが、それも1,500年程度の歴史で、政治的な権力を持っていたのはごく短期間に過ぎません。しかも、源義経、新田義貞、明智光秀など、かつての天皇家の権威に信頼した者たちはことごとく非業の死を遂げてきたというのが現実ではないでしょうか。

2. わたしはバビロンの王の腕を強くし・・・パロ(伝統的権威)の腕を砕く。

「第二十七年の第一の月の一日」(29:17)とは、紀元前570年のことで、エルサレムが滅亡し、ユダの残りの民がエジプトを頼って逃亡した後のことです。「バビロンの王ネブカデレザル」は、エルサレムを滅ぼした後、ツロを13年間包囲しながら、陥落させることができず、兵士に報酬を与えることができませんでしたが、それに対し、主はエジプトの「富」を彼らへの報酬として与えるというのです(29:18、19)。不思議にも、主は、エルサレムを滅ぼし、ツロを攻撃したバビロン軍について、「彼らがわたしのために働いたからだ」(29:20)と言っておられます。

神は、伝統的権威の化けの皮をはがすために、新興勢力を用いられます。源頼朝にしても、足利尊氏にしても、織田信長にしても、日本の伝統的権威の無力さを顕にした人たちではないでしょうか。現代の日本も閉塞感に満ちていると言われますが、神は伝統的な権威から自由なあなたを用いることがおできになります。

30章1-10節では、主がネブカデネザルを用いて、エチオピアからリビヤ、トルコ、アラビアなどエジプトの同盟国をエジプトとともに滅ぼすかの印象を与えますが、彼はエジプトを軍事的に占領することはできませんでした。ネブカデネザルという名は、神の器の代表者として描かれていると解釈すべきでしょう。実際には、その後、ペルシャ帝国がエジプトを占領し、また、その後はアレキサンダー大王に導かれたギリシャが中東からエジプト全域を占領し、最後は、ローマ帝国によってエジプト最後の女王クレオパトラが滅ぼされます。この中心点は、主ご自身がすべての歴史を支配しておられ、「わたしはナイル川を干上がった地とし、その国を悪人どもの手に売り、他国人の手によって、その国とそこにあるすべての物を荒れ果てさせる」(30:12)と言っておられることにあります。その際、主は、「わたしは偶像を打ちこわし、ノフ(ナイルデルタの南、別名メンフィス、ピラミッドの多い地域)から偽りの神々を取り除く。エジプトの国には、もう君主が立たなくなる」(30:13)と語っておられます。

「第十一年の第一の月の七日」(30:20)とは、紀元前586年4月、エルサレム陥落の数ヶ月前のことだと思われます。そのとき主は改めて、「わたしはバビロンの王の腕を強くし、わたしの剣を彼の手に渡し、パロの腕を砕く。彼は刺された者がうめくようにバビロンの王の前でうめく」(30:24)と、エルサレムの民に向かって、エジプトに望みをかけることをやめさせ、バビロンにへりくだることを勧めています。エジプトは二千年以上も続いている権威ある王国で、富と力と技術力において世界最高の国と思われました。それに対して、バビロンの王ネブカデネザルは軍事力だけを頼りにのし上がってきた新興国です。通常の人間は、そんな成り上がり者の前に頭を下げることを厭います。しかし、彼こそは神が遣わした器でした。あなたの前にも、伝統的権威を持つエジプトと、力だけを頼りにのし上がってきたバビロンがあるかも知れません。その際、人間的な教養に囚われすぎると判断を誤ります。

三千年続いたエジプト王国も、最後の千年間、国の内部は腐りきっていました。王族たちは互いに足を引っ張り合い裏切りや陰謀が日常茶飯事でした。伝統的権威は腐敗した内部をカムフラージュするために用いられていました。今も昔も、実質的な力のない者が権威を主張するほど滑稽なことはありません。「錦の御旗」などの例にもあるように、伝統的権威は、力がある者が自分の権力の正当性を主張するために用いるものに過ぎません。

冷静に見ると、この世界では、伝統的権威よりも、知恵と力のある者が勝利を収めていますが、宗教は基本的にそれに目を背けさせる方向に働きます。マルクスは、「宗教は人民のアヘンである」と言いましたが、確かに宗教は、現実を直視させることを妨げ、時代の新しい変化に盲目にする方向に作用してきました。ですから、キリスト教会が、日本のどこよりも日本的であるということがあり得るのです。しかし、真の福音は、常に、見せかけの権威や、世の偽善を顕にし、人間に最も大切なものを提示し、世界の変革をリードする力に満ちたものであるはずです。

私たちの信仰は、負け犬の遠吠えのようなものではありません。パウロも想像を絶する困難の中にありながら、決して被害者意識に囚われることなく、「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」(ピリピ4:13)と言いました。神は、伝統的権威を主張するエジプトを退け、新興国バビロンと折り合いをつけて生きるように命じられました。神は、あなたの傍らに、そのような世界を変える力を置いておられます。

3.その心がおごり高ぶったから、わたしは、これを諸国の民のうちの力ある者の手に渡した。

「第十一年の第三の月の一日」(31:1)とは、エルサレムが陥落する約40日前です(エレミヤ52:6参照)。主はエゼキエルに、「エジプトの王パロと彼の大軍」に向かって、「あなたの偉大さは何に比べられよう」と言いながら(31:2)、それをバビロンによって滅ぼされたアッシリヤ帝国に比較します。そして、「見よ。アッシリヤはレバノンの杉。美しい枝、茂った木陰、そのたけは高く、そのこずえは雲の中にある・・・その小枝には空のあらゆる鳥が巣を作り、大枝の下では野のすべての獣が子を産み、その木陰には多くの国々がみな住んだ」(31:3、6)と、その栄光が描かれます。しかも、主ご自身が、その美しさを、「神の園にあるどの木も、その美しさにはかなわない。わたしが、その枝を茂らせ、美しく仕立てたので、神の園にあるエデンのすべての木々は、これをうらやんだ」(31:8、9)と言っておられます。主は、「わたしが・・・美しく仕立てた」と、それがご自身の働きであることを強調しておられます。

ところが、主は、アッシリヤに対し、「その心がおごり高ぶったから、わたしは、これを諸国の民のうちの力ある者の手に渡した。彼はこれをひどく罰し、わたしも、その悪行に応じてこれを追い出した」(31:10、11)と言われます。これはバビロン帝国がアッシリヤ帝国を滅亡させたことを指します。そして、この悲劇の意味が、「このことは、水のほとりのどんな木も、そのたけが高くならないためであり、そのこずえが雲の中にそびえないようにするためであり、すべて、水に潤う木が高ぶってそびえ立たないためである。これらはみな、死ぬべき人間と、穴に下る者たちとともに、地下の国、死に渡された」(31:14)と記されます。ここには、自分を高くしようとするものは、皮肉にも、「地下の国、死」に自分を近づけているだけだというのです。

神は、人の目には小さい者をご自分の働きのために大きく用いてくださいますが、しばしば、そのようなこの世的な成り上がり者は、すぐに高ぶって、自滅します。その背後に、神の力があります。それは、パウロも、「誇る者は主を誇れ」と言っているとおりです(Ⅰコリント1:31)。私たちは伝統的権威のむなしさを知ると同時に、この世で「成り上がり者」と軽蔑されるような者になってはいけません。いつでも、どこでも、口癖のように、同時に心から、「主の哀れみと恵みで」と、主の御名をあがめるべきでしょう。あなたを美しくしてくださるのは主ご自身のみわざです。しかし、それを自分で勝ち取ったと思ったとたん、あなたは醜い者に逆戻りしています。

4.「あなたはだれよりもすぐれているのか。下って行って、割礼を受けていない者たちとともに横たわれ」

32章ではまず最初に、エジプトの滅亡を全被造物がともに悲しむ姿が描かれます。そのことを主は、「あなたが滅び去るとき、わたしは空をおおい、星を暗くし、太陽を雲で隠し、月に光を放たせない。わたしは空に輝くすべての光をあなたの上で暗くし、あなたの地をやみでおおう」(32:7、8)と言われます。これはエルサレム陥落から一年半後ぐらいのときの預言だと思われますが(32:1)、神がエルサレムをさばかれたことは、エジプトに対するさばきが実現することの前触れでした。これを通して、世界の人々は、神を自称したエジプトの王パロがいかに無力かを知り、イスラエルの神、主(ヤハウェ)をあがめるようになりました(32:15)。

実際、紀元前30年にエジプト王国が永遠に地上から姿を消してまもなく、救い主イエス・キリストがユダヤの地にひそかに誕生しました。その後、キリストの支配は人から人へと広がり、三百年経って、強大なローマ帝国の隅々に渡り、皇帝の代わりに、イスラエルの神、主(ヤハウェ)が全世界の支配者としてあがめられることになります。

その後、主は、主はエゼキエルに、「人の子よ。エジプトの群集のために嘆け」(32:18)と言われながら、自分を誇るエジプト人たちに、「あなたはだれよりもすぐれているのか。(穴に)下って行って、割礼を受けていない者たちとともに横たわれ」(32:19)と宣告されます。彼らは、他の割礼を受けていない民と何も変わりはしないのです。

そして、昔からいた「勇敢な勇士たち」は「よみの中から」、エジプトとその同盟者たちに、「降りて来て、剣で刺し殺された者、割礼を受けていない者たちとともに横たわれ」と語りかけるというのです(32:21)。そして、「その墓の回りには、アッシリヤとその全集団がいる」(32:22)と言われ、特に、「彼らの墓は穴の奥のほうにあり、その集団はその墓の回りにいる」(32:23)と描かれます。つまり、自分を最も高くしたものが、もっとも深い穴に落とされているというのです。そして彼らは、「かつて生ける者の地で恐怖を巻き起こした者たちである」と解説されます。

続いて、バビロンの東の「エラム」、現在のトルコにある「メシェクとトバル」、イスラエルの南の「エドム」、イスラエルの北の貿易都市「シドン」へのさばきの様子が描かれます。興味深いのは、彼らの滅亡がすべて、「地下の国に下る」(32:18、24)、「穴に下る者たちとともに自分たちの恥を負う」(32:25,30)と記されていることです。そして、彼らに共通しているのは、「割礼を受けていない者たち」ということです。これは神のあわれみを受けていない人たちとも言い換えることができます。彼らはこの地上で、どれほど自分たちの富や力を誇っていたとしても、すべてパラダイスと対極にある「地下の国」に落ちざるを得ません。そして最後に、「パロは彼らを見、剣で刺し殺された自分の群集、パロとその全軍勢のことで慰められる」(32:31)と不思議なことが記されます。それは彼らが、自分たちと同じ運命をたどっていることを見るからです。エジプトはピラミッドのようなものを作ることに熱心で、いつも死後のいのちに心を配っていましたが、ここでは、それは何にも役に立たなかったという皮肉が述べられているのではないでしょうか。エジプトとその同盟国のさばきが、すべて「穴に下る」と描かれているのは何とも不思議なことです。

日本でもエジプトと同じように、死者の遺体を尊重することがひとつの文化となっています。多くの人々が、伝統に沿った弔いに驚くほどの時間と財を注ぎます。しかし、死者の国では、それらは何の効力もありません。反対に、この地で我が物顔に人々を虐げていた人こそが、もっとも深い穴に落ちされるだけだというのです。

イスラエルの民は、エジプトという伝統的権威と、アッシリヤ、バビロン、ペルシャ、ギリシャ、ローマという新興勢力との狭間で揺れていました。彼らはその中で、すべての権威と力の源であられる主(ヤハウェ)を忘れてしまったのです。しかも、エジプトが力を失った後は、今度は、ユダヤ人の宗教指導者たち自身が、伝統的権威を主張して、人々を主との生きた個人的交わりから遠ざけてしまいました。現代の日本の教会でも、宗教的権威が力を振るう可能性があります。そこでは通常、「しきたり」ということばが幅を利かせています。しかし、私たちは、いつでもどこでも、主ご自身との個人的な生きた交わりの中で、力を受け、この世に影響力を行使することができるのです。私は日本の教会が、どこかで、いつも被害意識と自己憐憫という日本の文化に浸ってしまっているような気がしてなりません。この世界に起こっている新しい動きを傍観者的に批判的にばかり見て、世界の動きから取り残され、今も生きて働いておられる主の力を体験することができない「宗教お宅」にならないように気をつけたいものです。